表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
117/240

百十七節、夜明けの闇2「暴れだす者達」

朝の時間帯であるはずだが、黒い雨雲に覆われた外の世界はどんよりと暗かった。

激しい雨が打ち付ける中、前方の森から無数のモンスターの雄叫びが聞こえてくる。

再び黒い壁となって校舎に進軍を始めたモンスターの中には、山のような巨大なモンスターが多数混じっていた。

どうやら時間の経過と共に敵の強さも比例して上がっていくシステムのようで、待ち構える生徒たちに緊張が走る。

校舎を守るようにして横一列に並ぶ生徒の前に、ラフィンは一人立っていた。

無言で片手を挙げ合図を出した瞬間、森とグラウンドの境目に青白く輝くバリアが張り巡らせられていく。

その障壁が形成された瞬間、モンスターたちは一斉に侵入を試みようと攻撃を開始した。

「さぁ、来るわよ!!」

ラフィンが号令をかけて奇襲を仕掛けようとした瞬間━━

突如、ドンッという音がして、敵陣の黒山に大きな穴が出来た。

押しつぶすような音は進軍するモンスターたちの至るところから聞こえていて、音がする度に彼らは悲鳴を上げる間もなく潰れていっている。

「え、な、何?」

何が起こったんだと固まるラフィンたち。

呆気に取られた生徒側の一角では、柄の悪そうな男子生徒数人が手を振り上げながら誰かに声援を送っていた。

「あ、あの人たちは…」

思い当たる節のあったニーニアが呟き、「八組の連中…っていうことは、あそこにいるのはジグルか」、ディエルがいった。

また彼が暴れまわっているようだ。

戦闘訓練を受けていないジグルの戦い方は無茶苦茶なものだったが、しかしその殲滅力は他の誰よりも凄まじいものだった。

どう攻撃してどういった魔法を使っているのか分からないが、モンスターたちはまるで巨人に踏みつけられたように次々と押しつぶされていく。

まだ奇襲戦を再開して直後だが、ジグルは早くも千体以上は屠っているのではないだろうか。

しかしそこに戦略といったものはない。ただ適当に暴れているだけなので、モンスターの数は減ってはきているものの、校舎に押し寄せてくる敵の数は変わらない。

ついにはバリアが破られ、多数のモンスターがグラウンドにまでなだれ込んでくる。

後衛部隊がすぐさま攻撃を始め、乱戦が巻き起こった。

「何よあれ、かき乱してるだけじゃない!!」

早速ディエルが文句を垂れる。

「アレは戦力に入れない方がいいわ。無視しましょう」

ラフィンはいって、戦闘に参加した。

「シンシアちゃん、いける?」

ニーニアが尋ね、「う、うん!」、シンシアはやや緊張した面持ちながらも、創造魔法を使い聖剣を発現させた。

その形は未だに輪郭がなくぼんやりしたものだ。しかしそれでも彼女は気合を込め、ニーニアと一緒に前線へ躍り出た。

校舎のすぐ側では攻撃魔法が飛び交い、武器が交差し激しい戦闘音が鳴り響く。

「グオオオオオオォォォォ!!!!」

遠くからモンスターの咆哮が聞こえたと思ったら、敵の巨大な腕がグラウンドに振り下ろされた。

周囲の地面が揺れ、バランスを崩した生徒たちにモンスターの攻撃が当たっていく。

打撃や突進を受け、次々と倒れていく生徒たち。救助部隊がすぐさま彼らを抱え、仮設の回復所へと運んでいった。

一日以上にも及ぶ連戦で、生徒たちはもはや疲労困憊だ。対するモンスター側には体力というものはなく、またほぼ無限に湧いてくる。

おまけに止まない雨のおかげで全身が重く、ぬかるみに足を取られる生徒もいた。

生徒側の圧倒的に不利な状況が続いていた。

疲労と雨で防衛力が衰えたため、玄関前に最後の砦として張り巡らされていたバリアまで敵が押し寄せてきている。

ついにはそのバリアが破壊され、モンスターが次々に校舎の中に入り込んでいっていた。

「あ!? ま、まずい…!!」

生徒の一人が叫ぶ。ラフィンは咄嗟に校舎の中へ飛行し、進入してきたモンスターたちを浄化の魔法で排除した。

そしてすぐさま強力なバリアを張りなおし、どうにか侵入経路を塞ぐ。

彼女がそうこうしている間にもモンスターの黒い壁は迫ってきていた。飛行部隊の防衛も突破され、窓ガラスを破って二階や三階から進入しようとしているモンスターもいる。

状況はいよいよ危うくなってきた。

「ど、どうすんのよ、ラフィン!!」

周囲のモンスターを殲滅しながらディエルが叫ぶ。敵の圧倒的な物量に、さすがの彼女も追いつけなくなってきたようだ。

シンシアとニーニアコンビも防戦一方で、救助部隊のサポートが限界で攻撃に手を回す余裕はない。

