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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百五節、奇襲戦

中庭にダイン含むシンシアたちが集まったのは、昼でも夕方でもない時間だった。

頭上では木漏れ日のような光が降り注いでいて、新緑の香りを乗せながら風が吹き込んでくる。

ダインは持っていた携帯型通信機を丸いテーブルの中央に置き、側面のボタンを押した。

その瞬間、携帯のモニターから眩い光が発せられ、それはホログラムのように、空中に通話相手の映像を映し出していく。

『━━みんな集まったようね』

向こうからもこちらの光景が見えているのか、ダインたちを見回しつつ、何故か制服姿でいたラフィンはいった。

『じゃあ早速なんだけど…』

続けようとしたとき、『ちょっとちょっと!』、ラフィンのホログラム映像のすぐ隣から元気な声があがる。

ダインの隣にシンシアの携帯が置かれており、そこからもう一人別の人物が浮かび上がっていた。

『私を差し置いて面白そうな話しないでよ!』

ディエルだった。これから会食でもあるのか、彼女は真っ赤なドレス姿だ。

『な、なんであなたが…』

ラフィンは動揺した顔をダインたちに向ける。

「学校絡みなんだったら、ディエルちゃんにも教えた方が良いと思って…」

シンシアが気を利かせたのだ。

ラフィンは何事か文句を言いかけた口を閉じ、代わりに深くため息を吐く。

『大人しくきいててよ』

『分かってるわよ』

『それとこの話は私たちだけの中で留めておいて。他言は厳禁だからね!』

『はいはい』

適当に返事をするディエルだが、こちらを見てから『あれ、でもいいの?』とラフィンにいった。

『何がよ?』

『ダインの近くに部外者…可愛いのがいるんだけど』

『可愛いの?』

ディエルが指摘した通り、ダインの隣にはピーちゃんとシャーちゃんを両隣に座らせていたルシラがいた。

『あの、あなたは…?』

「度々話に出てきた奴だよ」

ルシラの頭に手を置きながら、ダインはいった。「こいつがルシラだ」

『あ、ああ、あなたが…よろしくね、私は…』

「らふぃんちゃんだよね!」

ルシラはにっと笑顔を浮かべていった。「それで隣の人はでぃえるちゃん!」

『良く知ってるのね?』

ディエルが少し驚いた顔をする。『私の画像でも見せたの?』

「そういうわけでもないんだが…ま、こいつは色々と規格外な奴なんだ。俺たちの話を聞かれたところで影響はないだろうし気にするな」

それよりも、と、ダインは本題に入るよう促す。

『ええ。まず先に“奇襲戦”について説明させてもらうわね』

と彼女はいったが、話しだす前にティエリアに目を向けた。『奇襲戦の詳細について、本来は生徒会長しか知ってはならないことなんですが…構いませんか?』

ティエリアは去年の奇襲戦の経験者であり、元生徒会長だ。一応彼女の許可も得たかったのだろう。

「確かに、“奇襲”という観点から考えれば話すべきではありませんが…」

ですが、とティエリアは真面目な顔のままいった。「ラフィンさんがただ事ではないと判断したのでしょうから、私は支持します」

そう彼女が続けたところで、「ありがとうございます」、どこかホッとしたようにラフィンはお礼をいう。

そして静かな声で、奇襲戦がどういうものかの説明を始めた。


それは簡単にいえば、大量のモンスターを相手にした模擬戦だった。

モンスターと戦うだけならばラビリンスでも同じことはできるが、奇襲戦では規模と舞台が違う。

突如モンスターの大群が襲いかかってきたら、という不測の事態を想定した、学校全てを戦場に見立てた大規模な特殊訓練のようだった。

歴史の長いセブンリンクスの伝統行事らしく、不定期だが上半期と下半期にそれぞれ一回ずつ行われる。

押し寄せるモンスターは全て教職員が作り出した幻想の敵で、その数は軽く一万は超えるらしい。

