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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百二十三節、生徒会長の苦悩

いくら落ち込んでいても、いくら塞ぎ込んでいても、何も解決しないというのは自分でも分かっていた。

何もする気力が起きず、予定されていたパーティへの出席や習い事も全て無断でキャンセルしてしまい、“以前の我侭なお嬢様に戻られた”というメイドたちの陰口が耳に入っても、気丈に振舞うことができない。

どれだけ“あの瞬間”に戻るよう念じてもそれは叶わなくて、いくら後悔しても、時間というものは無情に過ぎ去っていく。

気付けば登校日になっており、習慣というものは怖いもので、ラフィンは半ば無意識に制服に着替えて登校するための支度をしていた。

もしかしたら、という思いがあった。

“彼”に退学通告をしたのはその場の空気に流されただけで、先生たちは誰も聞き入れるつもりはなかったのではないかと。

グラハム校長先生辺りが、暗に自分の発言を取り消してくれているのではと。


誰も登校していない朝の早い時間に学校に向かい、奇襲戦の後処理の仕事もそこそこに、ラフィンはよせばいいのに校長室に忍び込んでしまった。

普段の彼女なら絶対にしないことなのだが、期待に突き動かされ名簿を盗み見てしまったのだ。

分厚い名簿を捲り、すぐにノマクラスの生徒一覧に目を通す。

結果として、彼女の淡い期待は簡単に打ち砕かれることとなった。

ダイン・カールセンという名前に×印が付けられていたのだ。隣に新しいクラス名簿があり、そこに彼の名前は記されていない。

「…そん…な…」

ラフィンは思わず呟いてしまう。目の前が真っ暗になったような気がした。

ダインがいない。もう学校に来ることがない。

その現実が改めてラフィンにのしかかり、彼女は崩れ落ちそうになってしまう。



「あ、あの…ありがとうございました」

休憩時間に入ったところで、ラフィンに声をかける人物がいた。

「え?」

顔を上げると、そこにはクラスメイトの女子がいて、そのさらに後ろに数人の学生たちが遠巻きにこちらを窺っている。

「ラフィン様のおかげで、この間の奇襲戦が終わることができたんですよね?」

彼女の顔は真っ赤だ。見て分かるほどに緊張しているが、どうにか続けた。「その…さ、さすが、です」

ラフィンを見る彼女の目からは、強い尊敬の念を感じた。遠巻きの学生たちも同様に。

「あんなすごい魔法、どんな大賢者でも使えないっていってました。セブンリンクスの奇跡。まさにラフィン様のことですよね」

「それは…」

違う、と言おうと思ったところで、彼女は一礼して小走りで立ち去っていった。

何でもいいからラフィンと話がしたかったのだろう。緊張した、と呟く女生徒を、取り巻きの彼らが称えている。

そこでラフィンは周囲からの沢山の視線に、ようやく気付くことが出来た。どれも憧れのような視線だ。

その視線は以前から感じていた。

一年にして生徒会長を務め、さらにウェルト家の長女でエレンディアの証を持っているということもあり、彼女は常に注目されていた。

しかし今日はそれ以上に人の目を集めているようだ。それもこれも、全て“セブンリンクスの奇跡”が原因だというのはすぐに分かった。

数万ものモンスターを一瞬で消し去った魔法。

どんな攻撃魔法も受け付けず、物理でしか壊せない召喚石まで破壊した究極の魔法。

でもあの魔法は自分ではない。

彼が…ダインが使った魔法なのに。

そう説いて回りたかった。彼がどれほどの人物か、信じてくれるまで何度でも喧伝したかった。

でもダインを失ったショックから、彼女はもはや立ち上がる気力もない。

しかしそれでよかったのかもしれない。いまは、クラスの誰とも話をしたくない。

きっと彼らは、セブンリンクスの奇跡以外にも気になることがあるのだから。

━━ダインが退学になった。

今頃校内ではその話題で持ちきりだろう。

もうこれ以上現実を知りたくなかった。

他人の誰からもそのことを聞きたくなかった。

