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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百十五節、その真実

「さら、さら!」

慌てたような声と共に、ダイニングで朝食の準備をしていたサラの前までルシラが走ってくる。

「どうしました?」

「玄関のとこにこれがあったよ!!」

と彼女が見せてきたのは、黄色い肌をした小さなドラゴンと、小さな麻袋だ。

朝日に照らされたそれらを見て、何なのかをすぐに理解したサラは、「ああ、ダイン坊ちゃまからですね」、といった。

「だいんの? おみやげ?」

「まぁお土産といえばそうなのでしょうが…」

ルシラからその二つを受け取り、麻袋の中を覗きこんでみる。四角く切り取られたそれは、確かにドラゴンの残骸…肉片だ。

「おみやげよりだいんと遊びたかったのになー!」

ルシラは真っ直ぐな感想をいった。「昨日はいっしょに寝られなかったし…」

どうやらそれが一番の不満だったようだ。

奇襲戦がまだ終わりそうにないことを告げようとサラは思ったが、それは少し酷だと思い直し黙っておくことにした。

「ダイン坊ちゃまを目の前にすると恥ずかしがるクセに」

代わりにからかうようにサラがいうと、「も、もう平気だもん!」、とルシラは明らかな強がりをいった。

「怪しいものですね。この間なんか、ダイン坊ちゃまと手を握っただけで黙り込んで顔を真っ赤にさせていたのに」

「も、もう大丈夫だよ! だいんが帰ってきたら、だっこしてもらうもん!」

「え〜、どうでしょうねぇ〜。飛び乗ってまたすぐ飛び降りる未来しか見えないのですがねぇ」

「そ、そんなことないもん! にーにあちゃんがだいんにされたギューとか、だいんがてぃえりあちゃんにされたチューだって、るしらもできるもん!」

「…チュウ?」

サラが不思議そうな顔をする。同時に、ルシラはしまったという顔になった。

「い、いっちゃいけないやつだった!」

これまた正直にいってしまうルシラ。

「ルシラ、詳しく。ダイン坊ちゃまがティエリア様とチュウを?」

詰め寄るサラだが、「そ、そそそれより、このきいろいのって、ぴーちゃんのお友達だよね!?」、ルシラは無理やり話を逸らした。

顔を真っ赤にさせたルシラに思わず笑ってしまい、「そうですね」、サラは頷く。

とそこで、中庭からぞろぞろとピーちゃんたちがやってきた。

日向ぼっこしていたようだが新たな仲間の気配を感じたようで、サラとルシラの周りに集まりそれぞれ独特な鳴き声を上げている。

「ピィピィ!!」

翼をはためかせているのはピーちゃん。

「シャー!!」

シャーちゃんはサラの足元で何度も飛び跳ねており、少し興奮した様子だ。

そして白い肌をした“新人”のアブリシアは、

「ミャー!!」

まるで猫のような鳴き声を上げ、ルシラのスカートを咥えて引っ張っている。あれは誰だと尋ねているようだ。

「“みゃーちゃん”たちのお友達だよ!」

ルシラはいって、「さら、かして!」、サラから気を失ったままの黄色いドラゴンを受け取った。

「おなまえどーしよっかなー」

ルシラが考えているところで、当のドラゴンはぱちりと目を開ける。

どうやら意識が回復したようで、自分を見上げるピーちゃんたちと視線がぶつかった。

そこで彼は口を開け、鳴き声を発しようとする。

サラとルシラは彼の鳴き声に注目していた。

次の新しいドラゴンはどんな鳴き声を上げるのか。二人は勝負をしていたのだ。

ぼえー、と鳴けばルシラの勝ち。

ひょー、と鳴けばサラの勝ち。

特に賭けたりはしていなかったのだが、アブリシアである“ミャーちゃん”の鳴き声を見事的中させたルシラなので、今回も自信満々の顔だ。

果たして今回の彼はどんな鳴き声を上げるのか。

サラとルシラの視線も感じつつ、ディグダインの彼はついに声を発する。

その爬虫類のような口から発せられた声は…、

「ワンワン!」

…だった。

まさかの鳴き声に、サラはこけそうになる。

「わんちゃんだったよ!」

ルシラは笑顔でいい、「はじめまして!」、と彼を抱えたまま挨拶している。

「ワンワンはさすがに予想外でしたね…鳴き声に一貫性がないのは何か理由があるのかしら…」

ぶつぶつ呟きながら、麻袋を手にしたままサラは書斎へ向かう。


「失礼します」

ノックをしてからガチャリとドアを開けると、厳つい顔をした二人の視線が飛び込んできた。

埃っぽい書斎の中、さらにむさ苦しそうに彼らは向き合って椅子にかけている。

「おお、どうした?」

「ダイン坊ちゃまよりお届けものです」

そういって、手前にいたギベイルに袋を渡す。

中身を確認したギベイルは、「これは…ディグダインか?」、やや驚いた顔をしてサラを見た。

「雷を操るディグダインは、その強さゆえ残骸の回収が困難だと思っていたのだが…」

「ダイン坊ちゃまですから」

サラは真顔でいって、「では朝食の準備がございますので」、一礼してから書斎を出て行った。

書斎は再び二人きりになり、「それで」、ギベイルの正面にかけていたジーグは、テーブルに身を乗り出す。

「七竜の肉体構造が分かったというのは本当か?」

尋ねるジーグの目は好奇心に満ちている。

「ああ。この検査結果が出たときにはさすがに驚いたよ。居ても立ってもいられず、失礼を承知で早朝にお邪魔させてもらった次第だ」

来意を告げつつ、ギベイルは側に置いていたカバンから何枚かの書類を取り出し、ジーグの前に滑らせた。

そこには棒グラフや数字、難解な記号が並んでおり、どうもそれは検査結果を表した書類のようだ。

「まぁ専門知識のある者にしか分からないものなのだが、そこに七竜の肉体構造がどういったものかが示されてある」

「ふむ…」

念のためその書類に目を通すジーグだが、やはり分からなかったようで、「すまんが分かるように説明してもらえないだろうか」、とギベイルにきいた。

「そうだな…」

椅子の背にもたれ、髭を触りながらしばし考え込んだギベイルは、「ジーグ殿は、人々に宿る魔法力がどのようなものか、考えたことはあるか?」、と尋ねた。

「魔法力?」

「ああ。目に見えない力だが、人体に影響を及ぼすもの。触れずして自然現象を誘発するもの。世の人々は当たり前に使っている力だが、よくよく考えればこれほど摩訶不思議な力はないと思わないだろうか」

