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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百二十五節、夕食会

「ルシラちゃんの居場所が分かった!?」

ダインが話している途中でシンシアが立ち上がる。

夕食会はまだ始まったばかりだった。店の外は完全に真っ暗になっており、奥まった店であるため外に人の姿はない。

貸し切りの店であるため店内にもダインたち以外に姿はなく、彼らの声がよく響く。

「ほ、ほんとに?」

やたら興奮した彼女に、「確証はないけどな」、ルシラの分の刺身を取り皿に移しながらダインはいった。

「ディグダインの封印地。“サンダレイズキャッスル”の遥か上空に、不可思議に浮かぶ緑の球体のようなものがあった。恐らくそこがルシラがいたところだろう」

「どうして分かるの?」

「そこからあいつの声が聞こえたんだ」

当時の出来事を思い出しながらダインはいった。「“パンドラ”の影響を受けて倒れちまったとき、ルシラの声がしてさ。いつもの夢か現実か分からない場所で会って、少しだけ話すことができたんだ。だから間違いない」

「どんなお話?」、ニーニアが尋ねる。

「“ルシラ”を世話してくれてありがとうとか、今度こそお返しを…とか…」

そこでダインの顔がみるみる赤くなっていく。

このタイミングでどうして顔を赤くさせているのか分からなかったシンシアたちだが、ディエルだけは何かを察したようだった。

「エロいことされた?」

ストレートにいってきて、お茶を飲んでいたラフィンがむせる。

「きゅ、急になに言い出すのよディエル!」

「いや、だって男が女にお礼を要求するときって、大体エロいことじゃない」

とんでもない決め付けだ。

「違うの?」

なんとも純真な目でダインを見る。

「えろってなにー?」

案の定ルシラが反応してしまったので、ティエリアがすぐに「ルシラさん、かき揚げ美味しいですよ! ほら!」、とルシラの興味を逸らせた。

「違うの? ダイン」、ディエルはなおもきいてくる。

「い、いや…まぁ、確かに、“向こう”のルシラも似たようなこといってお礼にしようとしてたけどさ…」

「ほら合ってるじゃない」

勝ち誇るディエルはまた余計なことを口走りそうになったので、「でも俺にそんな余裕はなかった」、ダインはやや早口でそういった。

「何しろ奇襲戦の最中だったからな。急いで学校に戻りたかったんだよ。だからシンシアたちのところに運んでいってもらった。俺その間気を失ってたから、ルシラがどうやって運んでくれたのかは分からないけど」

「あ、そこ! そこ気になってたんだよ!」

今度はシンシアが声を張り上げた。「よく私たちがいる場所分かったよね? あのとき学校中が混戦状態だったのに」

「あ、そ、それに、直接? ダインさんはシンシアさんと同化した…のですよね?」

前回ニーニアの“中”にダインが入り込んだときのことを思い出したのか、ティエリアは不思議がっている。「どのようにしてシンシアさんの中に…」

「その辺りのことも曖昧でさ、気付いたらシンシアの中にいたっていうか…」

思い出しながら答えるダインも困惑していたようだが、「でも恐らくこの指輪のおかげだと思う」、と、右手の中指につけていた指輪を彼女たちに見せた。

「あのときシンシアがピンチだってことは指輪を通して伝わっていたんだ。そのことをずっと意識してたから、“ルシラ”が居場所を見つけて、運んでくれたついでにシンシアの中に入ることができたんじゃないかな」

