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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百節、ヒューマ・モンスター

その村は凄まじい荒れ具合だった。

激しい暴風によって家は数件が吹き飛ばされ、中にあったテーブルや食器が竜巻に巻き上げられ、そのまま砕け散っていく。

「きゃあああああぁぁぁぁ!!!」

木に掴まっていた女性は飛ばされないようにと必死に踏ん張っているが、地面から足が浮いてしまい、まるで布切れのように体が煽られはじめた。

ダインはまずその女性を助けることにして、跳躍しつつ女性の胴体を抱え、竜巻の届かない場所へ避難させた。

「怪我はないっすか?」

「あ、ありがとう…」

女性はお礼をいうものの、ダインを不思議そうに見つめている。「あの、あなたは…」

「通りすがりのもんだ」

軽く答えたダインは、村の惨状を眺めつつ「他に村の人はいるのか?」と女性にきいた。

「何人かは逃げられたようだけど、まだ沢山中にいるはず」

「大体の人数は分かるか?」

「三十人ぐらい…」

「自力脱出が困難な人はいるのか?」

「えと…持病を持った人やご年配の方を収容した療養施設が近くにあって、そこの人たちは脱出は無理かも…十五人ぐらいいたはずよ」

確かに森の中に真っ白な建物が見える。石造りのようだがその建物すら竜巻は破壊しているようで、中から次々と人が逃げ出していくのが見える。

「ちょっと多いな…」

救出だけでなく脱出ルートの確保のことまで考えると、さすがにダイン一人の手に負えそうにない。

そのとき、考え込んでいた女性が「あっ」と声を出した。

「オーレラインというお爺ちゃんなら、転送魔法使えるし村の人を脱出させることができるかも…!」

「どこにいる?」

「あの古びた家屋に…あっ!?」

奥の建物を指差した瞬間、女性の顔は驚きに変わる。

その建物の上空から、風に飛ばされた巨大な岩石が落ちていくのが見えた。

ダインはすぐさま駆け出し、地面を蹴って大きく跳躍する。

荒れ狂う暴風を突っ切りながらその岩石を掴み、何もない遠くへ投げ捨てた。

そしてすぐにその古びた民家の中に入り、「オーレラインさん、いるか!?」、大声で呼びかける。

するとみしみしと軋む家屋の中から、「な、何だね…?」、薄暗い部屋の中からか細い声がした。

その老人は腰を抜かしていたのか、柱の側でへたり込んでいた。顔は恐怖で引きつっている。

「転送魔法使えるんすよね? みんなを安全な場所に送り届けて欲しいんすけど」

いまにも家が崩れそうなので早口で伝えるが、

「そ、そうしたいのは山々なんだが…」

その老人は自分の足元を見つめた。「この通りでな…」

元々足がそれほど良くない人なのか、立ち上がることも動くこともできないようだ。

「失礼します」

ダインはそういってオーレラインの小柄な体を慎重に抱き上げる。

「脱出します。貴重品は持ちました?」

一応尋ねてみると、「あ、ああ、うむ。財布と保険証はこの通りだ」、巾着袋とカード、それにお薬手帳を見せてきた。

「はは。しっかりしてるっすね」

緊迫した状況だがダインは笑って見せ、そのまま家から外に飛び出した。

背後から家が崩れる音を聞きながら嵐の中を駆け抜け、先ほど女性を避難させていた場所で彼を降ろす。

「ここで待っててください。村の人たちを連れてきますんで」

「わ、分かった」

オーレラインは女性の介抱を受けながら頷くものの、「しかし君一人で大丈夫なのか?」、名も知らぬ若者のことを心配そうに見上げている。

「ま、やれるだけのことはやってみます」

そう答えるダインに、やはり彼らは心配しかなかったのだろう。

だがその数分後、老人と女性は心配げな表情から驚愕のそれへと移り変わる。

荒れ放題の暴風の最中だったにも関わらず、ダインは大嵐の中を縦横無尽に駆け回っていたのだ。

木が飛んできてはそれを掴んで別の方向へ投げ飛ばし、複数の岩石が逃げ惑う村人に降り注いできてはそれを拳で粉砕する。

十分はかからなかったかもしれない。村の大半の人たちが、ダインの手によって安全地帯へ運ばれていたのだ。

「き、君は一体何者なんだ…?」

オーレラインは驚きの表情のまま、新たに数人の村人を抱えてやってきたダインを見ている。

「単なる付き添いですよ」

ダインは笑いながら答えた。「七竜討伐隊とかいう、名ばかりのろくでもない連中の、ね」

それよりも爺さん、と、連れて来た彼らに安全な場所へ送り届けるよう依頼する。

「あ、ああ、うむ」

若い男性たちに向けて転送魔法を詠唱するオーレライン。

「まったく困ったものだよ。これからどうすればいいんだ…」

光に包まれながらも、彼らは村の惨状に嘆いているようだ。

「スフィリア女王…っすか? 何かその人が補填か何かやってくれるらしいので、詳しいことは役所にいけば分かると思いますよ」

ダインがそう伝えると、「そうか。やれやれ、朝から嫌な気分だよ」呑気そうな台詞だが納得のいかなさそうな彼らは、そのまま光と共に姿が消えた。

「まぁ確かに災難だよな…」

とそのとき、彼らがいた場所に“何か”があったのを見つけ、「ん?」と声を出してしまう。

そこには黒いもやのようなものがあった。まるで煙のように漂っていたそれは、徐々に上空へ浮かび上がっていき風とは真逆の方向へ流れていく。

「…なんだ?」

不可思議な現象に、オーレラインに詳細を求めようとしたが、

「わああああああぁぁぁぁッ!?」

近くから甲高い悲鳴が聞こえ、動きが止まった。

再び村の方を見ると、小さな男の子が嵐に巻き込まれている。

「ああ!! ジェンタ! ジェンタ…!!」

