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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百十八節、夜明けの闇3「あがく者達」

槍で腹部を貫かれたティエリアは、そのまま崩れ落ちていく。

「ありゃ、落ちちまった」

赤い髪の男…シグは創造魔法で創り出していた槍を開放して頭を掻く。「ちょっと勢い余らせすぎちまったかな」

「せ、先輩…先輩っ!!」

ラフィンは慌てて倒れこむティエリアの元へ駆け寄った。

抱き起こすも彼女から反応はなくて、ぐったりとしている。

「ああ…! ど、どうして…どうして…!」

訳が分からず全身の血の気が引いていくラフィン。

「安心しな、殺しちゃいねぇよ」

シグがいった。「ちょっと驚かせただけだ。腹んとこ何もなってないだろ?」

確かに血は出ていない。傷もないし、シグが槍を突き刺したように見せていただけだったようだ。ティエリアはショックを受け気絶してしまったのだろう。

本当にどこにも怪我がないと分かり、ラフィンはひどくホッとしていくのを感じる。

しかしすぐに彼女の胸の内がざわつき始める。

「どうして…こんなことを…」

そのざわつきは熱を持ち始め、やがてシグに対する怒りへと変わる。「なぜ…こんな真似を…?」

自分の強さにしか興味がなかったシグは、ラフィンの変化に気付く様子もなく、「いやぁ、ちょっとした実証実験任されててな」、軽い調子で答えた。

「ゴッド族とやりあえる機会なんてそうそうなかったんだけど、しかし噂に聞いていた通り完璧なまでのバリアだったよ」

にやけ面で話す彼は、「でも…」、自分の手元を見つめ、拳を作った。「俺は勝った。ゴッド族のバリアをも貫くことができた」

「は…?」

「最強の盾に最強の矛が勝ったんだよ。俺はとうとうゴッド族をも越える存在になってしまったんだ」

訳の分からないことを話しながら、「知ってるか?」、満足げな表情のままシグはさらに続けた。

「得手不得手で個人にばらつきのある魔法だが、親子関係にも多少の影響があるらしいぜ。バリア魔法が得意な奴の子供も、バリア魔法が得意で性質も同じだとか何とか」

その台詞がどういった意味をもたらすのか、ラフィンには分からない。

いや、分かる必要もないと思った彼女は、

「…用件が済んだのなら、もう出て行ってくれませんか」

震える声でそういった。呼吸はあるものの、全く動かないティエリアを見ていると身体が震えてくる。

「あ? いや、せっかくこの学校にお呼ばれしたんだし、もう少し強い奴とやりあって…」

「出て行きなさいッ!!」

ラフィンが叫んだ瞬間、彼女から光の矢がシグに向かう。

「うおっと?」

シグは咄嗟に避けた。その矢は壁に突き刺さり、骨組みが一部崩れていく。

「おいおい、何マジ切れしてんだよ。別に傷つけたわけでもねぇんだから…」

「ティエリア先輩は人を傷つけることができないんです」

ラフィンは静かにいう。「ただ料理が上手で、後輩の私に対しても微笑みかけてくれる…心優しい友達なんです」

未だ気を失ったままのティエリアを抱え、部屋の隅に移動させた。

「それを…実験? そんなつまらないことのために、こんな真似をしたんですか」

立ち上がってシグを振り返るその目には、激しい怒りの炎が燃え上がっていた。「戦う意思のない人を一方的に蹂躙して何が楽しいんですか」

「いやまぁ、そんなつもりはなかったんだけど…でも戦う意思がなくても強い奴だったら挑戦してみたくなるじゃん? そこに山があるのなら的な」

全く悪びれないシグに、もはや話し合う余地はないと思ったラフィンは、「そうですか」、冷たい口調でいった、

「出ていくつもりがないのなら、即時“十一条”の校則を適用し対処させていただきます」

「校則だ?」

「第十一条その二。校舎に存在する部外者が他の生徒に危害を加える可能性が生じた場合、如何なる理由があろうとも排除しなければならない」