「お…おぉ、この指輪のおかげだったのかぁ…」

シンシアはほんのり頬を赤く染めつつ、左手薬指に嵌めた指輪を見つめている。

「…そういえばみんなその指輪つけてるのね」

ラフィンがいった。「どういったものなの?」

「あ、うん、これは私とダイン君で作った、ダイン君の魔力を込めた指輪で…」

説明を始めようとしたニーニアだが、「そうだ!」、思い出したように手を叩いて、側に置いていたカバンを漁りだす。

「感度を上げた指輪を作ったんだよ」

取り出したのは小さな紙袋で、中には人数分の鉄製の指輪が入っていた。

「ちゃんと名前も彫ってあるから、これはダイン君で、こっちはシンシアちゃんで、こっちはティエリア先輩と、ディエルちゃん」

そして最後にラフィンにもその指差を差し出す。

「今回はちゃんとラフィンちゃんの分も作ったよ」

「あ、ありがとう…」

彼女たちは古い指輪を外してニーニアに渡し、早速新しい指輪を左手の薬指に嵌めていく。

ちゃっかりディエルまで同じところに指輪を嵌めていたのを見逃さなかったダインは、

「あ、ここでいいの?」

ラフィンも同じようにしようとしていたので、すぐさま待ったをかけた。

「調べるの忘れてたんだけど、ヒューマ族の間じゃ指輪を嵌める位置によって意味合いが違ってくるらしい」

「そうなの?」

「ああ。だから多分、お前まで同じ場所につけちまうとややこしい問題に巻き込まれそうな気が…」

ダインが忠告してる間に、彼女は左手薬指に指輪を嵌める。

「…おい」

「似合ってるかしら?」

「良い感じだよ!」

笑顔のシンシアたちは、回りこんでまでラフィンに群がりだした。

彼女たちに囲まれ嬉しそうに笑うラフィンの顔を見て、「お前まさか意味を知ってるんじゃ…」、ダインが訝しげにきいた。

「さぁ、何のことかしら?」

とぼけるラフィンは本当に嬉しそうで、ダインの視線を無視して食事を再開した。

「にーにあちゃん、るしらの! るしらのは!?」

「ふふ、もちろんあるよ。ルシラちゃんのは特別製だよ?」

ニーニアは笑ってスカートのポケットから金色の指輪を取り出し、ルシラの左手薬指に嵌めた。

「おおー!」、ルシラは嬉しそうな声を出す。「ここからだいんを感じるよ!」

もはや文句を言える空気ではなくなってしまい、ダインは諦めたようなため息を吐いた。

「話戻すけど、とりあえずルシラの居場所が分かったが、あの物体は何なのか、どうやったら行けるのか、色々調べる必要があるから、サラに調査の依頼だけはした。詳細が分かるまでは、俺は別のことに手をつけようと思う」

「別のこととは?」、ティエリアがきく。

「ガーゴの動向だよ」

ダインはいった。「奇襲戦の最中に、“アブリシア”と“シアレイヴン”、そして“ダングレス”が退治された。この勢いのまま、連中は残るドラゴンの退治に踏み切るんじゃないかと思ってるんだが」

ガーゴの動きを予測しようとしたダインだが、「その可能性は低いかもしれないわよ?」、とディエルがいってきた。

「ここしばらくは別のことで手一杯になるかもしれないわ」

メイド隊に調べてもらった情報だと添えて、彼女は続ける。「一昼夜の間に三体もドラゴンを退治したのは流石に拙速すぎるんじゃないかって世間の論調が多くてね、おまけに学校のイベント中なのに校内にダングレスが復活したでしょ? 生徒達に危害が及んだらどうするんだーって批判も多くなっていて、ガーゴの上層部は火消しに奔走してるみたい」

「そうなのか?」

「ええ。だから、すぐに次討伐しようってことにはならない…というかできないはずよ? お得意の情報と印象操作はするんでしょうけど、動けるのは少なく見ても数週間はかかるんじゃないかしら」