面白おかしく語る人が目の前にいようものなら、きっと自分は己の立場も世間体も忘れて暴れていたかも知れない。



「…お疲れ様でした」

夕方に差し掛かった頃、会議が一段落してからラフィンはいった。「生徒会室の施錠等は私がやっておきますので」

「ほいほーい、お疲れー!」

いの一番に帰っていったのはフェアリ族のセレスだ。

「じゃあお言葉に甘えて…」

「もー遅いですよユーテリア様ー!」

待ちきれなくなった女生徒の一人が、生徒会室に押し入ってユーテリアの腕を引っ張っていく。

「はいはい、分かってるよ。そんなに慌てないで」

じゃあね、と彼は手を振りながら部屋を出て行った。

「お疲れ様です」

他の生徒会役員もラフィンに一声かけ去っていく。

「…………」

ラフィンだけは、生徒会長の椅子に座ったまま一人動かなかった。

いや、動けなかった。いまも頭の中を占めるのはダインのことばかりで、彼に対する謝罪の言葉しか浮かんでこない。

ダインの声や笑顔ばかりが脳裏を浮かんでは消えていった。

一緒に昼ごはんを食べたことや、この生徒会室でお茶会をしたこと。公園で語り合ったことや、ノマクラスの教室で過去を打ち明けたこと。全てが遠い過去の思い出のようだ。

思えば、ダインは初めから自分に優しくしてくれていた。

友達になってくれて、生徒会長としての自分をまともに評価してくれて、愚痴も全部聞いてくれていた。

ラビリンスに異常が出たときは解決に向けて協力してくれたし、下克祭のときもミーナを助けに来てくれて、そして奇襲戦のときも学校を救ってくれた。

周りを常に気遣い、本当にピンチのときは駆けつけてくれた彼。

そんな優しい彼に、自分は何ができたのだろう? 何をしてきたのだろう? 何の恩も返せてはいないんじゃないだろうか。

彼が奔走してくれる度に彼自身の立場が危うくなっていき、その様子を自分は指をくわえて見ていることしかできなかった。

生徒会長なのに。生徒の模範となり彼らを守るべき存在であるはずなのに。守るどころか彼を退学にまで追い込んでしまった。

何をしているのだろう、自分は。何故彼のためになるようなことが、何一つ思いつくことができなかったのか。

滲む視界の中、机の上に置物のカレンダーがあったことに気がついた。

翌日の日付に赤く丸印がつけられており、何の日か考えてすぐ、その日はダインの家にお邪魔する日だということを思い出した。

奇襲戦の直前まで服選びに迷っていたけど…でも、今更どんな顔をしてダインに会うというのだろう。

退学に追い込んでしまった自分は、ダインと会う資格などない。

きっと彼の両親も自分のことを恨んでいるはずだ。

ラフィンの気持ちは沈んでいく一方で、また視界が滲みそうになったときだった。


「…そろそろ気付いて欲しいんだけど」

突然、前からそんな声がした。

ハッとして顔を上げると、椅子にかけたままのディエルが、頬杖をつきながらこちらをジッと見ていた。

「はっ!? な…ど、どうしてまだいるのよ」

どきりとしていうと、「どうしてって、あなたが珍しく辛気臭い顔してるから眺めてただけよ」、ディエルはどこかぶっきらぼうに答える。

「で?」、彼女はおもむろに立ち上がり、ラフィンの前まで歩いていった。「メールも通信も無視してたのはどういうつもり?」

ラフィンは「う」と言葉を詰まらせる。

「反応がないから、みんな余計に心配してる。そのことが分からないほど子供じゃないでしょ」

「…う、うるさいわね。いまそんな状態じゃないの」

ディエルから視線を逸らし、彼女は呟く。「そっちこそ、分かってよ…」

「自分で言ったことでしょ」

ラフィンを見つめるディエルの目つきが、ふいに険しくなる。「ダインを退学にしたの、私許してないから」

心臓をナイフで貫かれたような衝撃がラフィンを襲った。彼女は表情を歪め、下唇を噛んでいる。

「大変よね、生徒会長って仕事は」

だがディエルの追及は続いた。「“校則違反”を犯した人には、どういう間柄であれ、どういった理由であれ罰しなければならない。あなたは立派にその勤めを果たしたわ。他の生徒たちにもその威厳を見せ付けることができた。例の二人組みも満足そうにしていたし、校内でのあなたの人気はまたさらに上がることでしょうね」