翼を広げ、聖力を高めながらシグを睨みつける。

「へへっ…いいのか?」

シグはまた嬉しそうに顔を歪めた。「ゴッド族のバリアを破れる俺だぞ? エンジェ族ごときじゃ、ちと役不足なんじゃねぇか?」

「そんなの、やってみなくては分からないじゃないですか」

「確かにな。どちらにしろ“最有力候補”だったお前とは手合わせする予定だったし…いいぜ。お前が勝ったら俺は素直に学校を出ていってやるよ」

シグは自身に強化魔法をかけ、創造魔法を使って全身に銃器を纏わせた。

「本当は女子供相手に手を上げたくはないんだが、生徒会長でエレンディアの証を持つお前は別だ。最初からトばしてやるよ」

全ての銃口をラフィンに向ける。

ラフィンも身体強化の魔法を使い、身構えた。

「有罪か無罪か判定してやる。かかってきな」

「はあああああああぁぁぁぁ!!!」

ラフィンはシグに一直線に駆け出し、武装したシグはラフィンに向けて一斉射撃を開始する。

控え室の中央は光と光がぶつかりあい、決戦場と化した。




「おいおい、どうなってんだよこりゃ…」

降りしきる雨の中、湿地帯のような森の中にいたジグルは呟く。

ぬかるんだ地面に片膝をつけており、激しく肩が上下していた。

「グルルルル…」

ジグルの目の前には地獄の竜ダングレスがいて、真っ赤に目を光らせながらこちらを睨みつけている。

「やけに強いじゃねぇか…」

よろよろと立ち上がると、全身に激痛が走り「ぐあっ!」、と声を上げてまた倒れそうになってしまった。

踏ん張った瞬間、脇腹の切り傷から血が吹き出してくる。

すぐに手で押さえるも、その腕にも無数の擦り傷ができていた。

「はぁ、はぁ…俺の叫びに配慮してくれて、ワザと強いまま俺にぶつけたってのか…?」

「それとも…」、ある予感が脳裏を掠めるジグルだが、考えることをやめすぐに口元に笑みを結ぶ。

「いいぜぇ…そうこなくっちゃな。やってやろうじゃねぇか…」

地面を踏みしめ、「ふんっ!」、気合を入れて全身の筋肉を硬化させた。

魔法で強化したと同時に、木々を薙ぎ倒しながらドラゴンの懐へ潜り込む。

「っらぁ!!」

ドラゴンが反応する前に、その喉へ渾身のパンチを放った。

衝突の震動でドラゴンはよろめく。が、やはり効いている様子はなくこちらをギロリと睨んできた。

「っちぃ!!」

反撃の予感がして飛び退こうとしたジグルだが、

「ガアアアアァァァァ!!」

すぐ目の前にドラゴンの口があった。

バクンッと口を閉じる音がして、ジグルの腕を捕らえた。

「ぐがっ…!?」

ドラゴンの顎の力は重機どころの話ではない。彼の腕からは木が折れるような音がし、その激痛にジグルはのたうち回った。

どうにか振りほどこうとするが、そのままドラゴンの口の中が黄色く光り始める。

「なっ…!?」

歯でジグルを捕まえたまま、超至近距離からドラゴンのブレスが放たれた。

噴火するような音と共にジグルの顔面が黄色い光に包まれる。

「ぐああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

崩壊の性質を含むブレスはジグルの細胞組織をみるみる破壊していき、パンドラの効果はあったものの、また彼に無数の傷ができてしまった。

まるで業火に焼かれたようにジグルの身体はボロボロになり、歯の隙間から彼の腕がするりと抜け、そのまま地面に倒れてしまう。

衝撃と泥水を全身に感じたジグルは「ぐぅ…」、と唸り、激痛で視界まで霞んできた。

このままではまずい。

そう思っていたが、彼が動き出すよりも早くにドラゴンの巨大な足が迫ってきているのが見えた。

ジグルは咄嗟に両腕をクロスさせ、ガードの構えを取る。

衝撃音が周囲の木々を揺らし、地面も揺れる。

ドラゴンの踏み付けをかろうじて防いだものの、数百トンもの踏みつけは凄まじい圧があり、ジグルを中心に地面が大きく窪んだ。