奇襲戦終了の条件は、沸き続けるモンスターを全て倒し、かつ各地に配置されている“召喚石”を全て壊すこと。一匹でも残っていたら終わらないらしい。

学校が舞台なので、もちろん対処するのはセブンリンクスに通っている全ての生徒だ。学年もクラスも関係ない。

「い、一万…」

ニーニアは引き気味の表情だ。「一日じゃ終わらないんじゃ…」

『でしょうね』

ラフィンは嘆息しつついった。『三時間の防衛戦が行われ、一時間のインターバル。終了条件を満たすまで、そのサイクルが続くわ』

「ですから、三日、ないしは四日ほどは覚悟しなければなりません」

ティエリアの続く言葉は、なかなかに衝撃的だった。「去年は開始から終了まで一週間ほどはかかりました」

「い、一週間!?」

シンシアが目を剥く。「一週間もお家に帰れないんですか?」

「私のときはそうでしたね」

「で、でもそんな何日間も帰らなかったらお家の人が心配するんじゃ…」

最もな疑問を口にするシンシアに、『生徒のご親族の方々は承認しているはずよ』、ラフィンがいった。

『入学申請時に、親族のみに奇襲戦の概要が書かれた書類が配布されるの。承認印がないと入学自体できないから、あなたたちのご親族の方々は承知しているはずよ』

ダインはつい後ろを振り向いてしまう。ラフィンとディエルの視界に入らない場所で親々が聞き耳を立てていたのだが、彼らはニヤリと笑うだけだった。

「セブンリンクス最大の過酷なイベントでして、経験者の中には当時の惨状を思い出し休む方もおられますね…」

ティエリアの辛そうな表情を見て、ダインたちは本当に大変な訓練なのだと痛感する。

「あ、で、でもティエリア先輩がいるのなら大丈夫じゃ…」

ニーニアは淡い期待を寄せた。「ラフィンちゃんもディエルちゃんもいるし、モンスターが一万いたとしてもなんとかなるよ」

ラビリンスでのラフィンとディエルの戦いぶりを思い出したのはシンシアも同じだったようで、「そうだよね!」、大丈夫だよと声を上げた。

『大暴れイベントは大歓迎よ。私に全部任せなさい!』

大見得を切るディエルだが、ラフィンもティエリアも表情は曇らせたままだ。

『奇襲戦には意地悪なルールもあるのよ』

ラフィンは眉を寄せたままいった。『生徒会長含む能力の特に高い人たちは、奇襲戦が始まった直後はすぐに動けないの』

「動けない?」、と、ダイン。

『ええ。経験者のティエリア先輩なら詳しいことは知ってるんでしょうけれど、奇襲戦が始まったと同時に私たちは控え室に閉じ込められることになっている』

「すぐに奇襲戦を終わらせちまったら訓練の意味がないからか」

『その通り。戦況にもよるらしいけど、十時間は控え室から出られないらしいわ』

「じゅ、十時間…」

ニーニアは一気に心配そうな顔になり、「どこにも行けないんですか?」、シンシアはティエリアに尋ねている。

「あ、控え室とはいいましても、おトイレや浴室もありまして、お食事も配給されるので…」

といったあと、彼女はすぐに表情を曇らせる。「ですがその間モンスターと戦っている方々は、配給場所まで食料を取りに行かなければなりませんし、お風呂もなくほぼ不眠不休ですから…」

ティエリアが語ったのは、まるで軍事訓練のような過酷なものだった。「絶え間ないモンスターの襲撃に、何人もの学生の方々が保健室に運ばれていきました。しかしそこでも休めることはなく、教員の方に回復魔法を使っていただき傷が癒えた途端、戦場への復帰を強制されます」

『まさに混乱期の最中を想定しているってわけね』

ディエルの呟きをきいて、シンシアたちは身を震わせる。ティエリアの話だけで、奇襲戦がどれほどのものなのか、思い至ったようだ。

「そんな大変なイベントを、一年は予告も何もなく巻き込まれるってわけか」

振り回される同級生の顔を想像し、ダインは思わずにやけてしまう。「俗に言う洗礼ってやつか?」

『そのようね。奇襲戦の詳細について話してはならないという校則はないけれど、暗黙の了解で一年生には先生も上級生も教えないことになってるわ。その意図は分からないけれど』

