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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百二十節、夜明けの闇5「出来ること」

「あ…?」

起き上がったシンシアの姿を見て、ジグルは一瞬混乱してしまった。

「てめぇ、何をした…?」

洗脳魔法は絶対的な効力を持つはずだった。

自我を失った者が鎖に触れた瞬間、どれだけ強い奴であろうが相手の意思は自分のものにできるはずだった。

洗脳魔法の鎖はシンシアの精神を確実に侵していたはずなのに、しかし彼女はジグルの意思に反してふらりと立ったまま。

「無意識か…?」

呟くジグルだが、彼女の中に明確な自我があることを感じ取った彼は舌打ちをした。

シンシアは俯いたままで、長い髪で顔が隠れているため表情が分からない。

「まだ痛めつけが足らなかったか」

シンシアに巨体を向けたジグルは、そのまま突進を始めた。

「もっといたぶってやるよ、おらぁ!!!」

ジグルの太い腕が振られ、轟音と共に直立不動のシンシアへ向かう。

その拳がシンシアの全身を捉えようとしたとき━━

フッとシンシアの全身が回転し、ジグルの攻撃をかわした。

「なっ…!?」

驚くジグルの背後から風を切るような音がして、次いで何かが吹き出すような音。

「っでぇ!?」

背中に激痛を感じ、ジグルはすぐに飛び退いた。

その場に立っていたシンシアは、いつの間にか聖剣を創り出し構えていた。

ジグルは自分の背中を触り、そこからぬるりとしたものを感じて表情を驚愕に染める。それは紛れもない彼の血だ。

「て…てめぇ…」

思わぬ反撃を受け、ジグルの表情は驚きから怒りに変わる。「分かったよ。痛いのが好きなんだな」

ジグルは再び突進を始めた。「半殺しで犯してやるよおらぁ!!」

周囲の雨が全て吹き飛ぶほどの突進だった。

まるでダンプカーが突撃してきたような光景だが、シンシアは怯む様子も逃げる素振りもなく、聖剣を上段に構える。

「鳳牙…二刃!!」

そのままジグルに切りかかり、上下の二段攻撃を繰り出した。

そのスピードも威力も前回彼女が使っていたときとは段違いで、二回攻撃なのに衝撃音は一度しか聞こえない。

巨体同士がぶつかるような音と共に、

「ぐあっ!!」

ジグルから悲鳴が上がった。

弾かれたのは彼の方だった。転がっていた岩石に背中をぶつけ、岩が砕ける。

ぶつかった衝撃によるものか、シンシアが持っていた聖剣は消えてしまっていた。しかし彼女は両手を頭上に掲げ、再び聖剣を出現させる。

「っんだよてめぇ…その聖力どこに残してやがった!!!」

ジグルはシンシアに手を向け、黒い輝きを放つ光矢の魔法を放った。

無数の矢がシンシアに襲い掛かるものの、彼女はそれらを全て聖剣で弾いていく。

「ちっ!! もっといくぜおら!!」

ジグルがさらなる攻撃魔法を放とうとしたようだが、

「鳳牙…激迅!!」

腰を低くさせたシンシアが魔法で身体能力を高め、地面を蹴った。

まるでレーザーのような速さの突きだった。

凄まじい勢いにジグルは咄嗟に腕を硬化させ、クロスして攻撃をガードする。

再びものすごい衝突音がして、またジグルだけが大きく後方へ弾かれた。

「ぐぅ…! っくそが…! 何なんだよてめぇ…!!」

怒るジグルだがシンシアは答えない。手元の聖剣がまた消えていたが、彼女は当たり前に聖剣を発現させた。


「し…シンシアちゃん…?」

シンシアの突然の変わりように、ニーニアはしばし固まっていた。

不思議だった。シンシアが聖剣を発現させるたびに、その聖剣の輪郭がはっきりしたものになっている。

「ど、どうなって、るの?」

意識が回復したディエルは、いつの間にかシンシアが優勢に立っていた状況に理解が追いつかなかった。

「大人しく俺に犯されろよてめぇはよぉ!!!」

ジグルは辺りにあった巨木を手当たり次第に引っこ抜き、シンシアへと投げつけていく。

