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月姫は笑わない  作者: 雨雪雫
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三章 新月 (4)

「レティさん、おはようございます」


 マリアがレティと呼んだその女性は朗らかな笑顔で手を振り、マリアに応えた。彼女は服装、容姿ともに、他の町娘よりも圧倒的に垢抜けていた。


 ひらりと揺れる黒のフレアミディスカート。二つボタンの赤色ベストに、スタイルの良さを際立てる長袖のブラウス。洗練された服装を見事に着こなしていた。腕に提げている、ありふれた籐のカゴさえもお洒落に見える。


 整った目鼻立ちは人の美しさを最大限まで引き出していた。もし彼女が石膏像のモデルとなれば、多くの美術家の卵達がこぞってデッサンをするのだろう。艶やかなブラウンをサイドポニーでまとめた、可愛い、ではなく、綺麗なお姉さんだ。


「レティさーん!」

「あなたのために俺は緊急クエスト頑張るぞー!」

「本日の……貴女も……美しい。そう……たとえるなら……一輪の……」


 薬屋の前で並んでいた男性客達が野太い声を上げ、跳び跳ねたり、不思議な舞など、身体全体を使ってレティさんに自分の存在をアピールしていた。その有り様はさながら、アイドルを追いかける熱烈なファンそのもの。


「はいはい! お疲れ様! クエスト頑張ってね!」


 レティさんが群衆に手を振ると、静かな商店街に朝からライブ会場のごとき喧騒が生まれる。通りがかった町の女性達は蔑みの視線で男達を睨み付け、店に並んでいた女性達は肩を竦めて呆れていた。


「話の途中にごめんね! 一応、お客様だからさ……。あれ、見ない顔がいるね? 旅の人かな? 初めまして! あたしはギルド受付嬢のレティ! よろしくね!」

「は、初めまして。わたしは、シンシア。こっちが、リリ」


 シンシアは群衆の騒音に慄然としながらも軽く一礼する。マリアとレティさんは顔見知りのようなので、今回はリリのみ、紹介した。


「シンシア君にリリさんね。ふーん。見た感じ、冒険者、ではなさそうだね、キミ達。なんか……不思議な組み合わせね……」


 彼女はシンシアを品定めするように目を細めて呟いた。少しだけ、不審げな視線も交じっていたかもしれない。


「ところで、マリアちゃん。その服装は…………どこかの貴族にでも仕えたの?」

「いえ、シンシア様に仕えています」

「えっ、この子に? そ、そうなの? ふーん。まぁ、横暴な子ではなさそう? だし? マリアちゃんも嫌がってなさそうだし……うーん……まぁ、大丈夫、かしら……」


 おでこに人差し指を付けてうんうんと唸る。咳払いを一つ挟み、ま、様子見ということで、と呟いた。それから少し疲れた笑いを滲ませ、ひらひらと手を振る。


「それじゃ、あたしはギルドに戻るわ。……ほんっと、最近は死神が出て仕事が憂鬱だわ……」

「死神……。死神の、ツヴァイ?」

「そうそう! それそれ! 今話題のね! ギルドでも緊急のクエストを発行してさ、Cランク以上の冒険者は町の外の見回りに、ほぼ強制参加。一定人数を日替わりで回すって言ってもさぁ、普通のクエストは溜まる一方だし……ああ……人が……足りない」


 彼女は両手で顔を覆う。声が徐々に小さくなり、くぐもった声になる。受付嬢の仕事も、苦労が多いのかもしれない。


「が、頑張ってください! 私も何かお仕事を手伝えれば良かったのですが、その……弱いですし……」

「いーのいーの! アタシ達みたいな弱い人は強い人を送り出して、その人達の帰り場所を守るのが仕事なんだから。役割分担よ。んで」


 レティさんはしゃがみ、シンシアに目を合わせた。籐のカゴの中身がちらりと見える。小さな麻袋が数個、詰められていた。


「キミはまだちっちゃいけど、大きくなって、もし冒険者に興味が湧いたらうちのギルドで仕事を受けてね! 身分とかの制限もないからね! …………まぁ、言っといてなんだけど、冒険者はあんまりおすすめしないわ……」