「まぁ、そうだな…」

ジーグも同じように椅子の背にもたれ、腕を組んで天井を見上げる。「我々ヴァンプ族は魔力が低く魔法など縁遠い存在であるから、よく考えることではある」

聖力という力がどう作用して英霊を呼び出すのか。魔力が自然にどう干渉して火を起こすのか。そのメカニズムは考えれば考えるほど謎だった。

「魔法の仕組みについては、科学技術の発達した現在でも解明できていない部分は多い。魔法学なんてものができたのも最近のことであるしな」

ギベイルはいって、「特に…」、再び前のめりになってテーブルの上で手を組む。「個々人の意思に反映される力など、特異なものとしかいいようがない」

「個々人の意思…?」

「術者には魔法の得手不得手がある、といった次第にな」

「なるほど」

確かに特異な力ではあるなと、ジーグは頷いた。「魔法というものは、あるいは人の想いを具現化した力なのかも知れんな」

「その通りだ」

ギベイルはいい、「前置きが長くなってしまったな」、と小さく笑って、サラから受け取ったばかりの麻袋に手を突っ込んだ。

「論より証拠。見てもらった方が早いだろう」

その袋から取り出したのは、つい先ほどダインが回収したばかりのディグダインの肉片だ。

まだ浄化の魔法をかけられていないため、その見た目はまさに肉の塊。しかし不思議なことにその肉塊からは血が出ていない。匂いもしないし、腐食化も進んでいない。

その時点で十分不可思議な物体なのだが、「よく見ていてくれ」、とギベイルはその肉片の一片を人差し指と親指で摘んだ。

肉は見た目に反して柔らかいものだったのか、簡単に千切れてしまう。

彼はその千切った部分をギュッと手で握る。

そして開いて見せたとき、その断片は消えてなくなっていた。

「何…?」

彼の手のひらにはまるで黒い霧のようなものが漂っており、やがて空気に紛れるように透けていく。

「当初から我々が予測していた通り、これら七竜は“張りぼて”だったのだよ」

ギベイルはいった。「それも実体のない、な」

「実体がない…」

そこで先ほどの前置きを思い出したジーグは、ハッとした顔になる。「まさか、七竜の正体は想いの力を具現化したもの…魔法そのものということか?」

ありえないという顔をするジーグだが、「データにはそう示されたよ」、ギベイルは書類を見ていった。「肉には弾力性がないし、物質に存在する素粒子の数が極端に少ない」

「そんなことが…では我々は…いや、先祖の方々は、実体のないモノの影に怯えていた、ということか?」

「そうなるな」

ギベイルは頷き、ジーグから声にならない息が漏れる。

大発見だ。

興奮の度合いがまた一段階上がった彼だが、「しかしここで一つ大きな疑問が生じる」、ギベイルはさらに先を見据えていた。

「“七竜”というこの魔法…いや、この想いの力はどういったもので、そして“誰のもの”であるかだ」

「七竜を使役していたのはレギオスだ。奴ではないのか?」

「それは間違いないであろう。数々の文献からそれは明らかだ」

しかし…と、ギベイルは続ける。「当時の七竜が文献どおりの強さだとすると、レギオス単体が抱く想いの力を具現化しただけでは、あれほどの猛威は振るえんだろう。創造神ならまだしも、いくら混沌の神でも限界はあるはずだ」

「では一体どのようにして…」