やり手で知られる、スウェンディ家のメイド隊だ。彼女たちがそう調べ上げたのなら、その情報に間違いはない。

「当分は安心していいってことか…」

「ええ。アンテナは常に張っておく必要はあるでしょうけど、でも現実問題として連中もいまは行動できないんじゃない? 《パンドラの生産計画》も潰されたわけだし」

「ああ、やっぱそうなのか」

「ダインの読みどおりよ。ほんとあいつ等は人を利用することしか考えてないんだから」

食事そっちのけで会話しているダインとディエル。

シンシアたちは首を傾げており、何の話をしているのかさっぱりな様子だ。

「連中はセブンリンクスを乗っ取るつもりだったんだよ」

彼女たちに向け、ダインは真相をいった。「パンドラの成分についてはみんなにメールで知らせた通りなんだけど、その製造方法については…」

「ちょ、ちょちょちょっと!!」

突然ラフィンが割り込んできた。「私だけ色々と情報が追いついてないんだけど!? 乗っ取るって何!? パンドラの成分?」

生徒会の仕事に奇襲戦の準備にと、ダインたちからあまり詳細を知らされてない彼女にとっては、新情報の応酬で処理し切れてないようだ。

「どうしてそういう大事なことを私にだけ教えてくれないのよ!」

仲間はずれにされたと感じたのか、憤るラフィン。

「そりゃー、ダインを退学に追い込んだことで殻に閉じこもっていたあなただからねー」

ディエルが冷静にいった。「ダイン、ダイン〜って。ちゃんと詳細をメールで送ってたはずなんだけど」

「うぐ…」

言葉を詰まらせるラフィンに、ダインは笑い声を上げつつ、

「ここまでに得られた情報をまとめるとだな」

ラフィンに対し、説明を始めた。「人々の“負の感情”を利用し、混沌の神“レギオス”が魔法で作り上げたのが七竜の正体だ」

「え!? そう…なの?」

「ああ。それで手法は分からないが、ガーゴはその七竜の力を利用して強化薬“パンドラ”を作り上げた。それをジグルに服用させ、七竜本来の力をぶつけて討伐させていたんだよ。力を抜かれたドラゴンが相手だからな。だからああもあっさりと倒せてたってわけだ」

証拠が半分憶測が半分だとダインは続けたが、「そう、なのね…」、ダインが話すことだからか、ラフィンは少しも疑わず信じてくれたようだ。

「だが、連中が作ったパンドラも安全なものじゃなかった。人々の負の感情を利用した力だから、当たり前だけどな」

腕を組むダインは、パンドラを服用して苦しんでいた討伐隊の顔や、げっそりとやせ細っていたジグルの顔つきを思い出す。

「あれはなんていうか…人類が手を出しちゃならない力っていうか…触れた瞬間、一気に気分が悪くなったんだよな。よくあんなもの作ったよ」

「製造方法が特殊なものだったからね」

ディエルがいった。「形のないものを閉じ込めるには、同じく形のないものでカプセルにする、か…そんな技術があるのなら、もっと有意義な使い方ぐらいあるでしょうに」

「か、形のないもの…?」

ニーニアが反応する。「それってどういったものなの?」

彼女はやや興奮した面持ちだ。実体のないものを扱う技術というのは、彼女にしてみれば未知の領域なのだろう。

「簡単な話よ。感情っていうものは、生き物であれば誰しもが持っているものでしょ? それはつまり、私たち生き物の肉体の中に閉じ込められてるっていうことになるわよね」

「た、確かに…」

「じゃあその“感情”は、具体的に私たちの身体のどの部分にあるのか。ニーニア、分かる?」

「頭…脳、じゃないの?」

「物理的に言うのなら、そうなるわね」

頷いたディエルは、「でももう一部分あるわ」、といった。

「物理要素を考えなかったら、どこになると思う?」

「それは…」

ニーニアが考えたところで、「あ、分かった!」、シンシアが手を上げた。

「心?」

「正解!」

ディエルはシンシアにビシッと箸を向けて笑った。

「心理。心情。生きとし生けるもの、みんなが胸に抱いているもの」

熱心に話を聞いているルシラの頭を撫で、ディエルは続けた。「心と魔法力には密接な繋がりがある。魔法力は心と違ってある程度融通が利く。つまり連中は、その魔法力を使ってドラゴンの力…負の感情を閉じ込められないかと考えたのよ」

「長年のテーマだったんだろうな」

ダインがいった。「ずっとその研究を進めていて、最近になってようやく形にすることができた。しかし製造方法を確立させたはいいが、量産するためには莫大な魔法力が要る」

「な、なるほど…」

ティエリアが納得したように呟く。「そこでセブンリンクスの方々に目を付けたということ…ですか。魔法学校なのですから、魔法力は大量にあると」

「この間学校に出回ってた怪しげなシールは、その計画の一部だったっていうことだね」

シンシアは怪訝そうな表情だ。「もー、ほんと、ガーゴに悪いイメージしか湧かないよ。街を警護してる人たちは良い人ばかりのはずなのに」

「まぁなぁ…現場を知らない上の連中がやらかして会社全体のイメージダウンに繋がるのは、どこの企業も同じだな」

まるで見てきたようないい方をしたダインは、ふと気になったことが脳裏を掠めてシンシアたちに顔を戻した。

「例の二人組みは結局どうなったんだ?」

「例のって…あのコンビ?」、とディエル。ジーニとサイラのことだ。

「そう。校長先生のことだから、奇襲戦の一件で奴らの企みは暴けたはずだ。あれだけのことをしでかしたのに、まさかお咎め無しでいまも我が物顔で校舎内を歩いてるってことはないだろ?」

