三章 新月 (8)
シンシア達は特に打ち合わせをすることもなく、自然の流れでろうそくを囲むように車座になった。エリックだけが木樽に座り、それ以外はその場で腰をおろした。石で造られた床はひんやりと冷たい。
皆の顔がろうそくの小さな光で照らされ、面妖な面構えに映る。これから怖い話大会でも開催するような雰囲気だ。冒険者パーティーではなく、学生の集まりのようだった。
「さてさて。今、巷で噂になっている、馬車の荷台から飛び出した正体不明についての情報交換をしようか」
開口一番、エリックはシンシア達を見渡すように視線を動かし、機敏な動作で足を組んだ。場を仕切る能力や行動の一つひとつがパーティーリーダーの貫禄を遺憾なく発揮している。
「おう。世間は今、その話題で持ちきりだぜ。色んな人に話を聞いたけど、荷台から出てきたのは魔物だ、いや、人だ、って感じで意見が別れてるんだよな」
「そうだね。僕はお客さんから聞いたぐらいだけど、同じように情報が錯綜しているね。幽霊なんじゃないか、とも聞いたね。姿が見えないのに、荷台の幌が動いたと証言する人もいたみたいだよ。フフッ、なんとも興味深い」
「エリックぅ、幽霊はいくらなんでもないんじゃない? おいらは、今回のことは悪質なデマなんじゃないかって予測してるよ! 荷台から何かが飛び出した事実は元々なかったんだよ! みんな、誰かに踊らされてるんだよ!」
三人が和気あいあいと言葉を重ねる中で、シンシアは喋っている人に顔を向けるだけだった。会話に入るタイミングがイマイチ掴めない。諦めて、聞き役に徹しようと密やかに考えていると、エリックが話を振ってくれた。
「シン君はどうだい? 今回のことで何か、話を聞いていないかい?」
三組の瞳が同時にシンシアへ向いた。その重圧に一瞬たじろいだが、すぐに気を張り直して口を開く。
「検問のおじさんが、荷台から何かが出てきた時に驚いて、腰、痛めた……って町の人が……」
「検問……? ああ、門に詰めている税関職員のことかな。ふむ。それが事実なら、ハロルドのデマ説は限りなく薄くなるね。目撃証言がちゃんとあるわけだ。勿論、そのおじさんに裏付けをとる必要はあるけど」
ハロルドは自身の頭を大雑把にかいて、残念そうに舌打ちをした。リズムに乗るよう身体を前後に揺さぶり、何かを思い出すように空を見上げる。
「あの禿げた人かぁ。まぁ、どっちにしても、正体は不明だよ、エリック」
「ああ、うん。それはそうなんだけどね。それにしても、何故ここまで話の食い違いが起きるのだろうね。誰かが意図的に複数の噂を流しているとか? ……しかし、理由が見当たらないな。ふむ……」
全員、思案するように無言になった。シンシアは誰の顔を見ることもなく、ろうそくに視線を落とした。ろうが溶けて、少しずつ短くなっている。暗闇の空間で、たゆたう小さな火を眺めていると心が安らぐ。
目だけ周囲に向けた。整然と真っ直ぐに並んでいる木樽がうっすらと見える。それを数えようか迷っていると、グレンは沈黙を破るように、一際明るい声で次の話題に移した。
「今回の件もさ、ギルドがクエストを発行してるんだよな! 正体不明のそれを暴け! って感じでさ! 詳細見たら人数制限もなくて、ランクも不問だったから俺達でも受注できるぜ!」
「Fランクだと町の中限定のお手伝いぐらいしか受けられないけど、今回のは一応、町なかが対象だしねぇ。でもどうせ、成功報酬しかなくて、その内容もお察しでしょ?」
まぁな、とグレンは苦笑した。町の中の手伝いだけならば、シンシアもこなせそうだ。Fランクは簡単になれるのか、どれくらい稼げるのか訊いてみたかった。
「死神の件と違って、ギルドは今回のことをそこまで重要と判断してないんじゃないかな。危険は十分にあり得ると思うのだけれどねぇ。噂なんて不確かなものを追うのは、わりに合わなくて、受注する人は少ないかもしれないね。君の場合はレティさんに貢献できれば良いのだから、これでも最高のクエストなんだろうけどさ」
「おうよ! ……じゃなくて、ほら、俺達一応、冒険者なんだからさ! クエストこなそうぜ!」
「おいらはどっちでも良いけど……無駄骨になりそうだなぁ……。つか、エリックの言う通り、このクエスト、相当悪くね? やっぱ……」
