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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百二十七節、次の一手

客室に通されたラフィンは、椅子に座ったまましばしボーっとしていた。

惚けているのは別に部屋が狭すぎることに驚いているわけでも、彼女にとっては小さすぎるベッドを目にしたわけでもない。

外泊を許してくれた。

ダインの家で…同じ部屋で友達と過ごすことが出来る。

生まれてこの方体験したことのないこの状況自体に、彼女は信じられない思いでいたのだ。

「感謝しなさいよ」

そんなラフィンの目の前までやってきたディエルは、手提げカバンを持っている。「これ、あなたの着替え」

「え? ど、どうして…」

「サリエラさんがわざわざ届けに来てくれたわ。あなたずっとボーっとしてて気付いてなかったみたいだから、私が取りに行ってたの」

そのままラフィンの足の上にカバンを置いた。

「あ、あり…がと…」

ラフィンのお礼を聞きながら、ディエルはもう一度ため息を吐く。

「全く、なんで私がこんなこと…」

ぶぅたれるディエルを、ラフィンはジッと見上げていた。

「…ねぇ」

静かに声をかける。「もしかして…あなたが?」

「何のこと?」

「私が泊まれるようになったことよ。絶対に変だもの」

困惑したままラフィンはいった。「サリエラに連絡したとき、少しも疑問に思ってない様子で、あっさり外泊を認めてくれた…」

凝視するように、ラフィンはディエルを見つめたまま。「あなたが何か言ったとしか…」

「そんなはずないじゃない」

ディエルは彼女から視線を逸らし、部屋の隅に置いてあった自分のカバンを漁りだす。

「友達がいるって伝えたんでしょ? それだけで安心したんでしょうし、それに滅多にない機会だからって思ってくれたんじゃない?」

「そう…なのかしら…」

「ほら、そんなことはどうでもいいから、早く着替えの準備しなさいよ」

ディエルがいったちょうどそのタイミングで、部屋のドアがガチャッと開かれた。

「絶妙の湯加減だよ!」

笑顔のシンシアが部屋に入ってきて、ニーニアとティエリアも続く。

「おっふろ〜、おっふろ〜、みんなでおっふろ〜♪」

彼女たちは歌いながらカバンから着替えを取り出していく。

「ほら、ラフィンちゃんも早く! 温くなっちゃうよ!」

「え? え、ええ」

ラフィンも慌てて着替えを手にし、その瞬間シンシアに手を引っ張られて部屋を出て行った。

「そ、そんな急がなくても…!」

パタパタという足音が遠ざかっていく。

「…全く、手がかかるわねぇ、ラフィンは…」

ディエルが呟きながら部屋を出たところで、「お」、という声が近くからした。

顔を向けると、廊下にダインが立っていた。

「あれ、もうみんな風呂に行ったのか?」

「ええ、そうだけど…どうかしたの?」

「いや、飲み物何にするか聞こうと思ってたんだけどさ」

何の話か一瞬考えたディエルだが、この後話し合いが控えていたことを思い出し、「ああ」、と声を出した。

「別にみんなそんな変なもの頼まないでしょうし、そのときに聞けばいいんじゃない?」

「まぁそうか」

納得したダインに、「じゃあ私もお風呂に行ってくるわね」、ディエルは背中を向けて歩き出す。

「あ、そうだ、ディエル」

途中で、ダインはまたディエルに声をかける。「ありがとうな」

突然のお礼に、「え?」、立ち止まったディエルは不思議そうに振り返る。

「いや、お前には色々頼んじまったなって思ってさ。ラフィンを連れてきてもらったり、あいつをここに泊める手配もしてくれたりさ」

