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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百十九節、夜明けの闇4「抗う者達」

「なかなかやるじゃん。やっぱエレンディアの証を持つ奴ってのは一味違うねぇ」

満足そうにシグはいった。「こんな銃器程度の創造魔法じゃ歯が立たねぇな」

お手上げといったように両手を上げて話すシグだが、その表情には余裕が窺える。

「はぁ…はぁ…」

対するラフィンは息も絶え絶えな様子だった。

シグの絶え間ない銃弾に反撃の機会は訪れず、生半可なバリアではあっという間に破られるので、常に最大強度を維持し続けなければならない。

結果として莫大な聖力を消費してしまい、いくらエンジェ族の彼女でも回復が追いつかなくなっていた。

「もう降参しては…どうですか…」

戦況は完全にシグに傾いているが、ラフィンは強気にいった。「このままどちらかが倒れるまで、やってもいいんですよ…?」

「いいね。気の強い女は好きだぜ」

ニヤリと笑ったシグは、銃器を解放して武装状態を解いた。

「埒が明きそうにないし、俺も少し本気を見せてやるよ」

そういって何か呪文の詠唱を始める。

彼の全身が光りだし、掲げた片手にその光が収束した。

光球は細長く伸びていき、まるで槍のような形を模していく。

「神槍、“ラスト・インディグル”」

シグはいった。「滅多にお目にかかれないものだぜ?」

その槍を振り回した途端、周囲に聖力の波紋が衝撃波となって広がった。

「っ…!」

ラフィンは思わず仰け反りそうになってしまう。圧縮されたとてつもない力を、その槍から感じた。

「実をいうと俺はこっちの方が得意なんだよ。銃火器ぶっ放すだけじゃ、手ごたえは感じられねぇからな」

槍を構え、重心を落とす。

「ゴッド族のバリアを破った神器だ。お前に凌ぐことができるのか?」

そういった瞬間、シグの姿がぶれた。

残像が残るほどの凄まじいスピードで、ラフィンに突進してくる。

ラフィンは咄嗟に目の前にバリアを展開した。

鉄同士が激しくぶつかり合うような衝撃音がして、

「きゃぁっ!?」

あまりの威力で、ラフィンは後方へ弾き飛ばされた。

壁に背中を激突し、

「っくぅ…!」

そのまま崩れ落ちそうになった。

「へぇ! やるじゃねぇか!!」

どうにか耐え凌いだラフィンを見て、シグからまた嬉しそうな声があがる。

「槍は一点刺突型の武器だからな。お前、瞬時に攻撃の軌道を読んでそこの強度だけ上げたろ」

その通りだった。展開式のバリアでは防ぎきれないと思い、インパクトの瞬間一点集中式のバリアに変えたのだ。

「いやマジで大したもんだ。エンジェ族でもこの攻撃を防げた奴はいなかったからな」

笑顔のまま、シグは槍を構えなおす。「さて、そんなお前に新たな試練だ」

ようやく強敵が現れたとばかり、その顔は喜びに満ちていた。「どこまで俺の攻撃を耐えられるのかな?」

シグの姿が消える。

ラフィンはすぐさま右側に超強度の一点式バリアを張った。

衝突音がそこから聞こえ、

「ビンゴ!」

シグはまた嬉しそうにいった。

だが防げはしたものの、衝撃だけは防ぎきれるものではなかった。

ラフィンの身体は槍の勢いに突き動かされたように側面へ吹っ飛んでしまい、また壁に身体を打ち付ける。

「ぐ…う…」

なんという威力だと、ラフィンは戦慄した。

これまで創造魔法を使う人と練習試合したことはある。しかし、シグほどの強力な攻撃ができる人は、未だかつて見たことがない。

戦闘の才能。魔法の才能。それらが組み合わさり、さらに努力を積み重ねた結果生み出された力なのだろう。

どうやらゴッド族のバリアを破ったというのは本当のようだ。