なおもドラゴンは足に全体重を乗せてきており、地面のへこみはまた深くなる。

「ぐ…ぐぐ…!!!」

踏ん張ったことによりまた傷口から血が吹き出す。肋骨が折れたような音も聞こえる。

「ぐ、う…うおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

絶叫のような気合と共にドラゴンを全力で押しのけ、大きく跳躍した。

「死ねっ…おらあああぁぁぁ!!」

決死の反撃をお見舞いしようと、頭上から敵の頭部に蹴りを放とうとする。

が、やはりドラゴンの方が動きが速かった。

ばっと頭部が上がり、空中から迫ってきたジグルに向け大きく口を開ける。

開かれた口内の奥から、また黄色い光が点った。

「く…くそが…!!」

逃げる間もなく、ドラゴンの口から再び崩壊のブレスが放出され、ジグルの全身を覆った。

「がああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

腕も足も、内臓までもが溶かされそうな感覚だった。

意識も刈り取られそうになったときにブレスは収まり、さらにボロボロになったジグルはそのまま落ちて地面に全身を打ちつけてしまう。

「はぁ…はぁ…っんだよ…どうなってんだよ…」

ドラゴンの暴風のような鼻息と共に、ズシンズシンと地鳴りが聞こえる。

ダングレスが近づいてきているようだ。召喚魔法か何か使ったのか、無数のモンスターの気配もする。

虫の息となったジグルに止めを刺すつもりなのかもしれない。絶体絶命だ。

「はぁ…はぁ…」

恐怖心はある。これほど死というものを意識したことはない。

しかし彼の口元に浮かんでいたのは、やはりいつもの怪しい笑みだった。

「ぜぇ、はぁ…ああ…そうだよ…ハナから分かってたんだよ…」

地面に腕を突き立て、激痛に耐えながら身体を起こす。

「奴らは俺を利用してるだけだって…実験体の末路なんざ、どうなるかなんて俺でも分かる…」

腕や足から血が滴り落ちている。回復魔法を使っても効果はなく、傷口は広まるばかりだ。

「最強の力をタダでなんて…そんなムシのいい話はねぇわな…」

折れた腕をどうにか動かし、ズタボロになった制服のポケットに手を入れる。

そこから取り出したのは、ジーニから受け取っていた“切り札”だ。

「くく…いいぜ…最後まで実験体になってやるよ…」

紫色の“特効薬”を口に含み、ごくりと飲み込む。

「“お楽しみ”は後に控えてんだからな…それまでは死んでも死にきれねぇ…」

「ギャアアアアアァァァァァ!!!」

ジグルを視界に捕らえ、ダングレスが突進してくる。

沸いていた数百のモンスターも一斉に襲い掛かってきた。

「やってやるぜおらあああああぁぁぁ!!!」

ジグルは気力を振り絞ってダングレスへ攻撃を開始する。



衝突音に打撃音が鳴り響く。

ジグルとダングレスの死闘ともいえるような光景を、物陰から窺っていた人物がいた。

「う、動きが変わったね」

緊張した面持ちでいったのはニーニアだ。

「何か特別そうなクスリを飲んでたみたいだけど…」

シンシアは不安そうに戦いの成り行きを見つめている。

「ねぇ、でも…本当にやるの?」

ディエルは少し心配そうにシンシアにきいた。「ダングレスの中に…子供? だっけ。それを救い出すなんて」

ディエルからダングレス復活の一報を聞き、ジグルが対処に当たっているのを見てシンシアが名乗り出たのだ。

ダインとはいまも連絡がつかない。彼のことが心配ではあるものの、到着を待っていては子供まで殺されてしまうかもしれない。

「あの人がドラゴンを倒した瞬間を見計らって、私が出て行くよ」

強い決意を持ったようにシンシアはいうものの、やはり恐怖心の方が強いのか身体が少し震えている。

「シンシアがやらなくてもいいんじゃないの?」

彼女の身を案じてディエルはいったが、「ニーニアちゃんにやらせるわけにいかないし、ディエルちゃんは防衛に集中して欲しいから」、とシンシアは答えた。

