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月姫は笑わない  作者: 雨雪雫
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一章 シンシアとマリア (4)

 彼女は急いで目の前に並べられた夕飯を食していた。とにかく急ぐ。ただでさえわがままを言ってマリアさんを引き留めているのだから。


 しかし彼女は食が細く、食べる速度を上げても時間的に大きな差はない。気分の問題である。


「主様。急がないでください。私は、ずっと待ってますので」

「むぐぐ」


 そうか! 逆にゆっくりと食べればマリアさんが側にいてくれる時間が延びる!? しかも食事中は喋らなくても問題ない! 策士!


 などと打算を働かせるが、それで愛想を尽かされる恐怖の方が勝り、結局いつもよりも早く平らげた。若干苦しい。


「ごちそうさまでした」


 両手をしっかりと合わせて作ってくれた人に感謝する。おかげで、今日も生き延びることが出来ました。


 そして、ちらっと後ろに控えていたマリアさんを見る。ニコニコとした笑顔で、薄暗いこの部屋だからこそ、彼女はより一層輝いて見える。


 マリアさんの優しさで極度の緊張状態から脱した彼女は話しかけてみよう、という勇気が湧いて、経験したことのない前向き思考になっていた。


 この人なら、大丈夫、という安心感。自分と会話をしても嫌悪感を剥き出しにせず、話を聞いてくれる信頼感。


 逢って間もないのに、ここまで心を許せてる自分に心底驚いた。前世ではただ一人として見つけられなかった存在。きっと、マリアさんの人徳が高いからだろう。


 しかし、何から話せば良いのかが見当つかない。今ぱっと頭に浮かんだ内容は。


「マリアさんって、何歳?」


 そうそう、年齢が気になる。まずはマリアさんのプロフィールを知りたい……って、女の子に年齢きいちゃったーーー!? なにしてんのぉぉぉ!? いきなり嫌われちゃうよぉ! と心の中で叫び、深く考えず発言した自分を呪った。


「私は14歳です、主様」

「そ、そう」


 マリアさんは特に気にした様子もなくさらっと答えてくれた。蔑む目で睨まれていない。本当に良かった。


 それにしても14歳。なんて素敵な響きだろう、と彼女はときめいた。女の子が一番輝いている年齢ではないだろうか。実際、彼女の気に入った二次元娘はその年齢が多かった。


 ここにいる金髪の女の子はそれらを遥かに超越した輝きを放っており、きらきらしている。存在が尊い。拝みたい。


 今ならもっと、お話しが続けられると調子に乗り、矢継ぎ早に言葉を放った。


「主様は……」

「が、学校! 学校とか、行ってるの!?」


 マリアさんの尊い言葉を、食い気味の言葉で遮ってしまい、頭がフリーズ、その過ちに気を取られ、彼女は自分が何を質問したかすら頭から飛んでしまった。


 会話が止まる。焦る。どうカバーしようか、何か妙案はないか頭を働かせていると。


「主様、学校は身分の高い人か、優秀な人が行く場所なんですよー。私なんかが行ける所じゃないんですよっ?」


 手をぱたぱた揺らし、やだなーもう。と快活に笑った。私は、ただの町娘ですよ、と付け加え、普段は家のお手伝いをしてます、と締めた。


 家のお手伝いってどんな? という疑問が素直に浮かび、でもそこまで深くは踏み込めなくて、そう。と素っ気なく返す。会話が止まる。


 頭を抱えたくなった。彼女は、根本的に人間と会話が進まない。盛り上がらない。キャッチボールが出来ない。


「主様? 無理して話そうとしなくても大丈夫です。話したい時が出来た時に、いつでも声をかけてください。私、待っていますから。どんな話題でも、些細なことでもいいんですよ」


 マリアさんの背後に後光が見えた。そうか、マリアさんが聖母だったのか。


「ありがとう……マリアさん」


 見た目も中身も女神級。絶対男にモテるだろうなぁ、とぼんやりと思い、胸がチクリとした。


「私からも、少し、良いですか?」

「……えっ?」


 何故か目を覗き込まれ、目と目が合う。じーっと、見つめ合う。頬が熱を帯びる。恥ずかしさで気絶しそうになった。


「やっぱり。優しい目、です」

「???」

「失礼しました! 主様の目、綺麗だなって思いまして!」

「そ、そうかな、そ、それだったら、そのぅ、マリアさんの方が……」

「主様?」


 マリアさんの顔が近づく。息づかいさえ聞こえそうな距離。整った長い睫毛や、ぷくりと膨らんだ小さな唇が艶かしい。


 女の子同士ってこんなにも距離ちかいのー!? えっ!? えっ!? これが普通!?

最高か!! もっと近くに寄ってもいいんだよ!? カモンカモン!


 持ち前の下心が、やっと出番かー! と快哉を上げて帰宅し、彼女本来の調子を取り戻しつつも、あたふたの度合いの方が強かった。


 それからは無言の時間が長く続き、時々当たり障りのない話をして、マリアさんは全ての話題を笑顔で広げてくれた。


 それは、幸せな時間だった。


 夕食から数時間後、マリアさんは部屋から退出した。彼女は何の気負いもなくありがとう、と手を振り、マリアさんも手を振り返してくれた。


 熱に浮いた頭で隣の部屋の浴室を目指す。浴室は広くないが、その方がかえって落ち着く。自室ももっと狭くて良いぐらいだ。


 お風呂の構造はファンタジーらしく、書庫行きのエレベーターと同じような、小さな魔方陣からお湯がシャワーのように出る。


 出し方は簡単で魔方陣に人差し指をくっ付けて、右回りに円を描くだけだ。左回りなら冷水。この仕組みもさっぱり分からないが、使えるのなら細かいことは気にしない。


 この魔方陣は動かせるし空間のどこにでも固定可能なので、小さな浴槽の近くに固定すればお湯を貯めるのも簡単だ。これらの方法もおばさんメイドが教えてくれた。


 貯まったお湯に身体を沈める。落ち着く。大きく息を吐き出す。心を静める。


 マリアさんの顔が浮かぶ。それだけで胸がドキドキとする。金髪ちっぱいでメイドさんと最高の属性盛り盛りなのに内面も最高。控えめに言って大天使だった。


 彼女と出逢って憑き物が一つ落ちた。それは、自分が変わるきっかけになる予感がした。


 自分の両手を見つめる。小さな小さな両手。頼りない両手。


 それは一つの変化。それは一つの決意。それは一つの目標。


 わたしは、この世界で、何を為すことができるのだろう。

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