「でかいのもたくさんきてるし、このままじゃ…!!」

群れの中には巨大なモンスターが連なるように押し寄せてきており、その光景は山脈にしか見えない。

「ねぇ、どうするのよ!! あなた生徒会長でしょ!!!」

尚もディエルの怒号が飛ぶが、「いいから時間稼ぎしてッ!!!」、校舎入り口の手前にいたラフィンも負けじと叫んだ。

「いま集中してるから、少しでも時間を稼いで敵の侵攻を食い止めて…ッ!!!」

そう叫ぶ彼女の頭上…校舎の前面中央辺りに、白く輝く丸い球が浮かんでいる。

その小さな光は徐々に膨らんできており、幾何学的な模様がそれを取り囲んでいた。ラフィンが現状で扱える最大級の攻撃魔法だ。

「五分…いえ三分でいいから、時間ちょうだい!!」

と彼女はいうが、黒い津波がすぐ目の前まで迫っているこの状況で、三分は程遠いように感じる。

「何してもいいから、どうやってもいいからとにかく三分耐えて!!」

「そんなこといわれても…!!」

と、揉める彼女たちの前に、「ぼ、僕たちも加勢するよ!!」、別の生徒たちがやってきた。

「情けないことだけど僕たちずっと逃げてたから、魔法力は有り余ってる!!」

そう話す彼らは、ラフィンには見覚えがある。ノマクラスの面々だ。

「え、無理しない方が…」

ディエルがいうものの、彼らは真剣な顔で首を横に振った。

「こういうときぐらい協力させてくれないと、セブンリンクスの生徒でいる意味がないから!!」

と、彼らは固まって玄関の前に移動した。

そして集中してバリアを張り巡らせていく。

その力は決して強いとはいえない。しかしモンスターの前に立ちふさがる壁にはなっているようで、敵側から喚くような声が聞こえた。

「くっ…ラフィン! 早くしてよ!!」

勇気ある彼らに感化されたのか、ディエルも彼らの元へ走り出した。

両手を頭上に上げ、目を閉じる。

そしてすぅっと息を吸い、吐き出す。

次に目を開けたとき、彼女の目は赤く光っていた。

血の力を覚醒させた彼女は、頭上に上げていた両手にありったけの魔力を込める。

「はあああああぁぁぁぁぁッ!!!」

裂ぱくの気合と共に地面に両手を当てた瞬間、その地面から青い光が放たれた。

ビキビキと音がして氷の障壁が打ち立てられていき、それは校舎を取り囲むほど巨大に成長していく。

氷山のように育ったその中に、モンスターも丸ごと閉じ込められてしまったようだ。

「グルオオオオオォォォォ!!!」

突如現れた氷の壁に隔たれ、外のモンスターたちから悔しそうな咆哮が木霊する。

壁を崩そうとモンスターが攻撃を仕掛けてきたが、崩される度に新たな氷が張られているようだ。

「ま、まだなの…!?」

どうにか氷の障壁を維持しつつ、ディエルが振り返る。

魔力は広範囲なほど消費が大きい。長期に及ぶ激戦の果てで残量の少なくなっていたディエルは、もうふらふらだ。

「は、早く…! もう、持たないわよ…!!」

ディエルが必死に訴えかけるが、ラフィンから返事はない。彼女は目を閉じて胸の前で両手で空間を作っており、そこに聖力を溜め込んでいる。

詠唱でもしているのかぶつぶつ呟いているが、まだ時間がかかりそうだ。

そのとき、氷の壁の向こうで大きな何かが動いているのが見えた。

どうやら巨人型のモンスターがやってきたようで、ばかでかい棍棒のようなものを振り下ろしてきた。

その重くて強烈な一撃は氷山全体に響き渡り、障壁に深い亀裂が走る。

「ラフィン…!!」

ディエルが急かしている間にも別の巨大なモンスターが攻撃を仕掛けてきており、亀裂の範囲が広がった。

「早く…!! ねぇ…! これ、さすがに耐えられそうに…!!」

ニ撃、三撃…亀裂は徐々に大きくなり、そして最後に巨大な猪型のモンスターが突進して障壁とぶつかった瞬間、とうとうそれは粉々に砕け散ってしまった。

「きゃぁっ!?」

ガラスが割れるような派手な音と共に、ディエルがバランスを崩してしまう。

同時にノマクラスが協力して張り巡らせていたバリアも破られたようで、破壊された衝撃で彼らも弾き飛ばされた。

「ブモオオオオオオオオオォォォォォ!!!!」

怪獣と見紛うような、数十体ものモンスターが一気に押し寄せてくる。

彼らの巨体が校舎にぶつかりそうになった、その瞬間━━

「…戦神フリードリヒテよ、放て神の一撃を…!」

ラフィンは目を開け、「開け神門!!」、振りかぶって両手を前に突き出した。

「オールエンド・セラフィム…ストライク!!!」

校舎の中央に浮かんでいた玉はいつの間にか巨大な光の門になっており、それが開かれ、

(ゴォッ!!)