ディエルの台詞がいちいちラフィンの胸に突き刺さる。

「始めの頃、あなたダインを目の敵にしてたものね。良かったわね。思う通りになれて。ダインを退学にして自分は支持を得られて、さぞかし…」

「いい加減にしてッ!!」

ラフィンは机を激しく叩いて立ち上がった。

「私だってあんなこと言いたくなかったわよ!! でもあの場を収めるにはああ言うしか無かった! こんな立場じゃなかったら絶対に言わなかった!!」

訴えるラフィンの目は見開き、その表情からは強い怒りを感じる。

「私の気も知らないで勝手なこと言わないでよ!! 私がどんな気持ちでダインに退学を言ったか分かるの!? 衆人環視があって先生もいる中で、私情に駆られて校則を無視するようなことを言えるわけないじゃない!!」

これまで溜め込んだ気持ちをディエルにぶつけているかのような、絶叫に近い声だった。

「学校は遊び場じゃない!! 規則も校則も必要だから存在している!! 副会長ならそれぐらいのこと分かりなさいよ!!」

ひとしきりディエルに感情をぶちまけた後、彼女は再び力なく椅子にかけた。

「…もう出て行って…一人にさせて…」

そのまま机に伏してしまう。彼女から鼻を啜るような音がした。

しばし、ラフィンを見下ろしていたディエルは、

「…はぁ」

息を吐く。

「まったく、あなたって昔から変わらないわよね」

頭を掻きながら続けた。「どうしてそういうことを一人で抱え込もうとするのかしら」

「…どういう…意味よ」

「言ったでしょ。みんな心配してるって」

その優しい声に、ラフィンの顔が上がる。

「だからどういう…」

彼女の潤んだ瞳に映ったディエルの顔は、いつもの悪戯っぽい笑みをしていた。

「確保よ!!」

と、いきなりラフィンを指差し彼女はいった。

「は?」

疑問に思った瞬間、ディエルの背後から数人の人影が飛び出してきた。

それらはラフィンの背後に回りこみ、腕を掴んで立ち上がらせてくる。

「え? え? な、何? え?」

「ニーニア、ラフィンのカバンは?」

「持ってるよ!」

ラフィンの右腕を掴みながら、ニーニアはカバンを見せてくる。

「シンシア、全員分の靴は?」

「この通りだよ!」

左腕を掴んでいたシンシアは、袋に包まれた五人分の靴を見せてくる。

「ティエリア先輩、転移魔法の指定先は?」

「ばっちり設定しております!」

胴体を抱きしめていたティエリアは力強く頷いた。

「よし、生徒会室の施錠はクラフト先生に任せてあるし…先輩、そのまま詠唱をお願いします」

「承りました!」

元気良く頷いたティエリアは詠唱を始める。ラフィンを中心に、青白い魔法陣が広がっていった。

「え? 何? 何をしようとしているの?」

「校内の転移魔法は禁じられているけど、その禁忌を犯すわ」

「き、禁忌? は?」

ラフィンはこの訳の分からない状況に混乱している。が、シンシアたちに拘束されているため動くことが出来ない。

「諦めなさい」

ディエルも魔法陣の中に入りながらいった。「この子たち、いったら聞かないから」

「い、いや、説明を…せめて説明だけでも…ねぇ!?」

「飛びます!」

「せ、説明をおおおおおおぉぉぉ…!!!」

ラフィンたちの姿は光に包まれ、消えた。



ラフィンが連れてこられたところは、なんとものどかな村だった。

建ち並ぶ家屋は木造で、地面は土。

入り口にいた村人と思しき人にシンシアは笑顔で挨拶を交わしており、そのまま門をくぐって村の中に入っていく。

「…エレイン村…?」

ラフィンが門の上部にあった看板を読み上げているところで、ニーニアが手を掴んで引っ張ってきた。

「早くいこ?」

「え? え、ええ…」

