十一節、日常
「昨日はありがとうな」
翌朝、シンシアとニーニアと揃って通学路を歩いている途中、ダインがニーニアに礼を言った。
「クッキーうまかったよ」
何の話か理解したニーニアは、「良かった」と嬉しそうに笑いかけてくる。
「あ、確かに美味しかったよね。勉強会のときもらったんだけど、甘い匂いでサクサクの食感で、紅茶とものすごく合ってたなぁ」
クッキーの味を思い出すシンシアは顔がとろけている。
笑顔でいるダインとシンシアに向け、ニーニアは「今日も楽しみにしててね」と言ってきた。
「今回はクリームたっぷりだよ」
「ほんと!?」
「うん。バウムクーヘンなんだけど、中にホワイトクリーム沢山包んで、外側は砂糖でコーティングしてみてね」
朝ごはんはちゃんと食べたはずなのに、ニーニアの話は聞いているだけで食欲をそそられる。
シンシアの喉が動き、一目だけでも見せてくれないかとニーニアにせがんでいる。
ダインはすぐに「放課後まで我慢したほうが良い」と言った。
「昨日見られちまったからな。マークされてるかも知れねぇ」
「ほえ? どういうこと?」
二人の不思議そうな視線がダインに注がれる。
「いや、お菓子を学校に持ち込んでるのバレちまったんだよ。ラフィンにさ」
その台詞に、「え」と二人仲良く固まった。
「ら、ラフィンさんって…生徒会長さんの?」
シンシアが尋ねる。
「ああ。生徒会長さんの」
ダインは笑ったまま頷いた。今度はニーニアも慌てだす。
「え、だ、大丈夫かな? ラフィンさんって、生徒会長の権限使って何人か退学させたって噂で聞いたことあるけど…」
「いや、それはさすがにない…」
昨日のラフィンとの会話を思い出し否定しようとしたが、ラフィンと出会ったばかりの頃は敵愾心を露に退学退学とうるさかった。
この学校に於いて生徒会長の権限というものがどこまで及ぶのかは分からないが、一部では神聖視されてる傾向もあるので、生徒を退学に追い込むことぐらいはできるかも知れない。
「ラフィンさん、生徒会長としての手腕はすごいって沢山の人達が言ってるのは聞いたよ。懸念案件は考えることなくずばっと決めるらしいし、生徒の相談も的確にアドバイスしてるらしいし」
そのシンシアの話はダインも聞いたことがあるので、事実だろう。
「でもやっぱりエンジェ族だから、校則の違反者とかには厳しくて、身だしなみをちゃんとするまで魔法で縛り付けて歩けなくさせたり、マンガとかゲーム機持ち込んでたのを発見したら、没収したあと封印まで施してるって聞いたことあるよ」
ラフィンの性格を考えれば、それも恐らく事実だろう。悪事は見逃さず正義を貫く。違反者には罰則を与え、緩んだ空気すら許さない。
何事にも規則を持ち出し枠にはめたがる。しかしそこまで疎まれてないのは、ラフィンの外見が俗に言うクールビューティだからに他ならない。
冷たくも美しい外見通りの厳しさで、そこに心打たれる者も一定数いるらしい。
中にはありえない噂もあるのだろうが、大体の噂は間違いではない。
そのため、簡単に退学させられるという噂も少しは真実味を帯びており、シンシアもニーニアも本当かもしれない、と危惧していた。
「き、昨日見つかったんだよね? だ、大丈夫かな…退学はさすがにないだろうけど、停学とか…」
地面を見つめながらぶつぶつ呟くニーニア。シンシアは顔を上げ、ダインを見た。
「どうやって見つかったの?」
「ああ、ニーニアからもらったクッキーを教室で食べてたんだけど、あいつ巡回してたようで匂いで気付かれちまってさ」
ダインはやや事実を曲げてそう説明した。ラフィンとの“あの話”はしても良かったが、他の生徒もいるここでは話せない。
「ご、ごめんなさい。机の上に置かなきゃ良かったよね…」
ニーニアはひどく落ち込んでいる。自分のせいでラフィンに見つかったと思っているのだろう。
「ん〜、昨日の件については大丈夫だと思うぞ」
話に夢中で、ラフィンはあまり気にしてないようだった。後で思い出す可能性はあるが、事後だし問題にはされないはず。
「それに持ち帰れば良かったのに我慢できずその場で食べたのは俺だ。ニーニアが気に病む必要は全くないよ」
「で、でも持ってきたのは私だし…あの、もし呼び出しがあれば私も一緒に…」
「だから大丈夫だって」ダインは笑いながら、ニーニアの頭に手を置いた。
「そこまで問題にならないからさ。お菓子の一つや二つ、なんだってんだ」
撫でられる心地よさなのか、心配げだったニーニアの顔は途端に和らいでいく。
「ダイン君がそう言うのなら大丈夫だね」
シンシアはすっかり彼の言葉を信用しきっているようだ。
そんな会話をしていると、いつの間にか校門前に来ていた。
いつもなら生徒達はそのまま校門を突き進んで校舎まで歩いているはずだが、手前に少し行列のようなものが出来ている。
「おはようございます!」
行列の先から元気な挨拶の声が聞こえてきた。そしてその生徒は校舎の中へ入っていく。
「うわ…」
先を見たシンシアが声を上げ、ニーニアは「え」と驚いている。
門前に並ぶ、『風紀』と書かれた腕章をつけた数人の生徒。
立ち並ぶ風紀委員の端に、腕を組み険しい目つきで通学者を見ているラフィンがいた。
どうも朝の服装チェックらしい。定期的に行われるもので、今日がその日のようだ。
「おーおー、やってんなぁ」
ラフィンに向け生徒達は大声で挨拶を言い、その間に隣の風紀委員が身だしなみを確認している。
