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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百四節、ルシラの日常

拾ったばかりのシャーちゃんは砂まみれだったので、昼過ぎの時間ではあったが、ルシラはピーちゃんと一緒に入浴していた。

物珍しそうにするシャーちゃんをどうにか落ち着かせつつ簡単に体を洗い、バスタオルで頭を拭きながらリビングに戻ってくる。

誰と遊ぼうかと見回すルシラだが、騒がしかったダイニングには誰もいない。みんなそれぞれ固まって行動していたようだ。

まずルシラの目に入ったのは、テレビ前に固まっていた男性陣だった。

ダイン、ジーグ、ペリドアにギベイル、ゴディア。

男連中はレースゲームに夢中のようで、順位が発表されるたびに野太い歓声が上がっている。

「お、ルシラ、風呂から上がったか」

ダインがルシラの姿に気がついた。「お前もゲームやってみるか?」

ダインに誘われて断る理由はない。

「う、うん」

素直に彼らのところへやってきたものの、腰を降ろしたのは大好きな彼ではなく、隣のジーグの足の上にちょこんと座った。どうやらまだ恥ずかしさが勝ってしまうようだ。

「ピィっ!」

「シャーっ!!」

ダインの足にはピーちゃんとシャーちゃんが我先にと競いながら鎮座する。

「再戦の前にちょっとニュースを確認してもいいか?」

滑り落ちないようジーグの太い腕がルシラの腹部に回され、彼はそのままチャンネルを手にしてニュース番組に切り替えた。

ちょうどシアレイヴン討伐の様子が放送されていたようだ。

ドラゴンの攻撃を戦闘部隊が魔法でガードして、ジグル扮する謎の“フードの男”がそのドラゴンを殴り飛ばしている。

序盤の大混乱や手こずってる様子はものの見事にカットされていたようで、画面内では不自然なほどにスマートにシアレイヴンを討伐していた。

「編集の力ってのはすごいな」

呆れを通り越し、驚いた様子でいったのはダインだ。「こいつらほとんどあたふたしてただけだったのにさ。こんな動きしてなかったぞ」

「映像だけじゃ、真実は伝わらないからねぇ」

ゴディアは達観したように酒を飲んでいる。「物事は映像の見せ方一つで正反対に映ることもあるからね。悪人が善人だったり、善人が悪人だったり。かっこ悪い人をかっこよく見せる方法なんていくらでもあるよ」