 前半は周りの人々にも聞こえる大きな声で、後半は囁くような小さな声で呟いた。乾いた笑いの後、彼女は立ち上がる。


 冒険者。詳細はまったくわからないけれど、お金を稼げる手段の一つであれば、シンシアでも可能な仕事をもらうのも良いかもしれない。現役ギルド受付嬢がおすすめしないのだから、下調べは入念に行ってからになるが。


 レティさんはシンシア達に手を振って町の入口方面に向かって歩き出した。男の人達は未だ、レティさんを熱烈な視線で追っている。彼女はそれを意に介さず、堂々たる歩みで進む。人の視線に慣れっこなのかもしれない。


 改めて大聖堂前広場へ向かおうと意識を変え、歩き出そうとすると、間髪を入れずに見知らぬ少年が進路上に立ちふさがった。


 シンシアより少し高い身長。とび色の髪を逆立て、鋭い目つきを備えた気が強そうな少年だ。長袖と長いボトムスを捲って動きやすいようにしている。そこからのぞく肌は少し焼けていて、普段から活発に動いていると想像させた。


「おい! お前、こっちに来てくれ! 少し話がある!」


 まだ声変わりをしていない高い音域だが、それでもその迫力はシンシアをたじろがせる。内心、縮み上がった。


「あれ? ルーシーさんの息子さんですか?」

「ん? ああ……雑貨屋の姉ちゃんか」


 二人は顔見知りのようだが、どこか少し、よそよそしい空気が流れる。まるで、交流のないご近所さんのようだ。


「悪い、雑貨屋の姉ちゃん、こいつ、少しだけ借りてくぞ!」

「あの……今、町の案内をしているのですが……」

「頼む! 姉ちゃん達には聞かせられない話なんだ!」


 少年は両手をくっつけ、一心不乱に拝む。その姿は鬼気迫るもので、何か緊急事態が勃発しているのかもしれない。


 何故シンシアでなければならないのか、皆目見当がつかないが、自分でも役に立てることがあるのなら、力になりたい。町の散策は、いつでもできるのだから後回しにしよう。


「……わたし、ちょっとだけ話を聞いてくる。その間、二人で町まわって? えと、太陽が真上に昇るまでには、マリアの家に戻るね」


 二人を待たせるのも気が引けたので、マリア達には町の散策に戻ってもらおう。


 知らない人に着いていくのは無用心ではあるが、彼は小さな子どもだし、まさか、少年の話を聞いて命を賭けるような戦いに巻き込まれる超展開はあり得ない筈だ。


「……はい。わかりました……」

「ありがとうな! こっちに来てくれ!」


 男の子は大聖堂前広場とは違う道を全力で駆け出した。外壁の方向だ。慌ててそれを追いかける。息がすぐに切れ、肺が締め付けられ、苦しい。それを我慢してしばらく走ると、景観が変わる。店ではない、普通の民家が立ち並ぶ区画になった。


