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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百二節、進展あり

ダインの帰りを待つため、カールセン邸にシンシアたちが到着したのは昼前の時間であった。

いま「お帰りなさいませ」というサラの案内を受けリビングにやってきたのだが、その光景を目の当たりにした彼女たちは思わず動きを止めてしまう。

「あら、お帰りなさい」

リビングのテーブルには、つい数十分前まで自分たちを見送ってくれていたはずの、ティエリアの母…マリアがいた。

こちらを振り向き笑いかけてくる彼女の奥には、グラスを手にしたジーグと、ティエリアの父…ゴディアがいる。

「いやぁ、いいのかなぁ? 何だか悪いねぇ、こんな時間からお酒なんて」

彼らは昼前という時間から酒盛りをしているようだった。

「な…な…」

目をまん丸にしていたティエリアは全身を震わせている。「ど、どうしてパパ様とママ様が!?」

ティエリアは驚愕しかない。それもそのはず、彼らが下界に下りてくるなんて、いままで一度たりともなかったはずなのだから。

「そ、そのように勝手な…いいのですか? 下界の方々とは必要以上に交流を持ってはならないというソフィル様のお触れがあったのでは…」

懸念を口にするティエリアに、「もちろん承諾済みですよ」マリアがそういった。

「娘はダインさんだけでなく、そのご親族の方々にも沢山お世話になっているのですから。ご挨拶の旨を申告しましたら、快諾してくださいました」

「い、いつの間にそのようなお話を…」

ティエリアがまだ状況を飲み込めないでいると、「かんぱーい!」、ジーグとゴディアはグラスを掲げていた。

「はっはっは! いやぁ、いいねぇ、楽しいねぇ。もっと早くから挨拶に伺うべきだったよ」

本当に楽しそうにワイングラスを傾けるゴディアに、ジーグも笑顔で付き合っている。

「その豪快な飲み方、なかなかの御仁とお見受けした。お土産にと持参していただいた酒もなかなかの銘柄のようだし、今日はとことん飲み明かそうではないか」

「もちろんだよ! ゲームも持ってきているし、みんなで遊ぼう!!」

「ぱ、パパ様、あまり羽目を外しすぎないでください!」

そう注意しているところで、キッチンからシエスタがやってきた。持っているトレイには沢山の料理が乗せられている。

「お帰りなさい、ちょっと待っててね。もう少しでお昼ご飯ができるから」

呆然と立ち尽くすシンシアたちに笑いかける彼女の後ろから、ピーちゃんがついてきた。

その小さな頭には料理の乗った皿があって、器用にバランスをとりながらとてとてと歩いている。

シエスタが礼をいいながらその皿を取って、テーブルの上に並べていった。

「ピィピィ!!」

そしてティエリアたちに向かって翼をはためかせているピーちゃん。どうやら挨拶しているようだ。

「あ、お、おはようございます」

とりあえずティエリアがお辞儀し、「ただいまー!」シンシアは元気よくいいながら、ピーちゃんを抱き上げる。

「お三方、お荷物をお預かりいたします」

彼女たちから荷物を受け取り、サラは客室へと歩いていった。

「さて…次はマリアさんとゴディアさんの舌に合うお料理を作ってみましょうかね」

気合を入れなおすシエスタに、マリアが申し訳なさそうな視線を送る。

「シエスタさん、やはり私もお手伝いしたいのですが…」

椅子にかけてはいるが、どこかそわそわしている。「突然押しかけてご迷惑をおかけしてしまいましたし…」

「確かに驚きはしたけど、ティエリアちゃんのご両親なら大歓迎よ」

シエスタは笑っていった。「元より今日は沢山料理を作るつもりだったんだし、ちょうどいいぐらいよ」

「そう、ですか? ですけど…」

何かいいかけたマリアを、「あ、分かった」とシエスタが遮る。

「ひょっとして、下界の料理というものに興味が?」

ニヤッとしながら尋ねると、図星だったのかマリアは小さく舌を出して笑った。

「実をいいますと、昨日シンシアさんとニーニアさんに作っていただいたお料理が大変美味しくて…」

マリアが正直に打ち明ける。

「さすがティエリアちゃんのお母さんね。お料理好きはあなたの影響のようね」

じゃあ行きましょう、とシエスタがいうと、マリアは「はいっ!」と飛ぶ勢いで椅子から立ち上がり、キッチンへ歩いていった。

「な、何だかすごい賑やかだね…」

ニーニアがぽつりという。

「これからもっと賑やかになりますよ」

いつの間に戻ってきたのか、サラがいった。

「あれ、そういえばルシラちゃんは?」

もう一人可愛らしい登場人物がいないことに、シンシアは疑問を抱く。

「ルシラでしたらそろそろ…」

そのとき、玄関の方から『帰ったよー!』というルシラの大きな声がした。

「ああ、帰ってきましたね」

サラが出迎えに行く。

またすぐに戻ってきたのだが…リビングに姿を見せたのはルシラだけではなかった。

「えっ!?」

驚愕の声を上げたのはニーニアだ。

いや、彼女だけではなく、シンシアもティエリアもまたさらに目を丸くさせている。

「ただいまー!」

そう笑顔で挨拶するルシラの後ろから続々とやってきたのは、ニーニアの親族たち。

ペリドア、シディアン夫妻に、ギベイル、カヤ夫妻。

「まぁまぁ、今日も大所帯ね〜」

シディアンは笑いながら袖を捲くっている。「やる気が出てきたわ。ほら、お母さんも行きましょう」

「やれやれ、いつになったらゆっくりできるんだろうねぇ。老人はいたわるものだろうに」

文句を垂れながらもまんざらでもなさそうなカヤと共に、二人はキッチンへ向かっていく。

未だに状況がまったく飲み込めないシンシアたち。

ようやく口を開けそうになったとき、

「あ、あれ!? あなた方は…!?」

奥のテーブルで酒盛りをしていたゴディアが声を上げた。

グラスを置き、駆け足で近づいてくる。

「も、もしかして…もしかしてあなた方は、かの有名なリステニア工房の方々!?」

ゴディアの目は大きく開かれている。

「ふむ? そうであるが、君は…」、と、ギベイル。

「やや、これは失敬! 私はしがないゴッド族だけど、無類のゲーム好きでね」

ゴディアは興奮した面持ちだ。「アルティメットボックス…通称アルボというゲーム機をリステニア工房の方々が作ったと聞いて、開発者の方に一度でいいからお目にかかりたかったんだ」