「流行り廃りもそうだし、ヒーローは作られるからね」

ペリドアがいった。「その人が裏でどんなことをしていたとしても、モンスターを倒すシーンのみを繰り返し見せられれば誰だってヒーローに映る」

彼がジグルのことをいっているのは間違いなかった。

「謎のフード男を謎のままにしてるのもうまくやってると思うよ。実際コメンテーターの人たちも、事情を知らないわけだから褒めちぎってばかりだし…」

ペリドアの声と共にダインがテレビ画面に顔を向けると、「ん?」、と彼の表情が不思議そうなものに変わった。

「なんかこの人見たことあんな…」

といってすぐ「あっ」と声を上げた。「思い出した。今日ガーゴに来てた弁護士じゃん」

「弁護士?」

ジーグがいい、ルシラも不思議そうな顔でテレビ画面を見つめる。

そこではメガネをかけオールバックの男性コメンテーターが、シアレイヴンが討伐されたことによる影響を好意的に解説していた。

「確か名刺をもらっていて…あ、あった。これだ」

ポケットから小さな紙を取り出し、隣にいたジーグに手渡す。

「ハイドル・ヴィンス…」

彼が名前を読み上げたとき、「ハイドル…?」、ギベイルが反応を示した。

「このテレビに映っている男か? 国際弁護士の」

「名刺にはそう書いてあるな」

「…ふぅむ、そうか…」

考え込むギベイルは、ダインの方を振り返る。「ダインよ、これは本人からもらったものなのか?」

「え? ああ、まぁ、そうっすけど…本日付でガーゴの顧問弁護士になったって、本人がいってましたよ」

「…なるほど。世論を味方につけるためか」

何やら思わせぶりなギベイルに全員の注目が集まる。

「ギベイル殿はこの男のことをご存知なのか?」

ジーグが尋ねると、「いや、直接会話したことはない。だがその敏腕ぶりは世界的に有名だ」、ギベイルはそういった。

「難事件が絡む裁判をいくつも無罪にした、相当なやり手だよ。法外な依頼料を請求されるが、彼が弁護についた裁判で被告が有罪判決を受けたことはない」

「被告がどれだけ凶悪な事件を起こしてもか?」

「ああ。彼の通り名は無罪請負人ともいわれている。さすがに証拠が揃った裁判では無罪を勝ち取ることは出来なかったそうだが、量刑を軽くしたり示談に持ち込めたこともままあるらしい」

「また厄介そうな相手だな」

テレビの中にいるハイドルの顔を確認し、ジーグは眉をひそめた。

ギベイルはいう。「七竜討伐は国家間でのやりとりも発生するわけだからな。討伐後の自然環境の問題や被害が拡大した場合など、細かな取り決めや訴訟に発展したときに備え、念のため保険を添えておこうと判断したのだろう」

「それで最強の弁護士を雇ったというわけか」

「だろうな。しかし…」

ギベイルはまだ何か懸念があるのか、う〜ん、と唸りだす。

「先ほどの話に戻るようだが、“無罪請負人”という大層な肩書きも作ろうと思えば作れる」

「どういうことだ?」、と、ジーグ。

「弁護士という職業は、一見すると巨大企業を相手取って訴訟を起こしたり、判決が逆転して巨額の賠償金を得られたりと華やかなものに見えるが…しかしそんなドラマのようなものばかりではない。大半がペットの捜索や浮気相手の調査といった地味なものばかりだし、極悪人の弁護について世間から大バッシングを受けたりと、なかなかにリスキーな面もある。無罪を勝ち取ること自体も容易なことではないし、無罪を勝ち取るための“カラクリ”もある程度心得てなければならない」

そこでギベイルのいいたいことが伝わったのか、「そういうことか」、ジーグは頷いて引き継いだ。

「誰もが犯人だと分かっている奴を無罪に仕立て上げるには、正攻法ではない手法を用いることもあるということか」

「そうだ。真実は一つしかない。そして一つの犯罪に対する量刑はある程度決まっている。その法則を捻じ曲げるには、公に出来ない“裏技”を使うしかないということなのだ」

確かに世の中には真っ当な弁護士もいる。罪を犯した者の心理的苦境を理解し、裁判官に訴えて情状酌量を打診する。罪と罰の軽重を正義の名の下に法律に則って調整し、救済を図る。

だが中にはそうではない者もいる。高い報奨金を受け取る代わりに、裁判官を買収したり証拠を隠滅したり、無理やりに事実を歪曲し逆転無罪に導く弁護士も中にはいるのだろう。

「このハイドルもそうだと?」

ジーグが再度尋ねると、「憶測でものをいうのは憚れるがな」、ギベイルは肩をすくめて酒を飲む。

「しかし長年弁護士の道を歩み、数多くの無罪を勝ち取った男なのだ。いくら法律に知悉し弁が立ったとしても、権利と権利のぶつかり合いに勝ち続けるのは非常に困難であることは想像するに容易い。誰が見ても断罪すべき案件も無罪を獲得しているようだし、この男には何か裏があると見るのは自然なことではないか?」

「まぁ、確かに…」

全員が再びテレビ画面に顔を戻す。そこではまだハイドルの解説が続いており、報道番組は中立であるべきはずなのに、番組内ではシアレイヴンの討伐は正解だったと、ハイドルの独壇場になっていた。