尋ねるジーグに、「証拠はない。憶測の域を出んが、しかし七竜の特性を考えれば、ある程度推察できる余地はある」、とギベイルはいった。

彼の話を聞けば聞くほど、寝起き一時間も経ってないジーグの頭は冴えるばかりだ。

証拠はないというギベイルの口調に、自信の無さといったものは全く感じられない。これまで七竜について調べ、あらゆるデータが出揃った上での推理なので、断言できることもあったのだろう。

しかしその内容は驚きでしかなく、どの学者でもたどり着かなかった真実だ。

「何万もの人々を死に追いやり、人類を滅亡の危機に陥らせた七竜。あの凶暴な存在を形成したのは━━我々なのではないか」

その推理も、ジーグでも全く予想だにしないものだった。

「どういう、ことだ?」

固まり、目を見開いたままのジーグに向け、ギベイルは持論を述べる。

「人々の残虐性、凶暴性。そういった悪い“想い”をレギオスはかき集め、具現化して七竜という存在を作ったのではないか」

彼の考察は続く。「我々は様々な感情を抱く。それら正負の感情は時として強大な力を持ち、世界の運命を左右することもある。民意や世論といったように。負の感情は特に伝播しやすく肥大化しやすい性質を孕んでいるため、レギオスはそこに利用価値を見出したのではないか」

「…人々の想いの力を使おうと…?」

「ああ。感情には際限がない。欲望も悪意も、ともすれば自身の身を滅ぼすまでに成長することもある。まさに無限の力だ」

驚愕したままのジーグは思わず黙り込んでしまう。

「まだサンプルの数は少なく、全てのドラゴンに関するデータも揃ってない。現状での推理に過ぎないが、しかし断定できるだけの材料はある」

真っ直ぐにジーグを見据え、ギベイルは断言した。「人々の負の感情を集め、具現化したもの━━それが七竜の正体だ」

もし現段階で彼の推理を世間に公表したなら、トンデモ理論だと一蹴する論者はたくさん出てくるだろう。もしかすれば世の中の常識が覆るような話なのだから。

しかしジーグは七竜の真の姿であるピーちゃんたちと接してきたからこそ、彼の話に頷ける部分は多々あった。

「例の子供のドラゴンたちは利用されていただけに過ぎない。だから、本体と張りぼてで性格が違うということも納得できる」

「やはり彼らは無実だったのか…」

文献のドラゴンのように成長しないと分かり、まだ安心できる状況ではないものの、ジーグは内心ホッとした。

しかしすぐにまた別の疑問が沸く。

「なぁギベイル殿、このことってまさか奴らも…」

「恐らく知っていたであろうな」

ギベイルは頷いて続ける。「だから子供のドラゴンたちを手にかけようとしなかった。彼らの保護をダインに任せたのは、まだ利用価値があると見たのやも知れん」

ガーゴは七竜の封印地を調べまわっていた。創造神エレンディアが施した強力なバリアに細工し、ヴォルケインのときは穴を開けることに成功した。

「奴らもまた、利用する気でいたのだ。ドラゴンの力を。彼らに宿っていた、人々の負の感情という邪悪な力を」

いや、すでにその力の運用法を見出していたのかもしれない、とジーグは思った。

ドラゴンから奪った力を転用…例えばそれが例のクスリだとすれば━━討伐隊が少数だったことも、伝承のドラゴンを目の前にして余裕を見せていたことも、そして製造方法を公表しなかったことも全てに説明がつく。