しかしその攻撃もシンシアは難なくかわし、再び殴りかかってきたジグルに聖剣で応戦した。

聖剣とジグルの肉体がぶつかり合う。

そのたびに光の粒が舞い、明らかに物質量に差があるのに何故かジグルの方が押されていく。

「ぐ…ぐぅ…!」

「滅来!!」

シンシアが振るった聖剣に衝撃波が発生し、そのままジグルを押し出していった。

「ぐ、おおおおおおおおぉぉぉ!!!」

巨体がものすごいスピードで吹き飛ばされ、何本もの木々を巻き込みながら、またその体が地面に沈む。

シンシアは遠くで倒れるジグルに向け、ツカツカと歩き出す。そのまま腕を横に振り、聖剣を創り出した。いまやその聖剣は実体を持っているかのようにクッキリしている。

「うざってぇなその光!! てめぇは弱いんだから俺に食われてりゃいいんだよ!!!」

体勢を整え、ジグルがまたシンシアに飛び掛ろうとする。

シンシアも走り出し、相手の攻撃を真正面から受け止めた。

ガッという音がして、しばし押し合いになる。

拳を突き出したジグルは、聖剣ごとシンシアを吹き飛ばそうとしている。

「ぐ…ぎぎ…!」

体中の血管が浮き出るほど力を込めているはずなのに、何故かシンシアは動かない。

「倒れ、やがれ…! 弱いクセに抵抗なんてしてんじゃねぇ…よ!! 犯される運命なんだよてめぇは…!!!」

ジグルが喚き散らしている。

そのとき、シンシアの口がゆっくりと開かれていった。

「…るっせぇなぁ」

その小さな口から、彼女の可愛らしい外見とはあまりにかけ離れた口調が飛び出した。「犯す犯すって、それしか考えられねぇのかお前。モンスター以下かよ」

そこで彼女の顔が上がる。

シンシアの目はつりあがり、まるで別人のようなきつい顔つきになっていた。

「あ…? 何だぁ、てめぇ?」

シンシアの変貌振りにジグルも疑問に思ったようだ。

「それはこっちの台詞だ」

シンシアはジグルを睨みながら続ける。「そのダサい格好は何だよ。ぶっちゃけ気持ち悪いぞ」

彼女は強化魔法を唱え、聖剣でジグルを突き飛ばした。

「ぐあ…!!」

飛ばされた先で木々がまた薙ぎ倒されていき、倒木にまみれたジグルはもがいている。

その間にシンシアはニーニアとディエルの元へ向かった。

「大丈夫か?」

そう彼女たちに声をかけた。

「え? あ…う、うん、大丈夫…だけど…」

ニーニアは困惑しながら頷く。

「あ、あなたこそ大丈夫、なの…?」

ディエルも同じような表情で尋ねるも、「ああ、こっちは問題ない」、シンシアは頷いてディエルの頭に手をかざした。

どうやら回復魔法を使ったようで、彼女の全身にあった切り傷が塞がれていく。

「もうちょっと待っててくれな。すぐ終わらせるから」

シンシアは彼女たちに少し笑いかけ、再び聖剣を出現させジグルの元へ向かっていった。

「ど、どういうこと?」

そのシンシアの背中を見つめながら、ディエルは目を見開いている。「あの子って二重人格だったの?」

「あ…う、ううん、違う…と思う」

ニーニアはそういって、同じくシンシアの背中を見つめている。その目には、先ほどの絶望とは違って光が宿っている。

「シンシアちゃ…ううん、あの人は…多分…」

シンシアの背中に漂う大好きな人の気配を、ニーニアは感じ取っていたのだ。「ダイン君…だよ」


シンシアは走り、体勢を整えたジグルにすぐさま攻撃を加える。

「ふんっ!!」

弾かれたジグルは大木を振り回しながら殴りかかり、暴れだす。

特効薬の効果によって、またさらにスピードとパワーが増していくジグル。

荒れ狂う嵐のような攻撃で、シンシアもさすがにガードし続けるしかない。

「もうてめぇは嬲り殺す!! 両手両足を引きちぎってそのまま犯してやるよ!!」

「だからそれしか言えねぇのかお前は。モンスターでももう少しマシな動機があるぞ」

「そんな口が利けるのもいまのうちだ!!」

嵐のような攻撃に加え、攻撃魔法も繰り出してくる。

「こっちは腕が沢山あるからなぁ!! 二本しかないお前は物理的に防ぎきれねぇだろ!!」