軒下にいた女性は男の子に向かって必死に手を伸ばしている。親子だろうか。

「ちっ…! まだいたのか…!!」

ダインは舌打ちしつつすぐに駆け出す。

宙に浮いていた男の子は跳躍しどうにか救出できたが、眼下では母と見られる女性に巨木が倒れ掛かっているのが見えた。

「くそっ…!!」

ダインが“打撃”を放とうとした、そのとき━━どこからか二人の男がやってきた。

一人の男は女性の前に立ちバリアを張り巡らせ、もう一人の男は女性に駆け寄って彼女に回復魔法を使っている。

「ロドニー警部、確保しました!」

「分かった!!」

ロドニーはバリアを解き、迫ってきた大木に向けて巨大な光の矢を放つ。

その矢にはバインド魔法の鎖が繋がれてあって、彼はそれを力いっぱいに振り回した。

「う、おおおおおおおぉぉぉぉッ!!!」

次々と降りかかってくる木や岩をどうにか打ち落とし、風の勢いが止んだところで一息つく。

「はぁ、はぁ…だ、大丈夫、ですか…?」

「え、ええ、でもジェンタが…ジェンタが竜巻に巻き込まれて…!!」

半泣きで訴える女性の下へ、

「ママ!!」

ダインから飛び降りた男の子が走ってきた。

「ああっ! ジェンタ!!」

再会した二人はひっしと抱き合う。

ダインも歩いてやってきて、その場にいたロドニーとクレスと視線を交わす。

「あと何人いる?」

ダインが口を開く前に、ロドニーがきいてきた。「逃げ遅れた人はまだいるんだろう?」

「大方助けられたとは思うんすけど、全員助け出せたかどうかはわかんないっすね」

ダインがそう答えたところで、二人は彼に背を向けた。

「その親子のことは頼む。他にいないか探してくる」

と、彼らは嵐に立ち向かうように駆け出していった。

しばし呆気に取られていたダインであったが、やがて口の端に笑みを結び、「なんだ、やっぱガーゴの中にもマシな人はいるじゃん」、そういった。

「立てます?」

「あ、は、はい」

立ち上がった女性とその子供を連れ、オーレラインのいるところまで小走りで向かう。

「おお、レシリア嬢ちゃん、無事だったか!!」

どうやら知り合いだったのか、親子二人を見るなり、彼は喜びの声を上げた。

「待っておれ、いま転送魔法で実家の方に送り届けて…」

「あ、ま、待ってください」

そういって、彼女はダインの方を向く。

「あの、息子のことまでありがとうございました!」

と、大きく頭を下げてきた。「このご恩は一生忘れません!」

どうやら義理堅い人だったようで、「いや、大げさすぎますよ」、ダインは笑って手を振る。

「俺のことはいいので…」

と続けた途中、男の子のお腹からグゥと音が鳴った。

「おなか減った…」

男の子は腹を押さえている。そういえばいまは朝の時間帯だ。恐らく朝食を食べている途中にこの災難に見舞われたのだろう。

「ちょっと待ってろ」

ダインは笑っていい、懐に忍ばせていた銀紙に包まれた物を彼に差し出す。

「とびきりうまい握り飯だ。これやるよ」

「え、い、いいの?」

「ああ」

それは今朝方、ティエリアが丹精込めて作ってくれたおにぎりだ。

ドラゴン討伐が長期化するかも知れないと思い、ダインのためにと握ってくれた。

見送るときまでやたら真っ赤だったティエリアの顔を思い出しつつ、「ちゃんと味わって食べてくれな?」、男の子の頭を撫でながらダインはいった。

「何から何まで…ありがとうございます」

レシリアという女性は重ねてダインにお礼をいった。「あの、お名前をうかがっても…」

「名乗るほどのものじゃないっすよ」

ダインは手を振るものの、「でもそれじゃ、アライン家の名が…」、女性は食い下がろうとする。

「はは、いいですって。いまは自分と子供のことだけを考えてください」

ダインは笑いかけてから、「爺さん」、オーレラインに目配せした。

「ああ、うむ」

オーレラインはすぐさま詠唱を始め、申し訳なさそうな母と早速おにぎりにがっついている息子が魔法陣の光で包まれていく。

「お礼は必ず…!」

「んまーー!!」

そして二人の姿は眩い光と共に消えた。

ダインは振っていた手を下ろしつつ、「…ん?」、と首を傾げてしまう。

「アライン家…アライン…」

どこかで聞いたような気がする。

記憶を辿っているところで、「ふむ、これで全部かな」、オーレラインが息を吐きつついった。

「あ、全員救出できました?」

「ああ。村人の顔は全て記憶している。漏れはないはずだ」

「良かった」

村は滅茶苦茶になってしまったが、けが人もいないようだと聞いてホッとした。

「君のおかげだな」

オーレラインも感謝の言葉を述べてくるが、「いや、尽力してくれたのはまだ二人いますよ」、とダインはいった。

「ほう?」

「ま、細かいことはいいっす。この惨状はガーゴ側に責任があるっぽいし…」

遠くではまだドラゴンが空中に停滞したまま暴れまわっている。

あちこちで新たに竜巻が発生し、あらゆるものを巻き込んでいるようだ。

「俺たちもそろそろ引き上げますんで、爺さんも…」

「ああ。では失礼するよ」

オーレラインは笑顔を残しつつ、自身に転移魔法を使い姿を消した。

彼をしっかり見送ってから、未だ竜巻に荒らされている村の方を振り返る。

「あの二人はどこにいるかな…っと」

呟きつつ走り出し、嵐の中に足を踏み入れる。

案の定、ロドニーとクレスは巨大な竜巻に巻き込まれていた。

「うおおおおおおおおぉぉぉ!!!」

「うわああああああぁあぁぁぁぁ!!!」

二人とも必死に木や岩に掴まってはいるが、全身が浮いていて、まるで旗が激しくはためいているようだ。

その姿にダインは思わず笑ってしまいながら、手に持っていた何かの部品だろう鉄の板を思い切り仰ぐ。

(ブォッ…!!)