『どうせ一年のビックリする顔が見たいとか自分たちもそうだったとか、そんなしょーもない理由なんでしょ』

決め付けたディエルは、『で?』、腕を組みつつ、隣のラフィンにきいた。『そんな暗黙の了解を破ってまで私たちに話したいのは何なの?』

ホログラムの映像越しだが、ディエルはラフィンの真意を探ろうとしている。『何かイレギュラーでも発生した?』

問われたラフィンの目線が少し動く。ダインたちではない自分の周囲を見回していたようで、誰もいないことを確認したのか、視線をこちらに戻しつつ彼女は口を開いた。

『ガーゴが妙な動きを見せているのよ』

ラフィンは続ける。『見ての通り、明日の奇襲戦に向けてさっきまで学校で打ち合わせがあったの。大量の食料を搬入していたり、先生方が召喚石を設置していっているのを見かけたんだけど…その中で見慣れない大人も何人かいたの』

「見慣れない大人?」

『他の先生方と同じ黒いマントを羽織ってはいたんだけど、衣服にガーゴのエンブレムが見えたから間違いないわ』

ラフィンは声を潜めていうが、ガーゴが来ていて何が怪しいのか、ディエルはいまいちピンと来なかった。

『大規模なイベントなんだし、手伝いに来てもらっただけなんじゃないの?』

と尋ねるが、『設営に手を貸してる様子はなかったわ』、ラフィンはすぐさま否定した。

『教職員の方々とはまったく別行動しているようだったわ。それも誰にも見つからないようにと、不可視の魔法を使ってね。異変を感じて目の魔法の精度を上げて、初めてあの人たちの姿を確認できたの』

ダインたちの反応を窺うラフィンの目は、疑惑に満ちている。『学校の外と中、具体的には戦神の斜塔の周辺や、この前あなたたちが見つけたエレンディア様の銅像辺りをうろうろしていたわね』

ダインもシンシアたちも、しばし反応がない。一様に視線を伏せており、ガーゴが何をしていたのか、想像を巡らせているようだ。

「ラフィンはどう思うんだ?」

ダインは唐突にきいた。「こうしてわざわざ連絡してくるほどなんだ。奴らの企みが何か、薄々感じるものがあったんだろ?」

『これは憶測よ。根拠といったものは何もないけれど…』

ラフィンは自室にいるのか、誰の気配も感じないようで、少し声を大きくさせた。『ダングレスを討伐するつもりかもしれない』

え、とシンシアたちが顔を上げる。

ラフィンは続けた。『さっき話した通り、奇襲戦というものは生徒とモンスターが入り乱れる乱戦になる。その大混乱に乗じて、ガーゴはダングレスを封印から解き放って退治するつもりでいるんじゃないかしら』

「大混乱に乗じて、とは…正式な手続きを踏まずに、ということですか?」

ティエリアは信じられないといった表情だ。

『七竜の討伐は、みんながみんな賛成しているわけじゃないんです』

七竜討伐について、独自に取材していた父からの情報だと添え、ラフィンはいった。

『失敗したときや、逃げられてしまったときの危険性を考慮して欲しいっていう慎重派の意見も少なからずあるんです。地域によっては反対派が大多数を占めているところもある』

「そりゃそうだろうな」

今朝方シアレイヴンに荒らされた村人の顔を思い出しつつ、ダインは頷く。「いくら補填されるとはいっても、家を壊されちゃたまったもんじゃねぇよ」

『そう。危険を冒してまで無理に退治することはないんじゃないかって声も沢山ある。確かに七竜が原因とされる危険な場所はあるけれど、これまで大災害といったものはなかったんだから、現状維持で良いっていう人たちも沢山いるのよ』

そして…と、ここからが問題とばかりにラフィンは真剣な顔でいった。『ダングレスの封印地はセブンリンクスの真下にある。生徒が巻き込まれたらどうなるんだっていう保護者の声がすごく多くて、だからオブリビア大陸の国王もなかなかゴーサインが出せなかったそうなの』

