二章 小さな一歩と広がる世界 (8)
シンシアは動転して立ち上がり、慌てて彼我の戦力差を分析した。
自陣は戦えるのが一人。敵陣はナイフを持つ盗賊が四人。リリの戦闘能力は全く把握していないが、赤い甲冑も、槍も装備していないので、一対四で勝つのは現実的ではないだろう。
さらに、自分の身も護れない、シンシアというお荷物を抱えながら戦わなくてはならない。戦闘で勝利するのは絶望的だ。
ならば逃走か? しかし、シンシアは長年引きこもっていた影響で身体能力が著しく低く、足が遅い。
戦うのも、逃げるのも、どちらを選んでもシンシアが足を引っ張る。
……この状況はシンシアが野次馬根性丸出しで、茶番を覗き見ようとしたことが起因している。
自身で招いたピンチなのだから、それを誰かに助けてもらうのは虫が良すぎるのではないだろうか?
ならば、何としてもシンシア自身で切り抜けなくてはならない。
……それに、ピンチ、と決めつけるのは早計かもしれない。主人公と盗賊のリーダーのやり取りから、彼らはただ奪うだけが目的でない可能性が高い。無理に争わずとも、切り抜けられる道はある筈だ。
怯える心を鎮めて、なるべく平常心を保って前に出る。交渉をするのに怯えていては対等にならないだろう。毅然とした態度を崩してはならない。
二つの集団がお互いに少しずつ近づき、やがて、ぶつかる。
「ふぅん。あなた……んー。んー……どっちかしら、ね? 男の子なら、タイプなのだけれど」
「わたしは、女」
「あら、そうなの?」
「うん」
「ふぅん。ところで、どうして逃げないの? アタシ達のこと、怖くないのかしら?」
「怖くない。さっきの、全部見てたから」
「見ていたら、どうして、怖くないのかしら?」
「盗賊だけど、女の人には興味さなそうだったから。わたし達は全員、女」
盗賊のリーダーはコクンと頷き、一歩下がった。
「そうね。それは正解。でも一つ間違ってるわ。アタシ達こんな格好をしているけれど、実は野盗じゃないのよ。だから誰彼構わず襲わないわ」
「えっ、そうなの!?」
「ええ、アタシ達は、まぁ、野暮用でフレッドを追っていたのよ。フレッドはさっきの男の方ね。この格好してるのもまた理由があるのよ?」
一気に力が抜けた。彼らを盗賊と決めつけたのはシンシアと主人公の思い込みだったようだ。
運が良かった。本物の盗賊だったら……どうなっていたかなんて、想像したくもない。
彼我の戦力がどうのこうのと、アレコレ考えていたのが急に馬鹿らしくなったが、今回は運が良かっただけだ。もっと慎重に行動しよう。今はもう、狭い世界じゃないのだから。
そうだ。彼らが盗賊ではないのなら。
「じゃあ、さっきのあれは、全部演技だったんだね」
一瞬の間。彼らは布で少しだけ露出している目元を歪ませて、くつくつと妖しく忍び笑いをした。
「うふん。それは、どうかしらね?」
……なんだかもやっとした回答だった。深くは掘り下げない方が良いのかもしれない。
「次はこっちの質問。貴女達、一体、どういう集団なのかしら? ちょっと異色過ぎるわね」
「わたしが主人で、二人は従者」
後ろに控えてる二人を手で紹介すると、マリアは軽く会釈を、リリは腕を組んで不敵に笑った。
「ふうん? ワケありの貴族? まぁいいわ。深くは訊かないわ。お忍び、なのでしょうしね?」
リーダーは大袈裟に肩を竦めた。シンシアは己の身分を知らないので無言で返す。リーダーはそれを確認するとシンシアから興味を失ったのか、リリに目を向ける。
「ところで、あなた、相当できるわね?」
「そうかしらねぇ」
「アタシ達が本物の野盗だったなら、きっと……。ううん、なんでもないわ。ところで、貴女達はこれからどうするのかしら?」
「タラクの町に行く」
「ふうん。アタシ達と目的地が同じね。それなら一緒に行かないかしら?」
「うん。いいよ」
「ありがとうね。短い間だけどよろしくお願いするわ」
シンシア達は大所帯になり、塊となって一緒に歩きだした。行く道、お互い自己紹介をした。
彼はダニエルと名乗り、普段はタラクの町で酒場専門店を経営しているらしい。同伴している三人は店員であり、同好の士と説明した。
盗賊のような格好をしている時は副業の最中らしく、身元を隠しているらしい。何故シンシアには明かしたのか訊ねると、なんとなく、と返ってきた。謎が残った。
彼程尖った特徴を持っていると顔を隠したぐらいでは誤魔化せないのでは、と疑問に浮かんだが、心にそっとしまった。
「そろそろ町に着くわね……ん? ちょっと待って」
ダニエルは声を上げて、集団に制止をかけた。その声は険しく、場をピリピリと緊張させた。
「あれは……冒険者の集団……かしら?」
その方向に視線を向けると、強固な鎧に身を包んだ大男。大きく長い剣を背中に背負った黒服の青年。魔法使いのようなローブを着た女性。格闘家のような道着に身を包んだ筋骨隆々な男など、統一感がない、ごちゃ混ぜの集団が闊歩していた。
その数は少なくとも十人は越えていて、殺気立った空気が離れているシンシアにも届いた。
「……いよいよ討伐部隊を冒険者で集めたってわけね」
「討伐?」
「ええ。最近、この辺で『死神のツヴァイ』が出没したらしいのよ」
「それ、なに?」
「冒険者ギルドが手配書に指定している、危険極りない魔物よ。スケルトンなんだけど、普通のと違って恐ろしく強いのよ。変異種、とか呼ばれてるわね」
彼女は冒険者の軍団を見据えて、続ける。
「右目に大きな傷を持っていて、真っ赤なツヴァイヘンダーが得物なの。そこから『ツヴァイ』って呼ばれるようになったのね。普通のスケルトンと違って、知能を持つ可能性があるらしいのよ。至る所で人を殺戮していて、人を斬るために徘徊しているらしいわ。正真正銘の化け物よ」
そんな恐ろしい存在がこの近くに潜んでいる可能性があるのだろうか。情報収集に支障をきたさなければ良いのだが……。
「あら? 『氷結』までいるじゃない」
「氷結?」
「ええ。『氷結のアネット』よ。王都から来たとかほざく、いけ好かないCランク冒険者ね。アタシ達は女性には優しくするけど、あれは例外だわ」
氷結。名前からして、氷を操るのだろうか。それとも性格が氷のように冷たいのか。それに、Cランクとは一体なんなのか。疑問は尽きない。
「さあ、とっとと町に向かいましょ。『死神のツヴァイ』との戦闘に巻き込まれるなんて嫌だわ。そんなのは命知らずの脳筋に任せておけばいいのよ」
シンシアは頷いた。そんな恐ろしく強い魔物と対面したところで、シンシアに出来ることなんて何もない。戦闘なんてシンシアには縁遠いものだ。
一行は町へと急いだ。