ダインは申し訳なさそうに笑う。「ウェルト家に連絡なんて、誰が出てくるか分からないからどうにも気が引けてさ」

そう話す彼の笑顔を見て、ディエルは小さく息を吐く。

「ほんと、面倒だったわ」

はっきりといった。「あいつの家の番号書いたメモも中々見つからなかったし。あなただから言うけれど、私だってかなり緊張していたのよ?」

「そうか。はは、悪かったな」

簡単に謝って「じゃ」、と立ち去ろうとしたダインを、今度はディエルが呼び止めた。

「何だ?」

「それだけ?」

「え?」

「お礼。もっとご褒美的なのが欲しいんだけどな〜」

人懐っこい笑顔を浮かべたディエルは、つつ…とダインの側まで歩み寄る。

「ご褒美…売れ残りの工芸品なら納屋に大量にあるけど…」

真面目にいってきた彼に、「そういうんじゃないわよ」、ディエルは真顔で突っ込んだ。

「そういう“モノ”じゃなくて…!」

「んん?」

なかなか要点を掴んでくれないダイン。

「もぉ!」

ディエルの頬は膨らんでいく。「ラフィンにはご褒美があって、私には何もないなんて納得いかないわ!」

ダインに背を向け、ぷんぷんと怒り出した。

ぽかんとしたダインだが、すぐに察したようで、「あ、あ〜」、と声を出す。

「仕方ないな。分かったよ」

小さく笑った彼は、廊下の前後に誰もいないことを確認し、ディエルのすぐ背後まで歩み寄った。

「えと…これでいいのか?」

後ろからそっと、彼女を抱き寄せる。

「ん…」

急に大人しくなったディエルから、満足げな息が漏れた。

「ありがとうな」

ダインは再びお礼をいい、そのままディエルの頭を撫で始めた。「ラフィンのこともそうだけど、“あのこと”もさ…」

くすぐったかったのか、ディエルから小さな笑い声が漏れる。

「分かればいいのよ、分かれば」

なんとも嬉しそうにいう彼女だが、ダインの方を振り向き悪戯っぽい笑みを見せた。「もっとご褒美があれば、やる気が出るかも」

「え、これ以上何を…」

さらなる要求にやや警戒するダインだが、ディエルは何故かぷぃっと前を向いた。

しばしもじもじさせていた彼女は、やがてこう呟く。「…吸って」

「え」

「吸魔して」

また固まってしまうダイン。徐々に顔を赤くさせていった。

「こ、このタイミングでか? ってかそれご褒美になんのか?」

ヴァンプ族にとって、吸魔は“秘め事”と同義。

当然ながらダインは難色を示すが、「私にとってはご褒美なの」、ディエルは引かなかった。

「早く。このままだとお風呂遅れちゃうじゃない」

「わ、訳が分からないんだけど…」

といいつつも、面倒ごとを引き受けてくれたディエルの望みとあれば、容易に突っぱねることも出来ない。

「じっとしてろよ」

仕方ないと言いながら、ダインは自身の腕から触手を出した。

そのままディエルの身体に絡みつかせていく。

「ふぁ…」

ディエルから妙な声が漏れる。

「んっ…あっ…そ、そう…そのまま…ひゃっ…!」

「ちょ…へ、変な声出すなっての。まだ触れただけだろ」

「あ、ふふ、ごめんね」

制服の下にまでもぐりこんできた触手を迎え入れつつ、「…ねぇ」、ディエルが話しかけてきた。

「シンシアから聞いたんだけど、吸い取った魔法力から相手の感情が伝わるっていうのは本当?」

「へ? ああ、まぁ…」

「言葉を交わさずとも分かるなんて、便利な能力があったものね」

「いや、つってもそんなはっきりしたもんじゃないけど」

「ふ〜ん」

返事をするディエルは前を向いたまま。

後ろにいたダインには気付かなかったのだろう。名案を思いついたディエルが、小悪魔のような笑みを浮かべていたことに。

