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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百七節、前夜の思惑

「些か強引ではないかと思うのだがね」

明かりの点った『セブンリンクス』会議室の中、グラハムの重い声が木霊する。

椅子にかけ渋面でいる彼に、「良いご判断だと思いますよ」、書類に目を通していた男…『ハイドル・ヴィンス』はいった。

夜の帳が下りた頃だろうか。窓の外は静まり返っており、廊下からの足音も聞こえない。

「ダングレスが学校の地下にいるというのであれば、学生や親族の方々はさぞかし不安でしょうからね。真下に巨大な不発弾を抱えていては、おちおち授業もままならないでしょう」

ハイドルは続ける。「ヴォルケインとシアレイヴンが討伐され、その影響が他のドラゴンに出ないとも限らない。突如復活する可能性はなくもないのですから、早めに除去しておくに越したことはないでしょう。生徒を危険に晒したまま授業をする学校がどこにありますか?」

よくしゃべる男だ。軽薄そうに見えるその男に、グラハムは内心眉をひそめた。

本来であれば、奇襲戦は来月の初頭に行う予定だった。新入生がどこまで実力がついたか、奇襲戦を乗り切れるかを考慮し、他の教職員と綿密な打ち合わせを行った結果、決まった日取りだ。

しかし全ての段取りが決まってから、いきなりガーゴ側から申し出があったのだ。長期に亘るイベントがあるのであれば、前倒しで消化して欲しいと。

その説明のためにハイドルが学校に押しかけてきて、自己紹介もそこそこに調印を迫ってきた。

ガーゴ側の都合でしかない論理を並べ立て、教職員との打ち合わせも取り決めも全てこの男によって反故にされた。

初対面で、しかも昨日まではまったく部外者だった男に、である。

ハイドルのいっていることも分かる。ガーゴが七竜討伐を推し進めることが決定してから、セブンリンクス内ではダングレスが突如復活したらどうするか、という話は何度も議題に上がった。

曲がりなりにも魔法のスペシャリストが集う学校だ。教職員全員が全力で対応に当たれば何とかなるという自負はある。避難経路の確保や緊急脱出用の魔法陣も設置した。

全ては、予定通りに学校の催しを進めるためだ。生徒たちをのびのびと成長させるために、余裕を持った計画を立てていたのだが、『さっさとしろ』とガーゴが圧力をかけてきた。

子供の安全、ということを盾に反論の材料を取り上げられ、結果彼らの要求どおりに奇襲戦を始めることとなってしまった。

議論する余地すら与えず、“そうして当たり前”なハイドルの態度には不服でしかなかったが、ガーゴは上司であるという立場上、グラハムは表立って文句がいえないでいたのだ。

瞳の奥に押し込めたグラハムの不満を、ハイドルは気付く様子もなく書類を黙読し続ける。

「確認いたしました」

一人頷き、その書類をカバンにしまい込みつつ顔を上げた。「上層部に上げておきます。ではこれで」

簡素にいって、椅子から立ち上がる。立場が下の者には、例えセブンリンクスの校長であろうとも愛想を振り撒くつもりはないらしい。

「わざわざこの学校までお越しいただいたのだ。もう少しゆっくりしていってはどうだろうか」

ハイドルの人格というものを推し量りつつ、その背に向けてグラハムは声をかけた。

「こう見えて私も忙しいのでね。後二件ほど回る予定があるので」

そっけないハイドルに、「さすが、人気者ですな」、姿勢を楽にしつつ、グラハムは笑う。

「そちらの要望を受け入れ、反対する職員を説得し奇襲戦の開催を前倒しにしたのだ」

彼の言葉は下からではあるが、威厳のある声にはどこか強制力があった。「質問の一つぐらいさせてもらっても罰は当たるまい」

ハイドルは小さく嘆息する。「どうぞ」

「何故、ガーゴの顧問弁護士に?」

グラハムの率直な疑問だった。「貴殿が多忙を極めているというのは諸々の媒体から察している。多数の案件を抱えているのに何故、ガーゴの弁護士を兼任することになったのか、教えてもらってもいいだろうか」