流れが悪くなったことを察したグレンは、慌ててハロルドの言葉を被せた。
「正体は案外、『変態フレッド』だったりするかもな! とっちめるチャンスじゃね!?」
「ああ、その可能性は全く考えていなかった。確かに、彼なら十分にあり得るな。もし、彼と仮定するなら、騒ぎを起こしてまた何かやらかすつもりなのかな?」
聞き覚えのある名前にシンシアは意識を切り替えた。確か、盗賊っぽいけど盗賊じゃなかったダニエルが追いかけていた男性だ。
「その、変態フレッドって、何?」
「ああ、シン君。それはね、この町の住民の一人で、一応、冒険者なんだ。そして彼は、サラ婆さんとこの女風呂に特効してお湯を飲んだ、とんだ変態なんだよ。彼ほどの鋼のメンタルを持つ強者はそうそういないよ。稀代の変態だね」
何が彼をその行動へと突き動かしたのだろう。どうして、お湯をゴクリするなんて考えてしまったのだろう。もしかすると、深い理由が、そこにはあったのかもしれない。
「あれ? でも、サラさん、旅人を目の敵にしてたけど……」
「彼は犯行当時、仮面のような物で顔を隠していたそうだ。そして、何らかの手段で拵えた旅人のカードを、逃げ際に落とすことで、自らに疑いの目が及ぶことを避けたのだろう。彼らしい方法だ。彼が犯人だと知ったのは後に調査した結果からでね。あんまり世間には彼の蛮行が知られていないんだ」
「そうだぜ。しかもあいつ、女性の護衛クエストしか受けないクソヤローなんだぜ。あれがDランクとか、どうなってやがるんだ」
「フレッドはゲスって情報があまり出回ってないのが解せないよね。女の人も、どうしてフレッドに護衛頼むかなぁ。多少イケメンだから? ムカつく!」
会話に一段落が付いたのか、再び静寂に包まれた。今回のように情報をたくさん入手できる機会は貴重だ。シンシアは、なけなしの勇気を振り絞り、話題を吹っ掛ける。
「ね、ねぇ。この町で、正体不明の奴、以外で、噂とか、異変とかってない?」
エリックは顎に手をあて、この町の噂か異変ねぇ、と呟く。ああ、それなら、と言葉を繋いだ。
「噂に分類されるかは微妙なところだけど、この町には『幽閉されし憑き姫』っていう、怖い話が流布しているよ。けれどこれは、個人的にどうにも腑に落ちない。正直、胡散臭いとさえ思える」
「そうなの?」
「ああ。誰かが故意に噂を流したんじゃないかと睨んでいる。どんな話かと言うと……」
「噂か異変……。あ! それならアレとかどうよ!? ほら、声のやつ! 俺、結構びびっちまったよ、アレ!」
「…………ま、憑き姫については今度話そう。噂と言うには荒唐無稽だからね。グレンが今言ったのは、少し前に僕達が遭遇したやつだね。僕達はまぁ、冒険者パーティーの一つである前に、自分で言うのもなんだけど、悪ガキ三人組なんだ」
「そうだよ! 昔はイタズラしまくったんだよ、おいら達! 最近はさすがに、イタズラはしなくなったけどね……」
「イタズラは、ね。まぁそれで、夜、出歩くことも日常茶飯事でさ。そもそも、僕が冒険者になったのは町の外に出て新たな刺激が欲しかったんだ。それはともかく、人のいない真っ暗な町って、非日常で、冒険っぽくないかい!?」
前のめりになったエリックは、幼い子どものような満面の笑みで情熱的に話す。それに気圧され、取り敢えず相づちを打った。
「それでね。夜の町を歩いていると、何かを呟いているような声が聞こえたんだ。ただの話し声じゃあ、ない。何か、おぞましいことをしようとしているような、そんな空気を感じたんだ。正直、ゾッとしたね」
「それは、どこから?」
「それは……」
大聖堂の近くから、さ。
タイミングを見計らったように鐘が鳴る。お昼の時間を告げるくぐもった音は、この町に訪れてから何度も聞いているはずなのに、恐ろしく感じて、何故か鳥肌が立った
「ふむ。お昼の時間だね。今日は客人もいることだ。僕が用意しよう。全て、僕の奢りだよ! ……一度言ってみたかったんだよね、コレ」
シンシアは一旦バッケルさん達の店に戻るべきか迷った。戻らないとマリアやご両親に心配をかけてしまうだろう。……しかし、先程のマリアの泣きそうな顔がよぎり、気まずくて、足が動かない。
結局逃げるように、エリックにお昼御飯をごちそうになった。