確かに少し考えれば分かる話だった。ここオブリビア大陸はガーゴのお膝元。七竜討伐を推し進めるのだとしたら、まず手始めに自国で封印しているドラゴンを退治するはず。

なのにそれができないということは、ラフィンのいうように反対意見が多かったということなのだろう。

『ヴォルケインのいたトルエルン大陸も、シアレイヴンのいたマレキア大陸でだって、反対の声はあったはず。それを押し切って討伐したのに、自分の国のドラゴンが討伐されないままはどうなんだっていう話ね。批判の声はより大きくなる。だから何としてでもダングレスは退治しなくちゃならなかったんじゃないかしら』

「それで奇襲戦っていう何が起こってもおかしくないイベントに便乗して、ダングレスを無理やりにでも復活させて討伐しようとしているってのか」

ダインの言葉に、『まぁ、なくはないか…』、ディエルも理解を示した。

『いまのところ毎週七竜を討伐していっているんだし、この勢いのまま全部やっちゃおうとしてるんじゃないかしら』

シンシアもニーニアもティエリアも、ラフィンの憶測が的を得ていると言いたげだ。

だが、「でも俺何も聞いてないんだけどなぁ」よく分からないといった表情で、ダインは腕を組んで背筋を伸ばす。

「特例制度で契約を結んでいるんだし、討伐情報は逐一連絡してくれるものだと思うんだけど」

『契約書にそう記載があるのなら、そうなんでしょうけど…』、ラフィンは何やら考え込む素振りを見せる。

『抜擢されたといってもダインはノマクラスなんだし、舐められてるんじゃない? 連絡する必要はないとかさ』

ディエルがそういうが、『いえ…』、ラフィンは首を横に振った。

『ガーゴの内情までは良く知らないけれど、学校で見かけたあの人たち…どこか焦っているようだった』

「焦っていた?」

『ええ。これも憶測になるけど、ひょっとしてダングレスの討伐はいきなり決まったことなんじゃないかしら』

湯気の立ち上るティーカップを眺めつつ、彼女はその論拠を示した。『だって今日シアレイヴンが討伐されたでしょ? なのにその翌日別のドラゴンを討伐するなんて、ガーゴの人たちも思わないじゃない。中規模のモンスター討伐にだってそれなりの準備は必要だし戦闘員の体力も減る。ドラゴンを直接討伐するのは“彼”だけのようだけど、そこへ至るまでの段取りはあるはずだし、討伐した後の細かい処理だってある。ドラゴンを倒して終わりというわけじゃないもの』

