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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百十四節、激雷の竜

「ガアアアアアアアァァァァァッ!!!」

激雷の竜、ディグダイン。

伝承の通り、そのドラゴンは咆哮を上げるたびに周囲に数億ボルトもの電流が目に見える形で巻き起こっていた。

まるで雷雲の中にいるかのように、辺りから落雷が起きており、廃墟と化した建造物を破壊していく。

そこはエティン大陸中腹に浮かぶ、混乱期に建てられたとされる空中要塞。正式な名称は『天空迷宮サンダレイズキャッスル』。

その頂上にディグダインは封印されており、封印が解かれた途端に暴れまわっていた。

「ギャアアアアアアアァァァァッ!!!」

全身を帯電させていたドラゴンは動くたびに電撃が走り、周りの建物は崩れて緑が燃えている。

「くっ…さすがにあれでは近づけんな…」

まるで雷そのものとなったドラゴンに、ロドニーとクレスだけでなく、物陰から様子を窺っていた隊員らもたじろいでいた。

パンドラで強化されたとはいえ、防御力が増したわけではないので怖いのも当然だろう。仮に雷の直撃を受ければ、一瞬で黒焦げになってしまう。

「怯むな!! 突き進め!」

しかし部隊長は強行突破しろと無理難題な指示を飛ばしていた。

たじろぐ隊員を後ろから蹴立てていた彼は濁った目をしている。アブリシア討伐から何時間も過ぎているが、あの時の熱がまだ醒めていないのだろう。

彼らは念のため雷撃を受けても耐えられるよう、ゴム製のアーマーを装備している。

それでも躊躇っているのは、雷が怖いだけでなく眠気と疲労もあったためだ。

目的地への道を迷いに迷った結果、夜通し歩き倒すことになってしまい、ようやく目的地に到着したときには空はいつの間にか白みだしていた。

まさしく不眠不休でのドラゴンとの連戦だ。彼らもさすがに疲労困憊だった。

「何をしている! 早く行かんか!!」

しかし部隊長だけは意気揚々としていた。一夜にしてドラゴンを二頭退治したという偉業が目前に控えているので、これは何としてでも手柄にしたいと思っているのだろう。

「逃げ出したらまた部外者が騒ぐだろうが! 誰でもいいから行け! 死んでも名誉なことだろう!!」

見かねてダインが止めに入ろうとした。

が、急かされた彼らは例のクスリを服用し、気合を入れなおす。

力がみなぎってきたのを感じた彼らは、そのまま物陰から飛び出していった。

「うおおおおおぉぉぉぉ!!!」

武器を手に走り出す彼らだが、その直後激しい電流が彼らを貫いた。

バチンッという音がして、男たちは動きを止める。

痛みはあるはずだ。電流によって運動神経が刺激されると、本人の意思に関係なく筋肉が収縮し動けなくなるはずだが、

「ぐ…! オオオオオオォォォ!!!」

パンドラの効果かアーマーのおかげか、彼らはどうにか耐え凌ぎ動くことが出来た。

「ガアアアアアアアァァァッ!!!」

彼らを敵とみなしたドラゴンが雷そのもののブレスを放つも、避雷針のようなものを手にした討伐隊がその攻撃を逸らす。

ドラゴンの追撃がやってくる前に、彼らは一斉に束縛の魔法を放った。

パンドラを二重で服用した効果かもしれない。ドラゴンは瞬く間に全身を光の鎖でぐるぐる巻きにされ、口まで封じられてしまう。

「よし、一気にいけ!!」

そこからはいつもの流れだった。

敵の行動を全て封じてから、攻撃魔法の集中砲火を浴びせる。

喉や翼、胴体に魔法の矢と槍が突き刺さっていき、爆発に包まれるディグダイン。

身動きが一切取れない中一方的に攻撃されるその姿は、ダインには少し可哀想にも映った。

「ギャア…アァ…!」

やがてドラゴンの口から大量の血が吐き出され、地面に沈む。

「おお…おおおおおお!!」

敵が動かなくなったことを確認し、討伐部隊は勝利の雄叫びを上げた。

手を叩き合いガッツポーズをして、疲れてはいるもののその顔は笑顔だ。

「順調すぎて怖いな…」

彼らの奮闘を写真に収めていたロドニーが呟く。戦力外ということで撮影係を任されたようだ。

「おっと、そろそろ俺も仕事してきます」

ダインはいい、倒れるドラゴンの懐へ潜り込む。