ジグルはとうとう洗脳の魔法を物理的に扱うことができるようになったらしく、周囲の木々に魔法の鎖を巻きつけ武器にし始めた。

巨木がシンシアの周囲を取り囲み、折れた切っ先がシンシアに向けられる。まるで針の山に囲まれているようだ。

「このまま圧縮してやるよ! 弱者らしく少しは命乞いでもしてみたらどうだ!?」

「必要ねぇよ」

「じゃあ死ね!!」

ジグルの合図と共に、浮かんだ木々が素早いスピードでシンシアに集まる。

グシャッと潰れるような音がした。

が、そこからは血も何も出ておらず、潰れあってぐちゃぐちゃになった木しかない。

「あ…?」

ジグルが不思議に思った瞬間、その背中から斬撃音がした。

「ぎゃああああぁぁぁ!!!」

激痛を感じたジグルは、悲鳴を上げながら飛び退く。

ジグルが立っていた場所には、一本の太い腕…生えたばかりの彼の腕が転がっていた。

「な、何だ…!? 何しやがったんだよ…!!」

周囲を見回すジグルとは別方向から、「どこ見てんだよ」、という声がする。

シンシアは彼の真後ろに立っていた。

「て、てめぇ、どうやって…っるあああああぁぁぁ!!!」

再びジグルがシンシアに殴りかかる。

大きな拳がシンシアの全身を捉えようとした…が、ぶつかる寸前で、彼女の姿が消えた。

身をかわしたでも素早く動いたでもなく、本当に“消えた”のだ。

「あ…?」

手応えがなく疑問に思った瞬間、またジグルの背中から斬撃音。

血が吹き出す音がして、激痛が走る。

「いっでえええええぇぇぇぇ!!!!」

痛みに震えるジグルの足元には、さらにもう一本彼の腕が落ちていた。

「ぐ…っぐぅ…!!」

大慌てで回復魔法を使う。

背中の傷口が癒えていき、腕が新たに生えてきた。

「やっぱ一本ずつじゃ駄目か」

「死ねおらああああぁぁぁ!!!」

ジグルは六本の腕を使い、シンシアに殴りかかってくる。

そのパンチは岩石を軽く砕くほどの威力がある。避ける隙間もないほどの手数だが、シンシアの姿はまた消えた。

「そこかっ!!」

背後から気配がしたジグルはすぐに後ろに腕を振るうが、それも空を切る。

シンシアの姿はジグルの周囲に現れては消え、彼を翻弄していく。

それは、いつだったかシンシアの姉リィンがダインに使って見せた技だった。

転移魔法を用いた移動術。転移なのでどれだけ避けられない状況でもかわすことができる、ある意味で卑怯な技だ。

「てめぇマジで何を…!!」

ジグルにはシンシアがどう動いているのか分かってないようで、苛立ちながら周囲を見回しシンシアの姿を探す。

彼女は、いつの間にかジグルからやや離れた位置にいた。

何故か戦闘状態を解いていたシンシアは、地面の“ある場所”に視線を落としたままでいる。

そこには人形の手と頭が落ちていた。つなぎ目の部分は千切れ、綿が散乱している。

バラバラにされたルシラだった人形を見つめながら、

「…なぁ」

静かに、シンシアはジグルに声をかけた。「お前は…何ができるんだ?」

シンシアの背後から地鳴りがする。ジグルが筋肉を盛り上げながら迫ってきている。

「何いってんだよてめぇ!!!」

勢いをつけたまま殴りかかってきたジグルの攻撃を転移魔法でかわし、再び背中の腕を切り落とす。

「があああああぁぁぁぁ!?」

立ち止まって痛みで暴れるジグルを真正面から睨み、シンシアは再び問いかけた。

「お前は何ができるんだ?」

ジグルは答えない。うめき声を上げながら、何故か自分の傷口に腕を突き刺した。

「ぐぎっ…!!」

気が狂ったかに見えたがそうではない。洗脳魔法を自分自身に使ったのだ。

「ぐ、ぅ…ぐぅ…ふ、ふふ…ははははは!!」

やがて不気味に笑い出す。「この魔法は自分にも効くんだな! 痛みを取り除いてやったよ!!」

流れ出る血をそのままに、ジグルはシンシアを見下ろした。

「もう切られてもなんともねぇぞ!? 残念だったなぁ!!」

「そうか。ますますモンスターじみてきたなお前」

聖剣を構えなおすシンシアに向け、