スカートの長さ、アクセサリーは規定の範囲内か、制服にだらしないところはないか。
これまでに何度も見かけた光景で、生徒が立ち止まって挨拶しているから行列が出来てしまっているのだろう。
「ど、どどどうしよう、ダイン君…」
またニーニアが慌てだす。
「どうするも何も、みんな並んでるし俺らもそうするしかないだろ」
堂々としてろ、とニーニアに言い、最後尾に並ぶダイン達。
先の方から何度も「おはようございます!」という声が聞こえてくる。
疑わしい服装の生徒を発見したときには立ち止まらせ、衣服の訂正を指示しているようだ。
「ほら、そこ、裾が出ている。直すまで中に入れないわよ」
ラフィンの声が聞こえる。険しい両眼を向けられた生徒は、慌てた様子で服装の乱れを正していた。
相変わらずラフィンは厳しい。前後の生徒も、隣にいるシンシアやニーニアも緊張した面持ちで、まるで判決を待つ被告のような表情だ。
ふと、ダインは昨日のラフィンとの会話の内容を思い出す。
ラフィンに色々言ってしまった記憶はあるが、それでもあいつはいつも通りだ。
いつも通り、他人に厳しく自分にも厳しい。
「ま、そんな簡単に変わらねぇよな…」
思わず呟きながら笑みを浮かべてしまう。
シンシアが「何のこと?」と問いかけてくるが、彼は「いや」と首を振ってまた笑った。
そして再び列が動き始め、前方から挨拶の声がし始める。
「おはようございます!」
「ええ、おはよう」
「お、おはようございます!」
「おはよう」
一人一人と挨拶を交わす彼女は、隣の風紀委員たちと同じく無感情に見える。
ラフィンに憧れを抱く生徒が元気良く挨拶しても表情一つ変えず返事をし、以前相談して面識があっただろう生徒にお礼を言われても「良かったわね」と言うだけで変化はない。塩対応にも見える反応だが、それがまたクールビューティさを助長してるのだろう。返事をしてもらえただけでも彼ら、彼女らは嬉しそうにしている。
「あ、お、おはようござい…ます」
ニーニアの番になっても、ラフィンは無表情だ。
「おはよう」とニーニアを一瞥しただけで、その視線はすぐに後ろのシンシアに向けられる。
「おはようございまーす」
シンシアが人懐っこそうな笑顔で言っても反応しない。
「ええ。問題ないわ。行って」
無表情のまま、手で先へ行けと合図している。
まるで流れ作業だ。こちらを見ているようで見ていないのかもしれない。
「おはよう」
その流れに乗じ、ダインも何食わぬ顔でラフィンに声をかける。
彼女の動きが止まったのはそのときだ。
「え…ええ、おはよう」
顔が心なしか赤くなっていく。視線が泳ぎ、他と明らかに反応が違う。
ダインは少し疑問を抱いたが、問題はなさそうだったので「じゃ」と立ち去ろうとした。
「あっ! ちょ、だ、ダイン、待ちなさい!」
後ろから引きとめられた。
ダインとはっきりと呼ばれたはずなのに、彼を待っていたニーニアの方が何故かびくりと反応する。
「シャツはズボンの中!」
ラフィンに指摘されたとおり、ダインは上着からシャツを出していた。
こだわりのファッションなどではなく単純にズボンに入れ忘れていたのだ。彼は「あ」と声を出し、シャツをズボンの中に入れる。
「前回も注意した気がするんだけど、いい加減学習して欲しいものね!」
相変わらずの叱責が飛んでくるが、「やー悪い悪い」とダインは悪びれなく笑う。
「ま、全く…」
そう言って腕を組みなおすラフィンだが、顔はまだ赤い。
「んじゃ」
そそくさと立ち去ろうとしたが、また呼び止められてしまった。
「も、もう、どうしてすぐ行こうとするの。まだ話は終わってないわよ」
「え、他に何か」
問いかけられたラフィンはまた目が泳ぐ。
「その…」と言葉を探しているような仕草をしたあと、思い出したように言った。
「そ、そう。別件であなたに言うことがあったから、放課後生徒会室に来なさい」
また呼び出しだ。普通に聞けば放課後お叱りを受けるのでは、と受け止められたかもしれないが、普段から無表情でいるサラの僅かな感情を読み取れるダインならではか、彼は直感した。
ラフィンはダインと普通に話がしたいだけなのだろう。
即座に彼女の本心に気付いた彼は、小さく笑いながら「へぇへぇ」と適当に返事をする。
だが彼女の意図に気付けたのはダインだけだ。
「わ、私も行きます!」
ラフィンの台詞から別の意味に捉えたニーニアが、割り込むように言ってきた。
「き、昨日のことは私が原因だから、だから…」
ニーニアにとって、ラフィンはいつも怒っているように見える怖い人。
そんな相手に気弱な彼女が勇気を振り絞って話しかけたのは、ダイン一人に罪を被らせるわけにはいかないという思いだからに他ならない。
しかしそんなニーニアに向け、ラフィンがしたのは不思議そうな表情だ。
「いえ、あなたには関係が…」
「あ、あります! あれを持ってきたのは私で…!」
並んでいる生徒も風紀委員たちも、何の話をしているのだろうかとニーニアに疑問の目を向けている。
このままだと余計にこじれそうだったので、ダインはニーニアにこそっと言った。
「いや、ニーニア。違うっぽい」
そこで彼女は止まり、「え?」とこちらを見上げてくる。
「大丈夫だ。あれは忘れてるみたいだから」
ぽんぽんとニーニアの頭を叩き、ラフィンに手を振った。
「なんでもない。んじゃ放課後な」