やがてダインから出ていた触手はディエルの素肌に到達する。足や腹部、肩の辺りに触れ、それだけでディエルは体を震わせる。

「じゃ、じゃあ…ちょっとだけだぞ? 少し吸わせてもらう程度で…」

「ええ…どうぞ」

了承を得てから、ダインは触手を使ってディエルから魔力を吸い取り始める…

その直後だった。

「ッ!?」

ダインは驚愕に顔を染め、弾かれるようにしてディエルから離れる。

「…あら?」

解放されたディエルは、ゆっくりとダインの方を向く。「どうしたの?」

「お、おま…おま…っ…!」

ダインの顔が深紅に染め上がっていく。

「どうしたのよ?」

尋ねるディエルも、ダインと同じか、それ以上に顔を真っ赤にさせていた。

「くすくす。便利な能力ね?」

ダインは彼女の笑顔を見てようやく、先ほど寄こしたディエルの質問の意図に気がついた。

触手を伝って流れ込んできた、ディエルの魔力。

その魔力に乗ってやってきた彼女の感情。

それは、言葉では言い尽くせないほどの━━表現しきれないほどの“好意”、そのものだった。

感情というものは内に秘めたるものだが、それを直接流し込まれたのだ。

告白された以上に恥ずかしいことを言われたように感じたダインは、顔が真っ赤な上に身体まで震えてくる。

「ふふ、上手くいった」

してやったりといったディエルだが、彼女も足が震えている。きっと恥ずかしさがあったのだろう。

「お、お前な…!」

リアクションに困りとりあえず怒った顔をして見せるダインに、ディエルは「あはは!」、と笑って背を向けた。

「じゃあお風呂いってくるわね!」

駆け出そうとする彼女だが、途中で足を止める。

「あなたが退学になって、私とダインの間にクラスメイトっていう繋がりは消えちゃったけど…でも、私は追いかけるわ」

「え…?」

「言っとくけどデビ族はしつこいわよ?」

顔だけをダインに向け、満面の笑みを見せてくる。「絶対に逃がさないから」

そして前を向いて、今度こそ風呂場まで小走りで向かっていった。

その背中が消えてから、呆気に取られていたダインは長い息を吐く。

「あんなの不意打ちじゃんか…」

まだ胸がドキドキしている。

ディエルにあそこまでの好意を抱かれていたことにも驚きだった。

「何の話で?」

真横から突然声がして、「うわっ!?」、ダインは思わず飛び上がってしまう。

そこにいたのは、着替えを手にしたサラだった。

「どうかされたのですか?」

相変わらず感情の薄い顔面がダインに向けられるが、その口元は僅かにニヤついている。

「お前…まさかさっきの…」

恐る恐る尋ね、サラはとぼけるかと思いきや、

「またコレクションが増えました」

携帯を見せてきた。

その画面の中には、顔を真っ赤にさせたダインの顔がバッチリ映っている。

「ディエル様は生粋のデビ族。あの方の渾身の悪戯には、さすがのダイン坊ちゃまもうろたえるばかりでしたね」

「け、消せ!」

「お断りします」

ダインの手をひょいとかわし、サラは歩き出した。

「お嬢様方と裸のお付き合いをしてまいります」

その歩みは見て分かるほどにうきうきしている。

「くっ…! け、消さなくていいけど、あいつ等に妙なマネはするなよ!」

そう声をかけると、「別に何もしませんよ」、サラはクールにいった。

「ただ穴の開くほどに見させてもらいますが」

「いや駄目だろ!」

「よろしければ後日レビュー致しましょうか?」

「いるか!」

ダインが突っ込むと、今度ははっきりと分かるほどにニヤリとした笑みを残し、サラは浴場へ歩いていった。

「…何なんだマジで…」

奇襲戦が終わって退学処分を受け、学校に通う必要がなくなり平穏な日常が戻ると思っていた。