「何でもできるぞ俺は」

そうジグルは答えた。「モンスターを従えることもできるし、この奇襲戦を終わらせることも、さらに混乱させることもできる!」

「他には?」

「この森を一瞬で更地にできるし、何だったら校舎も…やろうと思えばこの街一帯も潰せる。やってやろうか?」

有言実行だと、ジグルは校舎へ向けて走り出そうとする。

シンシアは瞬時に移動し、その太い足を切ろうとした。

しかし聖剣が当たった瞬間、鉄がぶつかるような音がして弾かれた。

「そう何度も切られてたまるかよ!!」

ジグルはシンシアの攻撃の軌道を読んで、そこだけ硬化させたのだ。

「くらえ!!」

反撃して回し蹴りをするが、シンシアはすぐに飛び退く。

「しょうもねぇ奴だなお前」

ジグルを見据えながら、シンシアはいった。「さっきからできること聞いてるけど、結局全部破壊することばかりじゃねぇか」

「あ?」

「そんな姿になるまでパンドラを使って力を得たってのに、お前ができるのはこうして破壊することだけなのか?」

「は…? 何でてめぇがパンドラのこと…」

ジグルが疑問に思っている間にシンシアの姿が消える。

気配を察知しジグルはすぐに肉体を硬化させ攻撃を防いだが、シンシアはその硬化した肉体ごと吹き飛ばしていった。

「ぐおぉ…っく!!」

空中で身体を反転させ、どうにか着地する。

「破壊しかできねぇのかよ?」

シンシアは悠然と歩きながらきいた。「人の大切なもん壊して泣かせることしかできねぇのか?」

「るっせえええぇぇぇ!!」

ジグルは大きく跳躍し、シンシア目掛けて巨体を落としてきた。

シンシアはすぐさま身をかわし踏み付けをかわすが、周囲に彼女がいるものだと読んでいたジグルは腕を振り回す。

「暴力はヒトとしての本能なんだよ!!」

攻撃の手を緩めずジグルはいった。「映画や漫画でも強い奴が主人公の方が面白いだろ!? 誰しも根底に持っているものなんだよ、破壊衝動ってもんをな!!」

シンシアの姿が見えるたびに、ジグルはパンチやキックを放つ。辺りの地形はますます変形していき、その衝撃で周りの木々が丸太と化していった。

「力を手に入れたら使いたくなる! 強い力ほど、周りからは有り難がられ支配欲や優越感が満たされる!!」

まさにいまのジグルはその悦に浸っているような顔だった。「力こそが正義なんだよ! 論理だてる奴らなんざ殴れば一発で黙る! 最強の力なんて最高じゃねぇか!!」

目の前に現れたシンシアに、ジグルは渾身のパンチを放った。

ゴッという轟音と共に、シンシアの全身に拳が激突する。

捉えたとニヤリと笑みを浮かべたジグルだが、シンシアが聖剣でしっかりガードしていたのを見て表情を歪めた。

「誰しも破壊衝動を持っているのは否定しない。そういう作品が面白いのも分かる」

ジグルの拳を聖剣で弾きつつ、シンシアはいった。「だがそれを現実でやっちゃぁ、イタいだけだぞ?」

シンシアが聖剣を振るい、ジグルの腹部に当てる。

彼は硬化して受け止めたが、やはりその威力はこれまでの比ではなかった。

「くっ…そがああああぁぁ!!!」

細い剣でしかないのに、まるで巨大な鉄槌に振り抜かれたように、ジグルは大きく後方へ押しやられてしまう。

「強さを求めることは悪いとは思わない。だがその暴力を振りかざした先には何がある? 何が生まれる? 何が残るんだ?」

「うおおおおおおおぉぉぉ!!!」

強化魔法で限界まで己の筋肉を硬化し、ジグルはシンシアに突進する。

また地形が変形するほどのぶちかましだったが、シンシアは真正面から難なく受け止めた。

「ぐ…ぐぎぎ、ぐ…!!!」

ジグルがそのまま吹き飛ばそうとするが、シンシアはその場から一歩も動かない。聖剣と強化魔法の相乗効果なのか、その細身から発せられるとは思えないほどの硬さだった。

「恐怖心で黙らせ、暴力で傷つけて泣かせることが正義だと?」

そのままシンシアはいった。「何千年前の話だよ。暴力で世界を支配するのが間違いだったことは歴史が証明している。そんなものは誰も幸せにならないし、誰も望んでない」