 真ん中にある道は舗装されていて、馬車が二台、余裕を持ってすれ違えるほどには広い。所々に横道があるが、民家の影に隠れて太陽の光が差し込まず、暗くて少し狭い。


 民家は舗装された道を挟むように並んでいて、家の高さは軒並み揃えられている。三階建ての構造が多かった。


 少年は住宅街の途中でやっと止まった。膝に両手をつけて、呼吸を整える。耳がじんわりと痛む。


「よし。それでお前! レティさんと仲良いのか!? 仲良いならお願いがある!」

「え、いや……全然。今日が、初対面だけど……」

「そ、そうなのか!? でもさっき、話してなかったか?」

「少し、声をかけられただけ。仲が良いのは、マリアの方」


 首と手を振って否定する。こんな小さな子どもまで虜にするレティさん……すごい。


「そ、そうだったのか……いや……でも……雑貨屋の姉ちゃんには頼めねぇしなぁ……」


 期待外れから来る意気消沈を隠さず、大きく項垂れた。全くの役立たずでなんだか申し訳なかった。せめて話だけは最後まで聞こう。


「わたしがもし、レティさんと仲良かったら、何をお願いするつもりだったの?」

「ああ、俺とレティさんがデートをできるようにだな……い、いや! もちろん、卑怯ということは分かってるぜ! けど! そう! 切っ掛け! あくまで切っ掛けにだな!」

「うん……。切っ掛けって、すごく大事だよね」

「そうだ! その通り! お前分かってんな!」


 肩をバシバシと叩かれる。痛くはなかったが、何だかむず痒かった。


「ん? いまさらだけどお前、見たことない男だな。旅人か?」

「うん」

「ほー。男にしては顔がかわ……。それに、何か甘い匂……い、いや! なんでもねぇ!」


 また少年と間違えられているようだ。ただ、憑き姫の件があるので、否定せず黙ることにした。勘違いされた方が都合が良い。


「お前、名前は?」

「シン、いたっ……。シ……」

「おお、シンか! かっけーな!」

「あ、えと」


 噛んで誤解を与えてしまったが、名前を省略しただけで、大きくは間違っていない。それに、彼の言う通りシンという名前の響きも決して悪くない。今は訂正しないことにした。


「俺の名前はグレンだぜ! よろしくな! シン!」


 グレンは一歩踏み出してシンシアの手をとり、握手した。行動力があって力強い、爽やかな少年だ。魂や生き様、行動がシンシアと対極にある。きっとこの少年は、主人公属性だ。


「よし! この際だ! シンには全て話すぜ! 座ろうぜ!」


 家の玄関前にある狭い石段に腰をおろす。二人で座ってギリギリだ。日の光が民家に遮られて、少し暗い。石の階段がひんやりと冷たかった。


「シン! 俺は! レティさんが好きだ!」


 第一声から清々しいまでの告白。真っ直ぐな瞳で、迷いがない。好きなひとがいる、という部分は自分と重なるかもしれない。シンシアも真剣に耳を傾ける。


「しかし……俺は、弱い! 弱くて、冒険者の最底辺だ。Fランクだ! ランクが高い冒険者の方が、レティさんも対応が良いんだ! 俺がレティさんに話しかけてもガキ扱いだ! 男として見てもらえないっ!」


 この世の終わりとばかりに頭を抱え、しょんぼりと項垂れる。Fランクの詳細について疑問が浮かんだが、今は、流すことにした。

 

「で、でもグレンは、まだ、その、若い、し? しっかりと力をつけて……その、ランク? を上げれば……」

「ダメなんだ。時間がない。レティさんは19歳で、いつでも結婚できる年齢だ。レティさんは胸がおっきくて、綺麗で、胸がおっきくてモテるからな……今、心を捕まえないと! 取り返しのつかないことになる! 俺がもっと強ければ! 振り向いてもらえるのに……」


 二人揃って空を見上げ、遠い目になる。青空。良い天気だ。……グレン、胸がおっきくて、二回言ったなぁ……。


 住民が時々、目の前を通り過ぎるが、誰一人としてこちらに意識を向けない。日々の生活を営むことに、忙しいのかもしれない。


「状況はグレンと全然違うけど、その、焦り、というか、それはなんとなく、わかる、かな。わたしも大切な人がいるけど……わたし、弱くて。護れる自信が、なくて……不安になる……」

「シン……。そうか。その感じだと、護衛騎士、か。となると相手は……高貴な女か。身分差……。相手は婚約者がいる可能性もある、か。お前も、難儀な道を選んじまったなぁ……」

「……ん? あれ?」


 話が大きく食い違っている? これは訂正せねば!


「グ、グレン。その」

「俺達は茨の道を行く同志! シン! 生まれた場所は違えど、進む道は違えど、俺達は今日から親友だ!」

「ええ!? いきなり!? え、えと」

「俺達は惚れた女の為に必ず強くなるんだ! ほら、グー出せ!」


 突然の展開にあたふたとしていると、熱い少年が握りこぶしを前に突き出した。早くしろ、と急かされる。


「う、うん」


 もう、どうにでもなーれ! その拳に自らの拳をそっとくっつけた。


「よーし! 俺は最強の冒険者を目指す! シンは最強の騎士だ! 今、この時から、伝説がはじまるんだ! うおー!」

「お、おおー……」


 グレンにつられて立ち上がり、拳を天に向かって突き出した。


 タイミング良く太陽の光が差し込み、シンシア達を照らす。……たくさんの誤解を、重ねたまま。

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