探るような彼の視線を受けながら、「ただの気まぐれですよ」、ハイドルは肩をすくめてそういった。

「七竜討伐に関われるなんて、面白そうじゃないですか」

ハイドルは続けた。「自然環境の変化や他のドラゴンへの影響など、討伐に関して反対意見があることは承知している。しかし、七竜はかねてから我々人類にとって脅威であることは事実だ」

グラハムはただ静かに聞いている。その横顔に向け、ハイドルは独自の論理を展開した。

「かつては多くの人命を奪い、憎悪も何もかも飲み込み、人々に恐怖心を植え付けた。大昔ではありますが、そんな大罪を犯したモンスターを成敗することができるのです。悪者を懲らしめるチャンスがようやく訪れたと、“我々”遺族は沸き立っている。過去に犯した過ちは決して無くなることはないし、遺族の傷も癒えることはない。懲罰感情を押さえ込む必要がどこにありますか?」

その表情は険しく、まるで正義を胸に戦地に赴く戦士のようだ。

「危険性を孕んではいるものの、七竜の討伐はこの地上に住まう者ならば誰しもが望んでいることなのです。人類にとって脅威となるもの、危険なものは、可能な限り取り去らなければ、人々に真の平和は訪れない」

挑むような視線を、グラハムに向けた。「あなたはそうは思わないと?」

奇襲戦前倒しの調印を渋ったことが、彼には癇に障ったらしい。

「最もだな」

いなすように、グラハムは肩を揺らした。「いや、謝ろう。些か穿ち過ぎたようだ」

「そうですか。では…」

すぐさま立ち去ろうとしたハイドルに、「いやなに、とある反社会組織の意向なのかと思ってな」、グラハムの呟きに、ハイドルの動きがぴたりと止まる。

「本懐を成し遂げるため、七竜の討伐計画を多少強引に推し進めたのではないか、と…」

グラハムはとぼけるように天井を見上げる。「彼らにも“最強の弁護士”がついたと風の噂で聞いたのだが、その“教皇”の指示によるものなのでは━━」

彼の曲がった背中に、「グラハム校長」、やや険のあるハイドルの声がかかった。

「あまり、余計な詮索はしない方がいいかも知れませんよ。でないと、あなたのことをより細かく調べる必要が出てくる」

それは遠まわしな脅迫だった。「この学校のためにも、あまり得策ではないと思いますけどね」

それでは、と言い残し、今度こそハイドルは廊下に出て行った。

靴音が遠ざかっていき、やがて会議室には静寂が訪れる。

「…どうも好かんな…」

内に溜まりこんでいた憤まんをため息に乗せて吐き出しているところで、別室から誰かがやってきた。

「またややこしくなってきましたね」

そう話しかけてきたのはクラフトだった。教職員の説得に彼も回っていてくれたらしく、分厚い書類を手に持っている。

「準備のほどはどうなっているかな?」、グラハムはやや声を明るくして尋ねた。

「先ほど終わったところですね。急な変更にみんな慌ててましたが、どうにかなりました」

今日は休日のはずなのに、朝から晩まで校内を奔走した彼に、グラハムは感謝の念しかない。

「苦労をかけるな」

「先生ほどではないですよ」

この程度なんでもないといいつつ、クラフトは会議室にも散らばっていた書類を整理し始める。「それで、どういった運びに?」

職員も全員帰ったことを添えて、クラフトは尋ねた。「討伐の計画は聞いたのですよね?」

「うむ。奇襲戦が終わった直後に執り行われるらしい」

「早いですね」

クラフトは驚いた表情だ。「奇襲戦はその激しさから毎度のように学校の設備に損壊が出てしまう。修復期間中にやるということですか」

「そのようだな。例の“装置”を使い、最下層の大空洞で決着をつけるから問題ないといっていた」

そう話すグラハムは、明らかに不満そうな顔をしている。「決行日は確定しているらしく、奇襲戦の展開云々に構わず行うらしい」

「日程がずれ込んで生徒たちが授業に復帰したとしても、ですか?」

「ああ。地下だから大丈夫の一点張りだったよ」

信じられないという表情のクラフトは、「無茶苦茶ですね」、次第に怒りの表情を浮かべていった。

「仮に仕留め損ねて地上に出てきてしまったら、生徒たちがターゲットになりますよ」

「だろうな。かつてのダングレスは、無尽蔵に冥界からモンスターを呼び寄せる能力に長けていた。奴が地上に出れば、この学校は瞬く間にモンスターで埋め尽くされてしまうだろう」

