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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百六節、古の心

「ゴディアさんたちも晩御飯食べていくんすよね?」

夕方に差し掛かった時間だった。日差しはオレンジ色が濃くなっており、夜の到来を告げる鳥が頭上で鳴き声を上げている。

一人中庭にいたゴディアは、時間の経過と共に移ろっていく日光と空気の匂いを楽しんでいるようだった。

「もちろん、ご相伴に預かるよ」

酒の入ったグラスを傾けつつ、ベンチにかけていたゴディアは笑いかけてくる。「女性の方々が腕によりをかけて作ってくれてる。すごく楽しみにしていたんだよ」

そう話しつつ、彼は中庭からリビングの方へと顔を向ける。

テレビの前に群がるのは、ゲームに熱中する男たち。彼らの後ろには腰に両手を当てたシエスタがおり、険しい表情で「手伝いなさい」と叱責している。

女性陣は忙しくキッチンと食卓を行き来しており、その中にシンシアたちやルシラの姿が見える。

もう一度「ふふっ」と笑い声を漏らしつつ、「ダイン君もほら、一緒に夕涼みといこうじゃないか」、空いたグラスを差し出してきた。

「酒は飲みませんよ」

テーブルの上に数本ある酒瓶を見ながらいうと、「ジュースを持ってきているよ」、誰か子供たちを誘う気でいたのか、ゴディアは空いたグラスに紫色の飲み物を注いだ。

「グレープジュースだ。これならお酒っぽく見えるし洒落ているだろう」

「ほんと酒好きっすね…」

やれやれとした態度ながらも、グラスを受け取ったダインは素直にゴディアの隣に腰を降ろす。

「いやぁ、しかし自分自身でもびっくりだよ」

乾杯をしてから、ゴディアはしみじみといった。「まさか下界に降りてくるなんてね」

「別に禁止されてるわけでもないんじゃ?」

ダインが問うと、「そうなんだけどね」、ゴディアはベンチの背にもたれ、足を伸ばす。

「下界に用もないのに降りるのはどうも気が引けてね。ゴッド族だと気付かれただけで騒がれる地域もあるそうだし」

「まぁそりゃ確かに…」

“ゴッド族”と“神”は違う。

人々が敬うべき“神”は天界におわす神々であって、同じ地上に暮らしているゴッド族はその対象ではない。

だが存在している場所が違うだけであって、種族的な点でいえばゴッド族も神も同じだ。

だから地上の人々はゴッド族と神を同一視しており、敬う人もいる。そんなゴッド族が人々の前に現れれば、確かに混乱に陥る人も出てくるだろう。

「どうっすか、初めて訪れた下界は」

ダインがきくと、「あんまりバベル島と違いはないかな」、ゴディアはきっぱりいった。

「朝昼晩もあれば季節の移り変わりもある。空気も同じだし、見える空も一緒だよ」

「そりゃバベル島は地上より高いところにあるだけっすからね」

笑いながらダインがいうと、「はは、そうだね」、ゴディアも笑った。

「違いはないから、娘もそんなに混乱はしなかったかも知れないね」

娘であるティエリアのことを持ち出し、「で、聞きたいんだけどダイン君」、改めて、ゴディアは半身をこちらに向けてきた。

「娘とは将来的にどうなりたいと思っているんだい?」

これまた唐突な切り出しに、「え、何すか急に」、グラスを口にしようとしたダインの動きが止まってしまう。

「いや、親として気になるじゃないか。一人娘があれほどお熱を上げることなんてなかったんだから」

「い、いや、熱って…」

戸惑いを見せつつも、ダインはついリビングへ顔を向けてしまう。

テーブルに並べられた料理をルシラがつまんでおり、咎めようとしたティエリアも口に含まされ、その美味しさにお互い笑い合っていた。

花のような可愛らしい笑顔を浮かべるティエリアにドキリとさせられてしまったダインは、すぐに前方の花壇に顔を戻す。