「まだまだいくぜぇ!」

シグの姿がまた消える。

ラフィンはすぐに頭上へバリアを張り、弾かれた先で今度は右側にバリアを張った。

「くぁ…!! ぐ…!!」

攻撃を受けるたびに全身が吹き飛ばされ、壁に身体を打ってしまう。気付けば控え室の中はボロボロになっていた。

「いやー、楽しいねぇ。こんだけ槍で攻撃して倒れなかった奴はいない。俺の動きが見えてるってのか?」

尋ねるシグだが、ラフィンは痛みと疲弊で答えられるほどの余裕はない。

「そういや魔法の天才なんだったなお前。感覚で俺の気配が分かるのか」

独自に分析を始めてから、「しかし攻撃しなくていいのか?」、またニヤリと笑った。

「このままじゃ終わらねぇぞ? 今頃校舎の中にモンスターが入ってきてるのかも知れねぇなぁ」

そこでラフィンはハッとして顔を上げる。

「ま…さか、時間稼ぎ…?」

これもガーゴが仕掛けた計画のひとつなのだろうか。

やられたと思ったラフィンだが、「いや? 俺の用事は終わったから単に遊ばせてもらってるだけだ」、シグはいった。

槍を振り回して再び構える。「いま学校がヤバいんだろ? 終わらせたきゃ本気で来いよ」

「はぁ…はぁ…」

ラフィンは攻撃の構えをとる。しかしその手は震え、照準が定まらない。

強力すぎる攻撃を受け続けた結果だろう。彼女の肉体はもはや限界を超えているのかもしれない。

「これ以上は弱いものいじめになっちまうな」

シグの表情は哀れむようなものに変わる。「エンジェ族でも女は女ってことか」

「バカに…しないで!!」

ムカッときたラフィンは光矢の魔法を放つも、シグに簡単に避けられてしまった。

「まぁ女でも奮闘した方だと思うぜ。そんなお前に敬意を払って…」

シグは大きく息を吸い、吐き出す。

彼の全身がまた白く光った。「俺のとっておきの奥義を見せてやるよ」

「おう、ぎ…?」

「ああ。ちなみにどんな強ぇ奴でも耐え切れなかった技だ。カインにはまだ試したことはないが」

さらにシグの聖力が高まっていく。足から光の波紋が広がり、半壊した部屋全体がガタガタと揺れだした。

「食らった奴は口を揃えていうよ。チートだってな」

━━何かまずいのが来る。

危機感だけは抱いたラフィンは、全身を緊張させた。

「そう身構えなくていいぜ」

シグはいう。「行動はこれまでと同じ、単なる突きの攻撃だからよ」

そう話しながら、彼の身体は赤や黄色、緑といった光に包まれだした。

どうやら思いつく限りの身体強化の魔法を使い続けているようで、極限にまで達した彼の身体は七色に輝いている。

そのまま彼は続ける。「まぁ、突きとはいってもスピードと威力はこれまでの比じゃねぇが…果たしてお前に見えるかな?」

どれだけ速くても、真っ直ぐに来るだけなら防ぐことは出来る。

防御体勢をとろうとしたラフィンに、「いいぜバリア張っても。そこに狙いを定めて攻撃してやる」、シグは妙なことをいった。

「だが…」、彼は相変わらず不敵な笑みを浮かべている。「千箇所同時にガードなんてできんのか?」

「え?」

シグの姿が消える。

瞬間、ラフィンの周囲に無数の気配を感じた。

「いくぜえぇぇ! 奥義…!!」

全方角からシグの声がする。

彼の姿が全く捉えられなくて、ラフィンは展開式のバリアを張るしかなかった。

「迅雷・千穴!!」

そのとき、ラフィンの視界を全て埋め尽くすほどの光の槍が迫ってきたのが見えた。

光速に近いスピードで繰り出される、全方位からの刺突技だった。

ラフィンの全身からまさに雷に打たれたような音がして、凄まじい爆発音と衝撃波で建物が吹き飛んでしまう。

吹き飛んだ建物は粉々になり、気を失っていたティエリアも数メートル身体を転がせていく。

ラフィンの全身にはとてつもない衝撃が生じ、悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちる。