封印を解除する以前から、ドラゴンが弱体化していることを知っていたのだ。だからジグル単体で挑ませたり、連日での討伐など、無理難題を推し進めることが出来た。

「どうだ、さすがのジーグ殿もここまでの推理はできなかったであろう」

ふふ、と笑うギベイルはどこか得意げだ。

「あ、ああ、そうだな」

素直に認めたジーグは、「しかしこの仮説が事実だとするならば、創造神に唾を吐く行為どころではないと思うのだが…」、と真面目な顔でいった。

「そうだな。封印地の立ち入りはどこも禁止している。どのような権力者であれ許可は下りない上に、近づこうものなら厳しく罰せられる国際法もある」

「連中は実績欲しさに暴挙に打って出たということなのか…」、思わずジーグは辟易としてしまう。

「証拠でもあれば裁判にかけることもできるのだが…」

ギベイルのいう通りだと思ったジーグは、どうすればいいのか考え込んでしまう。

二人同時に唸ってしまったとき、ドアの向こうから美味しそうな匂いが漂ってきたことに気がついた。

そろそろ朝食の時間だと思ったジーグは、「腹が減っては頭も回らん。ここらで小休止して食事を取ろう」、とギベイルにいった。

「いや、ワシは…」

「検査に没頭する余り気付いておられないのだろうが、目の下に隈が出来てるぞ」

笑いながらジーグはいって、彼を立ち上がらせた。「腹ごしらえをして少し休まられた方が良い」

「しかし、突然押しかけてきたのに朝食の面倒まで…いいのか?」

遠慮するギベイルに、ジーグは豪快に笑ってみせる。

「女たちの謀略のおかげで、お互い切っても切れぬ間柄となった。水臭い言葉も遠慮も無しにしよう」

何の話か、思い至ったギベイルは「ふふ、そうか。そうだな」、笑って頷いた。

「もう一人可愛い孫娘ができたのだ。遊んでやらねばな」

「そうしてもらえると助かる」

お互い笑顔のまま書斎を出て、ダイニングへ向かった。

テーブルの上にはサラダやスープが並べられており、当然のようにギベイルの食卓も用意されている。

「すまんな」

準備中だったシエスタにギベイルが声をかけると、「これぐらい何でも」、彼女は彼に笑いかけた。

「リステン家には色々とお世話になってるんだし、これぐらいやらせてもらわないと気が済まないわ」

「うむうむ。妻もこういってることだしな」

さて、とジーグも椅子にかけようとしたが、「あなたはまだ駄目よ」、何故かそのシエスタに咎められた。

「ルシラを呼んできて」

「ん? いや、そろそろ時間だし勝手に来るのでは…」

「最近は宣伝出張もないし家でダラダラしているだけなんだから、少しぐらい仕事して」

冷ややかな一言だが、その通りなだけにジーグは何も言い返せない。

「中庭にいるはずよ」

「はいはい…」

やれやれとした素振りで、ジーグはダイニングから中庭へ向かう。

と、その中庭から小さなドラゴンたちが鳴き声を上げながらやってきた。

四匹はジーグの足元に集まり、全員が翼をはためかせている。

「おっと、お前たちも腹が減ったのか?」

可愛らしい姿にジーグは笑った。「ルシラも呼んでこよう。みんな集まってからな」

賢い彼らなので、ジーグの言葉は理解しているはず。だが彼らはしきりに鳴き声を上げており、何か訴えかけているかのようだ。

少し疑問に思ったジーグだが、彼らが何をいっているか分かるはずもなく、「分かった分かった。そう急かさなくてもいい」、空腹だと思ったようだ。

そのまま中庭に出て、「おーい、ルシラ、そろそろ朝ごはんだぞー」、と声をかけた。

いつも通りの風景のはずだった。

この時間ルシラはいつも中庭に出て花壇に水をやっており、終わった後はドラゴンたちと遊びだす。

ジーグもその輪の中に入れられ、何かのアニメのオープニングダンスをさせられることもあったのだが、

「…ルシラ?」

中庭の中央を見て、ジーグの表情が真顔に変わる。

後ろで喚き散らすドラゴンたち。


朝日から少しずれた石畳。

その何もないところで…ルシラは倒れていた。

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