いつものように“核”である子供のドラゴンを傷口から救出し、残骸も回収した。

背後でディグダインが浄化させられていく音を聞きながら、ロドニーとクレスの元に戻る。

「このクスリにどんな力が込められているんでしょうね…」

二人はいよいよもってそのパンドラの効力が気になりだしたようだ。

「おーい! お前らもこっちにこい!」

最上階の広場で激戦を労い合う男たちから声がかかった。「いいもの持ってきてあるぞ!」

と隊員の一人が掲げたのはワンカップだ。どうやらこの任務が終わったら即座に祝杯を上げる予定だったらしい。

「どうする?」

ロドニーの顔がダインに振られ、「あ、俺は大丈夫っすよ。すぐに帰る予定なんで」、と手を振っていった。

「確かにこの長旅で疲れましたもんね。酒の一杯くらい、いいんじゃないすか?」

笑って彼らを送り出す。

「そ、そうか。じゃあな」

ロドニーたちは少し申し訳なさそうにしながらも、勝利に酔いしれる集団の中へ歩いていった。

酒を手に肩を抱き合う男たちを見てから、ダインは小さく息を吐く。

ディグダインもそうだが、別のことで気になることがあった。

おもむろにポケットから携帯を取り出し、そろそろサラが起き出す時間だったことを確認してから家に通信を繋げてみる。

コール音はすぐに止んだ。

『おはようございます』

予想通りサラの声だ。

『ようやく終わられたのですか?』

「ああ。すぐに戻りたいところなんだけど、ちょっとここで調べたいことがあってさ、回収したドラゴンどうしようかと思って…」

『でしたらポケットを探ってみてください。転移シールを忍ばせてあったと思うのですが』

とサラからきいてから、ダインはポケットを探る。目的のものはすぐに手に当たった。

『こちらに転送されるよう登録してありますので、そのままご使用になればこちらに届くはずですよ』

「ああ、分かった。じゃあ…」

通話を切りそうになって、あることを思い出し「ああ、ところでみんなはもう起きてるのか?」、と尋ねた。

『そうですね。奥様は朝食の準備に、ルシラはピーちゃんたちと準備体操中で、だんな様は接客中です』

「接客? こんな朝早くにか?」

『ギベイル様がお越しになられました』

意外な話だった。『昨日ダイン坊ちゃまがお届けになられたアブリシアの残骸から、何か分かったことがあるそうです』

…気になるが、それは家に帰ってから聞けばいいだろう。

奇襲戦もまだ終わってないだろうし、とにかくいまは“ここ”にある気がかりなものを調べてからだ。

「後できかせてもうらよ。回収したものはすぐに送るから」

そういって通話を切り、小さなドラゴンと残骸それぞれに転移シールを貼り付ける。するとその二つは魔法陣に包まれ、すぐに消えた。どうやら転送は成功したようだ。

「さて…」

ダインは立ち上がって目をつぶる。

背後からはまだ男たちのお互いを称え合う声が聞こえる。その楽しそうな声に混じって、何か別の気配があった。

それはいまさっき感じたものではない。ここサンダレイズキャッスルに到着した途端に感じていたものだった。

ディグダインとの戦闘を眺めている間も、ずっと気になって仕方がなかったのだ。

妙な感覚だった。

その気配は懐かしいような、温かいような…何か優しいものを感じる。吹きすさぶ風からは新緑の香りまでしていた。

「…これは…」

集中してその気配を探ると、その不思議な感覚は頭上からやってくるものだということが分かった。

見上げてみる。

朝焼けの空は晴れ渡っており、天空迷宮のさらに上にいるため、周囲には何もない。

だだっ広い空が広がっているだけのはずだったのだが…、

大空の中心。最上階の遥か上空に、何か浮かんでいるのが見えた。

それは緑の点…のようだったが、位置関係から考えてそこそこの球体だというのが分かる。

「あれは…」

その不思議な物体を視界に捉え、認識した瞬間、


(━━ダイン━━!!)


…声がした。

女の子の、可愛らしい声が。

夢の中で何度も聞いた声が。

それは聞き間違うはずもない、紛れもない━━ルシラの声だった。

そして過去にルシラが話していたことが思い起こされる。

“んと…どこかはよくわからなくて…ずっとみどりのなかにいて…かぞく…は、いないよ?”

“ずっとうかんでて、ずっとぐるぐるまわってるようなところだから…”

