二章 小さな一歩と広がる世界 (7)
二日目も朝早くに出発した。小さな野ウサギ、灰色のカラス、シンシア一行を伺うオオカミの群れなどを横目に、背の低い草を踏みしめてタラクの町方面へ歩き続けた。
天候に恵まれ、晴天の中をハイキング気分で歩く。道に大きな起伏もなく、途中でリリから指から火を出す魔術を教えてもらい、それをマスターしつつも順調に二日目を終えた。
三日目。少し歩くと、草が全て除去された、人工的に整備された街道が見えた。行き交う人は見えずとも、タラクの町は近そうだ。
街道に沿って進むが、起伏が激しい土地になり、小さな丘や大きな丘が何度も続く。視界を遮られて、先を見通せない。それが少しだけ心の負担になった。
後何回丘を越えれば町に着くのだろう、と遠い目になりかけた時、どこからか人の争うような声が耳に届いた。
シンシア達は顔を見合わせた。リリは争いが発生している位置を把握したらしく、進行方向とは違う丘を指差した。今の位置ではその先は見えないが、丘の向こう側なのだろう。
丘を登り、見知らぬ相手にこちらの場所を悟られぬようにしゃがみ、慎重に様子を伺う。まるでスパイのような気分になる。
シンシアの視界に映ったのは、一組の若い男女が、四人の盗賊らしき人達に囲まれている場面だった。
盗賊らしき人達は全員、布をぐるぐる巻きにして顔を隠しているため、目元しか見えない。薄汚れた襤褸のような服を纏い、ナイフをちらつかせ、獲物を逃さないようにそれぞれが四方向を塞いでいる。
囲いの中心にいる、ショートボブの女性はブラウスに地味なスカートの服装で、バスケットを持って震えていた。対して男の方は、革で作られた軽装の鎧を着用し、両刃の長剣を両手持ちで構えていた。
このシチュエーションは……。
王道だ!!
定番の盗賊達。襲われるヒロイン。それを剣で護る主人公。ラブコメにたとえるなら、不良に囲まれた女の子を主人公が救出して愛が生まれる場面だ。
これから行われるのは主人公の華やかで格好良い見せ場だ。鮮やかに盗賊を追い払い、ヒロインはそれを見て主人公に心をときめかせる。
そこからはじまるロマンス。なんて素敵だろうか!
「なんだか面倒なことになってるわねぇ。シンシア様、どうするぅ? 皆殺しに……」
高揚していたシンシアはリリの言葉に被せるよう、二人の前で力説した。
「きっと、あの主人公が格好良くピンチを潜り抜ける! わたし達モブがそれを邪魔しちゃだめ! これは、あの主人公の見せ場!」
さぁ、観戦だ! ヒロインが恋に落ちる、勇者物語の歴史的瞬間に立ち会うのだ。
主人公。それはシンシアの憧れだ。いつか、自分も誰かを……マリアを護れるような、そんな主人公になりたい。
今、横から観戦しようとしているのだって……ただの憧憬だ。そこに、自分を重ねたいだけだ。
眺めることしか出来ない自分に虚しさを覚えながらも、主人公達に意識を向けた。
「うえっへっへっへっへっへっ……!」
「オレ達の目的、わかるだろ?」
「狙うぜ」
一人が下卑た笑いをすると、それが盗賊達に次々と伝播する。まるで共鳴のようだ。
ここまでの展開はある意味で筋書き通りと言える。……そして、定番だからこそ、主人公が勝たないと、とんでもないシーンになってしまいそうだ。主人公頑張れ!
「ふん! 貴様らの好きには、このオレ、フレッドがさせないぜっ!」
「格好いいねぇぇぇぇええ!! フレッドくううぅぅぅぅぅん!! さいっっっっこうだよおぉぉぉぉぉ!」
盗賊達が下品に騒ぎ立てた。そして、一人静かに佇んでいた、飛び抜けて体格の良い盗賊が一歩前に進む。流れ的にはリーダーだろうか。
「女や金品を狙う野盗共め! 成敗してくれる!」
そのリーダーは、決め台詞を放った主人公を小馬鹿にするよう肩を大袈裟に竦めた。ため息まで聞こえそうなぐらい堂に入った仕草だ。
「……あなた、何か、勘違いしてないかしら? アタシ達は、金品や女になんて興味ないわ」
リーダーがその重たい口を開いた。野太い低音。歴戦の猛者を想像させる男の声。しかし……その口調は、どこか、独特だった。
「アタシ達の狙いは」
突如として大きな体駆をくねらせ、前屈みになる。ゴツゴツとした大きな指を主人公の顔に向けた。指を、くるくると回す。
「あ・な・た・よっ?」
語尾を上げ媚びを売った声。シンシアは背中に変な汗をかいた。悪寒が止まらない。今すぐこの場から逃げ出したくなった。
「はっ?」
主人公が今の状況を理解できないように挙動不審になった。痛い程その気持ちが分かる。定番が、音を立てて崩れた。
「だからぁ、ここで挟撃したのは、あなたを食べるためよ? この、『百人切り』が、ね?」
「えぇーーー!?」
えぇーーー!?
主人公とシンシアは共鳴した。
なんだ? 何が起こっている!? これは王道のヒロイックストーリーではなかったのか!? 何か全然違う場面だった!?
主人公は直前までの気迫は霧散し、足腰をプルプルと生まれたての小鹿のように震わせ、その顔は青ざめていた。汗が滝のように吹き出ている。目も泳いでいて、涙目にも見える。歯もガチガチと鳴らしていた。
「そこの貴女? その男から離れたら何もしないし、何も盗らないことを約束するわ」
それを聞き、彼女は悲鳴を上げながら脱兎の如く町の方向に逃げ出した。主人公は呆然とそれを目で追うだけだった。
「さあて、邪魔者も消えたことだし、やることやっちゃいましょうか?」
「へっへっへっ! お頭、オレ達の取り分もお願いしますよ?」
「フレッドくぅぅぅぅんんんん!!」
「狙うぜ」
周りの盗賊達はその包囲網を狭めていく。……終演の時は……近かった。
「い、いやだあああぁぁぁぁ! こんな筈じゃ! 話が違うじゃないか! 助けてくれーーー!」
主人公は全力疾走で戦線を離脱した。速い。追い込まれた末の力の覚醒なのか、元々速かったのかは定かではないが、とてもではないが追いつけない速度だ。
「あら、あらあら? 思ってたより逃げ足が早かったわね……まぁ、いいわ。次の一手は、もう打ってある。じっくりと、ねっとりと、フレッドを追い詰めましょ?」
シンシアは泣きそうだった。想像してた展開からかけ離れた現実に。こんなのってないよ。
ヒーローショー……観たかった……。
「さて、さっきからチラチラとこっちの様子を見てるの、出てきなさい? バレてないと思ってるのかしら?」
「ふぇっ!?」
絶望達が、シンシアの隠れていた丘を睨み付けた。