現実に起きたらと想像したのか、クラフトは長いため息を吐いた。

「奴らの存在意義が逸脱してきてはいませんか。市民を守ることよりも地位や名誉が欲しいんですか」

湧き出た不満をそのまま口にするクラフトに、「さぁな」、ガーゴの内情などどうでもいいとばかりに、グラハムは腕を組む。

「事を急ぐに足る、理由なり何なりがあるのだろう」

「とばっちりを食うのはこっちですよ」

書類を一まとめにしたクラフトは、テーブルに身を乗り出す勢いでグラハムを見た。「我々とガーゴは部外者同士も同然。奴らの都合に合わせる義理も道理もないのでは?」

奴らの指示など無視すればいいじゃないですか、というクラフトの意見は最もだ。

「そうなのだがな…」

腕を組んだまま、グラハムは再び沈黙してしまう。

確かにセブンリンクスとガーゴに直接的な繋がりはない。資金と就職の援助をしてもらっているだけで、だからガーゴの提案を受け入れろという義務も法的拘束力もない。

かといって、完全に無視はできない難しさがあったのだ。

“一応は”生徒の安全面に配慮した上でガーゴは指示を出してきているし、突っぱねるだけの材料がない。

七竜討伐計画が推し進められ、その中でダングレスだけ討伐されないままというのはおかしな話だし、危険は排除すべきというのは全ての世論といっても過言ではない。

生徒の安全を考慮してダングレスの討伐を先延ばしにしてもらうか。

多少の危険は顧みて、民意を汲んでダングレスを復活させるか。

困難な二択を迫られた結果、グラハムはガーゴの要求を呑むことを選んだのだ。

拒むことは出来た。しかし…、

「今日新たに顧問弁護士となったあの男…断ったら断ったで、何か仕掛けてくる予感がしたのでな」

静かに、グラハムはいった。「あの言い方から考えて、奴は我々のことをある程度掴んでいると見ていいだろう」

「ハイドル・ヴィンスといいましたか」

グラハムの手元に置かれていた名刺を確認し、クラフトは唸る。「確かに注意する必要がありそうですね」

「どうも我々はマークされてしまっているようだしな。ひょっとすれば尻尾を出すのを待っているのやも知れん」

「尻尾、ですか?」

「ああ。我々を…いや、私を引き摺り下ろすために、な」

「何故そんなことを…」

顎に手を添え、クラフトは考え込む。

「連中が突然このセブンリンクスに赴任してきたり、奇襲戦に絡んできたりと、奴らがこうもこの学校に執着するのはそれなりの理由があるということだ」

グラハムのその言葉によって脳裏にあることが浮かび、「まさか…」、クラフトは顔を上げた。

「ここはエリートの集う魔法学校。何にでも利用できる価値はあるのだろう」

表情こそ出さなかったが、グラハムの眼底には明らかな警戒色が浮かんでいた。「いよいよ、奪い取りにきたわけだ」

「この学校を…ですか」

「恐らくな。私の失敗を狙っているのか誘発する気でいるのか、失脚の足がかりを探っている段階かも知れんな」

「オース副校長はすでにガーゴの手中に落ちたようですからね…」

再び黙考に耽るクラフトは、「くそ」、頭をくしゃくしゃに掻いた。

「もっと情報があれば対応しようもあるのに…このままだと奴らの思うがままになってしまいますよ」

自身の携帯を見つめるクラフトだが、そこに“罠”が仕掛けられているのは彼も見抜いていた。

「彼…いや、“彼ら”ならば何か掴んでいるかもしれんがな」

歯痒そうなクラフトに向け、グラハムは落ち着いて声をかける。「しかしこれほど罠を張り巡らせられていては、連絡することも適わないだろう」

「どうすればいいんでしょう。このまま明日の奇襲戦を迎えてしまっても、恐らく奴らのシナリオどおりに事が進んでしまうのでは…」

不安そうにするクラフトに、「問題ないよ」、グラハムは穏やかに笑いかけた。

「頼りになる我々の“生徒会長”にそれとなく匂わせてみた。あの子ならば、きっと彼らにいまの状況を伝えてくれるはずだ」

そういわれ、クラフトの表情も少し緩む。

「今年入ってきた一年は粒ぞろいですからね。多少のことでは崩壊しませんか」