「もうマジでめんどくさそうな奴は増えて欲しくないんだけど…」

心底げんなりした表情でいうダインから、ピーちゃんが降りる。

男たちはまだ難しい話を続けているようだが、ピーちゃんはルシラのスカートの裾をくちばしで咥えた。

「ん?」

そのままくいくいと引っ張っている。彼はどうもルシラをキッチンへ連れていきたいようだ。

昼下がりの時間だが、この時間はいつも晩御飯作りを手伝っている。キッチンからも賑やかな声が聞こえていた。

「あ、うん、いこっか」

ジーグに解放してもらい、シャーちゃんも脇に抱える。

「ん? ルシラ、ゲームしないのか?」

「先にお手伝いしてくるー」

そして男たちの話し声を背中に聞きながら、ルシラはキッチンへ向かう。



広いキッチンでは、マリアの華麗なる包丁捌きが披露されていた。

大根が一瞬にして花のような形に変わり、シエスタたちから拍手が沸き起こる。

気を良くしたマリアは、今度はニンジンに手を加えて犬のような可愛らしいキャラクターを作り出した。

彼女の前に並べられた様々な“食材の芸術品”を前に、「この技はもはやお金が取れるのでは…」、サラは真面目に呟く。

同じくお金の匂いを嗅ぎつけたシエスタと何やら話し合っており、シディアンはシディアンでマリアに弟子入りを志願していた。

「お願い、マリアさん、その技教えてくれない?」

「いいですけれど…少し危険ですよ?」

カヤはマイペースに魚の煮物を作っている。

ルシラたちが入り込める隙はないのかと窺っていると、「あら、ルシラさん」、マリアがルシラに気がついた。

「何かお母さんたちに用事ですか?」

「あ、ううん、お手伝いにきたんだけど…この時間、いつもしてて…」

「まぁ、そうなのですか」

シディアンが真剣に飾り包丁の練習をしているのを見て、マリアはルシラに笑いかけた。「ではルシラさんも包丁の扱い方を覚えてみますか?」

「まだ包丁を使わせたことはないのですよね?」、とマリアはシエスタとサラにきいた。

「あ、ええ、マイ包丁はあげたけど、指先を使っての包丁の扱い方は教えてないわね。危険だから」、と、シエスタ。

「ですがいざというときはゴッド族のマリア様がいらっしゃいますので、この機会にルシラも包丁技術を学ばせてみては?」

怪我をすれば魔法で回復させれば良い。

サラの言葉はある意味荒いが、しかし確かにゴッド族がいれば安心ではある。

「ルシラさん、どうしますか?」

「やってみたい!!」

ピーちゃんとシャーちゃんを調理台に置いて、ルシラは早速戸棚から子供用のマイ包丁を取ってきた。

「ふふ、ではシディアンさんと一緒にお勉強しましょうか」

「うん!」

酒瓶を収めていたケースを土台に包丁を握り締めるルシラは、見ているだけで非常に微笑ましい。

「何だか娘に初めて包丁を握らせたときのことを思い出しますね」、と、マリア。

「くすくす。本当。あのときのおっかなびっくりしていたニーニアちゃんは本当に可愛かったけど、ルシラちゃんも可愛らしいわね」

シディアンはすっかり“義理の娘”の虜になっており、ルシラの背後に張り付くマリアと共に、熱心にルシラに包丁の扱い方を教えていた。

ピーちゃんは器用に食器を運んだり食材を取ってきたりしていて、シャーちゃんはカヤの卓越した動きをジッと見つめている。

穏やか過ぎる“戦場”は瞬く間に過ぎていき、ルシラが気付いた頃にはシディアンが隣にいなくなっていた。