全て一瞬のことだった。

「う…ぐ…」

「ん〜…やっぱ防ぎきれなかったか」

倒れて動かなくなったラフィンを見て、シグは戦闘状態を解く。

「なかなか奮闘した方だとは思うが…ま、こんなもんか」

若干の物足りなさを抱きながら、彼は歩いていく。その先には小さなタブレットが落ちていた。

それは彼がこっそり控え室の中に仕掛けていたもので、ティエリアのバリアを打ち破る瞬間や、先ほどラフィンを倒した瞬間の映像が録画されている。

「よし、証拠もバッチリ。これであいつ等もイチャモンつけらんねぇだろ」

映像を確認し、そのタブレットをポケットに入れた。

「さーて、次の獲物は誰にしようか…」

口笛を吹きながらその場を去ろうとした。

「ま…待ち…なさ、い…」

後ろから声がした。

「あ?」

立ち止まって振り返ると、ラフィンがよろめきながら立っているのが見えた。

「おわ、マジか。何で立てんの?」

さすがに驚くシグだが、ラフィンは自重すら保てないのか、また崩れ落ちてしまう。

「こ…れ、以上…好き…勝手、には…」

また立ち上がろうとするラフィン。もはや気力だけだった。

「あー止めとけ。もう決着ついたろ」

シグの言葉が聞こえてないのか、ラフィンはそのまま震える手をシグに向け、攻撃魔法を放つ。

しかしそのスピードはかなり遅く、シグに当たりはしたものの威力は皆無に等しかった。

「もうそのまま寝とけ」

降りしきる雨もそのままに、シグはいった。「そのまま見ておけ。永く続いた奇襲戦で、初めて生徒側がモンスターに敗北する瞬間を…な」

そこでシグの姿は消える。

「せ…せん…ぱい…」

ラフィンは未だ気を失ったままのティエリアまで這いつくばって向かい、彼女の手に触れようとしたところで力尽きてしまう。

エンジェ族とゴッド族。

セブンリンクスで最高位の力を持つ彼女たちは、ぬかるんだ泥の上で、なす術もなく全身を雨に打ちつけられていた。



「うぐっ…!!」

巨木に身体を打ちつけ、シンシアは倒れそうになる。

どうにか聖剣を地面に突き立てて自重を保っていると、前方から重い足音が聞こえてきた。

「おいおい〜、聖剣使いサマってのはその程度なのかぁ?」

ニヤニヤとした笑みでシンシアの前に立ちはだかったのは、モンスター化してしまったジグルだった。

彼は時折苦しそうにしてはいるものの、特効薬に順応してしまったのか、以前よりは楽なように見える。

それどころかスピードもパワーも増すばかりで、シンシアは相手の攻撃を防ぐことだけで精一杯だった。

「はぁ、はぁ…」

「くく…エロい声出すじゃねぇかぁ…もっと上げさせてやるよ、おら!!」

ジグルが腕を振り上げ殴りかかってくる。

咄嗟に飛び退いたシンシアだが、ジグルが先回りしていた。

巨人のような足がシンシアの身体に迫ってきて、シンシアは慌てて聖剣を構えてガードする。

「あぐっ…!!」

衝撃音と共に全身が震え、そのまま打ち抜かれた。

弾き飛ばされた先に岩石があり、体の側面を打ちつけたシンシアは膝を折ってしまう。

「はぁ…はぁ…」

制服は破け、手や足には切り傷や打ち身の痕がある。

「逃げてばっかじゃねぇか。つまらねぇ奴だなぁお前…」

ジグルはゆっくりとした足取りでシンシアの前まで向かい、追撃しようと腕を振り上げる。

そのとき、二人の近くにあった草むらが揺れ、そこから人影が飛び出してきた。

「はあああぁぁぁッ!!」

現れたのはディエルだった。

力を込めた拳を振るい、ジグルの腹部にぶつける。

平然と受け止めるジグルにディエルは追加で爆発魔法を放つ。

爆炎に包まれるジグルだが、それでも彼には効いた様子はなかった。

「なっ…!?」

「痛みすらねぇよ」

蹴り上げようとしてくるディエルに、ジグルは蚊を払うような軽い動作で太い腕を振った。