「え? え、ええ」
少しの間困惑した表情を浮かべるラフィンだが、すぐにいつもの表情に戻し風紀委員と身だしなみのチェックを再開する。
「な? あのことの追求だったら、もっと突っかかってきたはずだ」
ダインは大丈夫だっただろ、と下駄箱を目指しながらニーニアに話しかける。
「よ、よかった…」
彼女は心底安心したように息を吐いた。
「あいつさ、ああ見えて寛容なところもあるんだよ」
「そ、そうなのかな」
「そうだよ」
シンシアも分かるだろ? と後ろを歩く彼女に顔を向けたが、
「う〜ん…」
シンシアは歩みを遅くしたまま腕を組んでいる。
真剣に思慮する彼女に「どうかしたのか?」と声をかけた。
難しそうな表情のままシンシアは呟く。「私ね、思うんだけど」
何かとんでもないことが飛び出すのかと思いきや、
「最近、ラフィンさんダイン君を呼びすぎじゃないかな」
彼女から語られたのは単純な不満だった。
「放送で呼んだり、バグ騒ぎの後呼びつけたり…全然一緒に帰れてないよ」
直近のことを思い出し「そうか?」と言うダインに、彼女は「そうだよ」と返事をする。
「そういえば…そうだね」
ニーニアもシンシアの不満に同調した。
「ダイン君部、せっかく立ち上げたのに…ちゃんとできてない気がするよ。ダイン君、ただでさえ委員会とかで色々あるのに」
確かに、委員会に加え下克祭のサポート役も任された。放課後には必ず何かしらの用事が出来てしまっている。
「放課後の楽しみがないよ」
シンシアと同じく深刻そうに頷いているニーニア。
「これは対策が必要だと思う。ティエリア先輩と一緒に相談してみようよ」
と女二人で相談までしだした。
どう考えてもややこしいことになる予感しかなかったダインは、一応釘をさす。
「妙な行動は出来るだけ控えめにな。これ以上面倒ごとは増やしたくない」
ダインの正直な要求にシンシア達は頷きはしたものの、とても言うことを聞いてくれるような顔でないことに、彼は不安を抱かずにはいられなかった。
「おはよう、ダイン!」
教室に入って早速ディエルが挨拶してきた。
「相変わらず早いな」
シンシアとニーニアが別の女子グループと談笑を始めたのを横目に、ダインは自分の席に着く。
「一応部活に入ってるからね」
朝練よ、とディエルは言う。
「何部だ?」
ダインの質問に「運動部ほぼ全般ね」と即答した。
「掛け持ちかよ」
「この学校って座学が多めであんまり動かせてもらえないからね。少しでも体を動かしていたいのよ」
活発なディエルらしい理由だ。
「まぁ掛け持ちでもいいから、入部してくれっていう勧誘が多くて断れなかったのが本当のところだけどね」
そういえば、朝練と言いつつどこにも疲れた様子はない。
華奢な体つきに似合わず、体力には相当な自信があるのだろう。
「もしかして大会で優勝経験あるとか?」
興味ありげにダインが問うと、「ん〜まぁね」ディエルは得意げに頷く。
「実家の大陸じゃ頻繁に武道大会や魔法合戦とか、荒っぽい大会とかゲームあるけど、地元の大会は全部網羅したかしらね」
「さすがだな」
ラビリンスでラフィンと共闘した光景を思い出し、ダインは笑った。
「向かうところ敵なしだな」
「いや、つい先日倒されたんだけどね」
当時のことをまた思い出したようで、悔しそうな顔をする。
「ほんとまだまだよ私は。隣国でも名を馳せたお父様には到底及ばないわ」
「それはそうと」と、彼女が話を部活のことに戻す。
「ダインはどこか入部しないの?」
彼も相当な体力自慢であることは、先日のラビリンスの一件で知っている。
ドラゴンのブレスをもかわした彼は只者ではない。
そんなダインがどこの部にも所属してないのは、前から疑問だった。
「例え魔力低くても、あなたなら運動部のどこに行っても活躍できそうだけど」
ダインは難しそうな顔をして教科書を机の中にしまっていく。
「クラス委員やらあるしなぁ。最近放課後は何かと忙しいんだよ」
ダインの言葉に、「それもそうだったわね」とディエルは納得した様子で頷いた。
「呼び出しも頻繁にあるようだしね」
「噂になってるわよ」と付け加え、何かを知っているような表情で声を潜めてくる。
「なんだ?」
「例の高飛車エンジェよ」
「ああ」
すぐさま何の話か見えたダインは、話に盛り上がっているシンシア達に目を向けた。
「大財閥の娘でこの学校の最大の支援者、おまけにエレンディアの証を持ったあいつには誰も抗えない。指示されると軍隊ばりに敬礼して同級生も先輩も動いてる。あなたぐらいよ。面と向かって話しかけてるのって」
「ディエルもそうだろ」
「私は昔から知ってるから。それにいまはノマクラスだけど、最初はメガクラスにいてあいつと実力はそんなに変わらなかったし」
ダインの周囲にはクラス階級を気にしない人ばかりだったから、そういう認識は薄かった。
しかし下の者が上の者には基本的に話しかけてはならず、話しかけるにしても丁寧語で、ましてや隣を歩くことすら恐れ多いと思うのがこの学校では常識であった。
校則で決まっているわけでも、罰則があるわけでもない。魔法力が全てというこの世の中だからこそ、意図せずそういう区別意識が自然と根付いてしまったのだ。
だからノマクラスであるダインが、ギガクラスであるラフィンにありふれた同級生のように話しかけているのが、周りの生徒達には不思議でならなかった。