ルシラがいてピーちゃんたちがいて、ほのぼのとした毎日がやってきたと思っていた。

しかしどうもそれは思い違いだったようだ。

シンシア、ニーニア、ティエリアの仲良しグループに、真面目なラフィン、悪戯好きのディエルが参戦。

この騒がしさは、学校にいようがいまいが関係なさそうだった。



朝からずっと遊び倒していたためか、ピーちゃんたち子供のドラゴンは、リビングの片隅で一塊となって寝息を立てていた。

たたまれた毛布の上で身体を丸め、すやすやと眠る彼らは可愛らしく、まるで動物の赤ちゃんのみを特集した動画のように微笑ましい。

「ぴーちゃん、しゃーちゃん、みゃーちゃん、わんちゃん…」

彼らの近くにいたルシラは、笑顔で一匹一匹彼らの名前を呟いており、順々に頭を撫でている。

「あれ?」

しかし途中で一匹足りてないことに気付き、周囲を見回す。

直近の“新人”である茶色のドラゴン…ダングレスは、リビングの中央にある長テーブルの下をふらふらとした足取りで歩いていた。

どうやらまだ遊び足りなかった様子だが、強烈な眠気にも襲われているのだろう。おぼつかない足取りで歩いていて、すぐ側にあった誰かの足に頭をぶつける。

「ん?」

その足の人物…シンシアが下を覗き込んでおり、そこにいたダングレスと目が合った。

「ガァ…」

彼はカエルのような鳴き声を上げ、そこで力尽きてしまう。

ぽてんと倒れ寝息を上げ始めた。

「え〜と、この子は…」

「がーちゃんだよ!」

ルシラは笑顔でそのダングレス…ガーちゃんを抱き上げ、シンシアに渡した。

「可愛いね」

シンシアは笑ってガーちゃんを足に乗せ、そのまま身体を撫でる。ルシラは彼女の隣まで椅子を引っ張ってきて、一緒になってガーちゃんを撫で始めた。

「…しっかし、マジで増えたよな」

シンシアとルシラの一連のやり取りを眺めつつ、ダインがいった。「これで集まった七竜は五匹か…」

リビングにはダインとシンシア、ルシラの他に、ニーニア、ティエリア、ディエル、ラフィン。そして大人勢のシエスタ、サラがいる。

全員寝巻きに着替えておりいつもなら就寝する時間なのだが、シンシアたちを交えてのカールセン家の定例報告会が開かれていた。

眠りこけるドラゴンたちに起きる気配がないことを確認しつつ、「奥様」、サラがシエスタに報告会の指揮を執るよう促す。

ええ、と頷いたシエスタは紅茶を一口飲んで喉を潤した。

「ごめんなさいね」

まず最初に口にしたのは、何故かシンシアたちに対する謝罪だった。

「息子が退学になって、どうにか復帰させようとみんなが動いてくれているのは知っているわ。それに学校終わりで疲れてるでしょうに、こうして会いに来てくれたのも嬉しい限り…けれど、ダインは…いえ、私たちは、学校の復帰の前に、優先すべきことができてしまったの」

「優先すべきこと、ですか?」、シンシアが尋ねる。

「先日ね、ティエリアちゃんのお父さん…ゴディアさんから、あの子達の本心を聞かせてもらったのよ」

眠るドラゴンたちのことだと説明しつつ、シエスタはいった。「みんな一緒にいたいって。誰も欠けたくないってね」

全員の視線がリビングの片隅に集中する。彼らは相変わらず愛くるしい寝姿を披露している。

「ギベイルさんのおかげで、七竜の正体は判明したわ。けれど、本体であるこの子たちのことは結局分からずじまいのまま」

そのままシエスタは続けた。「この子たちはどこで生まれて、どこから来たのか…彼らに関して分からないことはまだ多い。伝承にあったような危険な存在に変貌してしまうという可能性は完全に否定はできないけれど、このあどけない子たちが望むのであれば、私たちはその通りにしようと思ったの」