彼女の言う通りだ。物事を進めるには何かと準備が要る。秘密裏に討伐するにしても、人員を割いて討伐するための環境を作らなければならない。

『ガーゴって組織は、見た感じ縦割りっぽいものね。上層部がやれと命じれば、末端の人たちは従うしかないってことか』

ディエルが末端、といったところで、ダインはついロドニーとクレスのやつれた顔を思い出してしまう。

「で、でもそんないきなり実行するものかな?」

シンシアが疑問を呈した。「七竜討伐がガーゴの宣伝の意味も含められてるんだったら、もっと大々的に行われるものだと思うんだけど」

これにはディエルが意見を述べた。『反対派が多数を占める地域のドラゴンだったら、邪魔される可能性もあるから迅速に処理したいってことじゃない?』

紅茶を飲んでいたラフィンが、『それとも…』、別の見解をねじ込む。『上層部の考え方が変わった、とか』

「変わった…?」

『ええ。どういう内容でかは分からないけれど、“彼”が必要でなくなったとか、他にやりやすい方法が開発されたとか、誰かの入れ知恵があったとか』

ダインは瞬時に“ハイドル・ヴィンス”のことが脳裏を過ぎる。

ガーゴには最強の弁護士がついた。彼が台頭したことによって国家間の問題は無理やり解決に導かれることとなり、あの男の答弁によって慎重派の意見を封殺することもできる。

つまり遠慮する必要がなくなったということ。七竜討伐を一気に終わらせたいというディエルの予測は、大方当たっているということではないだろうか。

「…どこまで知ってるんだろうな」

ひとしきり彼女たちからの意見を聞いた後、ダインは呟く。

「何のこと?」

不思議がるシンシアに、「ウチの校長先生だよ」、ダインはいった。

「セブンリンクスのイベントは校長の指示で行われるんだろ? 例の二人組みが電撃赴任してきたとはいっても、新米のあの人らが奇襲戦の日程を弄ることはできないはずだ。グラハム校長先生なら、ラフィンのように部外者が校内に侵入してきたことは見破ってるはずだし、奴らの狙いだって気付いてるはず。仮にラフィンのいうようにダングレスを復活させて討伐するつもりなら、生徒の身の安全を保障する立場として黙っちゃいないはずだろ」

そのダインの指摘に、『確かに』、ドレスに皺が寄るのを気にもせず、ディエルは腕を組む。

『あの人の性格から考えれば、ガーゴの指示通りに動いてるはずはないし、ダングレスを復活させるっていわれても絶対反対するでしょうね』

「ラフィン、何かきいてないか?」

ダインはラフィンに真っ直ぐな視線で問いかけるものの、『それが…』、ラフィンは困惑した表情を浮かべている。

『グラハム校長先生も、クラフト先生やその他何人かの先生方は説明会の場にいなかったのよ』

「いない?」

『ええ。あの場にいたのは何人かの教職員だけだったわ。ジーニ先生とサイラ先生は遅れてやってきたけれど…』

朝、ダインを叱責した後、セブンリンクスに向かったということだろう。

「れ、連絡つかないのかな?」

グラハム擁する“改革派”のことは聞き及んでいたのだろう、シンシアは心配そうな顔をダインに向けた。「事情だけでも聞いたほうがいいんじゃ…」

腕を組んだダインは、吹き抜けの天井を見上げながらしばし思案する。

やがて顔を戻し、再びラフィンに顔を向けた。

「ラフィン、奇襲戦はもう決まっていることなのか?」

『え? ええ。昨日の夜中に連絡がきて、説明会に出席するよういわれたわ』

「そうか…」

再び逡巡したダインは、今度はティエリアに顔を向けた。「先輩、前回の説明会のときは校長先生はいたのか?」

突然話を振られたティエリアは、「え、あ、は、はい。おられました」、やや慌てながらもいった。

「奇襲戦の主な指導は校長先生が行うことになっていまして…教職員の適切な配置や、モンスターの調整、問題が起きたときの迅速な対処など、役割は非常に重要なものになっているはずです」