「うむ。それに“彼”がいるのだ。何も心配することはない」

グラハムの言葉を肯定するだけの根拠はない。全て推論に過ぎないが、彼をそういわしめるだけの存在が“彼”なのだ。

自分たち改革派は、動きを封じられたも同じ。明日はガーゴの思うように動かされ、進行していくしかない。

頼みの綱は、そういったしがらみのない生徒側に委ねるしかない。

「頼むぞ…ダイン…」

クラフトは、明日の奇襲戦が無事終わることを願うばかりだった。







『意識はあるの?』

耳に付けた通信機から女の声がする。

「ああ。どうにかなぁ」

男は答えた。

そこは狭い路地裏だった。空は真っ暗で、大通りの光が漏れてくるのみで路地裏は薄暗い。

「ものもよく見えるし感覚も澄んでいる。問題なさそうだ」

そう話しながら、もっとよく聞こえるようにと通信機の位置を調整する。その手の甲は真っ赤な血で染め上がっていた。

手を下ろすと、そこからぽたぽたと血が滴り落ちていく。

男…ジグルのすぐ目の前には、白目を剥いて仰向けに倒れていた大男がいた。

その鼻からは血が吹き出しており、前歯は折れている。

「ひ…ひっ…」

ジグルが通信先のジーニと会話している間、倒れた男の取り巻きと見られる男たちは怯えきった表情をしていた。

ようやく、状況が理解できてきたのだろう。

「に、逃げ…逃げろ!!」

足を震わせていた数人の男たちは、すぐに踵を返して駆け出していく。

「おいおい、先に仕掛けてきたのはそっちじゃねぇかよ」

背後からジグルの声がしたと思ったら、彼の姿はすぐ目の前にあった。

「なぁ…!?」

いつの間に移動したんだと、男たちは再び驚愕する。

そこは狭い路地だ。逃げ道は前か後ろかしかない。

「もっと遊ばせてくれよ。新薬の効果を試したいんだ」

そのとき見せたジグルの笑みは、男たちにとっては悪魔のように見えたことだろう。

「う、うわああぁぁぁ!!」

気が動転したのか、チンピラたちは一斉にジグルに襲い掛かり始めた。

殴りかかってきた拳をそのまま頬で受け止め、腹部に迫ってきた蹴りも受けるが、衝撃音が響くだけでジグルはぴくりとも動かない。

「…弱いな」

殴っていた男の顔面に頭突きをすると、激しい衝突音と共に男の頭部は弾かれたように下へ向かった。全身をコンクリートの地面に打ちつけ、動かなくなる。

「くっ…っそがあああぁぁ!!」

蹴り込んでいた男はナイフを取り出し、そのまま切りかかってきた。

しかしジグルは素早くそのナイフを素手で掴み、軽く握る。

するとパリンという音が聞こえ、そのナイフは粉々に砕け散った。

「あ…!? な…!」

何が起こったのか、ナイフの柄だけを握り締めた男の腹部からズドンッと衝撃が走る。

ジグルにしてみれば、軽く蹴っただけのつもりだったのかもしれない。しかし腹を蹴られた男は車に追突されたように全身を浮かせ、側壁にめり込んでしまう。

「な…んなんだよ、テメェは…!!」

最後に残った男は、身構えてから詠唱を始める。

何か魔法を使おうとしたようだが、発動するより速くにジグルの拳が腹部にめり込んでいた。

男の体内から色々なモノが潰れたり折れたりしたような音が聞こえ、

「ぐぼっ…!!」

前のめりにつんのめった男の口から、大量の血が吹き出す。

「おっとやべ」

ジグルはすぐに回復魔法を使い、絶命する一歩手前の状態まで回復してやった。

男はそのまま気を失ったようで、地面に伏してしまう。

周囲を見回したジグルは、小さく息を吐いた。

「人ってのは脆すぎるな。簡単に壊れちまう」

物足りなさを覚えていると、『高揚感や意識が混濁した感じはしない?』、また通信機からジーニの声がした。

「ああ。いつも通りだ。感覚もある」

ジグルが答えたところで、『完成したようです』、通信機の向こう側にいるジーニは、側にいた誰かに話しかけているようだ。

『サイラですが』

通話の相手が代わった。『ありがとうございます。おかげで諸々の問題もクリアーできたようです』、サイラの声はどこかホッとしたように聞こえた。