「ああ、アレか。アレは確かに開発に苦労したな」

懐かしむような表情になったギベイルは、長い顎鬚を触りながら天井を見上げる。「仮想現実をいかにリアルなものに近づけるか。プログラムにとにかく苦心した思い出がある」

なぁ、と同意を求めたのは、隣にいたペリドアだ。

「とにかく性能を追求し、かつ部品の細部にわたってコストダウンを突き詰めた機体でしたからね」

開発秘話を語りだす二人の話に、ゴディアは興味津々に耳を傾けている。

「まぁまぁ、積もる話は酒でも飲みながらしようではないか」

ジーグが男三人を宴席に招き、真昼間だというのに宴会が始まった。

大人の男たちからは乾杯の声が聞こえ、キッチンからは楽しげな笑い声がする。

「も、もう、何が何だか…」そう話すシンシアだけでなく、ニーニアもティエリアも困惑するばかりだ。

「人がたくさんだね!」

ルシラがいい、シンシアの腕の中にいたピーちゃんが彼女の頭に飛び乗った。

「あれ? だいんは?」

リビングの面々を見回し、ルシラは不思議そうな顔になる。

「ああ、うん、ダイン君だったらそろそろ…」

シンシアが話している途中、「ピィピィ!!」、ピーちゃんが騒ぎ始めた。

「あっ!?」

ルシラもピクリと反応して玄関がある方向を見る。「だいんだ!!」

駆け出していくルシラに、困惑しつつもシンシアたちもついていく。

「おかえりだいん!!」

玄関には確かにダインが帰ってきていた。

「あ、ああ、ただいま…」

挨拶を返すダインは、自分の足元を見て首をかしげている。

「今日何か特別なことでもあったっけ?」

玄関にやたらある靴の数に、彼も驚いているようだ。

「たまたまみなさんお集まりいただけただけですよ」

サラも出迎えてきて、「それよりお疲れ様でした。いかがでしたか?」、と、“アルバイト”の感触を尋ねた。

「ん〜まぁ色々あったけど。みんないるんだったらそこで話すよ」

ダインが靴を脱ぎスリッパに履き替えているところで、

「ピィ!」

ルシラの頭からピーちゃんが地面に降りた。

「ピィピィピィ!!!」

そしてダインに向かって何度も鳴き声を上げている。

翼を大きく何度もはためかせており、挨拶しているというよりは何かを必死に訴えかけているようだ。

「ピーちゃん、どうしたのかな?」

少し普段とは違う様子に、シンシアたちは不思議そうな表情だ。

「ああ、そういえば、シアレイヴンを討伐したのでしたら、収穫のほどは…」

サラが尋ねた瞬間、ダインの腹部辺りのシャツが突然もぞもぞと蠢き始める。

「えっ!?」

思わずギョッとするシンシアたち。

ピーちゃんはダインの腹部に向けて何度も鳴き声を浴びせており、「お、起きたか」、ダインはそういいながらシャツの襟元を引っ張った。

そこから何かが顔を覗かせてくる。

「ピィッ!!!」

ピーちゃんはまた叫び、シンシアたちの顔も驚愕に染め上がる。

シャツの襟から顔を出していた“彼”は、自分を見つめる面々を見回し、最後にピーちゃんの姿を確認した。

そして…、

「シャー!!」

口を開け、そこから空気の抜けたような鳴き声が発せられた。

「お、おおおおおおお!!!」

ピーちゃんと似た容姿のドラゴンを確認し、ルシラが声を上げる。

「かわいー! かわいーよ!!」

ダインに両手を伸ばしてくるルシラに、ダインは服の中に忍ばせていた“彼”を取り出して手渡した。

「シャー! シャー!!」

ルシラが胸に抱いても、“彼”は何度も鳴き声を発している。