マリアの丁寧な手ほどきのさらに後ろから、シエスタ、サラ、シディアンのヒソヒソ話が聞こえる。

「とりあえず需要のありそうな方を作ってみようかと思って…」

シディアンはタブレットを手にしており、何かの映像をシエスタとサラに見せている。

「ふむ…なるほど。ここにアレをああするわけですね」

「ええ、そう。問題はこの構造なんだけど…」

「あれ、でもこのままじゃ使いにくそうじゃない?」

三人の声を聞きながらルシラは集中して野菜を切っていたが、いつの間にかマリアの姿もいなくなっていた。

「あれ?」

不思議に思って振り向くと、シエスタたち女性三人の中にマリアも混ざっている。

「これは何なのですか?」

タブレットを覗き込む彼女は純粋な疑問を寄せた。「食べ物…でしょうか」

「あー、これは…なんというか…」

シエスタは珍しく困った表情をしている。

サラとシディアンに顔を寄せ、「ねぇ、ゴッド族の彼女にこのこと説明してもいいものなの?」、と何事か相談していた。

「どう、でしょう…箱庭育ちの方に説明するのは些か躊躇ってしまう部分もあるのですが…」

サラも困惑顔でいたが、「まぁいいんじゃないかしら?」、シディアンは呑気な様子でいった。

「ゴッド族の方が知ったところで罰を受けるようなことじゃないと思うわ。これはひょっとすれば全人類に癒しを与える画期的な商品になるかも知れないんだし」

「なにー?」

包丁の練習を中断し、ルシラまでタブレットを覗き込んできていた。

シエスタとサラは「あ」と声を出すものの、見られてしまっては仕方がない。

「これなにー?」

「これはねぇ…う〜ん、説明が難しいんだけど、凄く強いものよ」

シエスタがそういった。

「つよい?」

ルシラはタブレットに映し出されている画像をまじまじと見る。「長いよ?」

「ええ、長いわね」

「つよいの?」

「人によってはね。強くて面白いアイテムなの」

「へー!」

そこでさらに興味が湧いたルシラは、とうとうきいてしまった。「どうやってつかうの?」

「どうやって使うものなのですか?」

マリアまで目をキラキラさせている。

「分かった。じゃあ包み隠さず説明するわね〜」

シディアンは何故かノリノリで、その商品について細かな説明を始める。

話を聞くうちにマリアの表情はたちまち驚愕に変わっていき、ルシラは始終頭にハテナマークを浮べている。

いつの間に参加していたのかピーちゃんとシャーちゃんも首をかしげているが、背中で会話を聞いていたカヤだけは嘆息した。

「当時じゃ考えられなかったんだが、これも時代かねぇ…」

彼女は肩をすくめるしかなかったようだ。



後の調理は危険だからと、ルシラはキッチンを追い出されてしまった。

時間が勝負の調理らしく、激しい“戦場”になるため見学もできないらしい。

「お庭でもいこうかな。どうする?」

ルシラは両脇に抱えたピーちゃんとシャーちゃんに顔を向ける。

二匹からは「ぴー」と「しゃー」という相変わらずの返事しか聞こえない。

だがルシラには二匹が「どこでもいい」といっているように聞こえ、「じゃぁねぇ…」、思案しながら廊下へ向かう。

新入りのシャーちゃんに部屋の案内をしようかと思ったのだが、廊下の手前の部屋から誰かの話し声が聞こえてきた。

(あの…わ、私…あの…!)