ディエルの全身からバチンッと音がして、ものすごいスピードで弾かれ木に背中を打ちつける。

「あ…」

そのまま気を失ったかのように、彼女はずるずると地面に沈んだ。

「ディエルちゃん…!!」

シンシアが叫んだと同時に、ニーニアも草むらから飛び出してディエルの元へ向かった。

「あーあ、拍子抜けだな。お前ら強そうだから後のお楽しみに手を出さずにいたってのによぉ」

残念そうなジグルはやはり人の姿に見えなくて、シンシアはすっかり怯えたような目で彼を見上げてしまう。

「ど…どうして…こんなこと…」、搾り出すように問うた。

「どうしてだ? 復讐以外ねぇだろ」

ジグルは笑いながらいった。「あいつは俺をコケにしやがったからな。やられた分以上の仕返しをしねぇと気が済まないタチなんだよ」

「復讐…そ、そんな…理由で…?」

「ああ。ずっと復讐の機会を窺っていた。だが直接殴るだけじゃつまらねぇ。どうやればあいつに一番ダメージが入るか考えたとき、ちょうどこの“力”を得られてな」

辺りの木を素手で引っこ抜き、簡単に整地してからジグルは続ける。「あいつが大切にしてるもんを傷つけるのが一番効くだろうと思ったんだよ」

その顔にはいやらしい笑みが浮かんでいた。「前からお前のことは目を付けてたんだよなぁ」

変異した肉体に生えた眼球がぎょろりと動き、シンシアの全身を舐めるように凝視する。

シンシアは思わず身を震わせてしまい、恐怖心を抑えながら聖剣を構えた。

「恨むならあいつを恨め。ま、そのときにはお前は正気を保ってるかどうか分かんねぇけどな」

ジグルの姿が消え、シンシアの目の前に現れる。

シンシアは咄嗟にガードしジグルのパンチを受け止めたが、彼の攻撃は素手でも常軌を逸したものだった。

まるで巨大な岩石に勢いをつけて殴られているようで、シンシアはまた吹き飛ばされてしまう。

ジグルはまた瞬時にシンシアとの距離を詰め、強烈なパンチを連続して繰り出してきた。

「あっ! ぐ、う! く…!!」

ガードしては弾かれ、弾かれた先でガードさせられ、また弾かれての繰り返し。

ジグルの攻撃の軌道そのままに、シンシアはあちこちへ振り回されているようだった。

「はっはっは! おらおら、踊れ踊れ!!」

まるで暴風のような勢いだ。シンシアの柔肌の傷は増えていき、制服もズタズタになっていく。

「おら、どうしたよ! 腰が引けてんぞ!? そんなんでよく創造魔法なんて大層なもんが使えるなぁ!?」

まるで嬲るように、ジグルの攻撃は続く。「マジで弱い、弱すぎんぞお前! 何もできねぇじゃんか!!」

相手の攻撃は凄まじいの一言に尽きるが、それ以上にシンシアの強さを否定する言葉が彼女の心を抉った。

「とんだ役立たずがいたもんだな! 聖剣しか脳がねぇのかてめぇは!! 俺があいつだったらまずお前との縁を切ってるな!!」

どうしてそんなことを言われなければならないのか。自分が何をしたというのか。

絶壁の淵に立たされた状況にも関わらず、シンシアは悔しさで涙ぐんでしまった。

「悔しがるほど強くねぇんだよてめぇは!!」

なおもジグルはシンシアへの暴言を続ける。

「戦闘のスキルもなければ力もない! ないない尽くしのお前はクソの役にも立たねぇただのメスガキなんだよ!!」

それが洗脳魔法を使う彼の常套手段だった。

相手の精神を掌握するには、まず相手の心を潰すこと。自我というものを破壊し、無防備にさせる。

そのとき、「ん? なんだこれ?」、足元に何か落ちているのを見つけ、シグルの動きが止まった。

気付いたシンシアが「あ…!?」、と声を上げる。

それは先日ルシラからもらった、ルシラ自身を模った手のひらサイズの人形だった。宝物として肌身離さず持っていたのだが、ジグルの強力な攻撃に翻弄され落としてしまったらしい。

