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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百九節、襲撃

そのときは突然訪れた。

授業中、窓際にいた男子生徒が外を指差しながら騒ぎ出す。

彼が指し示す先の空には数多くの“影”があり、黒い霧のようなそれはこちらに向かっているように見える。

「あれってモンスターじゃ…」

目のいい生徒の誰かがいい、「え?」、と他の生徒たちも窓際に集まり指を指し始める。

モンスターの大群だ。

その声で教室内の騒ぎはさらに大きくなり、ちょうどそのときスピーカーからけたたましいサイレン音が鳴り響いた。

━━『緊急事態です。校舎内にいる全ての方々にご連絡いたします』

サイレンの音に混じってラフィンの声が木霊する。

━━『各員、大至急グラウンドに集合してください。モンスターの大群が西方より飛来してきていることを確認いたしました』

そこで教室内はどよめきだす。

━━『全生徒グラウンドに集合し、迎撃態勢に入ってください。繰り返します、モンスターの大群を確認いたしました。その数は約五千。五分後の到着が予想されます』

生徒たちがどよめいている間にも、スピーカーからは次々と緊張感漂う台詞が聞こえている。

「急げお前ら! みんな外に出てるぞ!」

クラフトがいっている通り、下のグラウンドには生徒がぞろぞろと校舎から飛び出しているのが見える。

「早くしろ! いまが力の見せ所だろ!」

そのクラフトの号令によって、ノマクラスの生徒たちは武器を手に次々と教室を出て行った。

「始まったわね」

ディエルはそういって椅子から立ち上がる。「私たちもいきましょう」

「う、うん!」

シンシアは緊張した面持ちでニーニアに顔を向けた。「ニーニアちゃん!」

「だ、ダイン君も!」

早くも教室内にはダインたちしかいなくなっている。

「ああ。行くか」

ディエルを先頭に、シンシアとニーニアが教室を飛び出す。

ダインもすぐにグラウンドへ向かおうとしたが、途中で誰かの強い視線を感じた。

━━クラフトだ。

誰もいなくなった教室で教壇に立っていた彼は、ダインを無言のまま見つめている。

その表情には様々な想いが込められているように、ダインは感じた。

今日は登校してからお互い言葉を交わしたことはない。メモのやり取りもメールで情報を共有したりもしてなかったが、彼の言わんとしていることはダインには何となく伝わった。

