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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百十六節、夜明けの闇1「忍び寄るモノ」

「教育方針に間違いがあったのではないですか」

窓に雨が打ち付ける音と共に、校長室にジーニの声が響く。

「たったいま、奇襲戦が開始されて一日が経過しましたよ」

雨雲に覆われ黒い空を見てから、彼女は続けた。「現段階で破壊された召喚石は五つのみ。加えて負傷者は二百名」

調査チームより上げられた状況報告書を眺めてから、ジーニは鋭い視線をグラハムに向ける。

「この数は酷いものですよ、校長。個人の能力を無理なく成長させるという教育方針は本当に正しかったとお思いですか」

防戦一方の状況は芳しくないと見たのか、ジーニは学校の最高責任者でもあるグラハムを責めていたようだ。

「確か奇襲戦の行事目的は、臨機応変な知性と力を持つことでしたわよね」

ゆっくりとした口調で、ジーニの隣にいたサイラが便乗してきた。「この体たらくでは、彼らのご親族の方々に責められても言い訳が出来ないと思うのですが」

年下の女二人に追及されていたグラハムは、何を言われようとも瞑目したまま椅子から微動だにしない。

体たらくといわれても仕方がないのは事実だ。現段階で負傷者が二百名というのは、過去の戦績を思い起こしてみても最悪の数なのだから。

しかし単純に比べて良い問題でもないだろう。去年と今年では状況が全く違うことが一つだけある。

「どうお考えなのですか」

尚も責めてこようとするジーニたちに、グラハムはゆっくりと目を開けていった。

「レギオスの残滓などというイレギュラーが出てくるとは思わなかったのでな」

テーブルに肘を突きたて、組んだ手に口元を当てながら彼は続けた。「去年はこのようなことはなかったと記憶しているのだが」

ジーニとサイラを見つめ返す彼の目は、疑心に満ちている。「不思議なこともあるものだな」

その視線には抜け目なさが宿っていた。

まるで心を見透かされたようなその目から、ジーニたちはつい視線を逸らしてしまう。

「まぁいいでしょう」、そういった。

「今回我々がここにいるのは、教育実習生ではなく、セブンリンクスが抱える教育問題を解決するためのアドバイザーとして、着任しているのですから」

鼻を鳴らすジーニに、サイラも追従する。

「今回の奇襲戦で芳しい結果を得られなかった場合、グラハム校長、あなたには相応のペナルティを課す予定でいますからそのつもりでいてください」

「ペナルティ?」

「ええ。これまでの奇襲戦の戦績を平均化したデータは揃っておりますので、今回の成績と比べてマイナスがあれば、改善点を指摘させていただきます」

「ほう」

一応興味を持った風にグラハムは眉を上げる。「ガーゴ幹部の方々から直接ご指南いただけるとは、ありがたい」

と彼はいったが、ジーニもサイラもむすっとした表情は変わらない。

「確かに仰る通り、去年と今年では状況が違う」

ですが、とサイラがいった。「負傷者が増えるのはまだ仕方ないにしても、仮に生徒側が敗北するようなことになれば…」

そう話す彼女の目つきは険しい。見下ろすようにグラハムを見ていた彼女の口元は、ふと緩んだ。「あなたが校長という立場には相応しくないと、不信書を提出する可能性もあることを覚悟しておいてください」