「もちろん抗議したそうよ。イベントの開始を早めたのはガーゴ側から圧力があったからなんだし」

引き続きディエルが答えた。「ダングレスの復活にモンスターの鬼湧きにと、不可解な点も多かったから本部にまで質問状を送ったらしいわ」

なんともグラハムらしい、ガーゴ相手にも忖度しない堂々としたやり方だ。

「生徒の被害状況と校舎の損壊具合、さらにモンスターの総数やその種類と本当に事細かにデータ化したものも添えて、返答の内容次第では訴訟も辞さないつもりだったとか」

「ガーゴからの反応は?」

わくわくしながらダインが続きを促すも、ディエルは「関連を全て否定する回答書が送られてきたらしいわ」、つまらなさそうに首を左右に振った。

「あくまでシラを切るつもりか」

「ええ。モンスターを沸かせていた召喚石は破壊されたし、ダングレスをどうやって地中から地上に引っ張り出したのかについても、明確な証拠が見つからなかった。だからさらに突っ込むことはできなかったみたい」

「奴らは証拠を隠したり逃げたりするのだけは一流だからな」

ダインがいうと、「そう。逃げるのは一級品。ほんと逃げ足だけは速かったわ」、ディエルはトロサンマの塩焼きを口にして息を吐いた。

「例の二人組みは、契約期間が終わったとかなんだかで、逃げるように学校を去っていきましたとさ」

「へー、そうなん…」

「そ、そうなの!?」

そこで何故かラフィンが驚いた。「そういえば今日は朝から姿が見えなかった気が…」

「…しっかりしなさいよ生徒会長」、ディエルが残念なものを見るような目でラフィンを見る。「どんだけ落ち込んでたのよ」

「う、うっさいわね」

ラフィンが顔を赤くさせたところで、周囲から少し笑いが起こった。

「じゃあ、あのシグとかって人はどうなったんだ?」

ダインは続けてきいた。「ちょっとマジでぶん殴っちまったからな…気を失ったまま放置しちまってたんだけど…」

「あー、まぁ大丈夫なんじゃない? 現場には誰もいなかったらしいし」

ディエルが続けて答える。「まぁでも、ティエリア先輩にあんなことしたんだから当然の報いでしょ」

ディエルはまだシグがティエリアを脅かしたことに憤っていたようだ。

「あ、そ、そうだ。ティエリア先輩、怖くなかったですか…?」

ティエリアがシグに槍で貫かれた映像をフラッシュバックさせたのか、ニーニアは恐る恐るきいている。

「そりゃ怖いでしょ」

何故かディエルが答えた。「あんな髪を真っ赤にさせてさ。ヤンキー風のあんな奴が近くにいたら、誰だって何かされるんじゃって怖くなるわよ」

ベーコン菜のおひたしを食べるディエルは怒った顔をしている。「ま、私だったらあんな悪い奴は蹴っ飛ばしてるけど」

当然ティエリアは怖かったと言うはずだと思いきや、

「あ、あの方は…その…もしかすれば、それほど悪い人では…ない、かも知れません…」

これまた予想外な台詞だった。

「え、どういうことですか?」、ご飯に刺身を山盛りに乗せ、海鮮丼を作っていたシンシアが身を乗り出す。

「あの、実はあのとき…シグ…さん? シグさんが、私が張ったバリアを破ろうと躍起になっていたそうなのですが、一時間経っても破られる気配は無くて…」

ティエリアはぽつぽつと“あの時”の真相を語りだす。

「二時間、三時間と時間が過ぎていくばかりで、シグさんは汗を流し呼吸を乱していて、お疲れではないかと心配に思ったところで休憩時間になりました」

それは映像では全く分からなかった事実だった。

ティエリアは続ける。「休憩に入ったとき、シグさんは私に待つように仰って、補給室からわざわざ私の分のご飯まで持ってきてくださったのです」

…本当に、映像では分からなかったことだった。

「シグさんと一緒にご飯を食べることになってしまい、その間にシグさんから部隊長を勤めるのは大変だとか、この間購入したズボンの寸法が合わなかったとか、色々と苦労なされている方のようで…」