「だ、だめ…!! 返して…!!」

取り返そうとシンシアが走り出す。

「うるせぇ」

ジグルは走ってきたシンシアを足蹴りした。

「あぐっ…!!」

吹き飛ばされたシンシアはまた岩石に背中を打ちつけ、痛みで動けなくなる。

「なるほどな」

ジグルの顔にニタリとした笑みが浮かぶ。「これもお前の自我を保っているアイテムの一つってことか」

ジグルは足を浮かせ、その小さな人形の上まで移動させた。

彼が何をしようとしているのか分かったシンシアは、

「だ、だめえええええぇぇぇ!!!」

手を伸ばしてどうにかジグルの動きを止めようとした。

しかしその叫びも行動も虚しく、ジグルはそのまま人形を踏みつける。

地面が軽くへこみ、破裂音と共に人形が木っ端微塵となった。

頭と手足が散り散りになり、

「ゴミじゃん」

ジグルはまた笑い声を上げる。

「う…うぅ…うううぅぅぅ…!!」

そこでシンシアは雨ではない水を目から流し、とうとう泣き出してしまった。

何も出来なかった自分が情けなかった。

抵抗にすらならない自分の力が恨めしくて仕方なかった。

「うぅ…ううぅぅ…うえええぇぇ…」

彼女の手元から聖剣は消え、大雨に打ち付けられながら泣いているその姿は、何の力も持たないか弱い少女にしか見えない。

「俺にはもう残された時間は少ないんだ」

シンシアの方を向きながらジグルはいう。「その間に、できる限りの復讐を果たさせてもらう。お前を使ってな」

シンシアの目の前へと歩いていった。「まずお前を洗脳し、内側からお前らの仲を引き裂いて破壊してやるよ。絆なんてくだらねぇもんは、一つ穴が開けば簡単に崩れる。仲間だの想いだの脆いものだからなぁ」

ジグルが足を動かし、シンシアへ膝蹴りを放つ。

とっくに戦意喪失させていたシンシアにガードできるほどの余裕はなく、そのまま腹部へ直撃してしまった。

「うぐ…!!!」

全身に衝撃と痛みが走り、そのまま崩れ落ちてしまう。

「シンシアちゃん…!!」

遠くからニーニアの声がするが、いまのシンシアに応えられる気力も残ってない。

回復魔法すら使えないほど、聖力も尽きている。

「おっと、お前は来るなよ。来たら巻き添えだぞ?」

駆け出そうとしたニーニアを牽制し、ジグルは再びシンシアに視線を落とす。

「お前は弱い」

あざ笑うようにジグルはいった。「お前は捕食される側なんだよ。俺に壊される運命にあるんだよ」

倒れるシンシアに手を向ける。異形ともいうべきその手から、紫色の怪しげな光を放つ鎖が現れ、シンシアの全身に巻き付いていった。

「力は弱いが、その顔と身体はマジで俺の好みだよ。へへ…どんなプレイで犯してやろうかなぁ…」

やがてシンシアの身体が見えなくなるほどに、洗脳魔法の塊であった鎖が絡みついていった。

その鎖はシンシアの肉体を突き抜け、精神までも侵蝕していく。

「記憶を書き換えるのも面白そうだ。俺と恋人だって設定にして、それからアイツとの思い出を全部俺のものにして…」

ニヤニヤとした表情で勝手な予定を組み立てつつ、「さて」、と巨体を動かし後ろを向く。

「コイツの洗脳が終わる前にお前らも確保しておくか」

ジグルが歩いていった先には、気を失ったディエルと、彼女を抱いているニーニアがいた。

「あ…あ…」

ニーニアはこの絶望的な状況に、ただ怯えた目でジグルを見上げている。

「大収穫だな」

ジグルのニタリとした笑みは、ニーニアをさらに震え上がらせた。

「怖いことなんてねぇぞ? 催眠と洗脳さえありゃ、いくらでも気持ちよ〜くなれるからなぁ?」

舌なめずりをするジグルは、ディエルとニーニアを見てまたその表情を歪める。「ロリもたまにはいいもんだ。へへ」

ジグルの手がゆっくりとニーニアの顔へ向かう。その手は紫色に光っている。

「っ…!」

ニーニアはディエルを抱きしめたまま、ギュッと目を閉じた。

どうしたらいいんだろう。

どうしたら…

思考をフル回転させたニーニアは、やがて彼女たちの安全を条件に自分の身を差し出すことに思い至る。

自分はどうなってもいい。

「あ…の…」

ニーニアが震える口を開いた━━

その瞬間だった。


(パリンッ!!)


ジグルの背後から、ガラスが割れるような音がした。

黒い雨雲で夜のようになっていた中、眩い光がジグルの背中を照らしている。

「…あ?」

異変に気付いたジグルが手を止めて振り返る。

そこには、先ほど気力も聖力も完全に尽き、洗脳魔法の鎖でがんじがらめになっていたはずの…シンシアが立っていた。

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