序章2 つき姫の塔 (2)
~~~憑き姫の塔でのお仕事~~~
完成した料理を持っていくだけの簡単な作業。7日間継続して配膳した場合、金貨10枚。途中でリタイアした場合、報酬なし。場所、憑き姫の塔。注意点、命の危険極大。
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「あたしがギルド嬢になった時からある、当ギルド限定の曰く付きクエストよ。これだけ見ると文章も簡潔で胡散臭いでしょ? 1人で何回もやっていいのかどうかも明記されてなくて、不明な点も多いの。でもこの依頼書、ギルド本部の印鑑が捺されてるから、こんなのが公式の依頼なのよ。信じられないわよねぇ。7日間であたしの何十年分の給料って話よ」
金貨10枚。マリアはその莫大な金額に強く惹かれた。それだけあれば、高位の解呪も可能だ。
たった7日間だけだし、仕事内容も家事手伝い。破格だ。まるで天がマリアの窮状を見て与えてくれた奇跡だ。
「でもね。……でもだよ? あたしは本っっっっ気で止めた方が良いと思うわ。このクエストの成功者はいないらしいし。あの憑き姫に料理を運ぶのよ? そもそも憑き姫って人間なのかしら。そこすら、怪しいわ。もしかしたら鎖に繋がれた魔物かもしれないし、封印された悪魔かもしれない。証言がほとんどないし、その容姿もあやふや。化け物にエサを運ぶ仕事なのよ、これは」
ぶるりと恐怖で背筋が震えた。もし、『幽閉されし憑き姫』が実話だとしたら、未だ呪詛を吐き続けている。そんなものに近づいたらどうなるかなんて明白だ。
「それでも……それでも! 母の命を救うためにはこの方法しかないんです!」
「マリアちゃん……」
「その話、ちょっと待ってくれるかしらぁ?」
突然、二人の会話を遮るように横から女性の声が聞こえた。視線を送ると魔術師のローブを着崩し、肩やへそが露出した扇情的な女性が件の依頼書をひったくった。
「ふうん。こんな美味しいクエスト、田舎町なのにあるものねぇ。いえ、田舎町だからこそ残ってるのかしら。この依頼はアタシ、『氷結のアネット』が請け負うわぁ」
「ちょっと! 今、あたしはマリアちゃんと話しているの! 横から割り込むな! 順番守れ!」
「Cランク冒険者のアタシと、ただの小娘。どちらがこのクエストの優先順位が高いなんて一目瞭然よねぇ? そうよね? アンタ達ぃ?」
アネットは後ろに控えていた男性3人に振り返り、目配せを送ると男性達はアネットを讃え、いかに彼女が優れているかを滔々と語った。
「ぐぬぬぅ。……いや、待てよ? こいつにマリアちゃんの目の前で人柱になってもらえば、マリアちゃんも思い直してくれるかも……!」
「それで? 受付嬢のあなた? このクエスト、アタシが受注してもいいのかしら?」
「ええ、ええ! もちろん、Cランク冒険者の貴女の方がこのクエストは適任でしょうねぇ。でもこのクエスト、そもそも人数制限ないから2人とも受けられるわ。だから、アネットさん、貴女が最初に配膳すればいい」
「アラ。話の分かる受付嬢ね。そういうことだから、お嬢さん? このクエスト、アタシが最初にやるから悪く思わないでねぇ」
「はい……」
「このクエストはギルドから馬車が手配されるわ。現地までは2人揃って行ってもらえるかしら」
「結構よ。アタシは自分の馬車があるから」
「あっそ。さすがボンボン。それじゃ明日すっぽかさずちゃんと行きなさいよ」
肩を大げさに竦めて扇情的な冒険者はギルドから退出した。取り巻きの男達は慌てて彼女を追いかけて消えた。
「今の方って……すごい方なんですか? 私、冒険者の方とか、あんまり詳しくなくて……その、Cランクと言われてもピンとこないし……」