聞けば聞くほど、槍に貫かれた映像とは全く違う、ほのぼのとした空気を感じた。

「そ、そうだったん、ですね…」

ラフィンから小さく息が吐き出される。「私てっきり、ティエリア先輩があの人から一方的に暴行を受けていたのだと…」

「あ、ち、違います! あの瞬間だけ、私がビックリして気を失ってしまっただけなので…そもそも、あの方から悪意のようなものは感じられませんでしたし…」

確かにいま思い返してみても、あのシグにはジーニやサイラに感じていた腹黒さのようなものは漂ってなかった。

ただ真っ直ぐなだけの男なのかもしれない。強さにこだわり、強くなるためなら手段を厭わないというタイプ。悪く言えば単細胞。

ティエリアの言う通り悪人ではないとするならば、もしかしたらモンスター化したジグルを“処理”せず、こっそり逃がそうと考えていたのかもしれない。

「ま、真相がどうだったにしろ、やったことに変わりはない。俺たちは前を向いていこうぜ」

「そ、そうだね!」

ニーニアはすぐさまダインに同調し、「おー!」、ルシラは茶碗蒸しを掲げている。

「だいん、これおいしー!」

「お、そうか? じゃあ俺のも食べろ」

「わ、ありがとー!」

隣でもぐもぐと口を動かすルシラを笑顔で見つめてから、「でー」、ダインはシンシアたちに顔を向けた。

「ジグルはどうなったんだ?」

「前向くんじゃなかったの」

早速ディエルが突っ込む。

「いや、一応気になるしさ。状況的にあいつが一番ガーゴに狙われてそうだし、パンドラの副作用が本当に断ち切れたのかも気になってたんだよ」

「学校辞めて別の大陸に引っ越したそうよ」、情報通のディエルがいった。

これまた意外な展開だった。「ガーゴの権力はここオブリビア大陸しか影響がないからね。外国に行けば狙われる心配もないし、アイツの両親医者だからお金も職もあるみたいだし」

「副作用の方は?」

「全く…といっていいのかどうか分からないけど、無いそうよ」

「お、マジか」

「ええ。そのことについて校長先生に謎の手紙が送られてきたらしいわ」

「手紙?」

「校長先生は書かれた内容から何かを理解したそうで、その手紙を“失意のどん底にいた誰かさん”に託してたのを私は目撃したんだけど」

と、ディエルは隣のラフィンを見た。

一瞬不思議そうな顔をするラフィンだが、すぐに何か思い出したのか「あ」、と声を上げる。

「そ、そうだ。校長先生から何かもらったんだった…」

ポケットを探るラフィンは、そこから一通の手紙を取り出す。

「“彼”を救った人に渡してくれって…」

会話の流れだけで、その“彼”が誰であるか、そして救った人は誰なのかすぐに分かった。

「えと、ダイン君…だよね?」

おずおずといったのはシンシアだ。「あのときはダイン君が動いてたから…」

「いや、身体はシンシアだったんだから、お前でいいだろ」

ダインはラフィンから手紙を受け取り、それをそのままシンシアへ渡した。

「多分家族ごとガーゴに狙われてたんだろうし、そんなに丁寧に手紙をしたためる時間はなかったはずだ」

ダインが予想を述べていると、「う、うん、そうみたい」、内容を黙読したシンシアが頷いた。

「息子を助けてくれて、ありがとうって書いてある…」

シンシアが手紙の内容を見せてきた。

短い一文だが、思いが込められたような丁寧な字だ。

「良かったじゃん」

ダインがシンシアに言うと、「ダイン君だよ」、シンシアもそう返し、お互いに笑い合う。

「う〜ん…でも分かんないわよねぇ」

ディエルがしみじみといった。「あのパンドラの副作用って、麻薬よりも重いものだったんでしょ? 毒が全身に巡って手の施しようがないほど重症化していて、特効薬を飲んでモンスター化までしてたのに」