「せ、先輩がどういう気持ちでいるのかは分かんないっすよ」

期待した答えではなかったのか、「え〜、それは今更な話じゃないか?」、ゴディアはやや残念そうな声を上げた。

「私が見ても、あの子が君を見つめる目が違うことぐらい分かっているんだよ? 賢いダイン君もそれぐらい見破ってるはずだと…」

ゴディアがさらに追求しようとしたとき、彼らの元へサラがやってきた。

「ゴディア様、食前酒はいかが致しましょう?」

そう尋ねてきた。「定番であれば果実酒になるのですが…」

「ああ、いいね。お酒なら何でもいいよ」

「ではキウイベリー酒などいかがでしょう? コンフィエス大陸の名産品なのですが、甘さの中に爽やかさの目立つ一品です」

「最高だね」

ゴディアが笑うと、「畏まりました」、一礼して去ろうとしたサラを、ゴディアが呼び止めた。

「君からも感想を聞かせて欲しい」

「感想、ですか?」、サラは不思議そうに振り返った。

「うん。娘のティエリア…だけじゃなくて、シンシア君やニーニア君。あの娘たちみんな、このダイン君のことをどう思っているのか」

ダインにとって厄介な質問は、サラにまで波及した。「君の見解でいいから聞かせてくれないかな?」

「ふむ、そうですね…」

リビングにいるシンシア達を一瞥したサラは、すぐにこちらに顔を戻す。

「私の見解から申し上げますと…好感度MAXの状態ですね」

これまた訳の分からないことをいいだした。

「ほう、MAXかい!?」、しかしゴディアには通じたらしい。

「ええ。後はムフフなイベントを経て、エンディングまで一直線の状態です」

「ほおおおぉぉ…!!」

「いや、何の話をしてんだよ」

アドベンチャーゲームをなぞらえているとダインは気付かなかったらしく、困惑するばかりだ。

「ダイン坊ちゃまに分かりやすくお伝えしますと、ダイン坊ちゃまが望まれるのでしたら、シンシア様方はパンツを見せてくれるということです」

「いい方!! 下品!!」

突っ込むものの、「では失礼致します」、クスリとも笑わず、サラは一礼してキッチンへ戻っていった。

「パンツを見せてくれる仲か」

繰り返すゴディアに、「それ以上はオッサンと言わざるを得ませんよ」、ダインは冷静に睨みを利かす。

「あはは、ごめんごめん。でもあの観察眼鋭いサラ君がいったんだ。これ以上否定するだけの材料はあるのかな?」

どこか勝ち誇ったようなゴディアに、ダインは赤い表情ながらも長い息を吐いた。

「…いまはなんともいえないっすよ。目先の問題が多すぎて」

そう答えるに留めたところで、「そうだったね」、ゴディアは彼の心情を汲んだのか、言及を止めた。

「君も中々大変だね」

「ええ、まぁ…諸々のことは全てが終わってから考えたいと思ってます」

「律儀だねぇ君は。まぁ娘はそこに惚れたんだろうけど」

まためんどくさそうな話題が再燃しそうだったので、「それより」、ダインは多少強引に会話の主導権をぶん取った。

「用件は終わったんですか?」

「用件?」

ダインを見つつ、ゴディアは首を傾げる。「何の話だい?」

「とぼけないでくださいよ」

周囲に誰もいないことを確認して、真面目な顔でダインはいった。「守人のあなたが持ち場を離れて下界に降りてきた。挨拶のためだけに来たわけでないことぐらい分かってますよ」

ゴディアの顔を覗き込むようにして、ダインは続ける。「挨拶はついでで、何か目的があってここに来たんすよね?」

ゴディアはすぐには返事をしなかった。

ただその横顔には穏やかな笑みをたたえたままで、

「まだ若いのに、君もなかなかな経験を積んできたようだねぇ」

と、一言。

「人にもよるけど、環境に恵まれて育った人は、そこまで洞察力が養われるものじゃない。相手の悪い部分に触れ、数多くの失敗や挫折を繰り返した結果、自己防衛として得られるものだと私は思っている」