「ぐ、おおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

雄叫びと共に力いっぱいにシンシアを跳ね除け、ジグルは両手を広げた。

丸太、岩石、土の塊や瓦礫、とにかく周囲に転がるあらゆる物体を魔法の鎖で持ち上げ、圧死させるようにシンシアへぶつける。

どれだけ素早く動こうとも逃げ場のない攻撃だったが、やはりそれもシンシアには無意味だった。

ゴシャッと潰れる音がしたと同時に、ジグルの背中に生えていた四本の腕がまとめて切り落とされる。

「ッぎいいいいいいいぃぃぃぃ!!!!」

悔しさに歯をかみ締めたジグルは、そのまま口から血を流している。

すぐに振り返り、背後にいたシンシアに体当たりした。

また彼の攻撃を軽く受け止めたシンシアはいう。「お前がしているのは正義でもなんでもない。思い通りにいかないから地団太を踏んでいるガキと一緒だ」

そのときジグルの腹部にとてつもない衝撃が走る。

シンシアが聖剣を思い切り叩き付けたようで、ジグルがまた大きく吹き飛ばされていった。

「ぐああああぁぁ!!」

地鳴りと共に巨体が地面に沈み、すぐに身体を起こそうとした彼だが、その顔面に聖剣が迫っていた。

すぐさま顔を硬化させ攻撃を受け止めたジグルだが、その顔面から激痛が走る。

「いっ…!? っでええええぇぇぇぇ!!!」

顔を覆いながらのた打ち回りだす。

「やっぱ頭部の痛覚はそのままか。魔法って頭使うもんな」

シンシアはそういってから、「何が不満なんだよ」、と続けた。

「学校に通わせてもらって飯も食わせてもらってる。好きな本が読めて好きなことを言えるいまの、何が不満なんだ?」

「ごちゃごちゃ…うるっせええええぇぇぇ!!!」

飛び上がって身体を起こし、辺りの大木を手に持って振り回してきた。

「俺の人生なんだ! 何も知らねぇお前にぐだぐだ言われる筋合いはねぇんだよおおおおぉぉぉ!!!」

その攻撃があまりに激しくて、回転攻撃がそのまま竜巻になる。森の中であるはずなのに、周囲はまた更地になっていった。

「おらああああああああああぁぁぁ!!!」

どうにかシンシアに攻撃を当てようと必死になっていたジグル。

「ああ。筋合いはないな」

その彼の真下から、シンシアの声がした。

「でも、親から教わらなかったか?」

聖剣を垂直に構えていた彼女はいう。「他所様に迷惑をかけるなって」

突如その聖剣が巨大化し、ジグルが反応するよりも速く、彼の顔面に直撃した。

「んぎっ…!?」

シンシアはそのまま聖剣を振り抜く。

重低音と共にジグルの巨体が地面にめり込むほど沈み、とてつもない威力だったのか地割れまでできてしまった。

「ぐっ…ぞぉ…!! ぐぞがああああぁぁぁぁ…!!!」

歯をボロボロにさせ、地面に挟まれもがいているジグルの前に、シンシアは移動していた。

「もう一度きく」

ジグルの眉間に聖剣の切っ先を突きつけ、険しい目つきで睨みつけながらシンシアはいった。「お前は、何が、できるんだ?」

「ぐ…ギイイイイイイイイィィィィィィ!!!!」

メキッと音がして、ジグルは岩盤ごと身体を起こした。

その巨体は時間が経過するごとに巨大化しており、もはやベヒーモスよりもでかい。

「コロス…コロスコロスコロスコロスッ!!!」

もう完全にモンスター化してしまったようだ。

押しつぶそうとまた突進してきたジグルに対し、シンシアは小さく息を吐く。「それがお前の答えか」

もう会話は無理だと思ったのか、シンシアは再び聖剣を構えた。

「グオオオオオオオオォォォ!!!」

数十個はあるだろうか、大きな拳がシンシア目掛けて振り下ろされる。

聖剣を巨大化しそれらを全て受け止めたシンシアは、すぐさま剣を下段に構えた。

追撃してこようとしたジグルの股下に向け、聖剣を振り上げる。

「グゴッ…!?」

硬いもの同士がぶつかるような音がして、ジグルは空高く打ち上げられた。