「…それがダインさんの…いえ、カールセン家の方々がお決めになった方針…なのですか?」

尋ねるティエリアに、シエスタは「ええ」と頷いた。

「拙いなりに家事をよく手伝ってくれるし、ルシラと遊ぶ姿に何度も癒されたんだもの。私たちにとっても、彼らはもう家族のようなものだから」

だから残りのドラゴンも助けようと思った、と続けるシエスタの話に、シンシアたちは納得したように頷く。

しかしその中で一人だけ、異論を唱える者がいた。

「どうして…ですか?」

ラフィンだった。「ダインはもうガーゴとは何の関係もなくなった。特例制度も破棄され、この子たちを助ける理由は無くなったはずなのに…」

きっとダインを心配しての台詞だったのだろう。ダインを退学に追い込んだきっかけの一つとして彼女は捉えていたらしく、彼らの行動理念が分からないようだった。

「乗りかかった船だもの」

そんなラフィンに、シエスタは笑いかけた。「五匹まで助けることが出来たのに、残されたドラゴンたちを見殺しになんてできないでしょう? 七竜討伐ももう終盤。そのやり方に方々から非難を受けているガーゴだけど、今回の討伐計画は何が何でも最後まで実行されるはずよ」

「足がかりに過ぎませんからね」

サラがいった。「今日のニュースで知りましたが、ガーゴが‘世界防衛部隊’なるものを立ち上げたそうです。世界の危機に瀕したときに発足できる、特別な防衛隊を編成し取りまとめるようですが、それに乗じた権力拡大は考えずとも分かること。七竜討伐は結局は宣伝でしかなかったということです」

「そう。宣伝。だから途中でやめたり失敗も出来ないのよ。何としてでも成功させるはず。その裏でどんな犠牲が生じようとも、ね」

シンシアたちは思わず黙り込んでしまう。

全世界にまで目を向け始めたガーゴに、カールセン家は挑もうとしている。ダインの復帰という、いち学校内での出来事はとても些末なことに思えたのかも知れない。

「つっても、別に奴らの目的を邪魔しようなんて思っちゃいないけどな」

ダインがいった。「世界を守るだとか危険を取り除くだとか、そんな崇高な言動は俺らにはとても真似できないし余裕も無い。こっちに迷惑が及ばないんだったら、どうぞご勝手にってところだ。ただ、目的のためなら多少の犠牲は目をつぶるって考え方は賛同できないし、その犠牲を俺たちで助けられるのならそうしたいって思ったまでなんだよ」

「…孤独な戦いかもしれないけどね」

シエスタがぽつりといった。「この子たちを助けられたからといって、私たちにプラスに繋がるようなことは一切無い。それどころか根拠の無いデマをでっち上げられて、批判の的に晒されてしまう恐れもある。リターンとリスクが伴ってないことは分かっているけれど、ガーゴの勝手な理想でこの子たちが犠牲になるのは見てられない」

「ぶっちゃけた話、気に入らないのです」

サラがいった。「ルシラの尻尾を掴もうとダイン坊ちゃまをつけ回したり、連絡網に罠を仕掛けてきたり、果てはこの家にまで上がりこんできた。連中のやり口はただただ不快で気持ち悪いので、だからピーちゃんたちを助ける際に邪魔しようものなら、計画も何もかも粉砕してやろうと目論んでいるだけなのです」