彼の一かきによって巨大な突風が発生し、竜巻とぶつかり合って相殺された。

風が止んだ瞬間二人の体は落ちていき、地面に体を打ち付ける。

「ぐえっ!」

悲鳴を上げる彼らの元へ、ダインは小走りで駆け寄った。

「はぁ、はぁ…い、いまのはさすがに…やばかった…」

息も絶え絶えな二人に、「大丈夫っすか」、ダインは笑顔で声をかけた。

「あ、ああ。見た限り、逃げ遅れた村人はいなかったよ…」、と、クレス。

「村長っぽい人も、全員救出できたっていってました」

「そうか…良かった…」

再び嘆息しながら、二人は仰向けに寝転がる。

どちらも疲れきったような表情だが、どこか晴れ晴れとして見える。

「規約違反しちまいましたねぇ」

人としての感情が見えてきた彼らに、ダインはニヤリとした笑みを向ける。「モレスとかいうおっさんに殴られなかったんすか?」

「現場はいまも大混乱だ。それに便乗して抜け出してきた」

答えたのはロドニーだ。「年下の若造に好き放題いわれるのは我慢ならないからな」

ダインをチラリと見るものの、自嘲気味に笑う。「まぁ、結局ここでも我々はあまり出番がなかったようだが…」

「いや、さすが“頼れる大人”っすよ」

ダインは笑って二人の手を掴み、立ち上がらせた。

「近隣の村はここぐらいしかないらしいし、戻りましょうか。俺もやることあるし…」

ダインが話してる途中、何かの気配が凄まじい勢いで迫ってくる。

危険を察知したダインは、二人を抱えてその場を飛び退く。

刹那、地鳴り音と共に彼らがいた地面が大きく窪んでいた。

竜巻とは違う風圧波が発生し、「は…?」、何が起きたのか分からないロドニーとクレスの服を揺らす。

クレーターの中心には一人の男がいた。


「ふしゅうううぅぅぅぅ…!!」


フードを深く被った男はダインと同じ格好をしており、ダインにもロドニーたちにも見覚えのある男だった。

「あ、あいつは…ドラゴン対策の切り札じゃないか!?」

そう、その男はジグルだった。

ドラゴンを倒せる唯一の拠り所だった男だが、その仮面の奥にある目には正気が感じられない。

「あーあー、もう滅茶苦茶だな」

嵐によってフードが外れ、その髪は逆立っている。

どうやらドラゴンとの終わらない鍔迫り合いに業を煮やし、暴走状態に入ってしまったのだろう。敵味方の区別がないようだ。

「がぁっ!!」

雄叫びを上げながらダインたちに飛び掛ってくる。

ダインはすぐさまロドニーとクレスごとその場を飛び退く。

空を切ったジグルの攻撃が震動し、辺りに転がっていた大木が粉砕される。

「な、何で俺たちに襲い掛かってきてるんですか!?」

クレスは混乱してロドニーに尋ねるが、「し、知らん!」、ロドニーも詳細を知らされてないらしく首を横に振るしかない。

「クスリの効果っすよ」

ダインはここだけの話だといってから、彼らに真相を伝えた。「ガーゴが作ったらしい怪しげなクスリを服用すれば、誰でもアイツと同等の力を手に入れられるとか。いまのコイツに理性も知性もない」