門から極太のレーザーのようなものが撃ち出された。

すぐ目の前に迫っていた巨人の顔面に直撃し、その敵ごとレーザーは前方へ押し出していく。

その光は敵を巻き込む性質でもあったのか、彼らは吸い寄せられるように光線の中に入っていき、抵抗する間もなく蒸発した。

「ギャアアアアアアアァァァァッ!!!」

モンスターの悲鳴が光線の中から聞こえ、その眩い光は辺りを白く染め上げる。

レーザーは黒い山と化していたモンスターの群れに巨大な穴を穿ち、太くなるに連れ穴も大きくなり、やがて湧いていた全てのモンスターも蒸発してしまった。

しばし続いていたレーザーの放出は収束を始め、門が閉じられたと同時に消えていく。

一瞬だけ止んでいた雨が再び降り始める。

数万はいたモンスターの群れは、綺麗さっぱりいなくなっていた。

「はぁ、はぁ…どうにか…なったわね…」

聖力を使いきったのか、ラフィンはそのまま地面に崩れ落ちる。

「もう…ひやひや…させないでよ…」

地面にぺたんと座り込んだディエルも息も絶え絶えだ。

「ふ、二人とも大丈夫?」

そんな彼女たちの元にニーニアが駆け寄って、回復ドリンクを手渡した。

「あ、ありがと…」

「す、すごかったね…」

シンシアは驚いた顔をしている。「あんな魔法があるなんて…」

「切り札よ…そうそう使えないものだから…」

ラフィンが一息ついているところで、「ねぇ、やっぱりおかしくない?」、とディエルも回復に努めながら話しかけてきた。

「前の奇襲戦は一万ほどしかモンスター湧かなかったっていってなかった?」

ドリンクを飲む彼女は訝しげな表情をしている。「もういまの段階で十万以上は相手してるような気がするんだけど…」

確かに、いくらなんでもこの湧き方は異常だ。奇襲戦は過酷なものだと聞かされてはいたが、この状況は学校行事というものを遥かに逸脱している。

召喚石の異常というだけでは説明がつかない。誰かの意図があるような気がしてならなかった。

「何か別の要因があるんじゃ…」

ディエルがいいかけたところで、前衛の生徒たちが再びバリアを展開させていく。

どうやらもうモンスターが大量に湧き始めたようだ。

「あーもう、ほんと何なのよ! 考える暇も与えてくれないじゃない!!」

「やるしかない、わね…」

ラフィンはよろよろと立ち上がる。「行きましょう…」

「む、無理しないでね?」

シンシアはそういうが、スランプだった彼女も相当奮闘していたのだろう。制服が泥にまみれている。

「お互いね」

ラフィンはシンシアに笑いかける。

そして彼女たちは再び戦地へ飛び出していった。



「さすがだな!!」

森の中、後ろから声がかかる。

男が振り向くと、見知ったクラスメイトの笑顔が飛び込んできた。

「この撃破数は前代未聞なんだと! お前のおかげでウチのクラスはギガクラスを抜いてトップらしいぞ!!」

喜ぶ男子学生の手にはタブレットが持たれており、現状の成績を確認して嬉しそうな顔をしている。

「へっ…そうかい」

その男は…いや、ジグルはおかしそうに笑った。「喜んでいただけて何よりだ」

ニヤつく彼は、奇襲戦の成績を見て喜ぶ男たちとは別のことを考えていた。

(先週はケツ丸出しで踊ってた奴がなぁ…)