「…まさか…」

ハッとしたダインに衝撃が走る。「あそこにルシラが…」

まだ分からない。あれは何なのかを確認してみないことには確信が持てない。

しかし、ようやく…本当にようやく、夢の中のルシラの居場所を見つけられたような気がした。

「あんなところにいたのか…」

しかしどうやって行こう。

思案を巡らせた、そのときだった。

「お、おい、どうした!」

広場の中心から声がした。

「ぐ、う…」

くぐもったような声もする。

何かあったかと顔を向けると、そこには多数の男たちが地面に伏せているのが見えた。

持っていたワンカップを落とし、喉を押さえながらばたばたと倒れている。

倒れる彼らは苦悶の表情を浮かべており、中には血を吐いている者もいた。

「どうしたんすか?」

ただならぬ事態にダインは慌てて駆け寄る。

「そ、それが急に苦しみだして…」

ロドニーはいい、クレスもおろおろしている。二人は無事のようだ。

「まさか酒に毒が…」

手に持っていたワンカップを見てクレスはいうが、

「いや…違いますね」

倒れる隊員の容態を確認し、ダインが首を横に振る。「パンドラだ」

断言する彼は、その根拠として彼らの血管が異常なほど膨らんでいることを指摘した。

どう作用してそうなったかは分からない。しかし全身の血管が膨張するという副作用は非常にまずい。

「こ、これって、内臓の血管も異常を来たしているのでは…」

心臓や脳の血管が破裂すれば即死の恐れもある。

「解毒薬か何かないんすか」

ダインが二人にきくものの、「あるわけないだろう」、とうろたえながらロドニーがいった。

「上層部からは強化薬として受け取っただけだ。こんな副作用があるなんてきいてない」

見切り発車で安全だと判断し、隊員に薬を配ったということだろう。

医学知識が豊富な専門家がいなかったのか、それともそういった人たちの忠告を無視して服用させたのかは分からないが、これは大問題だ。

だがここで憤っても仕方がない。本部に連絡すればどうにか対策を講じてくれるかもしれないが、しかしいまからでは間に合いそうもない。

倒れている隊員は全部で二十人ちょうどだ。ロドニーとクレスは介抱してはいるが、彼らもどうすればいいか分かってない。

苦しむ彼らの体内で何が起こっているのか。

頭の中を必死に回転させたダインは、ドーピングした彼らから禍々しいまでの聖力を感じたことを思い出した。

恐らく薬の成分で彼らは苦しんでいるのではない。悪さをしているのは、彼らを包み込むその怪しげな聖力。

つまり、彼らを助けるには…

「…仕方ねぇな…」

逡巡したダインは、右往左往するロドニーとクレスに「倒れてる人を一箇所にまとめてもらえませんか」、と伝えた。

「何をする気だ?」

「応急処置みたいなもんです」

「治し方が分かるのか?」

「説明してる暇はありません。臓器が出血したらまずい。早く」

「あ、ああ」

ロドニーとクレスは急いで隊員たちを広場の中央に集め、ダインの指示通りにお互いの手を繋がせ、円状にぐるりと寝かせた。

中央に立つダインは適当な人物の頭に手を添え、何かを始めようとする。

「…本部とは通信してないっすよね?」

念のためきいた。

「え? ああ、そうだな。もうこの時間は本部の人間はまだ出勤してきてないだろうから、見られてもいないはずだ」

「じゃあいまから俺がすることは黙っててください」

そういってダインは目を閉じる。

意識を集中し、額に手を当てた人物に自身の魔力を通した。

悪さをしているものを引き抜く。

彼らに宿る禍々しい聖力を、ダインは吸魔しようとしていたのだ。

信頼関係が構築されてないので難しいだろうが、事態は急を要する。

「…ふぅ…」

息を静かに吐き、そして吸い込む。

うまくいってくれと願いつつ、強引にでも彼らの聖力がこちらに集まるようイメージしてみた。

すると…、

ロドニーとクレスには不思議な光景に映っただろう。

彼らの身体に黒い霧のようなものが浮き出てきたと思ったら、それがダインに集まりだしていたのだ。

その黒い霧は彼の胸の中に溶け込んでいくように消えていき、やがて苦しそうにしていた隊員たちの顔が穏やかなものに変わっていく。

異常なまでの血管の膨らみがなくなり、呼吸も緩やかだ。

「…終わりました」

ダインはそういって目を開ける。

「い、一体何を…」

尋ねかけたロドニーだが、どう見ても苦しそうなダインを見て言葉を止めた。

「だ、大丈夫…なのか?」

「ええ…とりあえず、彼らを病院かどこかに…お願いします…」

ふらふらとした足取りで歩き出した。

「お、おい、どこへ…」

「俺はやること、あるんで…」

それより彼らを早く医者に診てもらうよう伝え、ダインは出口へ向け歩いていった。


頭の中がぐるぐるする。まるで乗り物に酔ったときのように、世界が回る。

「ああ…くそ、治るのか…これ…」

気持ちが悪い。まるで頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられているようだ。

しかし間接的にパンドラと接し、分かったことがあった。

強化薬“パンドラ”の力は、やはり異質なもの…容易に手を出してはいけないものだったのだ。

「そうか…これが…」

黒い力。黒い聖力。

人を無尽蔵に強化する代わりに、“黒い何か”が精神を蝕んでいく。

早く伝えなければならない。両親に伝え、ギベイルに相談し、対策を講じなければならない。

ルシラの居場所も伝えなければならないし、あの地点への行き方も考えなければならない。

奇襲戦はまだ続いてるだろうし、ジグルやガーゴの動向や、シンシアのことも気がかりだ。

やるべきことは沢山ある。しかし足が進まない。

頭の中は混濁したままで、上か下かすら分からなくなったとき、ドサッと音がして身体に衝撃を感じた。

どうやら倒れてしまったようだ。

「…くそ…」

感覚も分からなくなる。視界は暗転し、動けるかどうかも分からない。

「こんな…とこで…」

ダインの意識はそこで途切れてしまった。

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