「ど、どういうことだ?」

ところ構わず暴れだすジグルを横目に、ロドニーは震える声を出す。「クスリ、だと?」

「俺も詳しいことはよく分かんないっすけど、あれがドラゴン対策の切り札らしいっすよ。まぁ、もっとも…」

ジグルの標的が再びこちらに切り替わったのを確認しながら、ダインは続ける。「ご覧の通り、真っ当な力ではないでしょうけどね」

「ぐるあぁッ!!!」

再びジグルが襲い掛かってきた。

瞬時にダインと距離を詰め、拳を突き出してくる。

攻撃を受け流し蹴りもかわしたところで、「そろそろ現場に戻った方がいいんじゃないすか?」、ダインは冷静に二人に声をかけた。

「こっちは何とかしますんで」

「な、何とかって…ドラゴンを一人で相手取る奴だぞ!?」

「みたいっすね。まぁでも、大丈夫っす」

ダインの短い台詞に根拠が感じられないのも当然で、「し、しかしだな…」、ロドニーもクレスも戸惑っている。

しかしいちいち説明してる暇もなさそうだったので、「いいから早く」ダインはそういって彼らを急かした。

「このままだと巻き添えくらっちまいますよ」

何か助けにならないかと二人は考えていたようだが、ジグルとダインの目まぐるしい攻防を見て、足手まといだと直感した。

「す、すまん…!」

クレスを引きつれ、ロドニーは大慌てで駆け出していく。

「グオオオオオオォォォォ!!!」

ターゲットがダインに絞られ、ジグルの攻撃はさらに激しくなった。

繰り出してきた拳を避け、とび蹴りをかわし、ついでに転がっていた大木を投げつける。

ジグルはその大木に拳を打ちつけ粉砕させるが、彼の視界にはダインが投げてきたモノで満たされていた。

壊れて使い物にならない家具、欠けたブロンズ像に屋根、ハシゴ、鍋に風呂桶に鉄アレイ。

さすがに村のものを延々と投げると怒られると思い大量の岩石を放り投げたが、ジグルはその全てを一撃で粉砕していた。

そして再びダインの目の前まで瞬時に移動し、高速の連打を打ってくる。

周囲に発生している竜巻と同じぐらいの風のうねりが出来上がるが、ダインは彼以上に素早く動いて攻撃をかわしていた。

「ガアァッ!!」

振り下ろしてきた拳を避けると、その風圧によって地面にヒビが入る。

「グオッ!!!」

回し蹴りを膝で受け止めると、衝突の衝撃波で周囲の木の葉が全て散った。

その勢いたるや凄まじいの一言に尽き、ジグルが攻撃し、ダインが避けるなり受け止めるなりするたびに、周囲の地形が変形してしまっていたのだ。

半壊した家々がさらに崩れていき、転がっていた大木や岩石は粉々になっていく。

「グルアアアアアアアァァァァァ!!!」

完全に暴走状態になっていたジグルは、もはや人語すら喋れなくなっている。

「まるで獣だな」

ダインが呟いた瞬間、彼の背後に回りこんでいたジグルは振り上げていた拳を思い切り下ろす。

ダインは頭上で両腕をクロスし、そこにジグルの拳がぶつかった。

攻撃を受け止めた衝撃が再び周囲に波及し、ダインの足元が大きくへこむ。

「ッガアアアアアアアアアァァァァァ!!」

体ごと振り返った瞬間、ジグルの拳が顔面に迫ってきていた。

ダインは咄嗟にその拳を手のひらで受け止める。

パァンッという大きな音がして、彼らに迫っていた竜巻が一瞬で消えた。

「ッギィ!!」

ジグルはもう片方の手でパンチを放ってきたが、ダインはその拳も受け止める。

手のひらごとダインを殴り飛ばそうとするジグル。ダインはそれを力を込めて押さえ込む。