「…なのに、今回説明会の場にいなかった、ということは…」ダインは考えられる可能性を呟く。「ガーゴから口止めされているか、連絡できない状態にあるのか…」

『連絡できない状態?』

ディエルは驚いた顔でテーブルに上半身を乗せた。『ま、まさか幽閉されてるとか?』

「いや、いくらなんでも改革派の人たちにそんなことしないだろ。訴えたら一発アウトになるような状況を作るはずがない」

断言したダインは、「多分だけど…」、周囲を見回し、ニーニアで顔を止めた。

「ニーニア、ちょっと携帯貸してもらっていいか?」

「あ、う、うん」

理由を問わず携帯を貸してくれたニーニアにお礼を言いつつ、ダインはクラフトの携帯番号をかけて通信を繋げてみた。

コール音が鳴る前に、「やっぱりな」すぐに通信を切る。

「俺がやられたときみたいに、クラフト先生の通信網に罠が仕掛けられてある」、そう断言した。

『罠? 分かるの?』、ディエルは不思議そうに尋ねる。

「割と魔法力に敏感でな、機械越しでも大体分かるんだよ。便利な能力でもないけどさ」

笑ってから、彼は続けた。「通話の内容が盗み聞きできるタイプの罠だろうな。だから連絡できないんだろう」

『あ、あなたそんなことやられてたの?』

ラフィンはそこに引っかかったようだ。『監視までされてたっていうこと?』

「面倒な奴らだっていったじゃん。契約を結んでいるいまは、一時休戦してるみたいだけどな」

『そう、なのね…』

少し深刻そうな表情になるラフィンだが、「ま、校長先生の動向は気がかりだが、現状俺たちができることは何もないな」、とダインは話の流れを戻した。

『あ、そ、そうね。とにかく明日は何が起こるか分からない。ダングレスの復活の可能性も考えて、注意して欲しいと思って連絡したの』

ようやくラフィンの用件を理解したダインは、「悪いな、わざわざ」、そういって笑いかける。

「おかげで明日は混乱しないで済みそうだ」

『そ、それなら良かったけど…』

『明日は色々と面白いことになりそうね』

ディエルはくくっと笑いを漏らす。そんな彼女に、『何度も釘を刺すけど、他言無用だから』、ラフィンは険しい視線を向けた。

『分かってるって。じゃあこれからパーティだから、また明日ね!』

元気な声と共に、ディエルは通話を切った。ホログラム映像もぱっと消える。

「ラフィンも明日の準備に向けて色々と忙しいんだろ?」

気を使ってダインから通信を切ろうとしたとき、『あ、あの!』、ラフィンはテーブルに両手を置き、口を開いた。

『あ、明日の奇襲戦、できるだけ早く終わらせるから…』

気合を覗かせる彼女に、「早いに越したことはないからな」、ダインは笑いかけた。

『一週間はかからないようにするわ。絶対に』

「やる気満々じゃん。査定がかかってるからか?」

茶化すようにダインがいうと、『ち、違うわよ!』、ラフィンは強く否定した。

だが声が大きかったのは初めだけで、『その…ほ、ほら、週末は予定…あるじゃない』、呟くようにいう。その顔は何故か赤い。

「予定って?」

ダインが問うものの、『その予定を潰されるわけにはいかないから…』ラフィンには届かなかったようだ。

「予定…」

『じゃ、じゃあね!』

と、ラフィンは一方的に通話を切ってしまった。

映像が消え、やかましかった中庭は静かになる。

「予定って、なんかあったっけ?」

ダインがシンシアたちに尋ねると、彼女たちから「え〜」というやや非難するような声が上がった。

「来週はラフィンちゃんがここに来る日じゃない。忘れちゃったの?」とシンシア。

「いや、そりゃ覚えてるけど、あの態度はもっと重要そうな感じじゃ…」

「お友達のお家に遊びにいく、というのは、私たちにとっては十分重要な予定です」

ティエリアは笑っていった。「ラフィンさんは本当に楽しみになさられているのですよ」

「いやでも、ヴァンプ族の説明をするだけなはずじゃ…」

「らふぃんちゃんに会えるの!?」

これまで静かにしていたルシラが、急に立ち上がった。

「だいん、会えるの!?」

「え、ああ、まぁ、そうだけど…」

「やったー! なにして遊ぼうかな!?」

喜びのダンスを始めるルシラ。そんな彼女の後ろにピーちゃんとシャーちゃんもついていき、ピィピィ、シャーシャーという鳴き声が聞こえる。

「楽しみだね」

「ふふ、うん」

シンシアとニーニアは笑い合っている。

「いやまぁ、楽しみにしてくれるのは別にいいんだけどさ…」

期待を寄せられる負担というものがあってだな、と続けようとしたダインだが、「さぁさぁ、堅苦しい話はこの辺にして、ゲームの続きといこうじゃないか」、ゴディアが割り込んできた。

彼は相変わらず呑気な様子だ。「面白そうな酒の肴もできたし、ゲームしながら話そうよ」

「ルシラ、パズルゲームがあるぞ」

ジーグの誘いに、「ぱずる!!」、ルシラはダンスを続けながら大人たちの輪の中へ入っていった。

「シンシアちゃんたち、キッチンでまたマリアさんの絶技が見れるわよ」

シエスタの声に、「あ、行きます!」、シンシアたちは、ばっと立ち上がる。

そして奥から聞こえる笑い声。

ラフィンの話で重くなっていた空気が、陽気で一気に洗い流されたかのようだ。

「いいよなぁ大人たちは気楽でさ…」

中庭に一人取り残されたダインは、ぼやかずにはいられなかった。

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