何やら真剣な声がする。

一気に興味が引かれたルシラは、そのまま声がする部屋に入ってみた。

案の定、そこにはシンシアたちがいた。

丸いテーブルを囲んでいた彼女たちはティエリアに視線が注がれており、そのティエリアは真っ赤な顔のまま俯いている。

足の上に置かれた手を握り締めつつ、彼女は続けた。「あの…わ、私…実は、昨日…」

何を告白するんだろうと不思議そうなシンシアとニーニアの視線を受けつつ、彼女はいう。「ね、眠っているダインさんに、その…き…き…」

「き?」

「き…キス…というものを…その…し、してしまい、まして…」

ティエリアは今朝から後ろめたさを感じずにはいられなかったのだ。

早朝ダインを見送った後も、シンシアたちと一緒にシアレイヴン討伐の映像を見ている間も、ダインとキスしたことが頭から離れなかった。

あれは夢だったのではないかと思うこともあったのだが、あの時の感触は未だにはっきりと残っている。

ダインに接吻してしまった。その事実はティエリアの頭の中の大半を占めており、それはやがて同じ気持ちでいるシンシアとニーニアに対する罪悪感へと変わっていった。

真面目な彼女だからこそ、このことはさすがに黙っているわけにもいかず告白してしまったのだ。

「あの…ですから…その…」

怒るだろうか。この関係が壊れてしまうのではないか。

恐怖心に苛まれていたティエリアだが、しばし固まっていたシンシアから発せられたのは、

「あ〜、とうとうやっちゃいましたか…」、という、仕方ないというような声だった。

「二人きりになれば我慢できないよねぇ…」

あはは、と頬をかきながら笑うシンシアの隣で、ニーニアはしきりに頷いている。

「せ、先輩の気持ちは分かりますから…」

どうやらティエリアを責めている気持ちは微塵もないらしい。

同じ気持ちを共有しているからこそ、ティエリアの我慢できないという心情も理解できているようだった。

「だ、ダインさんの寝顔を見ているうちに無意識で…す、すみません…」

とティエリアがいうと、「謝ることじゃないです」、とニーニアはいってくれた。

申し訳なさで胸がいっぱいのティエリアを二人が慰めている光景を眺めつつ、状況をよく飲み込めてないルシラは彼女たちの間に割り込んだ。

「ちゅーはいけないことなの?」

と、疑問を寄こした。

「え?」

気付かぬうちにルシラが来ていたことにびっくりしつつも、彼女たちははっとしたようにルシラを見る。

「ちゅーはわるいことなの?」

シンシアたちに向け、ルシラは純粋な眼差しと共に疑問を繰り返した。キスという行為は知っているが、それでどうしてティエリアは神妙な面持ちでいるのか。単純に分からなかったのだろう。

「ううん、別に悪いことじゃないんだけどね」

自分の足によじ登ろうとするピーちゃんをサポートしつつ、シンシアは答えた。「私たちぐらいの年になるとね、その行為がどれほど大切で大事なものか、分かってきちゃうんだよ」

「そうなの?」

「うん。ルシラちゃんぐらいだと、シエスタおば様とかジーグおじ様とかサラさんとか、大好きな人たちにも抵抗なくできると思うけど」

「ふ〜ん」

返事をするものの、ルシラはいまいちピンと来てなさそうな表情だ。

「じゃ、じゃあ例えばだけど、ルシラちゃん」

シャーちゃんを抱っこしつつ、ニーニアはきいた。「ダイン君とはキスできる?」

「え?」、ルシラが固まった。

「どうかな?」

静止したルシラの脳裏に、ダインとキスするシーンが浮かんでくる。

天才気質で知識を沢山身につけた彼女だが、まだまだ夢見がちな少女なのだ。

ルシラの表情は途端に深紅に染め上がっていき、俯いてしまった。

「は…恥ずかしい、かも…?」

胸の奥が早鐘を打ち始める。ダインと直面したときと同じ状態に陥り、そんなルシラを見て、「そう、それだよ!」、我が意を得たりと、シンシアが声を上げた。

「特に大好きな人とするのは、また違った意味があると思うんだ」

「そ、そうなんだ」

「どの種族にとっても同じかどうかは分からないけど、私たちの間では特別だと感じちゃうんだよ」

特別なキスというものを少なからず理解したルシラは、そのままティエリアに顔を向けた。

「てぃえりあちゃんは、だいんときすしちゃったの?」

ティエリアはハッとして顔をあげ、「は、はい」、またすぐに俯いてしまう。

「す、すみません。ルシラさんにも黙ってあのようなことを…」

彼女たちの気持ちも分かっているから、ティエリアは抜け駆けしていたような罪悪感があったのだ。

重ねて謝るティエリアだが、「ま、まぁ、私たちはキス以上にすごいことをしていますから…」、フォローなのか何なのか、ニーニアが笑っていった。

「ヴァンプ族にとっては、キスよりも吸魔行為の方こそが重要視されているそうですから…」

キスは肉体的なものだが、吸魔は肉体と精神が絡まり合うもの。キス以上にいやらしいことをしているというニーニアの話は、ヴァンプ族には共通認識でいることだった。

「だから、私たちはみんな、その…ダイン君と精神的にキスしているようなものですから…」

ニーニアまで顔を真っ赤にさせていく。彼女もダインとキスしているシーンを妄想してしまっているのかもしれない。

「あ、で、でも、一つだけ質問、いいですか?」

真っ赤なまま、ニーニアはティエリアに顔を向けた。「キスより先のことは…」

「さ、先?」

何のことか分からないティエリアに、「あ、えと、その、き、キスのあとに…その…か、身体を触って、は、裸になって…」、さすがにそれ以上はいえなくなったのか、ニーニアは押し黙ってしまう。