そういいそうになった口をどうにか閉じる。

ジグルを褒め称える彼らは、全員がジグルの催眠魔法によって辱めを受けていたのだが、彼らはそのときの記憶がないのだろう。

催眠状態といまとのギャップに笑いを漏らしつつ、ジグルは彼らの賞賛を気分よく受けていた。

「マジで強くなったよなお前! もうできないことはないんじゃないか?」

「ああ…そうだな」

確かにできないことなどないだろう。何だったらこの奇襲戦を一瞬で終わらせることもできる。

大量のモンスターを従えることだってできるだろうし、そのまま学校を乗っ取ることもできるかもしれない。

気持ちがよかった。体中至るところから痛みがあるものの、現状には満足している。

男子からは羨望の眼差しを向けられ、女子からは憧れと黄色い声援ももらえる。催眠ではなく素の状態で褒められるのは、確かに悪くはない。

普通の学生なら為し得ないこと、あり得ないことを体現して彼らを驚かせるのも面白いかもしれないが…しかし、いい加減飽きた。

つまらなかったのだ。

何をしても手応えが感じられなくて、モンスターは一瞬で潰れてしまう。

どれだけ暴れまわっても刺激らしい刺激が得られず、何を成し遂げても似たような賞賛しかいってくれない。

「…飽きたな」

彼は思わずそういってしまった。

「え?」

何を言ったのか分からなかった彼の頭に、ジグルは自身の手を乗せた。

「飽きたんだよ」

そういって軽く手に力を込める。

瞬間、その男の頭からブチュッと潰れるような音がした。

その男子の頭部は何もなくなっており、首元から鮮血が吹き出している。

…ように、彼らには見えただろう。

催眠の魔法で“そう見せて”いたのだ。

殺されたと思った学生は、そのまま倒れて動かなくなる。

飛び散る血の“幻”を見ていた彼らは、一瞬不思議そうな表情をしたものの、すぐに恐怖に顔を引きつらせていく。

「う、うわあああああぁぁぁ!!」

何が起こったか分からず、それでも逃げ惑っていくクラスメイトたち。

「このリアクションも飽きたんだよなぁ…」

ジグルはいって、彼らに別の洗脳魔法を送り込んで動けなくさせた。

立ち止まった彼らは、やがてばたばたと倒れていく。

枯葉の上で気を失った彼らをつまらなさそうに眺めていたジグルは、

「なぁ…もういいんじゃねぇか…?」

そう呟いた。

「歯応えがねぇんだよ。手応えが欲しいんだよ。こんなザコばっか相手にしてたらどうにかなっちまいそうだよ」

次第に彼の表情は怒りに変わっていく。

「なぁ、聞こえてんだろ!? もう十分待っただろうが!!」

雨の降る空に向けて、彼は叫んだ。

「そろそろ強ぇ敵を出してくれよ! もっと俺を楽しませてくれよ!!」

激しい雨が原因なのか、辺りには白い霧が立ち込め始める。

「さもねぇと、俺何するか分かんねぇぞ? それでもいいのか?」

破壊衝動に駆られた彼は、周囲にある木を殴りつけていった。

ジグルにしては軽く殴ったつもりだった。しかし木は木っ端微塵に砕け散り、衝撃波が周囲の枯葉を吹き飛ばしていく。

次々と木を破壊して回り、広い空間が出来てしまったが、それでもその表情は不満そうだ。

「マジでここに倒れてる奴ら潰しちまうぞ!? あ!?」

全身の血管を浮き出させていた彼は、血走った目で見回し生贄を探す。

とそのとき、視界の端に何かが映った。

それは山のように巨大で、見たことのあるシルエットをしており…

「…お」

それが何なのかに気付いたジグルは動きを止める。

「へ…ようやくお出ましかよ」

口の端に笑みを浮かべ、胸倉を掴んで持ち上げていたクラスメイトを投げ捨てた。

「楽しませてくれよぉ…」