多額の資金援助を受けているという間柄である以上、セブンリンクスはガーゴの要求は簡単には跳ね除けられない。

つまりサイラがいっているガーゴ側からの正式な不信書の提出は、事実上の解任通告だ。

「分かりましたか?」

サイラの口元は歪んでいる。グラハムも予見していたことなのでわざわざ告げる必要もなかったのだが、直接話してグラハムが怯んだところを見たかったのだろう。

だが彼女の予想に反して、グラハムは「なるほど」、肩を揺らして笑った。

「アドバイザーとして当校に君たちを招いた覚えはなく、また解任を要求できる法的根拠もないとは思うのだが、決定には素直に従うことにしよう」

いちいち反論を挟み込むグラハムにジーニたちはピクリと反応したが、しかし従うというグラハムの言質が取れて、二人は満足そうに頷き合った。

「グラハム校長、世の中は常に変革を求めているのです。いつまでも同じことを続けていては成長がない」、と、ジーニ。

「そういえば先日ガーゴ役員三名の方が定年退職いたしました。老後は穏やかな余生を過ごすそうですよ」

突然どうでもいい話を持ち出すサイラだが、暗にグラハムに退陣を迫っている辺り、物腰は柔らかいが無礼な女である。

「いつまでも上が役職の椅子についていては、下はつっかえるばかりですからね」

まるで姑のような小言だったが、「ゆっくりできるのなら、そうしたいのだがな」、重苦しい空気とは場違いなほどに、グラハムは穏やかな笑みで答えた。

「君たちはまだ赴任して間もないから分からないのだろうが、ウチの生徒たちは気骨のある者ばかりでな」

彼の瞳の奥には確固たる意思が宿っている。「彼らの成長を見届けるのも、私なりの余生の楽しみ方なのだよ」




「…あふ…」

ディエルがあくびを漏らした途端、「ちょっと」、ラフィンが険しい目つきで睨んできた。

「しっかりしてよ。もうすぐで休憩終わりなのよ」

そこはノマクラスの教室だった。ダインの席に彼女たちは集まっており、戦闘再開後の作戦を話し合っている。

「あのでかいのを翻弄するのはあなたの役目なんだから、途中で寝たりしないでよ?」

「分かってるわよ…」

そういいつつも眠たそうなディエルに、ニーニアがカバンから取り出した小瓶を差し出す。

「眠気覚ましだよ。これは効くはずだから」

「おお、さすがニーニアね」

ありがと、と礼をいってから小瓶の中の液体を一気に飲み干すディエル。

酸味のきつい飲み物だったのか、「っかぁ!!」、と目を見開いて声を上げた。

「あ、す、すごく酸っぱいよって言おうと思ってたんだけど…大丈夫?」

「え、ええ、おかげで目が覚めたわ」

即効性のある眠気覚ましだったようで、ディエルの目は爛々と輝きだす。

「あ〜、ニーニアちゃん、私もいいかなぁ?」

と、少し間延びした声で要求したのはシンシアだ。

まどろんだような彼女の顔は、明らかに元気がない。

「えと…ごめんなさい、いまのが最後で…」

「あう…そっか…」

残念そうにいったシンシアは、再びため息を吐きながら机に突っ伏してしまう。

シンシアの様子に疑問を抱いたラフィンが、「ねぇ」、小声でディエルにきいた。「シンシアはどうしちゃったのよ?」

「スランプ状態らしいわよ」

「スランプ?」

「まぁ天才のあなたには縁遠い話でしょうけどね」

ディエルは素っ気無くいって、「元気出しなさいよ!」、ぱんぱんとシンシアの背中を叩いた。

「夜明け前までは元気に校舎の中走り回ってたじゃない。あのシンシアはどこにいったのよ」

「あ、あのときはまだダイン君からもらった勇気が残ってただけで…」

言い訳するシンシアは、手に持っていた携帯に視線を落とす。「あれから連絡取れてないから、また元気が抜けてきちゃって…」

その携帯の画面には、ダインへ送ったメッセージが表示されたまま。返信も既読もついていないようだ。

「確かにどうしたんだろうね」

心配そうな顔つきでニーニアがいった。「もうディグダイン? は討伐できたはずなのに…」

彼女は自身の持つ携帯から逐一世界ニュースに目を通していた。アブリシアとディグダインがガーゴの手によって討伐されたと速報が入っており、世間はその話題で賑わっている。