そこから憶測が飛び交い、ありもしない噂話となって学校中に広まってしまっている。
「生意気だからって、ラフィンに敵視され頻繁に呼び出しくらって、苛め倒してるって噂が広まってるわよ」
ダインは鼻で笑いながら問いかける。「誰が、誰を?」
「ラフィンが、ダインを」
彼の性格を知るディエルは、そう言った後「まぁ所詮噂なんだけど」と手を振って笑った。彼女も当然信じてないのだろう。
「バグ問題の相談で何度も呼ばれてたってことは前に聞いたから分かってるんだけど、でも今日も呼び出されてるそうじゃない?」
朝の会話を早速聞きつけたらしい。
「バグは解決したのに今度は何の用なの?」
相変わらずの地獄耳だと思いつつ、ダインは「さぁ」と首を振った。
「まぁ大方世間話じゃねぇか? 昨日は色々話したしなぁ」
「え? あいつと?」
ディエルが意外そうに聞いてくる。
「何の話をしたの?」
「だから世間話だよ。生徒会長を目指した理由とか、この間のお礼とかさ」
“例のこと”については口が軽そうなディエルには伏せつつ、別の話を伝えた。
「…珍しい」
やや間を置いた後、本当に驚いた様子で彼女は呟く。
「あいつ、あまり誰とも関わろうとしなかったのに…一体どういう風の吹き回しかしら…」
チャイムが鳴り授業が始まっても、彼女はずっと不思議そうな顔をしていた。
※
「ティエリア先輩、どうかしたんですか?」
ふいにそう問われたティエリアは、いま現実に返ったかのように「あ」と声を出す。
昼食の時間だった。今日も空は晴れ渡っており、早くも食事を終えたフェアリ族やデビ族が空で追いかけっこをしている。
「何か考えことですか?」
シンシアの指摘どおり、今日のティエリアはずっと上の空だった。
料理の話題に入ってこず、話しかけても返事は曖昧。
「何か悩み事とか…」
いよいよ心配になってニーニアが言ったとき、彼女は「いえ」と首を振った。
「ただ、少し驚いていまして…」
「驚いた?」
「はい…あ」
何かに気付いたように声を出す。顔は前を向いたまま固まっている。
彼女の視線を追うと、校庭を突っ切って別棟へ歩いていくラフィンの姿が見えた。
「あいつに何か言われたのか?」
察してダインが尋ねると、その通りだったようでティエリアは頷いた。
「実は今日、生徒会の基本的な引継ぎが終了する日だったのですが…終わって、お疲れ様でしたと言った後に…」
小さくなっていくラフィンの背中を眺めながら、彼女は言う。
「教室に戻る間際に、ラフィンさんに言われたのです。これからも、色々と教えてくださいますかと。業務外になるけれどそれでもご迷惑にならなければ、と」
生徒会長としての最後の務めである引継ぎ業務で、ティエリアはラフィンと接する機会が多かった。
シンシアやニーニア、ダインすらより、彼女はラフィンのことを良く知っている。
「これまでは事務的なお返事しかいただけず、冗談や馴れ合いといったことは嫌いな方だと思っておりました。ですから、またいつでも生徒会室に来てくださいと仰ってくださったのが信じられなくて…」
「へぇ」ダインは思わず顔をにやけさせてしまう。
昨日の放課後、ダインのお節介はラフィンに届いてないものだとばかり思っていた。しかしそうではなかったようだ。
「なぁ先輩」
ある考えが浮かんだダインは、「はい?」とこちらを見てきたティエリアに「放課後、用事とかあるか?」と訊いた。
「いえ、特には…みなさんと一緒に帰りたいなと思ってはいましたが…」
「じゃあさ、ちょっと時間くれね? 今日は例の部活やるつもりだからそんな時間取らせないからさ」
「ちょっとついてきて欲しいところがある」そう言うと、彼女は不思議そうにしながらも「それは構いませんが」と言ってくれた。
「ですがどちらへ…?」
「大したとこじゃない」
答えをはぐらかすダインに対し、シンシアの目が光る。
「何か面白いことしそうな予感がする…」
今度こそ自分も仲間に入れて欲しいと言いたげだ。
しかし彼は笑いながら首を振った。
「シンシアにもニーニアにもまだ早いな。追々な、追々」
「え〜?」
あからさまに嫌そうな声をあげ、次に長い溜息を吐く。
「また除け者だよ。こうしてダイン君は私たちから離れていっちゃうんだ…寂しいね、ニーニアちゃん」
ニーニアまで巻き込むつもりのようだが、彼女も笑いながら「そうだね」と頷いている。
「ふてくされるな。ちゃんと後で言うからさ」
「ぶーぶー」
何を言ってもシンシアは不満げだ。確かにラビリンスでの一件やその後のこと、色々あったがずっとシンシアは関わってなかった。
余計な不安を招くと思い大雑把な説明しかしてこなかったんだが、それが彼女の疎外感を煽っていたのかも知れない。
「何をしたら機嫌直してくれるんだ?」
ダインはやれやれとした笑顔で問いかけた。
「頭撫でて欲しい!」シンシアが間髪いれず言ってくる。
「ニーニアちゃんやティエリア先輩の頭、いつも撫でてるよ? 小さくて可愛いから手が伸びちゃうのは分かるけど、私にはあまりしてくれなかったでしょ?」
なるほど、彼女は別の不満も抱えていたようだ。
「はは、仕方ないな」
ダインはまた笑い声を上げてしまいながら、弁当を手早く食べ終えシンシアの近くに行き、その頭を撫でてやる。
「ん、ん〜…はぁ」
また彼女の口からため息が漏れる。しかし今度は満足げなため息だ。
「んふふ…やっぱりダイン君は気持ちいいなぁ…」