シンシアはそのまま、自身に強化魔法を唱え聖剣を構えなおす。

「破魔一刀流、奥義…」

地面を踏みしめた瞬間、彼女の姿が消えた。

そして空中にいたジグルの目の前に瞬間移動する。「天来終滅…破砕陣」

ジグルの顔面にシンシアの一刀が放たれる。

そしてシンシアの姿が消え、また地上へ瞬間移動した。

「…?」

ジグルには軽く当てられただけのように見えただろう。

しかし次の瞬間、ものすごい数の打撃音と共に彼の全身に無数の“へこみ”が現れる。

そのへこみはちょうど聖剣に打ち付けられたような形をしていて、顔も腕も足も胴体も、まるで多くの剣士から同時に何百ヶ所も剣で叩かれたようだ。

「ッ…ッ…!?」

瞬時に全身を変形させられたジグルから、声にならない悲鳴があがる。そしてそのまま地上へ落ちていった。

ズシンという音が響き、地面が揺れる。

落下地点へ向け、聖剣を解放したシンシアは再び歩き出していく。

その手には、小さな光の球が浮かんでいた。


━「シンシア…聞こえるか?」

近しい人の声がして、“シンシア”の目はゆっくりと開かれる。

白い霧に覆われたその場所は、シンシアの心の中…彼女の“殻”の中だった。

━「着くのが遅れてごめんな」

その声は、シンシアの大好きな…ダインの声。

━「大変だったな。でももう大丈夫だから」

その大好きなダインの声に、シンシアは気持ちがひどく落ち着くのを感じる。

しかし、悲しさと悔しさはそのままだった。

結局、自分は彼に助けてもらうことになってしまった。結局、自分は何も出来なかった。

自分は弱いままだということが身に染みて理解してしまったシンシアは、また気持ちが沈んで殻に閉じこもりそうになってしまう。

『わたし…なにも、できなくて…』

自分の膝を抱える彼女は幼少時代の姿をしている。現実逃避に走ったからか、思念体が退行してしまったようだ。

『だれも助けられなくて、そればかりかみんなにめいわくを…』

━「なーにいってんだよ」

そのとき、ダインの笑い声がした。

━「俺はお前の身体を借りてジグルと戦っている。この技も力も、お前本来のものなんだよ」

シンシアの顔が上がった。『わ、わたし、の…?』

━「そう。本当なら、お前はジグルなんざ相手じゃないんだよ。あいつを圧倒できるぐらい、シンシアは強いんだから」

ダインの優しい声は続く。━「でもお前優しいからな。その優しさが仇になってしまっただけなんだよ」

『私の…力…』

━「何かを殺める覚悟を持てとはいわない。何かを傷つける勇気を持てともいわない。お前は、ただ知ればいいんだ」

『な、何を?』

━「シンシアはこれほどの力を持ってるってことを。リィンさんと肩を並べるほどの実力があるってことを、知ればいい」

『わ、私にそんな力が…?』

━「ああ。お前の中に入って改めて分かったよ。シンシアがどれほど努力を積み重ねてきたのか。どれほど思い悩んできたのか」

シンシアはそのまま黙り込んでしまう。ダインと心で会話できるこの状況が不思議でならなかったが、それ以上に彼の言葉がシンシアの胸のさらに奥底に響いたのだ。

━「ただ知っておけばいいんだ。そして理解すればいい」

『理解…?』

━「おまけだ。ついでに見せてやるから、この感覚を覚えておいてくれ」

ダインの声が続く。━「シンシアがこのまま努力を続けたらどうなるか。お前の少し先の未来を見せるよ」

『私の、未来?』

━「多分誰も出来ないこと。シンシアにしかできないもので、そして、これが…お前の本当の力だ」


「グ、グルナ…グルナアアアアアアァァァァァ!!!!」

ジグルは怯えていた。

目の前に立っていたシンシアを…いや、彼女の手に浮かんでいた太陽のような強烈な光を放つ球に、強い畏怖を感じていた。

それが何なのかジグルには分からない。分からないが、ものすごく怖いものに彼には映っていたのだ。

「チカヅケルナ…! ソ、ソレヲチカヅケルナアアアアァァァァ!!!」

ジグルは咄嗟に身体を反転し、逃げ出そうとする。

シンシアは再び瞬間移動し、ジグルの目の前に立ちふさがった。