「そうか。まぁ俺は適当に遊ばせてもらってただけなんだけどな」

ジグルの周囲にいた四人の男たちは、地面に這いつくばって蠢いている。

呻く男たちを見下ろすジグルはにやりとした笑みを浮かべた。「で、俺はこれでお役ごめんってことか?」

ジグルが尋ね、数秒間の沈黙。

『…いえ、討伐すべき七竜はまだ残ってる。あなたには引き続きお願いしたいのですが』

やがて、サイラからそう返事が返って来た。『テストプレイは多くするに越したことはないのですから』

後半の台詞を聞き流しつつ、「そうかい」、ジグルは笑ったまま手の甲に付着した血を振り払う。

「明日は奇襲戦ってイベントやるんだし、存分に暴れていいんだよな?」

『ええ、構いませんよ』、といってから、『ですが一つだけ』、サイラは静かに釘を刺す。

『くれぐれも、他の生徒を巻き込まないように』

その台詞は、別にサイラが生徒たちの身を案じていったわけではない。

「分かってるっての。あいつ等は大事な“素材”だもんな」

内情を知るジグルはいった。「そのために今回のこと企画したんだろ。邪魔はしないっての」

そう答えたところで、『分かってるのならいいです』、また妙な間を挟み、サイラは続けた。『続けて“ダングレス”の討伐に当たっていただきますが、場所については後日連絡いたしますので』

「あれ、そうなのか」

ジグルは意外そうな表情をした。「てっきり俺も地下に行くものだと思ってたんだけど」

『単独行動すれば怪しまれるでしょう。あなたは地上で好きに動いていてください』

「へっ、そうか、分かったよ」

『では』

通信が切れ、ジグルはゆっくりと息を吐く。

「…好きに、ねぇ」

まだ苦しそうにしている男たちに顔を向け、また怪しげな笑みを浮かべた。

「お言葉に甘えさせてもらいますか」

ジグルが手をかざす。念じた瞬間、そこからぼんやりとした光が発せられた。

光の中から現れたのは、なんと触手…ではなく、触手のように蠢く実体のない鎖だった。

それは倒れこむ男たちの体に巻きついていき、彼らを浮かび上がらせていく。

不可思議な光景の中、

「俺のことは忘れろ。いいな」

と、ジグルはいった。

男たちに絡んでいた鎖が光を放ち、そしてその鎖が消える。

彼らは再び地面に体を打ち付けることとなり、何名かは意識を取り戻してきたようだが、その表情には困惑が浮かんでいた。

目だけをきょろきょろと見回しており、まるで自分がここにいる理由が分かってないかのようだ。

どういう流れで路地裏に来たのか、思い出せない…そんな表情をしていた。

彼らの表情を見て満足したジグルは、彼らにくるりと背を向けて歩き出す。

どうやら学校の外でも催眠魔法を使えるようになったらしい。

徐々にクスリの力をものにできたことに、彼は高揚感に満たされていた。

いまの自分だったら何でも出来そうだ。

思いのままに人を操り、歯向かう奴は誰であろうと壊せるかも知れない。

力で支配する以外に、心までも支配できるこの力。

「くく…」

明日は手始めに何をしてやろう。いきなり“アイツ”に襲い掛かってみるのも面白そうだ。

そう考え始めたそのとき、彼のポケットから着信音が鳴り出した。

またガーゴから何か連絡が着たのかと手にとって見てみるが…そこに表示された名前を見て、「ちっ」、ジグルは途端につまらなさそうな顔になった。

「…どうでもいいんだよ、もう…」

親からの着信を、音が鳴っているにもかかわらずそのままポケットに仕舞いなおす。

夜景に照らされた横顔は、騒がしく賑やかな街頭には似つかわしくないほど寂しげなものだった。

「もう手遅れなんだからよ。いまさら引き返せるか」

独り言を呟き、そのまま歩いていく。

少し先に好みの女が歩いているのが見え、ジグルはいやらしい笑みを浮かべる。


奇襲戦前日の夜。

ある男の結末が、もう間もないところまで差し迫っていた。

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