端正な顔立ちで過激なことをいうサラに、シンシアたちはしばしぽかんとする。

「ぷっ…あはは!」

そんな中、突然ディエルが笑い出した。

「分かりやすくて良いですね! 邪魔するならぶっ叩く! だったら私たちも気分よく協力できるってものです。ね?」

シンシアたちに問いかけると、「ま、まぁ、確かに…」、シンシアは頷きつつ、ダインに顔を向けた。

「じゃあ、ダイン君の次の行動は…残りのドラゴンの救出?」

「ああ。そうだ」

「残りというと、具体的に次のドラゴンは…」

ティエリアの質問に、ダインははっきりと「“プノー”だ」、といった。

「プノーって、確かデビ族が管理している…」

呟くニーニアは、自然とそのデビ族であるディエルに視線が向けられる。

「ディエル、封印地は分かったのか?」

ダインが質問すると、彼女は「ええ」、と頷いた。

「お父様がどうにかザイール国王から聞きだしてくれたわ」

「どこにあるんだ?」

「噂の通りだったわ。センタリア海域の深淵とされる場所。毒にまみれた孤島で、俗名は“ブラッディスワンプ”」

「センタリア海域…」

ダインが具体的な場所を思い浮かべようとしていると、サラが戸棚から世界地図を取り出し、机の上に広げた。

「センタリア海域はディビツェレイド大陸からさらに西方にあるようですが…」

サラが指し示す海域はかなりの面積がある。

「噂ではこの辺りにあるはずだけど…」

ディエルはその海域の一部分を指差すが、そこには何も書かれてない。孤島自体が載ってないようだ。

「何も無いけど…?」、ラフィンが呟く。

「封印地だから、あえて描かれてないのかもね」、とディエル。

「近づくことすら禁じられているからな」

事情を理解したダインは、「ディエル、それで許可の方は…」、再びディエルに尋ねた。

「認められなかったわ」

お手上げだというかのように、彼女は肩をすくめてみせる。「如何なる理由があろうとも、一般人が封印地に干渉してはならない。国際条約は絶対だからね」

「ガーゴも一般組織だろうに」

ダインが文句を垂れると、「ま、表向きは、だから」、ディエルは笑いながらいった。

「事情を説明したら、秘密裏に取り計らうようにしてくれたらしいわよ」

「え、マジ?」

「ええ。といっても、守人が目をつぶってくれるだけなんだけどね」

「十分だ」

ダインは満足そうに頷く。「俺らの目的は討伐じゃないからな。プノーの中にいる本体を助け出せればそれでいい」

「でもどうするの?」

ふと真面目な顔になってディエルが尋ねる。「封印地だから当然転移魔法とかで飛べないし、そもそもあなたは魔法使えないんだし…センタリア海域は年がら年中大荒れだから、船で渡るにしても相当大変よ?」

「あ〜、まぁ…なんとかするよ」

「いやならないでしょ!」

咄嗟に突っ込んだのはラフィンだ。「いくらあなたが大丈夫だと思ってようが、危険すぎることは認めないから」

「え、いやでも…」

「危険なことは認めない!」

ダインを心配してのことだろうが、ラフィンは聞く耳持たない。

シエスタはくすくすと可笑しそうに笑っている。

「シエスタおば様はどうするんですか?」、シンシアがきいた。

「私とサラさん、それに夫は別件でやることがあるから、七竜の保護関係はダインに任せることにしたのよ」

「あ、そうなんですね」

「ええ。手を放せないお仕事があるし、調べなきゃならないことも沢山あるし…だから、ダインのお手伝いはシンシアちゃんたちに頼みたいんだけど…」

「それこそ駄目だ」

すかさずダインがいった。「七竜保護は危険を伴う。だからそういうことは俺一人でやるって、前に相談して決めただろ?」

「しかし現実問題としてどうするのです」

サラが疑問を呈した。「ディエル様が仰られたように、大荒れの海をどうやって渡るおつもりで? ダイン坊ちゃまのことでしょうから、最悪泳いで渡る気なのでしょうが、我々ヴァンプ族は魔法が効かないだけで、無敵というわけではありません。病気にだってなるのですよ?」

「そこはほら、気合でなんとか…」

「だから駄目だったら!」

またラフィンに突っ込まれた。「安全かどうかは私が基準を作るから!」

こんなところでまで、ラフィンは生徒会長気質を発揮しだした。

「でも…」

どうするんだと逆に聞こうとしたとき、彼女は顔を横に向ける。

「ディエル、同行者は何人までいけるの?」

「え? あー、絶対に目立たないようにってお父様に言われたから、一人か…多くて二人ぐらいね」

「じゃあダイン含めて三人までなら、一緒に行動できるっていうことね?」

「ええ」

ディエルが頷いたところで、ラフィンは再びダインに顔を向けた。

「ダイン、私も行く」

自身の胸に手を当てた。「全力でサポートさせてもらうわ」

ダインと同行できる。

それが分かってすぐにシンシアたちも反応しだした。

「私も行きたいよ!」

シンシアが身を乗り出し、ニーニアとティエリアまで、ハイっと手を上げる。

「駄目よ」

しかしラフィンは冷静に彼女たちの申し出を断った。「これは感情論じゃない。危険な目に遭わせたくないっていうダインの心配は最もだから、その上で適切な人材を選出するべきよ」