「あー、まぁな。手遅れだったな、確かに」、ダインが頷く。

「ガーゴの研究員もどうして副作用がなくなったのか、必死に調査して解析を進めてるみたいよ?」

「無理だろうな」

ダインは笑い飛ばした。「“アレ”はシンシアにしかできない芸当だ。あの魔法は技術でも理論でもない。シンシアの力でしか為し得なかったことなんだから」

そこで全員の視線がシンシアに集まる。

食事を中断していたシンシアは、ダインだけをジッと見つめていた。

「ダイン君、そろそろ教えて欲しいよ」

彼女は真剣な表情できいた。「私の本当の力って?」

パンドラの効果も副作用も、そして特効薬が引き起こしたモンスター化も、全てたった一発で断ち切ったというシンシアの“魔法”。

それは一体どのようなものなのか、シンシアはずっと考えていたようだった。

「どれだけ練習してもダイン君のときみたいに使えそうになかったし、あの魔法は一体なんだったのかな?」

「…そうか、気になるか…」

ダインも神妙な面持ちで腕を組む。

今度はダインに全員の視線が集中し、彼は…、

「分からん!」

目を開けてそういった。

「「何よそれ!!」」

ずっこけそうになったディエルと、今度はラフィンも混じって仲の良い突っ込みが入る。

「わかんないってー!」

茶碗を手にしていたルシラは笑っており、ニーニアもティエリアも口元を手で押さえてくすくすと漏らしていた。

「わ、分からない?」

ぽかんとするシンシアに、「言ったろ? 俺もあの時は色々と必死だったって」、ダインも笑った。

「気付けばシンシアの中に入ってて、やたらキモい姿をしたジグルがニーニアとディエルに襲い掛かろうとしていた。だから、もうこのままやってしまえと思ってあいつに戦いを挑んだんだ」

自分で意図してシンシアの中に入ったわけじゃない、と彼は続ける。

「ただシンシアの中から“何か”を感じてな。“この力”だったらあいつを…手遅れになったジグルを治せるんじゃないかって思ってさ」

そこでダインは少し視線を伏せる。「特効薬まで服用して自暴自棄になってたあいつなんだ。奴の暴走を止めるため、そしてシンシアたちを助けるため、“最悪の選択肢”が脳裏を過ぎったのは事実だが、シンシアの身体でそれは絶対に出来ない。するわけにはいかないと思って必死に解決方法を探ってたんだよ」

「…ダイン君…」

どんな状況でも自分のことを大事にしてくれていると理解したからなのか、シンシアの顔がまたみるみる赤くなっていく。

「あの時、お前に『見せてやる』とか偉そうなこと言っちまったが、実を言うと俺もよく分からなかったんだ。すまん」

素直に謝る彼に、シンシアは「う、ううん!」ぶんぶんと首を横に振った。

「じ、自分で見つけるよ。教えてくれたとしても、自分で理解しないと使えない力のような気がするし…だから…あ、ありがとう…」

シンシアがお礼をいい、場の空気がより一層穏やかなものになる。

「あ、そ、そうだ! 分からないことといえば!」

ラフィンが突然激しく動き出した。

「ダイン、結局あの魔法は何だったのよ!」

「あの魔法?」

「“セブンリンクスの奇跡”よ!」

ラフィンは驚いた顔でいった。「いまもマスコミを騒がせてて、始めの頃、色んな人たちから質問攻めだったんだからね!」

「あー、あれは…」

ダインは困ったような顔をする。

察したラフィンは、「まさかあれも無意識だったと?」、ダインにきいた。

「まぁ、そうだな」

ダインは頷く。「“向こう”のルシラの声がしてな。あの時目の前にいたラフィンに触れてくれって言われたんだよ。だから気付いたらああしてた」

「…じゃあ、あの魔法を使った本当の人物はダインじゃなくて…」

ラフィンは、コッテリコッケイの唐揚げにがっつくルシラに目を向ける。

相変わらず口の周りを油でべたべたにしていたルシラは、不思議そうな表情で返してきた。

「いや、具体的にいえばあの魔法はルシラのものじゃない」

ルシラの口元をウェットティッシュで拭きつつ、ダインはいった。「あの魔法陣の模様は見たことある。ラフィンが以前使って見せた浄化魔法だ」

「いや、そんなわけ…」

「間違いないよ。ただ超でかかったから、お前気付かなかっただけでさ」

「恐らく…」、ダインは続けた。「俺を介して、ラフィンの聖力をルシラが増大させたんだろ」

「…待って、そんなことできるの?」

ディエルが思わずといった様子で割り込んできた。「魔法力を強化するアイテムなりなんなりはあるけど、この間のアレは強化っていう度合いじゃないほどの規模だったような…」