しかしティエリアには先の話が分かったようで、「い、いいいいえ!! そ、そのようなことは、決して…!!」、思わず立ち上がろうとした。

が、すぐに勢いがなくなって座りなおしてしまう。

「その…じ、実をいいますと、その後のことがまったく記憶になくて…」

「記憶にない…?」、と、シンシア。

「そ、その瞬間のことまでは覚えているのですが、突然全身の力が抜けるような感覚に襲われまして…そのまま意識が…」

吸魔に似た感覚だった、と続けるティエリア。

その後に見た“不思議な夢”のことも話そうかと思っていると、「あ、そういえばシエスタおば様から聞いたことがあります」、とシンシアがいった。

「ヴァンプ族の唇は第二の触手だって」

「しょ、触手?」、と、ニーニア。

「なんかね、手と手が触れ合う以上に、一瞬で骨抜きにされるんだって。昔はキスをして無抵抗にさせてから吸魔行為に移ることもあったみたい」

ティエリアとニーニアにとってはなかなかに衝撃的な話だったらしい。ダインにされたらと想像してしまったのか、また顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。

「きす…」

ルシラはテーブルの一点を見つめたまま固まっている。

「どうしたの?」

シンシアが尋ねると、「もしかしたら…るしらも、やっちゃったかも…」、と彼女はいった。

「やっちゃった?」

「う、うん。だいんときす…」

ルシラが呟くようにいったとき、「えっ!?」とシンシアたちは弾かれたようにルシラを見た。

「るしら、前からだいんに力をもらってるみたいだから…」

確かになくはない話だと、シンシアたちは思った。

ルシラはほぼ毎日ダインの寝室にもぐりこんでいた。

初対面のときから、ルシラはダインのことが大好きだと公言していたのだ。そんな彼女が衝動的に寝ているダインに襲い掛かっていたというのは、ごく自然なことではないか。

「ど、どどどうしよう、だいんに謝った方がいいのかな…?」

急に慌てるルシラに、「だ、黙ったままでいるのは確かに悪いことかもしれませんし…」ティエリアも同調する。

「ま、まぁまぁ、別にわざわざ伝えることでもないと思いますよ」

そういって二人をなだめたのはシンシアだ。「ダイン君は戸惑うだけだろうし」

「で、ですがお二人に申し訳なくて…」

「いえ、大丈夫です」

シンシアははっきりとした口調でいった。「全員が“経験者”になれば、みんな同じになれます」

「ど、どういうことで…?」

「私たちは運命共同体。何をするにも一緒なんですから」

そこでシンシアの言わんとしてることが伝わったのか、ニーニアは真っ赤になってしまった。

「うんめーきょーどーたい?」

ルシラは首をかしげている。

「ルシラちゃんもたったいま仲間になったよ」

大人しくしていたピーちゃんはいつの間にか体を丸めて眠っており、その背中を撫でながらシンシアは笑った。

「私たちの理想を叶えるために結成された同盟。きっとルシラちゃんにとってもいい話だと思う」

「りそーって?」

「それはね…」

シンシアが説明しようとしたとき、ドアからノックする音が聞こえてドアが開かれた。

「お、みんないるな」

顔を出したのはダインだった。まさかの登場人物に、シンシアたちは思わず「うひょっ!?」と妙な声を上げてしまう。

「ん? どうした?」

「う、ううん」

動揺を抑えながら用向きを尋ねるシンシアに、ダインは自身の携帯を見せてきた。

「珍しい奴から連絡がきてさ、みんなで話そうかと思って」

「珍しい奴?」

「ラフィンだよ」

ダインはいった。「明日のことで話したいことがあるって。みんなにも聞いてもらいたいってさ」

「明日のこと…?」

明日は学校がある。わざわざラフィンが連絡してきた理由とは何なのだろうか。

「下級生には秘匿する慣わしがあるそうなんだけど、それどころじゃなさそうでな」

「え、ど、どういうこと?」

予想外の話に困惑するニーニア。

「明日はセブンリンクスの一大行事が行われるらしい。だろ?」、とダインが尋ねたのは、ティエリアだった。

「え…ま、まさかそれは、セブンリンクス最大のイベント…」

目を大きくさせていくティエリアに、ダインは頷いてみせる。

「ああ。“奇襲戦”だ」

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