「うーん。まぁ、性格以外はそこそこかもねぇ。まぁ、マリアちゃんが気にすることないわ。あんなの忘れて。それよりも明日の早朝にまたここに来て? あたしも早起きしとくから。……一応、現地で泊まることになるから。食事は出るから、7日分の着替えだけは用意して」
マリアは頷き、その他の諸注意を聞いてからギルドを出た。
早朝。日の出と共に御者を伴った馬車は町を出発した。幌に包まれた荷台は暗く、この先に待ち受ける困難を示唆しているようでマリアはブルリと震えた。
荷台にはマリア以外は何も、誰も乗っていない。マリアを憑き姫の塔に運ぶだけの馬車。大袈裟だ。
正直に言って、怖い。震えがいつまで経っても止まらない。寒くもないのに歯と歯がガチガチとぶつかり、音を立てる。今の気候はむしろ、暖かいのに。
ゴトゴトと車輪の音だけが聞こえる。耳を澄ませているとお嬢さん、と御者の老人が声を出していた。
「はい……私、ですか?」
「お嬢さん以外に誰がおる。しかし、お主も難儀よのう。その様子じゃと、金がどうしても必要になった事情があると見える。あの塔に行く者の大半が、お主のような者じゃよ」
「そう、なんですか……」
老人は荷台に振り向くことなく喋り続ける。声はしわがれていたが、不思議と聴きやすかった。人に話すことに、慣れているのだろうか。
「当然、金に目が眩んだ者もおるがの。憑き姫の塔まではまだ長い。少し、生き残るためのアドバイスをしようか。あくまで生き残るためのアドバイスであって、このクエストを成功させるアドバイスでないことは承知するのじゃ」
「生き残る……」
「そうじゃ。その前に、この仕事の報酬が何故、こんなにも破格か知っとるかの?」
「いえ……知りません」
「だ~れも7日間なんてもたないからじゃ。だから金額を吊り上げても問題ないし、この金額じゃないと、もう、人は釣られん。一時期は大量の受注者がいたんじゃがなぁ。ちなみに、わしの知る限りでは2日分、配膳6回が最高かの。そいつは高名な僧侶だったそうな」
「そんな方でも、ダメだったんですか……」
「そうじゃ。あれは鮮明に覚えておる。配膳が終わり、塔から出てくるなり発狂しおった。赤目が、赤目が、とずぅ~っと叫び続けておったの。あの僧侶、結局どうなったんじゃろうなぁ」
高名な僧侶が2日間でダメになってしまうのなら、7日間は絶望だ。ただの町民であるマリアでは1日すら耐えられないのではないだろうか。
「話が逸れちまったな。生き残るためのアドバイスじゃった。それはな、とにかく憑き姫を見ないことじゃ」
「憑き姫を、見ない、ですか?」
「そうじゃ。正確には目を合わせない、じゃの。先程の高名な僧侶はつい、憑き姫の目を見てしまったのじゃろ。憑き姫には生まれつき魔眼が備わっておると聞く。ほれ、あの怖い話、聞いたことあるじゃろ? あれじゃあれ。憑き姫がどんな姿をしているか、などと興味を持たぬことが生き残るコツじゃな」
「ありがとうございます。アドバイス通りにしてみます」
「ほっほ! それと、塔を登るのもキツイから、無理だと思ったら塔の途中で引き返すのも良いじゃろな。命あっての物種じゃ」
「登るのが大変、というのは、塔が高いのですか?」
「うんにゃ。塔はそんなに高くないかの。問題は塔の中、じゃよ。これは実際に塔に入らないと分からない問題じゃな」
「あの、御者さんは、どうしてそこまで憑き姫に詳しいのですか?」
「それはの、この仕事、クエスト受注者を憑き姫の塔に運ぶ仕事を数年経験してるからじゃの。話を聞くなりして自然と知識が身についたのじゃよ」
「どうして……この仕事を続けているのですか? その、呪いとか、怖くないのですか?」
「それはの」
御者はくるりと振り返って。
「金がいいからに決まっておるじゃろ」