何の話か分からずぽかんとするダインに、ゴディアは続ける。「娘は人を疑うことを知らないで育ってきたから、君のような人はやはり娘にとって必要だ」

これまた反応に困る話題の気配を察知し、「いやいや、誤魔化さないでくださいよ」、ダインはすぐさま遮った。

「先輩の親父さんだから悪いこと考えてるわけじゃないんでしょうけど、でもやっぱり疑問に思いますって」

そういうと、「ふふ、そうだね」、ゴディアは可笑しそうに笑ってから、グラスに残っていたワインを飲み干した。「ちょうど来てくれたよ」

「え?」

どういうことだとダインが問いかけようとしたとき、

「ピィ!」

「シャー!!」

子供ドラゴンのピーちゃんとシャーちゃんが、相変わらずの可愛らしい足取りでダインたちのところまで来ていた。

「おお、どうした?」

二匹はぴょんぴょんと飛び跳ねている。ベンチによじ登りたがっていたようなので、二匹を同時に抱え乗せてあげた。

「うん、ダイン君にも聞いてもらおう。君には見届ける権利がある」

ゴディアはまた不思議な台詞をいった。

「あの、どういうことっすか?」

「私がここに来た目的だよ」

ぷるる、と頭を振る二匹の頭を撫でつつ、ゴディアは彼らに優しい笑みを向ける。

「守人という仕事柄、かねてから疑問に思っていることがあってね」

二匹をそっと掴んだゴディアは、彼らをさらに上のテーブルに乗せた。「何千年と封印されていた七竜たちは、いま何を思っているのか」

「何を思う…?」

「ああ。何もない封印地の中、彼らは永遠とも思える永い時間、眠らされてきた。突然目を()()()()この平和になった世の中を見て、何を感じるのかと思ってね」

思いがけない…しかし、確かに気になる話だった。

「このような可愛らしい見た目だけど、彼らが七竜である事実は変わらない。主人なきいま、彼らが何を望んでいるのか…君は知りたくないかい?」

問いかけるような視線を、ダインに投げかけた。

「分かるん…ですか?」

「最近のことなんだけどね、言語が通じない動物やモンスターと意思疎通できる魔法を開発したんだよ」

「え、マジすか」

「バベル島では動物たちと遊ぶことも多くてね、何とか言葉を交わしたいと思っていたんだ」

ピーちゃんとシャーちゃんは特に翼をはためかせたり歩き回ったりもせず、大人しくゴディアとダインの顔をジッと見つめている。

聡い彼らは、ゴディアが何をしようとしているのか、自然と悟ったのかもしれない。

「まだ不完全な魔法だから、風の音よりも小さなものかもしれないけど…」

ゴディアは二匹の目の前で、空中に人差し指で小さく円を描く。

するとぼんやりとした魔法陣が浮かび上がり、そこへ向けて呪文を呟いた。

「ダイン君も耳を済ませてね…」

魔法陣の光が強くなり、二匹のドラゴンを包み込む。

「さぁ…話してくれないか」

光に包まれた彼らに向け、ゴディアは問いかける。「君たちは、いま何を思う?」

その声色は優しく、急かすわけでも問い詰めているわけでもない。ひたすらに純粋な、彼らの気持ちを知りたいという興味に過ぎない。

「君たちは、何を望むんだい?」

ダインは目を見開いてしまう。初めてのことだった。モンスターから、鳴き声以外の声が聞こえたのは。

掠れるような、そよ風ですらかき消されてしまいそうなほどに小さなものだったが、


『…たい…』


だが、確実に聞こえた。


『みんな…一緒に…』


彼らの本心が。

“本来の七竜”としての、嘘偽りのない望みが。

魔法のおかげで、ダインとゴディアには、確実に届くこととなった。


『昔のように、みんなと…一緒にいたい…』

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