光球を拳に込め、驚き慄く彼の腹部を殴りつける。

ものすごい衝撃音と共に、硬化されたはずの腹部がありえないほどに窪む。

「グフウゥ…ッ…!!!」

ジグルからうめき声が漏れた。

光の球はそのままジグルの体内に入り込んでいき、そこでジグルの体が硬直する。

「グガ…!? ア…アガ…!? ナ…ニヲ…!!」

雨の降る天を見上げ、固まったままのジグル。

突如その巨体の至るところから水ぶくれのようなものが出来上がり、まるで泡立つように増減を始めた。

「ガ…ガガガガガガ…!!!!」

全身から内部爆発が起きているかのようだった。

ボコボコと音が鳴り響き、やがて…

「グア、ア…ングアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

空一面に響き渡るような悲鳴と共に、大きく開かれた彼の口から巨大な黒い塊のようなものが吐き出された。

その塊は空中に浮いたまま光りだし、破壊されたように爆発して霧散する。

同時にジグルは前のめりになって、地面に四つんばいになった。

「ゲエエエエエェェェェ!!!」

そのまま嘔吐を始めた。

「グエ、ゲ、ゲエエエエエェェェェ!!!!」

胃の中のものがびちゃびちゃと吐き出され、そして驚いたことにジグルの巨体が萎み始める。

背中から生えていた腕が落ち、頭の角も取れ、太い腕は人間サイズに戻っていき、紫に変色していた皮膚も元の色に戻っていく。

「グエエエエエエェェェェェ!!!!」

大量の胃液を吐き散らかし、完全に人の姿に戻ってから、ジグルの身体は地面に沈んだ。

それきり彼は動かない。一見死んだように見えるが、うつ伏せになった背中は上下している。

「…ほっといても誰か拾ってくれんだろ」

ジグルを見下ろしながらシンシアはいった。「死んで終わりなんてヌルいことさせるかよ。ちゃんと生きて罪を償ってもらうからな」

そう彼が呟いているところで、背後から足音が聞こえてきた。

「お、終わった…の…?」

やってきたのはディエルとニーニアだ。

「え、じ、ジグルが元に戻ってる…」

倒れるジグルを見て、ディエルは信じられないといった表情だ。「シンシア…あなたがやったの?」

「まぁ、ちょっとな」

シンシアはそういって二人に笑いかける。「ごめんな。ちょっと遅れたわ」

彼女のその口調に、ディエルは違和感しかないのだろう。

「その、え〜と、色々整理させてもらいたいんだけど…」

困惑するディエルをそのままに、ニーニアはシンシアの目の前まで移動した。

「ダイン君、だよね?」

そういってシンシアを見上げる。

「そうだよ」

シンシアは笑いかけてニーニアの頭に手を乗せ、「頑張ったんだな」、と撫でてやった。

ふふ、とニーニアは嬉しそうに笑う。

その仕草も笑い方も、確かにダインと同じ。だが彼の姿は明らかにシンシアだ。

「も、もう何がどうなっているのやら…」

ディエルはまだ混乱した様子だが、校舎の方を見て「あ!?」と声を上げる。

「そ、そうだ、ねぇシンシア…じゃなくてダイン、いま大ピンチなのよ!! 校舎前にものすごい数のモンスターが押し寄せてきて…!!」

ディエルの訴えを聞きながら校舎に顔を向けたシンシアは、「そうみたいだな」、と頷いた。

「じゃあ早いとこ向かうか」

と彼女がいって、全員が校舎へ向かおうとしたときだった。

「おいおい〜、マジでどうやったんだ?」

別の方向から誰かの声がした。

雨音に混じって足音が近づいてくる。

「モンスター化したから処理するよういわれてたのに、これじゃ何もできねぇじゃん」

聞いたことのある声と共に、草葉の陰から一人の人物が現れる。

「しかもぶっ倒れてるし。これをやったのは…お前か」

その人物はシンシアを見て、そしてニヤリと笑う。

「お前さては…強い奴だな?」

そこにいたのは、赤髪の男…シグだった。

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