心地良さそうに言うが、誤解を招かねない発言は止めて欲しい。
人目を気にしつつもシンシアの頭を撫で続けていたが、かなり充足した気持ちになってくれたのか、午後の授業ではシンシアは始終機嫌良くしていた。
※
「ねぇダイン、部活入ってみない?」
授業が終わり帰り支度をしていると、ディエルが机の前に回り込み言ってきた。
「体験入部だけでもいいからさ、どう?」
「いや…」
シンシアとニーニアは手ぶらのまま、こちらに手を振りながら教室を出て行こうとする。
ダイン達を待つ間、早速ラビリンスで遊んでくるようだ。
彼女たちに手を振り返しながら、彼は言った。「朝言ったろ? 色々と忙しいんだよ。今日も先約あるしさ」
ラフィンに呼び出しを受けているが、たまたま委員の仕事はないから早く帰れそうだ。
こういうときにダイン部の活動をしなければ、せっかく自分のためにと部を立ち上げてくれたシンシア達に申し訳ない。
「体験入部も難しいと思う」そう言うと、ディエルは残念そうな顔をした。
「う〜ん、あなたが入ってくれると面白そうなんだけどなぁ…」
「そうか?」
「ええ。だってダインは最初からノマクラスでしょ? 上のクラスからは雑魚だって思われてるでしょうし、そんなあなたが上位クラスを出し抜いて活躍したら面白いことになりそうじゃない」
ディエルの言う状況を一瞬だけ考えたダインだが、その後のことが明らかに尾を引きそうだったので首を振った。
「できるだけ注目はされたくねぇよ。先生にも釘さされてるし、後々めんどくさそうなことになるのは目に見えてる」
自惚れでもなんでもなく、どれだけ実力がありエースとされるチームメイトがいたとしても、ダインの実力ならば簡単に記録を塗り替えることは出来るだろう。
しかし魔法力のみがものをいうこの学校内に於いては、彼はどう転んでもノマクラスなのだ。
そんなダインが仮に実力を発揮し国内代表クラスの記録を破ったとしても、インチキだの根回しだの言われることは容易に想像できる。
余計にありもしない噂を立てられ、陰口や悪口、邪魔立てや周囲の友達に被害が及ぶことも予想される。
「当分大人しくしてるよ」
目立たないに越したことはない。そう言うと、ディエルは明らかにつまらなさそうな顔になった。
「もったいないわねぇ…」
そう言いながら、早くも誰もいなくなった教室内を見回した彼女は、廊下側を見て「ん?」と声を出す。
「おおっと? あの姿は…」
ドアの窓からシルバーの髪が見える。こちらを伺おうとその窓から顔を覗かせようとする前に、素早くドア前まで向かったディエルが開け放った。
「ひゃぁっ!?」
ドアのすぐ前には驚愕の表情でいたティエリアがいた。
「ティエリア先輩!」
ディエルが満面の笑みを浮かべながら両手を広げ、そのままティエリアに抱きつく。彼女はまた驚いた声を上げる。
「ノマクラスに何の用ですか〜?」
「あ、でぃ、ディエルさん、その…え、えぇと…」
明らかに困惑しているようなので、ダインはすぐに「こら、先輩だぞ」とディエルの行動を咎めた。
「触れても良いって本人から許可もらってるからいいんです〜」
と、慌てるティエリアの頬に何度も頬擦りしている。
「ん〜気持ちいい〜…はぁ、可愛い〜…」
心行くまで堪能しているようだ。相変わらず眩しそうにしているのが面白い。
「こうして触らせてくれるのは本当に嬉しいわねぇ。どこぞのバカエンジェとは大違い」
いきなりラフィンをバカにしだすディエルだが、裏を返せばラフィンに触りたかったと宣言しているようなことに彼女は気付いているのだろうか。
「す、すみません、ダインさんに用がありまして…」
「あ、やっぱりそうでしたか」
悪戯好きなディエルだが、しつこすぎないのも彼女のいいところだ。
すぐにティエリアから離れ、軽快な足取りでカバンを取ってくる。
「部活があるんで、私はこの辺で!」
手を振りながら廊下を走っていった。
「元気な方です、ディエルさん」
乱れた髪を手で整えながらティエリアは笑う。
「他のデビ族の方もそうですし、こちらまで明るくなりますね」
「あいつは特別元気だと思うけどな」
「じゃあ行こうか」と、ダインもそのまま廊下を歩きだす。
ティエリアを連れ、ダインがやってきたのは生徒会室だった。
「ここは…」
今朝も訪れたであろう彼女は、ドア上のプレートを不思議そうに見上げてからそのままダインの方に視線を移す。
「ま、特に目的はないよ」
彼は言い、「中の奴と世間話でもしようぜ」と続けた。
「は、はぁ…」
未だ不思議そうにするティエリアに笑いかけ、観音開きのドアを開ける。
ラフィンはデスクに座り、書類の整理をしていた。
ダインの入室と共に雑用は終わったようで、顔を上げる。
「来たわ…ね?」
ダインの背後にいたティエリアを確認した瞬間、彼女は一瞬固まった。
「え、てぃ、ティエリア先輩?」
「どうしてここに?」という視線がダインに向けられる。
「ああ、俺が呼んだんだ」
「あなたが?」
「人数が多い方が会話も捗るからな」
座ろうぜ、とラフィンとティエリアをソファに移動させる。
状況が良く飲み込めないまま、二人は机を挟んで向かい合うように腰を下ろした。
「え、えぇっと…」
ラフィンの視線が泳いでいる。
「ど、どうも…?」
ティエリアは困惑したまま会釈している。
引継ぎで何度も話しているはずなのに、初々しいそのリアクションに笑ってしまいながら、ダインは戸棚を漁っていた。