腕を鳴らしながら、そのシルエットへ向けて歩き出す。

霧の中に浮かぶ巨影。

それは幻影ではなく、作り出されたものでもない。

その影は、間違いなく本物の━━地獄の竜、ダングレスだった。



「え…!? ど、どうして…!?」

目の魔法で周囲の状況を確認していたラフィンが声を上げる。

「どうしたのよ?」

戦闘の手を緩めディエルが尋ねると、ラフィンは固まったまま「で、出てきたわ…」といった。

「出てきたって?」

「ダングレスよ!!」

「…はぁ?」

「モンスターの群れの後ろにいる…」

「い、いや、幻影じゃないの?」

物音も何も聞こえなかったので、ディエルはいまいち信用できなかった。

「本物よ! どうやったのか分からないけど…!」

取り乱すラフィンに、「ちょっと落ち着きなさいよ」、ディエルはたしなめた。

「本当に本物? よく見て、状況を伝えて」

ゆっくりと分かるように問いかけるも、ラフィンは動揺している。

「だ、だって、あいつが…ジグルが攻撃を仕掛けて…ドラゴンと戦ってるんだもの!!」

雨音が激しいため戦闘音が聞こえない。しかしラフィンの様子を見る限り、幻を見ているわけではなさそうだ。

「せ、先生…先生に報告しないと…!!」

駆け出そうとするラフィン。

「待って」、とディエルが呼び止めた。

「教員たちのほとんどは連中の手の内でしょ? 伝えたところで信用しないでしょうし、動いてくれるとも思えないわ」

「じゃ、じゃあどうすればいいのよ」

「せめてこっちに影響が出ないよう食い止めるしかないわ。ジグルだったらいつも通り処理してくれるはずでしょ?」

慌てる必要は無いというディエルに、「た、確かにそうね…」、ラフィンは素直に頷いた。

「でも一応異常事態なんだし、先生以外の誰か強い人に救援を要請した方がいいかもしれないわね」

ディエルのその提案を聞いて、ラフィンの脳裏にはすぐにある人物が浮かんだ。

「ティエリア先輩なら何とかしてくれるかも…!!」

ディエルも同様のことを考えていたのか、「私はここを守っておくから」、氷の障壁を張りつつ、控え室へ向かうよう指示した。

「お願いね!」

ラフィンはそういって、慌てて駆け出す。

校舎の外周沿いに走り、体育館横に設置されていた仮設の控え室に到着する。

周りに人の気配はない。職員が扮する見張りの人たちもいないようで、どうやら全員が異常事態の対処に向かっているのだろう。

つまり控え室の中にはティエリアしかいないはず。

彼女が戦場に出るまでまだ時間がある。ここで無理に外に出せば、ティエリアにも自分にも何かしらのペナルティを課せられるかもしれない。

一瞬躊躇したラフィンだが、ダングレスが地上に出てきた以上四の五の言ってられないのは確かだ。

そのまま扉を開けて中に入り、控え室の中を見回す。

「ティエリア先輩、緊急事態です!」

声をかけた。「ドラゴンが湧いたので手を貸してもら…」

いいかけて、ラフィンは動きを止める。

何故かテーブルや椅子が散乱していた控え室の中央を見て、彼女の思考は真っ白になった。

目の前で起きていることが理解できなかった。

「…え…」

ようやく声を出すことができたが、それでも目の前で何が起きているのか処理しきれない。

「…ら…らふぃ…さ…」

部屋の中央からティエリアの震える声がする。

控え室の中には彼女一人だけのはずだったが…もう一人いた。

その赤い髪をした男の手には白く輝く槍が持たれており、その槍が…

━━ティエリアの腹部を貫いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