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月姫は笑わない  作者: 雨雪雫
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二章 小さな一歩と広がる世界 (6)

 シンシア達は荒野を突き進んでいた。


 見渡す限りの乾いた大地。時折見えるひび割れた岩、巨大な生物の骨。じりじりと身体を灼く太陽。喉がすぐに渇いて、マリアから水筒を受け取り、水分を補給する一連の流れを何度も繰り返していた。


 前に進んでも、生物の息吹を感じられない。小動物、虫はおろか、雑草すら生えていないこの土地は、まるで死の荒野だ。


 屈んで、興味本意で不毛の大地に手を当てる。さらさらとした砂粒ではなく、まるで土器のように砂が固まっていた。鋭利なスコップでもないと掘ることは難しそうだ。立ち上がり、再び歩みを進める。


 何もない。何もないから、影もなく、直射日光がシンシアの体力を必要以上に奪っていく。 


 いきなり過酷で早々に心が挫けそうになった。後ろを見ると、二人とも平気な顔をしている。マリアは塔の往復で鍛えられたと言っていたし、リリは重い甲冑で生活をしていたのだ。基礎体力が違うのだろう。


 シンシアもほんの少しは鍛えたが、所詮は付け焼き刃。環境が変われば全く適応できない。


 既に数時間は荒野を歩き、太陽は頂点に昇る直前だった。腹時計もお昼の時刻を訴えている。


「シンシア様、大丈夫ですか? 無理だけはしないでくださいね?」

「大丈夫。まだ、行けるはず」

「この荒野はそんなに長くないからもうひと踏ん張りよぉ」

「がんばる……!」


 遠くを眺める。……彼方まで荒野が続く。もう……ひと……踏ん張り……?


 シンシアの歩幅は狭い。その分、少しでも多く歩かなければ、到着予定の三日を過ぎてしまう。


「そう言えば、どうして塔の周りだけ不自然に荒野なんでしょうね? 少し離れれば普通の平原ですのに」

「うふふ。それはねぇ……私達が張り切って焼け野原にしちゃったからなの」

「???」

「冗談よぉ」


 ああ。休みたい……。でも一度止まると再始動に時間がかかるし……でも歩きっぱなしも効率が悪いのかな……。どこかで休憩を……日陰があるところ……はないし……。


 せめて景色が変わって欲しかった。目新しい風景に心が踊れば多少の疲労はごまかせる。ずっと同じ景色だと心が折れる。


 体感で更に一時間程歩いたが、結局休めるような都合の良い場所は現れず、荒野のど真ん中で休憩することとなった。空腹と疲労で限界だった。


 地面に座ろうとすると二人に慌てて止められ、リリが背負っていた巨大な鞄から小さめの絨毯が取り出された。地面に座ることに抵抗はないが、絨毯を敷いてくれたのに断るのも悪く、そこに腰を降ろした。


 昼ご飯は鞄から出てきた黒いパンと、萎びたお肉。質素な食事。しかし、シンシアは感動で震えた。

 