「え、ちょ…ダイン、何してるの?」
「いや、飲み物とかないかなって」
「あ、あるわけないでしょ」ラフィンがすぐに言ってきた。
「昼食以外の飲食物の持ち込みは…」言いかけたところで「そうだ!」と声を上げる。
「あなた、昨日クッキー持ち込んでたでしょ! ああいうの、本当は駄目なのよ? 厳罰にしても良いぐらいなんだから!」
いまこのタイミングで思い出したことに、ダインはまた笑ってしまう。
「今度からは見つからないようにするよ」
「それ、生徒会長の私に言うことじゃないと思うんだけど」
「スティックタイプのお菓子ならバレねぇかな?」
「だから私に言うことじゃないでしょ!」
ティエリアはくすくすと笑い出す。
「ほ、ほらダイン! ティエリア先輩に笑われたじゃない! 呆れられたのよ!」
「い、いえ、そういうことではなく…」本当におかしそうな表情だ。
「お二人の掛け合いが面白く…仲が良いのですね」
「え、ええ? そ、そうでしょうか…」
ラフィンはすぐに勢いを引っ込め、大人しくなってしまう。
ティエリアは笑顔のまま言った。
「紅茶でいいのでしたら、パックとカップが書棚の下段奥にございます」
彼女が言ったとおり、奥から高価そうなティーパックとお洒落なカップが出てきた。
「なんだあるじゃん」
「い、いや、私知らないんだけど…」
どうしてこんなものがと、よもや生徒会室に飲食物があったことにラフィン自身驚きを隠せない。
「生徒会のお仕事は大変で下校時間を越えることもしばしばあったので、これぐらいのうまみがないとやってられないだろうと、ある先生からいただいたものです。以前は生徒会役員の方が少なく、お時間がなかなか作れずそのままだったのですが」
あえて名前を伏せたティエリアだが、ダインにはその先生が誰なのか大体の予想がついた。
紅茶と食器の他に自動でお湯を出せる簡易式のマジックポットもあったようで、操作の分からないダインに変わりティエリアが人数分の紅茶を淹れてくれた。
「もう…今回だけよ?」
ゴッド族の先輩であるティエリアが直々に淹れてくれたからなのか、ラフィンは仕方ないという表情で息を吐く。
「先生の公認なんだからいいだろうよ」
ダインは、ティエリアの隣に腰掛けながら反論を続けた。「そういうとこだぞ、ラフィン」
「な、何がよ」
「何かにつけ堅すぎる。柔軟さがない」
融通の効かない性格だと面と向かって言われ、彼女はムッとした。
「何のための校則よ。歴史あるこの学校の生徒として、最低限の決まりごとは守らないとならないでしょう?」
「最低限は、だろ? 飲み物ぐらいいいだろ」
ラフィンがまた反論しようと口を開いたが、彼の「飲み物の自販機が校内にあるんだからさ」という続く台詞に口ごもってしまう。
「校則の字面だけを見て駄目だっつってんのは思考停止だぞ。どういう理由でその校則があるのか考えるべきだと思うがな」
「それは…まぁ…」
「堅く考えすぎなんだよ。生徒会長なんだったら、もっと広い目で周り見た方がいいと思うぞ? 校則を守るよりも大事なことは沢山あるんだから」
隣のティエリアは何度も頷いている。
「つってもまぁ、ノマクラスの俺が言えた事じゃないけどさ…」
ラフィンは見た目どおりにプライドが高い。通常であれば、最底辺であるノマクラスの生徒に注意されたら、激昂してもおかしくはない。
しかし相手がダインだからだろうか。彼女は不満げな表情のまま口を結ぶだけだった。
「そ、そうよ。ノマクラスのくせに何よ…」
と、負け惜しみに似た台詞を吐いている。そこでダインは「ああいや、悪い、説教するつもりなんざなかったんだよ」と詫びた。
「俺も人に注意できるほど偉くないしな。ただ、お前を見ていると何か口出ししたくなるんだよなぁ」
その彼の台詞に反応を示したのは、意外にもティエリアだった。
「分かります!」
これまでラフィンに抱いていた気持ちを、いい機会だとばかりに話し出す。
「口出しと言いますか、手助けしたくなるのです。ああ、ラフィンさんはこうしたいのに、やり方が分からないからそうなってしまうのだろうな、と」
「そうそう」ダインも笑いながら頷く。
「何かと不便に見えるんだよな。そう注意深く見てきたわけじゃないけどさ、不器用そうだってのは何となく分かるよ。人付き合いとか話し方とかそういう面でさ」
「私もそう思っておりました」
意思が疎通した嬉しさなのか、二人は笑いあっている。
当のラフィンだけ面白くなさそうな顔をしていた。不器用と言われたのは心外なのだろう。
しかしはっきり反論してこないのは、思い当たる節があるからだろう。
「気軽に話せる友達でもできればさ、そういう不器用さも少しは解消されると思うんだ」
ダインは笑顔を崩さず、不満げに紅茶を飲むラフィンに言った。
ラフィンには意外な台詞に聞こえたのだろう。やや眉を上げ、驚いたように「友達?」と聞いてくる。
「ああ。はっきり言おう。いまから俺はお前に余計なお世話をする」
指を指された彼女は、しばし動くことが出来ず固まっている。
「ついでに言うと先輩にもな?」
まさか自分にも向けられるとは思わなかったのか、ティエリアは「へぇ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「わ、私も、というのは?」