「ルシラは色々な意味で規格外だからな。俺たちの常識は当てはまらない不思議な奴なんだよ」

ダインがそういって会話が途切れたところで、ルシラが両手を合わせていた。

「ごちそうさま!」

彼女は誰が見ても分かるほど苦しそうにしている。「はー、おなかいっぱいだよ!」

大きめに作ったデザートのプリンも全て平らげたようで、いつにも増して彼女は満足そうだ。

「ふぅ、私ももう食べられないよ〜」

シンシアも同じように腹をさすっており、ニーニアとティエリアは揃って「ごちそうさま」と両手を合わせていた。

「ちょっと作りすぎたかな」

「ふふ、少しね。でもすごく美味しかった!」

シンシアはいい、ニーニアとティエリア、そしてディエルとラフィンまでも大きく頷いている。

「なら良かったよ」

ダインは残った料理を全て平らげ、会話が一段落したとみて食器を重ねていく。

「後はやっておくよ」

「え、悪いよ」

シンシアたちが手伝おうとするが、「今日は何もしてなかったからな」、ダインは笑って彼女たちの申し出を断り、「ゆっくりしてろ」、とそのまま椅子に座らせた。

「ルシラ、腹ごなしだ」

「うんっ!」

笑顔のルシラは椅子から飛び降りて、一目散に厨房へ走っていく。

大量の食器を軽々と持ち上げたダインは、ルシラの待つ厨房へ歩いていった。

そんな彼の背中に、「あ…」、とラフィンが寂しそうな視線を送る。

「も、もう終わり…」

厨房から食器を洗う音を聞きながら、彼女は俯く。その表情はどう見ても話し足りなさそうで、そして寂しげだった。

「まぁ外はもう真っ暗だものね。そろそろ帰らないと」

ディエルがラフィンにいった。「サリエラさんもさすがに心配してるでしょうし、いくら連絡したとはいっても、こんな時間まで外にいたのは初めてでしょ?」

「え? え、えぇ、まぁ…」

「じゃあ帰らないと」

やけに優しい口調でディエルが促すも、次に彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

「ま、私たちはこのままダインのお家に行って泊まらせてもらうんだけどね」

「…は?」、ラフィンの動きが止まった。

「ねー? みんな?」

ディエルはシンシアたちを見回す。

「着替えも全部送り届けてあるから、準備は万端だよ!」、とシンシア。

「ピーちゃんたちも待ってくれてるだろうし」、とニーニア。

「あ、シエスタおば様から、お風呂が沸いたとの一報がございました!」、とティエリア。

「は…? え? ど、どうして…」、ラフィンだけは困惑している。

「いや〜、私は初めてダインのお家に行くんだけど、どんなところかしら」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! シンシアたちはよくお泊りしてるのは聞いてるけど、何でディエルまで…!」