しかしその表情は不安に満ちている。「私、これぐらいしか役に立てないから…」

落ち込んだようにいってしまったシンシアに、「え」、とニーニアは驚愕して彼女を見た。

「シンシアちゃん、どうしてそんなこと…」

とそこでドラゴンの悲鳴が木霊する。

見ると、有利と不利がいつのまにか入れ替わっていた。

ジグルを取り囲むほど沸いていたモンスターは全て消えていて、ドラゴンは傷だらけになっている。

バランスを崩してよろめくダングレスに、ジグルは追撃を繰り出していた。

「すごいわね、あのクスリって…」

息を吹き返したようなジグルを再確認したディエルは、「あれ」、と不思議そうな声を出し固まる。

「あの姿って、ジグル…なの?」

ディエルがいった意味が分からず、シンシアとニーニアは再び戦場へと顔を向ける。

形勢逆転しドラゴンを追い詰めるジグルの背中は、どういうわけか腕が余分に生えていた。

創造魔法のように創られたものではなく、リアルに生えている。その全身からは影のような濃い霧が漂っていた。

顔は鬼のような形相になっており、頭は角まである。

「クスリの効果…ってこと?」

ディエルが呟く。「クスリの副作用で身体が変異しちゃったってことかしら…」

どちらにしろまともなものでないことは確かだ。

身体の変異に合わせて、ジグルの攻撃も激しく強くなっていく。

ドラゴンの踏み付けにもブレスにも真正面から受け止め、効いている様子もなく反撃する。

ジグルの一撃ごとにドラゴンは後方へ吹き飛ばされていた。

その翼はもげ、歩き方もよろめいている。全身を上下させて呼吸を整えるその姿は満身創痍のようだ。

ジグルもダメージを負っているが、ドラゴンの方が致命傷を負っているように見えた。

「もうすぐ決着がつきそうね…」

ディエルがいい、シンシアは来るべき時に備えて自身に身体強化の魔法を使った。

「し、シンシアちゃん、子供のドラゴンを拾った後はどうするの?」、ニーニアが尋ねる。

「前にサラさんからもらった転移シール持ってるから、あれを使えば届けられるはず…だよ」

と話しつつ、シンシアは常備していたシールをスカートのポケットから取り出した。


「ギャアアアアアアアァァァァァ…!!」


しばし戦闘音が続き、やがてドラゴンの断末魔のような悲鳴が上がる。

ズシンとした揺れを感じ、巨体が地面に伏しているのが確認できた。

「うおおおおぉぉぉ…!!」

ジグルが雄叫びを上げている。勝利の咆哮を上げるその姿は、人の形を成していない。

腕は六本になり、髪は散切りのように伸びている。全身の筋肉は格闘家よりも盛り上がっており、所々に人の顔のようなものが浮かんでいる。

見る者を怯えさせるようなその醜悪な姿は、もはやモンスターにしか見えなかった。

シンシアたちは思わず息を呑んでしまう。

とそこで、倒されていたドラゴンの全身が光に包まれ始めた。

どうやらジグルが浄化魔法を使ったようだ。ドラゴンの身体が灰になっていき、ぼろぼろと崩れていく。

「あっ!? い、いってくる…!!」

ハッとしたシンシアは、ジグルが魔法に集中しているのを見極め、駆け出した。

足音を消しつつ、それでも常人より速いスピードでドラゴンの懐まで移動する。

そして残骸の中央で気を失っていた小さなドラゴンを発見し、拾い上げた。

残骸の欠片も手にとって、すぐさまその場から離れる。

誰の気配もないことを確認しつつ、拾ったものに転移シールを貼り付け、それらは魔法陣に包まれ消えていった。

「…よかった…これで…」

ホッとしたのも束の間だった。


「ミーツケタ」


すぐ背後から声がした。

「え」

振り向くと、そこにはモンスター化したジグルの姿があり、その振り上げられた巨大な腕が…

シンシアに向け、轟音と共に振り下ろされていた。

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