「…いってきます」

ダインが声をかけると、

「━━気をつけてな」

真剣な表情のまま、クラフトは応えた。

もうそれだけで、お互い通じた。クラフトが何を知っているか、ダインは何をすべきか。

それ以上の言葉はもはや不要だったので、ダインはそのまま廊下に飛び出して駆けていく。

その足音が遠ざかっていくのを聞きながら、クラフトはため息を一つついた。

「…教師失格だな、俺は…」

思わず呟いてしまう。

「あいつ等に頼らざるを得ないとは…手助けすることも出来ないのか…」

ラビリンスが異常を出したときも、ダングレスの幻影が湧いたときも、そしてミーナがいじめられていたときも、クラフトは何もできなかった。

後手後手に回り、解決してくれたのはいつもダイン含む生徒たちだ。

ただ生徒にものを教えるだけが教師なのか。

自分は何のために教師を目指したのか。

ガーゴの監視下に置かれてしまったクラフトは自問自答するしかない。

このときばかりは、歯痒さを感じずにはいられなかった。



「始まりましたね」

校舎の最上階付近から下界のグラウンドを眺めつつ、ジーニがいった。

「いつ頃行動を開始しましょうか」

そう尋ねつつ振り向く。そこには、ジーニと同じ教育実習生のサイラと、そして“書面上は”特別顧問として招かれたシグがいた。

「いますぐはヤバイんじゃねぇの? 奴らだって警戒してるだろうしさ」

行儀悪く机の上に座っていたシグがいい、「そうですね」、サイラも同意を示した。

「当面の間は大人しく指示に務めましょう」

サイラの視線は隣のシグに向けられる。「シグ“補佐官”はここで待機をお願いいたします。生徒に見つかると騒がれて厄介なので」

「わぁってるっての」

ぶっきらぼうにいったシグは、「しかしこれでうまくいくもんなのか?」、懐に忍ばせていた一枚の紙を取り出した。

「アイドルだかハイドルだか知らねぇが、現場も見てない奴が書いた計画書だろ?」

彼が持ち出したのは機密事項が書かれた書類だ。

「何故持ってきているのです」

ジーニの目つきが険しくなる。「確認次第破棄するようカイン様から命じられていたはずですが」

「物覚えが悪いもんでね、何回か目を通さないと覚えられねぇんだよ」

「シグ“補佐官”の役目はそれほど複雑なものではありませんよ」

サイラが答えた。「特定の生徒を相手にした実証実験のみなのですから、わざわざ書類を持ち出して工程を覚える必要はございません」

彼女も暗にシグを責めている。それほど、彼が持ち出した書類は外部に漏れるとまずいものだったのだ。

「へぇへぇ。適当に暴れさせてもらいますよ」

つまらなさそうにいったシグはその書類を魔法で燃やす。

「で、“アイツ”のことはもういいのか?」

話題を変えた。「“パンドラ”はもう完成したってきいたんだけど」

「ええ。もうシグ補佐官の手助けは必要ありません」

引き続きサイラ。「彼にはダングレスが復活次第、対処に当たるよう指示しております」

「ふ〜ん。ちなみに今回は何錠渡したんだ?」

「いつも通り五錠ですよ。ですが“今回の”ドラゴンはあまり弄れていませんので、少々手こずるかもしれませんけど」

「手こずる…大丈夫なのか?」

「ええ。予定通り、ですから」

サイラはにやりとした笑みを浮かべる。「起死回生にもなる特別製の錠剤も渡しておりますので」

意地の悪そうな笑顔を見て、シグはつい肩をすくめてしまった。

「エンジェ族にも色々いるんだな」、と、思わず呟いてしまう。

「どういう意味です?」

「別に」

そっぽを向くシグに、今度はジーニが話しかける。「繰り返しますがシグ補佐官、私たちが合図を出すまでは、ここから出ないようにしてください」

「何度もいわなくても分かってるっての。ガキじゃねぇんだから」

少し不機嫌そうにするシグだが、すぐに口の端に笑みを結ぶ。「退屈なのはいまだけだからな」

グラウンドで熱心に奇襲戦の説明を受ける生徒たちを眺めていると、「パンドラはどうしますか」、サイラがシグにきいた。

「実証実験は不確定要素も多いので、確実性を増すためにもお勧めしたいところなのですが…」

「いるかよあんなもん」

シグはばっさりと切り捨てた。「仮初の力を手に入れて悦に浸れるほど単純じゃねぇ。こういうのは自分の力で突破してこそ意味があるってもんだろ」

「相変わらず脳筋ですね」

あけすけにいったサイラに「あ?」、とシグが睨みつけたとき、グラウンドに動きがあったとジーニが声を上げた。

「生徒たちが持ち場に移動し始めました。私たちもそろそろ現場に向かいましょう」

「ええ」

ジーニとサイラは「では」、とシグに言い残し、教室を出て行く。

シグは相変わらずグラウンドにいる生徒の面々を食い入るように見つめている。

「…待ち遠しいねぇ…」

その表情は無邪気な笑顔で、まるで翌日に遠足を控えた子供のようだった。

「俺の力がどこまで通用するか…」

おもむろに携帯を取り出し、画面を操作する。

「…ゴッド族の力に匹敵するのかどうか…ま、遊びみたいなもんだな」

その画面に“ターゲット”として表示されていた画像は、ティエリアの顔だった。



グラウンドで生徒たちに奇襲戦の説明を終えたラフィンは、ため息を吐きつつ体育館裏にある控え室に入った。

控え室といっても教室の二倍ほどの広さがあり、知り合い同士が机と椅子を寄せてたむろしている。

「あ、お疲れ様でした」

どこへ座ろうかと見回しているラフィンの元へ、ティエリアが飛び込んできた。

「ご説明の様子を拝見させていただきました。スムーズな進行はさすがです」

「あ、い、いえ、恐縮です」

「私がやったときは生徒の方々がさらに混乱してしまって…」

当時の苦労を話そうとしたティエリアだが、途中で打ち切って「どうぞこちらへ」、席は確保してありますと、ラフィンの手を取って近くの椅子を勧めた。

二人同時に椅子にかけ、「みなさん緊張してらっしゃいましたね」、ティエリアがいった。

「一年生の方々は混乱していませんでしたか?」

「戸惑いはあったようですけど、理解はしてくれたと思います」

そう答えたラフィンだが、これから起こる事態を想像したのか、「いまのところは…」、と続けた。

ティエリアもすぐに表情を引き締める。

「最初から最後まで、気は抜けませんからね…」

その台詞に別の意味が込められているように感じたのは、ラフィンの気のせいなどではない。

彼女たちには奇襲戦以外の別の懸念があったのだ。

ガーゴがダングレス討伐に動き出すのはいつになるのか。

その方法はどうするのか。どこで戦うのか。

そして連中の目的は討伐だけなのか。

沸き起こる懸念は一向に拭えなくて、ティエリアもラフィンも表情を曇らせていく。

「…念のため、監視を続けます」

控え室の喧騒の中、ラフィンはこっそりとティエリアにいった。「何か動きがあれば、すぐダインたちに伝えられるよう準備はしていますので」

臨機応変に、その心構えだけはしっかり持っているとラフィン。

彼女は続ける。「“あの二人”はいまのところ現場の指揮を執っているようです。当然ながらあちらも警戒心を捨ててはいないはずですし、しばらくは動かないはずです」

「確かにそうですね…乱戦状態が極まったときや、生徒の方々が疲弊したところを狙ってくる可能性が高いかもしれませんね」

「中盤か終盤か。その辺りを一番注意しましょう」

お互いの意見を確認しあっているところで、控え室の外から激しい物音が聞こえだした。

衝突音や打撃音、燃え盛るような音に、生徒の掛け声や号令が轟いている。

「始まったようですね」

控え室の中央には外の様子を映し出した巨大なモニターがあった。大小様々なモンスターが怒涛の勢いで校舎に押し寄せてきており、中へ入らせないようにと生徒達は必死に食い止めている。

聖力魔法を使える生徒は前衛に立ってバリアを張り巡らせ、後衛の生徒は攻撃魔法を使って襲い来るモンスターを倒している。

広いグラウンドは炎や氷の刃が激しく飛び交っており、その様はまさしく戦争映画のようだった。

控え室の談笑もピタリと止まり、空気が一気に張り詰めたものになる。

「…がんばって…」

固唾を呑んで成り行きを見守っているティエリアは、祈るようにして両手を握り締めている。

その左手の薬指には例の指輪が嵌められており、モニターの光によって何度も反射していた。

━━奇襲戦。

その長い長いイベントは、まだ始まったばかりだった。

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