「いや、そんな大それたことじゃない。単に、ラフィンと先輩を友達としてくっつけたいって思ってるだけだから」
ラフィンもティエリアも固まっている。
ティエリアの手からティーカップが落ちそうになったので、すぐにダインが手を添えているとラフィンから「はぁっ!?」と驚きの声が上がった。
「てぃ、ティエリア先輩と、わ、私が?」
「ああ」
「え、ええ…? い、いや、けどティエリア先輩は先輩で、ゴッド族だし…そんな…」
早くも動揺し始めたようだ。
予想通りなその反応に、ダインは笑ってしまう。
「学年や種族なんて関係ねぇよ。実際、俺と先輩はもう友達だぞ?」
ラフィンから「えっ」という声が上がる。再び意外そうな顔を、今度はティエリアに向けた。
「あ、わ、私からお願いしました」
ティエリアの顔がさっと赤くなっていく。恥ずかしそうにしつつも、そのときの状況を話し始める。
「この一年間、お友達らしい方はいなかった私なのですが、思い切ってダインさんにお願いしたら、このような私でも受け入れてくださって…」
顔は赤いものの、その表情が徐々に嬉しそうなものに変わっていった。
「ダインさんのおかげで、ダインさんのお友達の方ともお友達になることが出来ました。引っ込み思案で未だに自分のクラスにお友達はおりませんが、今は学校がとても楽しいです」
今度ははっきりとした笑顔になる。
喜びの感情が自身を包むバリアにダイレクトに反映され、眩く光りだした。
「も、もう…本当滅茶苦茶よ、あなた…。ギガクラスな上に学年も違うティエリア先輩とお知り合いになるなんて…」
ラフィンはしきりに驚いている。
「いや、昼間先輩と一緒に昼飯食べてたの何度か見てたじゃん」
「あ、あれはたまたま一緒になったのかなって…」
そういった後、本当に小さな声で「羨ましいなって…」と呟いたのをダインもティエリアも聞き逃さなかった。
「わ、私、ラフィンさんともお友達になりたいです!」
精一杯の勇気を振り絞るかのように、ティエリアは言った。
しかしラフィンからはすぐに返事が返ってこない。表情に戸惑いを貼り付かせたまま固まっている。
身分と立場を気にする性格だからというのもあるが、かつてゴッド族に仕えていたエンジェ族としての血がそうさせていたのもあるのだろう。
「先輩とは前から業務上での付き合いはあったわけだし、そこまでハードルは高くないだろ? 何より先輩自身がこう言ってるんだしさ」
動けないでいるラフィンに、ダインが緊張をほぐすような軽い調子で言った。
「い…いえ…でも…」
ラフィンにもティエリアと同じように、これまで友達らしい友達はいなかったのだろう。
それが突然目の前に友達になりたいと言ってきた人が現れたのだ。それも先輩で、ゴッド族。
彼女の動揺は分かるが、しかし断る理由もないはずだ。
「先輩から聞いたんだ。ラフィンがさ、先輩にまたいつでも生徒会室に来てくれって言われたってのをさ」
暴露され、ラフィンの顔もみるみる赤くなっていく。ダインはさらに追い討ちをかける。
「後はお前が頷くだけだ」
真剣な表情のティエリアに、のんびりと紅茶を飲みラフィンの反応を待つダイン。
二人の視線に見つめられ喉をごくりと動かした彼女は、意を決したように見返してきた。
「わ…分かった、わよ…分かり、ました…」
真っ赤なまま、彼女はようやくそう言った。
「てぃ、ティエリア先輩に友達になってくださいだなんて、これほど光栄なことはないです、し」
そのとき、ダインの隣から「はぁ…!」という声が聞こえる。固唾を呑んでラフィンの反応をうかがっていたティエリアが、たちまち笑顔を拡げていったのだ。
「よ、よろしくお願いします!」
勢い良く立ち上がり、ラフィンに向けて腰を折った。本当に嬉しそうな顔に、こちらまで笑顔になる。
「ああ、てぃ、ティエリア先輩にそんな…こ、こちらこそ…」
ラフィンもすぐさま立ち上がり、ティエリアに深々と頭を下げる。
未だお互いに緊張はあるものの、望んだとおりの展開になったことにダインは満足げな笑みを浮かべていた。
「いやぁ、良かった良かった」
始終くつろいだ様子の彼に、ラフィンが軽く睨みつけてくる。
「だ、ダイン!」
「んぉ?」
「こうなったからには、あなたも責任を持って付き合ってもらうからね!」
意味が分からず、「どういうことだ?」と尋ねる。
「と、友達なんて、できたことないの! どうすればいいのか分からないの!」
「はぁ…」
きょとんとするダインに向け、ラフィンは小声で「お…教えなさいよ…」と言ってきた。
「友達との付き合い方なんて、知らないし…」
ラフィンは才能に恵まれている。天才肌なのだろうが、それは全て教えられた上でのことだ。
幼少期から数多くの先生が周りにいて、何をするにしても教えられて育ってきた。
そんな彼女にとって、自発的に教えられてないことをするというのはある意味で恐怖だったに違いない。教えられれば上手に出来る。しかし裏を返せば、教えられないことは上手に出来ない。失敗してしまうかもしれない。
英才教育の弊害といっても間違いではないのだろう。
だから、ダインが「教えるものじゃないと思うけど」と言っても、彼女は「いいから教えなさい!」と詰め寄ってきたのだ。
「あのな、友達付き合いってのは教えられてするもんじゃなくて…」
ダインが説こうとしたところで、「私からもお願いします!」とティエリアが遮っていってきた。