シンシアたちを見回し、ラフィンは続ける。「私の保護魔法だったら道中の災害は防げるし、毒沼やドラゴンのブレスからもダインを守ることができるわ」

自負とも取れるラフィンの意見だ。

「だったら私はダイン君と一緒にドラゴンと戦えるよ!」

シンシアまでも自信を覗かせ、

「私が作ったアイテムなら、臨機応変にダイン君を守れるよ。移動中の寝食だってサポートできるし!」

ニーニアはいかに自分が旅で役立つかをアピールしている。

「わ、私なら、ダインさんと一緒に目的地まで浮遊して行けます。例え大嵐の中でも、私のバリアの中にいればダインさんは影響を受けないはずですし…」

ティエリアも珍しく自分を売り込んでいる。

「一応孤島はデビ族の領地だから、事情を知らない人に見つかっても私ならどうとでもできるわよ? ドラゴンとの戦闘だって、ダインと一緒なら楽勝ね」

ディエルまで立候補してきた。

「ダイン、どうするの?」

シエスタは愉快そうな笑顔のまま、困惑していた彼にきいた。「みんな、ここまであなたのことを思いやってくれてるんだもの。慎重に選んだ方がいいんじゃない?」

「い、いや、だからな、選ぶ選ばないじゃなくて、危険に晒したくないから俺一人で…」

「逆の立場でもいえることです」

ダインの台詞をサラが遮った。「心配に思うからこそ、力になりたいと思うもの。お嬢様方の確固たる意志を推し量れないようでは、ダイン坊ちゃまもまだまだ半人前ですね」

「実際、泳いで渡るのは無策極まりないわ」

シエスタがまた声を上げて笑う。「私からも同行者をつけることをお勧めするわ。ただし、ダインもみんなも無理のない範囲でね。危険だと感じたら、とにかくその場を離れること。相手がどうしてようが、引きずってでも安全な場所まで連れて行くこと。分かった?」

「はいっ!」

元気良く頷いた彼女たちは、全員が起立してダインに体を向ける。

みんな一様に真剣な表情だ。

有無を言わせぬ空気にダインは気圧されてしまい、冷や汗が背中を伝っていくのを感じる。

「え、え〜と…」

ベターな選択は何か、必死に考えているところでサラが近づいてきた。

「早く選ばないと他の方に取られてしまいますよ」、そういってくる。

「誰にだよ。っていうか同行の話だろ」

ダインはすぐさま突っ込んで、再び困り果てた顔を彼女たちに向けた。

ダインが誰を選ぶのか。

緊張させるシンシアたちに、「その…」、ダインがかけた言葉は…、

「ほ…保留で…」

というものだった。

瞬間、彼女たちから残念そうなため息が漏れる。

「保留って何よ…」

ディエルがやれやれとした仕草でいってきた。「ガーゴが動く前に救出に行かないとならないんでしょ?」

「そ、そうだけど、奴らもまだもたついてるんだろ? お前らだって学校があるんだし、今日決めていきなり明日っていうわけにはいかないだろ」

「ほんとあなたは…」

シエスタは呆れたような表情をダインに向けている。

「優柔不断男、ここに極まれり、ですね」

サラは不憫そうにシンシアたちにいう。

「だいんは浮気しょーだよ!」

なんとルシラにまで責められた。

「いや、だから…これ同行者を誰にするかって話だよな? 他の意味は無いんだよな?」

「ストレートに求婚してるの」、ディエルがいう。

「何でだよ!」

即座にダインが突っ込んだところで、シンシアたちから笑いが起こる。どうやら冗談だったようだ。

ダイン以外が笑顔を浮かべており、気付けば彼女らはお互いの距離が近い。

彼女たちの言動は妙に息が合っていたし、恐らく“また”風呂場で何かあったのだろう。

シエスタ辺りが、また彼女たちに何か余計なことを吹き込んだのかもしれない。

「あんま冗談に聞こえないのは勘弁してくれ…」

ダインはげんなりするしかなかった。

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