「パ……パン!」


 この世界で初めて見た。俄然テンションが上がる。しかし、黒い。触ってみると、とんでもなく堅かった。乾いた大地並みにカチカチだった。


 これは……食べるのに苦労しそうだ……。


「本当はスープと一緒に食べるんですけど……」

「スープは調達できなかったの……シンシア様、ごめんね!」

「大丈夫」


 頬張った。


「かたひ」


 シンシアの知っているパンと比べると、目の前にあるパンの方が圧倒的に硬かった。ギリギリ噛めなくはないが……フランスパンよりも硬い。味もあまりしなかった。


 萎びたお肉は塩が効きすぎているのか、やけにしょっぱかった。牛や豚とは違う味わい。何の肉なのだろうか。


 味や食べにくさ等は全て無視し、食べる。シンシアに食のこだわりはない。腹がふくれればいいのだ。追い込まれれば虫だって貪る。


「美味しくないでしょ? ごめんねぇ。賊から奪……こほん。分けて貰ったもので、旅向きの食糧がそれだけだったの」

「気にしてない。用意してくれてすっごく感謝してる」


 シンシアは肉を噛みしめながら気付く。二人はシンシアの側に立っているだけで何も食べようとしない。


「あれ? 二人は、食べないの?」

「私達は大丈夫です」

「ええ」


 それだと……いつ食べるのだろう? 疑問に首を傾げていると、マリアのお腹がかわいらしく悲鳴を上げた。彼女はお腹を押さえて顔を赤らめた。


 当たり前だ。ここまでずっと歩き通しでカロリーを消費してきたのだ。お腹が減らない筈がない。


 普通の主従関係ならば一緒に食事を摂ることはないのだろう。でも、シンシアの思い描く格好良い主人像は、従者とはそんな遠い距離感じゃなくて。


「一緒に食べたい……」

「シンシア様?」

「食事は、みんなで。お願い」


 二人は顔を見合わせて、笑顔になってくれた。


 皆で一緒に食べるご飯は、味気ないパンも美味しくしてくれた。


 食事後は再び町に向かって歩き出す。結局、休み休み進み、夕方前に荒野地帯を抜けた。


 荒野の先は、なだらかな丘陵がずっと先まで続いていた。夕陽に照らされ、茜色に染まった草木が目に映る。風がそよぎ、背の高い草を波のようにたなびかせた。


 大小様々な木々。人が整備したような形跡はなく、自然のままの状態でのびやかに天へと向かって生えている。


 景色が変わり、シンシアに活力が戻る。時間によって巡る景色を楽しみつつ歩みを進める。


 徒歩で良かったのかもしれない。速度のある移動手段だと、景色の流れも早くて追い付かないだろうから。


 日が、完全に暮れた。街灯なんて気の利いた人工物はなく、太陽が沈んだ途端に何も見えなくなる。美しい景色は輪郭へと沈む。


 そして、騒ぎ出す虫達の声が全方位から聴こえた。リズムも、和音も、休符もない狂想曲。


 どこからか光を感じた。街灯はない筈なのに、明るい。どこだろうと探して、空を見上げて、言葉を失う。


 満天の星が瞬いていた。


 こぼれそうな星達。黒の箱庭に散りばめられた欠片は一つひとつが違う形で、違う色で、違う大きさで、まるで金平糖。その宝石箱に手を伸ばせば届きそうで、シンシアは手を伸ばした。触れたい。自分だけの物にしたい。


 でもはたと気付く。あれは何光年も先にある、とてもとても、気が遠くなる程の距離にある宝物で、シンシアには触ることすら許されない、不可侵。手は空を切り、何も得られない。


 それでも、シンシアは思う。


 世界って、こんなにも綺麗なんだ!


「さぁて! 今日はこの辺で野営をしましょうかぁ!」


 リリの一言でシンシアは我に返り、背後へ振り向く。


 絨毯が敷かれ、その近くには焚き火が周囲を照らしていた。火はリリが魔術で着火していたので、今度教えてもらおう。


 野営の準備が終わり、全員で食事を楽しんで、まったりとした時間が流れる。後はもう寝るだけだ。疲労しているので快眠が約束されている。


 シンシアは帽子を外して髪を降ろした。少しだけ肌寒い風が髪を撫でる。


 テントはないが、掛け布団がある。凍死する心配はまず、ない。


「それじゃあ、私は見回りに行ってくるわぁ。ここだと魔物がいないとも限らないしねぇ」


 リリは音もなく暗闇へと消えていった。武器などは持たなくても平気なのだろうか。


 静かになった。焚き火が小枝を燃やし、はぜる音だけが聞こえる。


 その音は、何だか落ち着く。安心感がある。闇を払う音だから、安堵に包まれるのだろうか。


 そこに、衣擦れの音が重なった。音源を見ると、マリアがすぐ近くに寄っていた。


 焚き火で温められたその顔は、少し赤い。


「……シンシア様、こちらへどうぞ」


 マリアは女の子座りをして、自身の膝を叩く。


 何故か、そんな筈ないのに、その声に甘い味がした。動悸が強くなり、心の安定感を失う。


「ふえっ?」

「マリアの膝を、枕代わりしてください」


 マリアの、膝枕。良いのだろうか? 想像してしまう。柔らかい太ももに頭を乗せる、その魅力溢れる提案を。


 チラチラとメイド服に包まれた太ももを盗み見る。柔肌が露出しているわけでもないのに、ドキドキと高鳴る。息が乱れる。


「シンシア様」


 甘い声に、脳が痺れる。マリアは慈しむような大人びた顔で、シンシアを受け入れるように両手を広げた。


「…………おいで?」


 マリアの太ももに突撃していた。無意識の行動だった。ふかふか! 甘い匂い! ここが! アルカディア!


「シンシア様、痛くありませんか?」

「最高」


 マリアの顔を見ると、柔らかく微笑んでいた。


 夢みたいなひととき。


 二人で他愛のない話をしているうちに、シンシアは眠りに落ちていた。

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