一章 シンシアとマリア (1)
金髪ちっぱいのメイドさんきたぁ!
とテンションが最高潮だったのだが、金髪の女の子は泣いていた。俯いていても、涙の雫や嗚咽で思い知らされた。途端にテンションが上がっていた自分が恥ずかしくなり、いつもの人見知りモードが発動してしまった。彼女は前世でもコミュ障だったため、冷静になればなるほど何を喋れば良いか分からなくなる。
金髪の娘は時たま来る女の子のように、恐らくは単発バイトのようなもの、で食事を運んで来てくれたのだろう。しかし、先程のテンションが上がった彼女の顔が泣くほど気持ち悪く、暴漢のように怖かったのだろう。でなければ号泣する理由なんて見当もつかない。
どうしようとオロオロする。とりあえず大丈夫なのか、具合が悪いのかどうか訊いてみる。
この世界でも引きこもり歴は長いが、簡単な日常会話程度なら多少は使える。
女の子は顔を上げた。目が合う。恥ずかしくなって目を反らした。人と目を合わせるのが前世からずっと苦手だった。邪な内面を見透かされそうで。
泣いてしまった原因は明らかだったので、まずは謝罪が必要だ。そっぽを向きながら謝罪するのは誠意が伝わらないと考え、彼女は伏せていた女の子と目線が合うように絨毯に座った。
「ごめん、ね……わたし……怖い、よね」
「……え?」
「本当に……本当に、ごめん、ね。こんな、わたしのために、ここまで、来てくれて、ありがとう。とても、嬉しい」
謝罪と、感謝を。そして、眼福。こんな時にも萌えてる自分がひどく恥ずかしかった。
金髪の女の子は大きく目を開き、固まってしまった。驚いたような、不意を突かれたような、そんな表情。対人の経験が少ない彼女にはそれに込められた意味を何一つ読み取ることができなかった。
「無理、しないで、もう、帰っても、良いんだよ? こほっ、こほっ」
非常に喉が乾いた。美少女を前にして緊張しているようだ。怖がらせているだろうから、これ以上はあまり喋らない方が良いかもしれない。
ふと視界に料理が乗せられたワゴンが目についた。これをテーブルに配膳すればこの女の子がここにいる理由はなくなる。自分が運んでしまえば良い。
立ち上がろうとするとドレスを足に引っかけてしまい、バランスを崩して顔面から絨毯にダイブしてしまった。痛みと羞恥で涙が出た。彼女は、昔から鈍くさかった。
「い……痛い……」
「……! だ、大丈夫ですか!?」
「う、うん……だいじょうぶ……」
強打した鼻を押さえて俯く。生きててごめんなさいと謝りたい程の羞恥心で埋められ、食欲よりもベッドに潜り込んで丸くなりたい欲の方が強くなった。
そのためにもまずは料理をテーブルに運び、この女の子の仕事を完了させる必要があるのだが、ワゴンの取っ手が思いの外、高い位置にある。そして視界がワゴンで隠れると二重苦だった。
「待ってください! 私が! 私が机まで運びますから。えっとえっと……主様! ……はテーブルでお待ちを!」
「いいの……?」
「はい! 私はそのためにきたんですから!」
「う、うん……」
使命感に燃えた、必死なメイドさんに言われた通り、大人しくテーブルに座る。彼女はいそいそと料理を丁寧に並べた。ほっそりとした指は爪の先まで綺麗で、ドキリとする。メイドさんの姿を少しでも脳内フォルダに収めるために必死でガン見する。彼女はメイド属性が大好きだった。
こんなにも可愛い女の子が料理を運んでくれただけでもラッキーだったのに、なんと机に並べるサービスまで付いてきた。間違いなく今世で一番幸せな瞬間だった。
これが前世のメイド喫茶なるものか、一度も行ったことないけど。と、幸福に酔いしれていると料理が並び終わっていた。何の肉か分からないステーキに、美しく盛られた何かのサラダ。何か甘いスープ。飲み物には何かのジュース。そして、デザートに何かの果物。どれも量は控えめだ。
前世で食べたような食材は滅多に出てくることがなく、ほぼ正体不明の食べ物を口にしていた。味も初めて口にするようなものばかりで、馴染み深い味には滅多に出会えない。
しかし、彼女は食事にたいした拘りはなかった。前世でもカップラーメンをメインとした、身体に悪いインスタントな食べ物ばかり食べていたので、謎に包まれた食材でも気分を害することなく平らげる。
今なら金髪メイドさんに訊けば料理や食材の謎を解明出来る場面ではあるが、先程の怯えっぷりや自身のコミュ障が壁となり、いつも通り戴きます、と手を合わせて黙々と食べることにした。
「そ、それでは私はここで失礼させていただきます!」
大袈裟な一礼をすると逃げるようにワゴンを押してそそくさと退出した。癒しが消えたことで彼女のテンションは急転直下、ため息が自然と漏れた。
あぁ、また来てくれないかな。でも丸メガネのおばさんメイドと甲冑の人以外は一度しか来たことないからなぁ、とすぐに諦めた。
おそらくおばさんと甲冑の人はこの家に仕える正社員なのだろう。何かと融通してくれる。おばさんに本が読みたいと注文してみたら、次の日に図書館みたいな施設が部屋の下に作られていた。しかも魔法で動く、前世よりも明らかに高度なエレベーター付き。あのおばさんメイドは何者なのか。
甲冑の人も未だに謎に包まれている。料理は普通にガシャガシャ重たい音を鳴らして運んで来てくれるのだが、全く喋らない。おばさんも大概無口だが、この甲冑の人の声は一度も聞いたことがない。性別すら不明だ。
仕事とはいえ、こんな怠惰な人間に仕えさせて申し訳ない気持ちと、昔いたメイドさん達と同じようにそのうち来なくなってしまうのかなぁ、という不安がない交ぜになって、気分が落ち込んだ。
あの人達がいなくなれば、完全に一人。この世界で外に出たことがない彼女にとってそれは死も同然だった。
この世界でのお金の稼ぎ方も知らないのだから、十中八九飢え死にするだろう。この世界でもだらしなく生きてきたツケだ。彼女は部屋から出ようと今まで一度たりとも考えたことがなかった。
死ぬのはいやだ。死ぬのは怖い。
そのためにも、彼女はそろそろ自分を変えなくては、と考える。新しい世界で順応するために。それと、推定ファンタジーの世界を旅してみたい気持ちもあった。
荒くれ者の戦士達。定番の魔物。盗賊にも襲われたりしながら進む冒険。水上都市のような優れた景観を持つ場所。海を行く船。海賊。空を飛行船で泳ぎ、火を吹くドラゴンと並走。空に浮かぶ城。
想像しただけで高揚してくる。
その気持ちは前世では経験したことのない心境で、この身体になって精神も少しずつ変わりつつあるのかもしれない。健全な魂は健全な身体に宿る。
それでもこれだけは絶対に譲れない。萌えは正義だ。偉大だ。原動力だ。可愛いヒロインがいて、冒険や物語は盛り上がるのだから。
身体がうずうずとする。今すぐ走り出したい。そう、あの女の子と。一目惚れした、あの子と。あの子が、彼女にとっての原動力!
さぁ! 今すぐこの部屋を飛び出してヒロインを追いかけよう!
食べ終わった食器をそのままに彼女は立ち上がり、部屋のドアに駆ける。
わたしの、冒険は、ここから!! はじま
「るへぶっ!」
盛大に転んだ。