「お友達ができたのは最近のことなので、勝手が分からないので…」
「先輩もかよ」
「あ、あなたが余計なお世話をしたのが悪いんだから。ちゃんと、面倒見てくれないと駄目なんだから…」
ラフィンの目が泳いでいる。そこでダインは感づいた。
友達付き合いが分からないから教えろというのは、不安もあるのだろうが別の意味もあったようだ。
簡単に言ってしまえば、ダインとも友達になってくれと暗に言っているのだ。
そこに気付いた彼は、また笑ってしまいながら「分かったよ」とラフィンに手を差し出す。
「よろしくな、ラフィン」
本心に気付いてくれたからなのか、快諾してくれたからなのか、ラフィンは一瞬嬉しそうな笑顔を浮かべそうになる。
しかし笑うことすら満足に出来なかった彼女は、すぐに表情を恥ずかしそうなものに戻し、そのままダインの手を掴んだ。
「よ、よろしく…」
そのとき、ラフィンは自分の体から一瞬力が抜けるような感覚に襲われた。
思わず「ふわっ!?」という声を出してしまい、ダインが即座に手を引っ込める。
「悪い、思わず…」
まだ吸魔の仕方を完全にマスターしてない彼は、不意にそうして吸ってしまうことがある。
なおも謝ってこようとする彼に、ラフィンは驚きつつも「いえ」と首を振った。
「こ、これがヴァンプ族の特性、なのね…」
ダインを追う流れでヴァンプ一族を調べていたこともあり、その特性については詳しいらしい。
しかし実際に吸われたのは初めてだったようで、不思議そうに自分の手を見つめていた。
「本当に不思議な種族よね…」
「まぁ、そう…かもな。あんま自覚ないけど」
そう答えつつ、ダインは内心喜んでいた。
ラフィンから聖力を吸えた。それはつまり、信頼関係が構築されていたということだ。
数週間前なら考えもしなかったことで、ずっと犬猿の仲だろうと思っていただけに、こうして目に見えて信頼されているということが分かるのは嬉しいの一言に尽きる。
そんなダインの心が読み取れていたのか、隣にいるティエリアは彼以上に嬉しそうな表情で二人のやり取りを見ていた。
気持ちに気付かれたと察したダインは、気恥ずかしさからティエリアから顔を逸らしてしまう。
「あー、悪いがラフィン、この後用事があるんだ。友達付き合いの仕方だの何だのはまた後日話さないか?」
「あ…え、ええ、そうね。私もまだ少しだけ生徒会の仕事残ってるから」
「食器は片付けておく」という彼女に礼を言って、ダインとティエリアは生徒会室を後にした。
「ダインさんは、やはりお優しい方です」
教室への道すがら、隣を歩くティエリアが笑顔のまま言ってきた。
「私もラフィンさんは不器用な方ではと思ってはいたのですが、思うだけで何も出来なくて…」
「いや」ダインは首を振る。
「お節介焼きなだけだと思うよ。あれが正しいのか、余計なことしてないかって、後になっていつも思っちまうんだよな」
「今回はたまたまうまくいったものの…」と呟く彼に対し、ティエリアの笑顔は崩れない。
「少なくとも、私には嬉しいことしかしていただいていませんよ?」
「そうか?」
「はい!」
その元気な返事に、彼も満足したように「なら良かったよ」と笑いかける。
「ダインさんと知り合えて良かった…」
まだ外は明るい。廊下の窓から差し込む陽射しを受けながら、ティエリアの笑顔は徐々に赤みが強くなっていく。
「もっともっと、仲良くなれたらいいな…」
そんな呟きが聞こえた。
「それは親友ってことか?」
「あ、は、はい。そうなるの、でしょうか。あの、お家まで行く関係だと、仲が良いということになるのでしょうか」
ダインが自分の家に招待した、先日のことを言っているのだろう。
「ああ。家まで遊びに行く関係なら、親友と言ってもいいかも知れないな」
なおも笑いながら頷く彼に、ティエリアも真っ赤にしながらも嬉しそうにする。
「親友…だ、ダインさんと、親友…」
そう何度も呟き、俯いていた顔を上げたときには、意を決して何かを言おうとするかのような表情になっていた。
「あ、あの…親友以上になるためには、どうしたら…」
続けて話そうとしたときだった。
「ダインくーーーーん!!」
廊下の奥から、小走りで二つの人影がこちらまで迫ってくる。
やってきたのはシンシアとニーニアだった。
「もー、待ちくたびれたよー」
どうやら早めにラビリンスでの修行を切り上げ、教室で待っていてくれたらしい。
「ちょうどいま終わったところだ」
シンシアはダインと隣のティエリアを見比べる。
「やっぱり、ラフィンさんのところにティエリア先輩を連れていってたんだね」
「ああ」
何を話したのか気にしている様子だ。
「公園に行きつつ話すよ」
そう返事をしたところで、「はい」とニーニアが差し出してきたのはダインのカバンだ。持ってきてくれたらしい。
「おお、悪いな」
「帰ろ帰ろ! もーお腹減ったよぉ」
シンシアは腹を撫でている。今日のおやつが待ち遠しいのだろう。
ディエルばりに欲望に忠実な彼女に、ダインは笑いながら「はいはい」と言い、振り返る。
「んじゃ先輩、行こうか」
「は、はい」
話が中断し残念そうな表情でいた彼女だが、彼を見上げたときには笑顔になっていた。
秘めた想いを再び胸の奥に押し込め、みんなと一緒に帰れる嬉しさに気持ちを切り替える。
シンシアもダインも気付いてないようだったが、ニーニアだけはティエリアの微妙な心情の変化に気付いていたようだった。