とりあえずいわれた通りに村の中に入ったものの、その景観はこれといった特色の無いものだった。

通行人は普通の村人だし、そろそろ夜になるためか買い物帰りの主婦が多い。

「ね、ねぇ、私をこんなところに連れてきて何をしようというの?」

いい加減目的を知りたくなったラフィンは、隣にいたディエルに問いかけるも、

「別に何も?」

ディエルもきょろきょろと周囲を見回しつつ答えた。「ただ美味しいカフェレストランがこの中にあるって、シンシアがお勧めしてくれてね」

「カフェレストラン?」

「ま、いいから着いていきましょうよ」

前を歩くシンシア、ニーニア、ティエリアの三人は道筋が分かっているようで、行き交う村人と挨拶しながらどんどん前へ進んでいく。

畑の間を抜け、工房と思しき建物を曲がって民家の並ぶ区画へ。

林道の突き当たりにある建物の前で、シンシアたちは立ち止まっていた。

「『やったるDAY』…うん、ここだね!」

その建物の入り口手前には看板があり、メニュー表も用意されている。

窓や屋根には可愛らしい花や小物が飾られてあり、確かに洒落た外観のレストランのようだ。

「あの、何でわざわざ村のお店に…?」

訳が分からないというラフィンに、シンシアたちはくすくすと笑い出す。

「実は私たちもここに来るのは初めてで、ラフィンちゃんも一緒にどうかなって思ってね」

「いや、でもいまからレストランなんて…もう夜になっちゃうわよ?」

ラフィンの懸念に、「大丈夫よ」、といったのはディエルだ。

「今日の夕飯はいらないって、あなたのメイド長に伝えてあるから」

「は?」

「さ、入りましょ」

ディエルはシンシアたちの背中を押して、店の中に入っていった。

ドアの上部からチリンチリンと鈴の音が鳴り、入店の知らせを聞いた店員がぱたぱたと足音を響かせながら走ってくる。

「い、いらっちゃいませ!!」

客が一人もいない店内で、シンシアたちの前にやってきたのは、店員にしてはやたらに小さな…子供の女の子だった。

「なんめーサマでしょーか!?」

尋ねる彼女は見て分かるほど全身を緊張させており、動きも硬い。

不思議な状況が続きラフィンはさらに混乱しそうになったが、その女の子を見て違和感を覚えた。

「あ、あれ? あなたどこかで…」

「五名サマだよ〜、ルシラちゃん♪」

シンシアは笑顔でいい、その笑顔につられてルシラも笑った。

「ではこちらへどーぞ!」

案内を始めたルシラだが、その背中を見てたまらなくなったシンシアが抱き上げてしまった。

「わわっ!? し、しんしあちゃん!?」

「ごめん、もう無理! 可愛すぎる!!」

「んみゅーーー!!」

シンシアはルシラを抱っこしながら、そのぷにぷにした頬に何度も頬擦りしている。

「ふふ、本当可愛いね」

ニーニアは笑って二人の元へ近づき、「その制服似合ってますよ」、ティエリアもルシラの頭を撫でている。

「紹介ぐらいさせて欲しいんだけど…」

ディエルは呆れたような笑顔で、ラフィンは困惑しっぱなし。

そのときだった。

「はは。おいおい、ルシラの初仕事の邪魔しちゃ駄目だろ」

厨房の奥から声がした。

そこから出てきた人物を見て、ラフィンはまた目を見開いてしまう。

心臓が口から飛び出るのではと思うほど胸が高鳴り、全身が硬直してしまった。

「いらっしゃい。お前たちが初めてのお客さんだ」

ジーパンにシャツというラフな格好で、店名が書かれたエプロンを腰に巻いていた彼はいう。

「限定食堂『るしらん』。会員制で、お前たちだけのお店だ」

と、彼は…ダインは、彼女たちにいつもの優しい笑みを向けた。

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