二章 小さな一歩と広がる世界 (5)
「だ、第一回! 作戦会議ー!」
シンシアは従者達の前で八割の照れと、二割の勇気で手を高く突き上げて叫んだ。
マリアはシンシアのすぐ横に。ロザリー、リリ、ルルは目の前で横並びで直立していた。リリとルルに、兜は外しても良いと伝えたので、素顔は見えている。
しかし、部屋に集まった彼女達は全員頭の上にハテナを乗せて、首を傾げたり、目が点になっていたり、無表情で固まったりと反応が芳しくない。一番後方に控えている手達とカオタチ先生もフリーズしていた。
赤っ恥だった。慣れないことするんじゃなかった! 自分が主人なのだから、先頭に立つ練習も兼ねて声を上げたが……もう泣きそう。いや、泣いていた。
「ご、ごめんね……わたし……調子に……乗った……」
「わ、わぁーー! 作戦会議ですね! はじめましょう! はじめましょう! マリアも喜んで参加しますっ!」
「シンシア様! 議題の内容をば!」
「作戦会議、盛り上がってきたわぁ!」
「超絶会議!!」
手達は全員拍手をし、カオタチ先生は黒い霧を吐き出して場の空気を盛り上げてくれた。完全に接待だった。
「こ、こほん。まず、最初に、えっと、その、ね? わたし、マリアの住んでた町に行きたい」
「タラクの町、ですか?」
「うん。マリア、その町に案内できる?」
「その、この塔までは御者さんに運んでもらったので……ここからどの方向に向かえば町に着くのか、分からないんです……。私、方向音痴で……」
両手の人差し指をくっつけてマリアは落ち込んでいた。その仕草に萌えた、じゃなくて。
「そっか。適当に歩くわけにもいかないし………」
「お役に立てずごめんなさい……」
「大丈夫。気にしないで」
地図でもあればおおよその位置を掴めるので、町がよっぽど小さくない限り、その方向に歩けば辿り着きそうではある。書庫で地図を探してみるべきか。
「シンシア様、私達姉妹はニンゲン達の地理にはちょびっとだけ詳しいから、タラクの町ならどこにあるか分かるわよぉ」
「リリとルル、すごい! 案内して! 案内して! 歩くとどれくらいかかるかな?」
彼女はシンシアの足を凝視して、甲冑に包まれた手を顎に当てた。
「そうねぇ、余裕を持って……片道三日くらいじゃないかしら?」
「三日……結構大変」
日帰りは無理かもしれないと予想していたが、片道で三日。ちょっとした旅行だ。
「そうなると、保存が可能な食料が必要だな。いつもの食材は足が早いからちときついな。保存食にする加工法もわからねぇしなぁ」
「それならぁ、私が用意しとくわぁ。アテもあるし?」
「替えのお洋服や身体を拭くものも欲しいですね!」
「うん。休む時汚れないよう敷くものも必須」
シンシアが特に進行せずともトントン拍子で会議が進む。下手に口を出しても場を乱すだけなので傍観を決め込んだ。
てんやわんやと持っていくもの等が決定し、一段落が着いたところでシンシアは次の議題を唱えた。
「それじゃ、次、なんだけど、わたしにまつわる『怖い話』があるみたいで、それのせいで町の人から怖がられているみたい」
事前にマリアからそれとなく情報を収集したが、シンシアが避けられていたのは怖い話が原因の一端らしい。一度マリアから怖い話を聞いたが、捏造もいいところだった。呪詛を吐き出し続けてたらすぐにご臨終してしまう。人の噂は尾ひれがたくさん付いてそれこそ怖い。
怖い話から分析すると、ポイントは憑き姫を連想させる、銀色の髪、赤い瞳、王様と王妃の娘、つまり姫? だろうか。
変装で容姿を誤魔化せれば、情報収集もすんなりとできるだろう。
「とりあえず、参考意見として、見た目でわたしの怖いところって、どこ?」
「シンシア様は世界で一番かわいいです!」
「シンシア様は可憐でいらっしゃる」
「超最高よぅ……」
「至高」
背中がむず痒くなる程のべた褒めだった。やはり従者としては主の欠点を指摘するのは厳しいだろうか。しかし、それでは客観性に欠けてしまう。
「この髪と目がだめっぽいから、とりあえず髪全部剃るのはどうかな。名案」
「えええええー! だめですよ!」
「それは、なりませぬ!」
「やだやだやだやだ! シンシア様の髪なくなるのやだやだやだやだぁ!」
「断固、反対!」
すこぶる不評のようだ。確かに禿頭は厳ついかもしれない……。名案だと思ったのに……。
「それじゃあ、せめて髪を目立たなくする方向で進める」
マリア、リリ、手達に手伝ってもらいながら試行錯誤を重ねて、シンシアの姿を変えていく。ルルとロザリー、カオタチ先生は傍観していた。女子力の格差を垣間見た。
そして、完成する。鏡を見ると、長い髪をお団子にしてまとめて、それを紺色のキャスケットで隠したシンシアがいた。もみ上げと前髪がぴょこんと少し見えているが、目立たないし及第点だろう。帽子と同じ紺色のデニムオーバーオールはパンツタイプなので動きやすい。見た目が性別不詳になったので、姫感はない。
「きゃー! きゃー! シンシア様かわいいー!」
「シンシア様。素晴らしいお姿でございます」
「疑似ショタ……いける!」
「大正義」
好評のようだ。シンシア的にも動きやすくて、悪くない。赤い瞳は誤魔化しようもないので諦めた。大きな特徴を二つ目立たなくさせただけでも大きな前進だ。
「じゃあ、準備できたら、行く! お出かけの準備しよ!」
全員が大きく頷いて、ばたばたと慌ただしくなる。シンシアも何か旅の準備をしようとうろうろしてみたが、何も手伝えそうになかったので部屋で大人しくした。
今回の旅の同行者は、マリアとリリに決まった。リリは案内人として。マリアはタラクの町の出身者だし、何より一緒にいたい。
初めての旅に、初めての町。
不安なことも数多くあるけれど、わくわくした気持ちの方が強かった。
そしてそれぞれの準備が終わった二日後の早朝。シンシアはショタの格好に着替え、マリアと共に塔の外に出た。
朝日が稜線から白々と明け、光の線がシンシアの全身を照らし出す。パリッと緊張した、澄んだ空気。少しだけ肌寒い気温。早朝の、朝を全て独り占めにしたような空気感がシンシアは好きになった。
マリアはいつものメイド服だったが、リリは無地の丈が長いワンピースに黒ぶちメガネ。髪は一つにまとめて前に流している。まるで委員長、または村娘のような出で立ちだった。そんな彼女は驚くことに、今回の旅で必要な物を詰め込んだ、巨大過ぎる鞄を平然と背負っていた。
二人はシンシアの後ろで控えている。先頭に立つのは、シンシアだ。
進むべき方向は予め、リリから聞いている。進路から外れたら軌道修正してくれるが、それ以外は全て、シンシアの意思で進む。
ルルとロザリーは直立不動で見送る態勢になっていた。二人はこの塔を守護する、と気合いの入った声を上げた。
「それじゃ、少し、出かけてくるね」
「ハッ! 良き旅路を!」
「我が主君の道筋に栄光あれ」
シンシアは朝日を背中に受けて、タラクの町を目指す旅の一歩を踏み出した。