「もちろん了承済みよ? お父様とお母様にはちゃんと話してあるわ」

「そ、そうじゃなくて、いつの間に…!」

ラフィンはどうしてそんな話になったのか気になったようだ。

「学校が休みの間にみんなとメールして、話の流れでそう決まったの。今日のお昼ご飯の時も話してたんだけど、誰かさんは塞ぎこんでていつもの場所に来なかったからなぁ〜」

「ぐ…」

ラフィンはくぐもった声を上げてしまう。どことなく悔しそうだ。

「ほら、ラフィン、早く帰らないと」

ディエルは勝ち誇ったような笑みを浮かべながらいう。「規則正しく生徒の見本であるべき生徒会長なんだから。品行方正なあなたのこと、家の人みんな心配してるわよ?」

いまのラフィンにとっては、ディエルのその台詞は果てしなく皮肉めいたものに聞こえたことだろう。

「…だ…駄目よ…」

黙り込んでいたラフィンから、小さく声が出る。

「そ、そんなの駄目よ! ディエルが泊まったら何するか分からないじゃない!」

「は? 何で私限定なのよ」

「だってあなた誰かのお家に泊まったことなんてないでしょ! 常識のないあなたが人の家に泊まったら何するか…!」

「失礼ね! ラフィンよりは常識あるわよ!」

ディエルが噛み付いた。「布団は使い捨てじゃないことぐらい知ってるし、就寝前のマッサージがなくても平気なんだから!」

突っ込みどころ満載な返答をするも、

「あなた昔、馬小屋みたいな小さな部屋で寝てるなんて信じられないっていってたじゃない!」

ラフィンはすぐさま過去話を持ち出し切り返す。

「む、昔は昔でしょ! いまは考え方が変わったわ! 多少狭くても全然平気なんだから!」

顔を赤くしたディエルはすぐに反撃に出たが、

「あなたのいう多少は、教室の半分ぐらいの広さでしょう!? そこを常識と思うこと自体、ディエルは世間からずれてるのよ!」

ある意味でラフィンの真っ当な指摘が入った。

「あなたに言われたくないわよ!」

そしてそのまま、二人はまたギャーギャーとケンカが始まった。

もはや微笑ましいとしかいいようのない光景だが、しかしその会話の内容はどちらも世間の常識からかなりズレている。

「だ、大丈夫かな…ダイン君のお家見て、ディエルちゃんショック受けちゃうんじゃ…」

シンシアたちが固まって話していると、その声が聞こえたディエルが「だ、大丈夫だから」、といってきた。

「その…ダインの家だったらどんなところでも…た、例え床に寝ろっていわれても大丈夫だから…ダインの家だったら…」

ディエルの顔が赤い。確かにお嬢様である彼女には常識とかけ離れた生活をしてはいるのだろうが、ダインの家に泊まれるというだけで、どんなことにでも対応する気でいるのだろう。

「だ、駄目だったら!」

しかしラフィンは違った。「そんなのでダインの家に行ったら、家の人にまで迷惑かけちゃうじゃない!」

「あなたと一緒にしないでよ。私はもう決めたんだから」

冷静さを取り戻してディエルがいうが、その態度にラフィンは余計に悔しそうにした。

「大体ディエル、あなたあのとき…!」

勢いに任せて奇襲戦の最中にディエルがラフィンに暴露したことを口走ろうとしたが、寸でのところで理性が働き、一瞬口を閉じる。

「と、とにかく駄目よ! 認めない!」、どうにかディエルの外泊を阻止したかったラフィンは、もうそういうしかなかった。

「何で学校の外でまであなたに指図されなくちゃいけないのよ」

落ち着き払ったディエルは肩をすくめる。「私がどこで何をしようと私の勝手でしょ」

「ぐ…っく…」

グゥの根も出なくなってしまったラフィンだが、

「…わ…私…も…その…」

何か呟きだした。

途中ではっとしたような顔になり、椅子から立ち上がる。

「監視…! そう、監視するわ! あなたのこと!」

「はぁ?」

「常識のないあなたは何をするか分からないんだもの! だからあなたを監視するために、私もダインの…お家、に…」

最後は消え入りそうな声だった。

何を言ったのか分からなかったが、ラフィンの気持ちを察したシンシアが「おおー! 大歓迎だよ!」、嬉しそうに声を上げる。

「ラフィンちゃんもお泊り! いいよね!?」

シンシアはそのまま厨房へ声をかける。

『いいぞー』、というダインの声が厨房から聞こえ、ルシラの『さんせー!』、という嬉しそうな声が続く。

ニーニアもティエリアも沸き立つが、ディエルだけはやれやれとした仕草で息を吐いた。

「別にあなたの勝手だから止めはしないけど…でもご両親になんて説明するのよ?」

ラフィンの家がどれほど厳しいか、ディエルは知っていたのだろう。

「友達の家にいまから泊まるって言うわけ?」

哀れんでいるような目でラフィンを見ている。「一人娘が初めて外泊するだなんてご両親は気が気でないでしょうし、どこの誰のところだって騒がれるでしょうし、どうやって伝えるつもりなのよ?」

「う…」

「まさか正直に言うつもり? 男の子の家に泊まるって? あなたが? ウェルト邸は大騒ぎになるでしょうねぇ」

肩をすくめるディエルは、はっきりと断言する。「絶対反対されるわ」

「き、聞いてみなくちゃ分からないじゃない!」

ラフィンは思い切ったようにスカートのポケットから携帯を取り出す。

ディエルを前にして弱いところを見せたくなかったのか、そのまま実家の番号を押したようだ。

携帯を耳に当てるラフィンは顔が真っ赤になっており、その手は震えている。

友達の家に初めて泊まる。それも男性の…ダインの家に。

家に事前に連絡してないどころか、そんなことを伝えること自体初めてだ。

『…はい』

数回のコール音の後、携帯の向こうから聞き慣れたメイド長の声がする。

「あ、あの…サリエラ、お願いがあるんだけど…」

声が震えている。

「友達の…い、いえ、ダインっていう…男性の方のお宅に、その…お、お泊り…したいんだけど…きょ、今日…」

ラフィンは口から心臓が飛び出そうなほど、極度の緊張に襲われているようだった。

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