その声は威嚇しているように聞こえなくもないが、ピーちゃん同様その爬虫類系の表情は心なしか穏やかに見える。

「ほ、ほんとに可愛いね! ルシラちゃん、次私ね!」

シンシアたちもすぐにドラゴンを抱っこするルシラを取り囲み始める。

「一応そいつも七竜の一つなんだけどな」

ダインは笑いながらいって、足元で興奮した様子のピーちゃんを拾い上げ、「残骸も回収できたよ」、そのままサラに顔を向けた。

「みんな揃ってるんだったら、ギベイル爺さんもいるんだよな?」

「ええ、ちょうど先ほど来られました。ティエリア様のご両親もいらっしゃいます」

「先輩の? そりゃまた何で」

「お世話になっているご挨拶にとお越しになられたそうです」

そうサラが説明すると、「す、すみません、突然押しかけてしまったようで…」、ティエリアは二人に向かって頭を下げた。

「せめて私に一言ぐらいいってくれても良かったのですが…」

マイペースな両親に不満を募らせる彼女に、「あの二人ならむしろ大歓迎だよ」、ダインは笑って彼女の頭を撫でた。

「挨拶っていうのは下界に下りたかった口実なだけかもしれないし、あの人らが楽しそうなら俺も嬉しいよ」

「あ…そ、そそ、そう、ですか…」

俯くティエリアの顔が見る間に赤くなっていく。

何だか朝から彼女のリアクションがおかしい。軽く触れただけで真っ赤になる。

一瞬疑問に思ったダインだが、その原因については薄々思い当たる節はある。

何しろ起きたときからティエリアの聖力を体内にはっきりと感じていたのだ。

きっと寝ぼけた拍子に、“また”彼女に襲い掛かってしまったのだろう。それも聖力の強さからして、相当量の力を吸い取ってしまったのかもしれない。

無意識下ではあるが、自分の節操のなさには甚だ呆れるばかりだ。が、シンシアたちのいる前で謝るわけにもいかない。

二人きりになったときを見計らって謝ろうと思いつつ、「そういや」、再びサラに顔を向ける。

「昨日は親もルシラもニーニアの家に行ってたんだろ? 何の用だったんだ?」

単純に気になっていたのできいた。「サラも知ってるんだろ?」

「話すと長くなるので、要点だけをお伝えしますと…」

サラは淡々と話す。「昨日、このお屋敷にガーゴから投書がありました」

「投書?」

「ええ。あなた方カールセン家が迷子を預かっているとの情報が寄せられたので、こちら…ガーゴ側で親探しをしたいと」

その話は、ダインたちにとっては衝撃的な内容だった。

「ば、バレたのか?」

ダインだけでなくシンシアたちにも緊張が走る。

ルシラの存在はガーゴにだけはひた隠しにしていたはずなのだ。

「村の外に何かしらの探索魔法が仕掛けられてあったのでしょう。転移魔法を使ったあの瞬間に、察知されたようです」

先週のことだ。暴走したニーニアがルシラを自分の部屋に連れて来た、あの瞬間のことだろう。

「ま、まずいんじゃないのか?」

「ご、ごめんなさい、私が余計なことを…!」

ダインたちは慌てふためくが、「ご安心を」、サラは相変わらず冷静な表情でいった。

「ルシラの親問題については解決いたしました」

これにはシンシアたちから「えっ!?」という声が上がる。

「まさか見つかったのか!?」

興奮気味にダインが尋ねるが、「いえ」、サラは首を横に振る。

そして何故かニーニアに優しい笑顔を向け、彼女は…

「ルシラは、ニーニア様の妹になられました」

と、訳の分からないことをいった。

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