ダインの用事はもう終わったはず。なのに彼が戻る気配はなく、何故か携帯も繋がらない。

「何かあったんじゃないの?」

ディエルはやや不安そうにいう。

「ダイン君に限ってそんな…」

シンシアもニーニアも深刻そうに唸ったが、ラフィンだけはそっぽを向いた。

「ラフィンちゃん?」

ラフィンの態度に疑問を抱いたニーニアが彼女の顔を覗き込む。その整った顔面は真っ赤になっていた。

「え、ど、どうしたの?」

「あ、い、いえ、何でも…何でもないわ」

ラフィンは慌てたように首を左右に振る。

彼女が何を思い出しているのか、心当たりのあったディエルだけは顔を伏せて笑いを堪えていた。

そんなディエルを軽く睨みつけてから、「と、とにかく」、ラフィンはコホンと一つ咳払いした。「ダインはダインで頑張っているんだから、私たちもできることをやりましょう」

作戦を再確認して続ける。「再開と同時にこちらから奇襲をかけて敵を排除しましょう」

この休憩時間で負傷した生徒も復帰できるはずだし、初っ端から総力戦をかける。

校舎内の護衛も外に駆り出す作戦なので、当然シンシアたちも外に出て戦うことになる。

「いけるわよね?」

ラフィンの問いかけに、「う、うん」、と頷いてみせるシンシアだが、やはりその表情は自信がなさそうだ。

「不安なら校舎の護衛に回ってもらっても…」

スランプ状態のシンシアを配慮してラフィンがいうものの、シンシアは「だ、大丈夫だよ!」、拳を作り、気合を込める仕草をした。

「頑張るよ。私、退魔師目指してるから…」

「…そう? ならいいんだけれど…」

「ねぇ、ティエリア先輩はどうなってるのよ」

ディエルがきいた。「あの人がいれば校舎の防衛は考えなくて済むじゃない」

いい加減戦場に来てもらわないとと期待を寄せるものの、「ティエリア先輩が行動できるのは後十時間後よ」、とラフィンが答えた。

「それまであの人は動けないわ。いまも控え室で一人で待機させられているんじゃないかしら」

「外がこれだけ大変なことになってるってのに、一日半も幽閉だなんて、私じゃ耐えられないわね」

ディエルは息を吐きつつ窓の外を眺める。

しばらく雨が止みそうにないことを確認した彼女は、「あの人が来てくれないんだったら、例の魔法を使うしかないんじゃない?」、ラフィンを見つつにんまりとした笑顔を浮かべる。

「確か例の魔法って特別な詠唱が必要だったのよね」

何の魔法か、ラフィンはすぐに思い至ったのか、「う」と言葉を詰まらせる。

「え〜となんだっけ…“我、天上神エレンディアの力を借りし者。その名において命ずる、戦神フリードリヒテよ…”」

続きを言いかけたところで、「い、いわなくていいから!」、真っ赤なままラフィンが遮った。

「過去に一度だけ大会で使った“門”の魔法なのに、どうしてあなた覚えてるのよ!!」

「いやだってあのとき大失敗してたじゃない。さすがに覚えてるわよ」

ディエルはおかしそうに笑い出す。「ただでさえ恥ずかしい詠唱を唱えた挙句、何も起こらなかったときのあなたの真っ赤な顔ったらなかったわ」

「うぐ…あ、あなたってほんとしょーもないことばかり覚えてるわね…」

悔しそうなラフィンを見てひとしきり笑ったディエルは、「で、前回失敗したのに今回は成功するの?」、ふと真面目な顔になってラフィンにきいた。

「失敗したのは昔の話。あの頃の私じゃないわよ」

「本当かしら」

懐疑的にディエルがいったところで、教室内にあるスピーカーからサイレンの音が鳴り響く。再開の合図だ。

「いくわよ!」

ラフィンはばっと立ち上がり、シンシアとニーニアを引き連れて走り出していく。

「あ、ちょ…待ちなさいよ!」

飲みかけだったパックのジュースを慌てて飲み干し、ディエルも教室を飛び出していった。

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