表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月姫は笑わない  作者: 雨雪雫
25/35

二章 小さな一歩と広がる世界 (7)

 二日目も朝早くに出発した。小さな野ウサギ、灰色のカラス、シンシア一行を伺うオオカミの群れなどを横目に、背の低い草を踏みしめてタラクの町方面へ歩き続けた。


 天候に恵まれ、晴天の中をハイキング気分で歩く。道に大きな起伏もなく、途中でリリから指から火を出す魔術を教えてもらい、それをマスターしつつも順調に二日目を終えた。


 三日目。少し歩くと、草が全て除去された、人工的に整備された街道が見えた。行き交う人は見えずとも、タラクの町は近そうだ。


 街道に沿って進むが、起伏が激しい土地になり、小さな丘や大きな丘が何度も続く。視界を遮られて、先を見通せない。それが少しだけ心の負担になった。


 後何回丘を越えれば町に着くのだろう、と遠い目になりかけた時、どこからか人の争うような声が耳に届いた。


 シンシア達は顔を見合わせた。リリは争いが発生している位置を把握したらしく、進行方向とは違う丘を指差した。今の位置ではその先は見えないが、丘の向こう側なのだろう。


 丘を登り、見知らぬ相手にこちらの場所を悟られぬようにしゃがみ、慎重に様子を伺う。まるでスパイのような気分になる。


 シンシアの視界に映ったのは、一組の若い男女が、四人の盗賊らしき人達に囲まれている場面だった。


 盗賊らしき人達は全員、布をぐるぐる巻きにして顔を隠しているため、目元しか見えない。薄汚れた襤褸のような服を纏い、ナイフをちらつかせ、獲物を逃さないようにそれぞれが四方向を塞いでいる。


 囲いの中心にいる、ショートボブの女性はブラウスに地味なスカートの服装で、バスケットを持って震えていた。対して男の方は、革で作られた軽装の鎧を着用し、両刃の長剣を両手持ちで構えていた。


 このシチュエーションは……。


 王道だ!!


 定番の盗賊達。襲われるヒロイン。それを剣で護る主人公。ラブコメにたとえるなら、不良に囲まれた女の子を主人公が救出して愛が生まれる場面だ。


 これから行われるのは主人公の華やかで格好良い見せ場だ。鮮やかに盗賊を追い払い、ヒロインはそれを見て主人公に心をときめかせる。


 そこからはじまるロマンス。なんて素敵だろうか!


「なんだか面倒なことになってるわねぇ。シンシア様、どうするぅ? 皆殺しに……」


 高揚していたシンシアはリリの言葉に被せるよう、二人の前で力説した。


「きっと、あの主人公が格好良くピンチを潜り抜ける! わたし達モブがそれを邪魔しちゃだめ! これは、あの主人公の見せ場!」


 さぁ、観戦だ! ヒロインが恋に落ちる、勇者物語の歴史的瞬間に立ち会うのだ。


 主人公。それはシンシアの憧れだ。いつか、自分も誰かを……マリアを護れるような、そんな主人公になりたい。


 今、横から観戦しようとしているのだって……ただの憧憬だ。そこに、自分を重ねたいだけだ。


 眺めることしか出来ない自分に虚しさを覚えながらも、主人公達に意識を向けた。


「うえっへっへっへっへっへっ……!」

「オレ達の目的、わかるだろ?」

「狙うぜ」


 一人が下卑た笑いをすると、それが盗賊達に次々と伝播する。まるで共鳴のようだ。


 ここまでの展開はある意味で筋書き通りと言える。……そして、定番だからこそ、主人公が勝たないと、とんでもないシーンになってしまいそうだ。主人公頑張れ!


「ふん! 貴様らの好きには、このオレ、フレッドがさせないぜっ!」

「格好いいねぇぇぇぇええ!! フレッドくううぅぅぅぅぅん!! さいっっっっこうだよおぉぉぉぉぉ!」


 盗賊達が下品に騒ぎ立てた。そして、一人静かに佇んでいた、飛び抜けて体格の良い盗賊が一歩前に進む。流れ的にはリーダーだろうか。


「女や金品を狙う野盗共め! 成敗してくれる!」


 そのリーダーは、決め台詞を放った主人公を小馬鹿にするよう肩を大袈裟に竦めた。ため息まで聞こえそうなぐらい堂に入った仕草だ。

 

「……あなた、何か、勘違いしてないかしら? アタシ達は、金品や女になんて興味ないわ」


 リーダーがその重たい口を開いた。野太い低音。歴戦の猛者を想像させる男の声。しかし……その口調は、どこか、独特だった。


「アタシ達の狙いは」


 突如として大きな体駆をくねらせ、前屈みになる。ゴツゴツとした大きな指を主人公の顔に向けた。指を、くるくると回す。


「あ・な・た・よっ?」


 語尾を上げ媚びを売った声。シンシアは背中に変な汗をかいた。悪寒が止まらない。今すぐこの場から逃げ出したくなった。


「はっ?」


 主人公が今の状況を理解できないように挙動不審になった。痛い程その気持ちが分かる。定番が、音を立てて崩れた。


「だからぁ、ここで挟撃したのは、あなたを食べるためよ? この、『百人切り』が、ね?」


「えぇーーー!?」


 えぇーーー!?


 主人公とシンシアは共鳴した。


 なんだ? 何が起こっている!? これは王道のヒロイックストーリーではなかったのか!? 何か全然違う場面だった!?


 主人公は直前までの気迫は霧散し、足腰をプルプルと生まれたての小鹿のように震わせ、その顔は青ざめていた。汗が滝のように吹き出ている。目も泳いでいて、涙目にも見える。歯もガチガチと鳴らしていた。


「そこの貴女? その男から離れたら何もしないし、何も盗らないことを約束するわ」


 それを聞き、彼女は悲鳴を上げながら脱兎の如く町の方向に逃げ出した。主人公は呆然とそれを目で追うだけだった。


「さあて、邪魔者も消えたことだし、やることやっちゃいましょうか?」

「へっへっへっ! お頭、オレ達の取り分もお願いしますよ?」

「フレッドくぅぅぅぅんんんん!!」

「狙うぜ」


 周りの盗賊達はその包囲網を狭めていく。……終演の時は……近かった。


「い、いやだあああぁぁぁぁ! こんな筈じゃ! 話が違うじゃないか! 助けてくれーーー!」


 主人公は全力疾走で戦線を離脱した。速い。追い込まれた末の力の覚醒なのか、元々速かったのかは定かではないが、とてもではないが追いつけない速度だ。


「あら、あらあら? 思ってたより逃げ足が早かったわね……まぁ、いいわ。次の一手は、もう打ってある。じっくりと、ねっとりと、フレッドを追い詰めましょ?」


 シンシアは泣きそうだった。想像してた展開からかけ離れた現実に。こんなのってないよ。


 ヒーローショー……観たかった……。


「さて、さっきからチラチラとこっちの様子を見てるの、出てきなさい? バレてないと思ってるのかしら?」

「ふぇっ!?」


 絶望達が、シンシアの隠れていた丘を睨み付けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