そのまま力比べが始まり、お互いの腕がぶるぶると震えている。

突如訪れた硬直状態のついでに、ダインはジグルの様子をじっと観察していた。

乱れた衣服。仮面の口元からは涎が垂れ流されたままで、目には黒い部分がない。

本当に獣のようだったが…その素肌を見て、彼の中で小さな動揺が生まれた。

「…そうか…もうそこまでか…」

呟くダインの目つきは、憐憫の眼差しに近い。「お前、止めたんだな。人でいることを…」

ジグルの素肌には血管が浮き出ている。赤黒く変色したそれは所々が破裂しており、血が滲んでいた。

ダインは理解した。これこそが、力を得る代償だったのだと。ガーゴの研究の成果だというクスリは、ジグルには受け止めきれなかったのだろう。

彼から発せられる禍々しい力は、彼の内部の奥深くから感じる。クスリの邪悪な効果は、もはやジグルの全身に行き渡っているようだ。

「もう手遅れ…か…」

きっと何種類ものクスリを服用させられたのだろう。人体実験を繰り返された末路は、もう間近まで迫っている。

自然消滅。ガーゴはそれを狙っているのかもしれない。ジグルが勝手に狂って消えれば、証拠隠滅を企てる必要もないのだから。

どうしようかとダインが考えたそのとき、ジグルは突然拒絶するようにダインから離れた。

「グルアァ!!」

周囲を見回したかと思えば、獣のような動きで別の方向へ走り出す。

「あ? どこに…」

気配を探ると、まだ逃げている途中だったのだろう、ロドニーとクレスが先にいたことが分かった。


「う、うわぁっ!? 何でこっちに…!?」

後方にジグルの姿を確認したクレスは声を上げた。

ジグルは滅茶苦茶な走り方をしているものの、強化魔法を使って走力を上げたロドニーたちより断然速い。

「ちっ…! 俺が囮になるからお前は先に行け…!」

ロドニーが走るのを止め、振り返る。

「そんな、ロドニーさ…!」

「ッガアアアアアアアァァァァ!!!」

バリアを展開するロドニーに向かって、ジグルは拳を構えて飛び掛る。

身構えるロドニーだが、ジグルの真横に大木を抱えたダインが追いついていた。

「お前が相手するのはあっちだ…っろ!!」

相当でかい大木のはずだが、ダインが扱うとまるでバットよりも軽そうに見えた。

振られた大木はジグルの顔面を捉え、ダインはそのまま打ち抜く。

(ゴッ!!!)

そんな大きな重低音がして、ジグルの全身は遥か彼方へ飛ばされた。

「お、うまいこといったな」

額に手を当て遠くを見ていたダインは、ホッと息を吐く。

ジグルが飛ばされた先には未だ宙に浮いたままのドラゴンがいた。

弾丸と化したジグルの体が、いままさにドラゴンの腹部にめり込んでいたのだ。

『グギャアアアアアアァァァァァ…!!!』

遠くからドラゴンの悲鳴が聞こえ、ジグルもろとも地面に落ちていくのが見えた。

そして落ちた先から激しい戦闘音が聞こえ始める。どうやらジグルの標的はようやくドラゴンに向けられたようだ。

「うん、これで一安心っすね」

ダインはそういって、状況を飲み込めない様子のロドニーとクレスに笑いかける。

「き…君は本当に…誰なんだ…?」

訳が分からないという男二人に向け、ダインはいった。「魔力も何もない、ただのザコっすよ」

彼がこれまでに見せてきた様々な“奇跡”を目の当たりにしていた二人にとっては、ダインの台詞は素直に飲み込むことができなかった。

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