二章 小さな一歩と広がる世界 (4)
甲冑二人とは数年間の付き合いだが、二人の声を聞いたのは今日が初めてのことで、シンシアは心底驚く。無口だったのは仕事中に私語は慎むこだわりがあるのだろう、と勝手に解釈していた。……または、中身のない、甲冑。
二人が揃って並んでいるのも今日初めて見たが、全く同じ種類の西洋甲冑で、色が違うだけだ。この世界では一般的に販売されている甲冑なのだろうか。
「声……はじめて、聞いた」
シンシアのその呟きに、赤色の甲冑兵士が膝を地面に着けたまま両手を胸の前で合わせ、頭を上げた。甲冑なのにやけにひょうきん、かつ俊敏な動きで、威厳が音を立てて崩れた。
「ごめんね! わが君……じゃなくてシンシア様! あ! さっきのロザリーとの会話を聞いてたからシンシア様って呼ぶね! 私さぁ、本当はシンシア様といっぱいおしゃべりしたかったんだけどさぁ、いやぁ……個人的な事情があってさ……自分からは話しかけないって決めてたんだ。でも、でも! シンシア様、初めて話しかけてくれた! 嬉しいなぁ! あっ、シンシア様は今日も可憐だねぇ! そうそうそれから……」
「ふぇっ!?」
凛とした声は鳴りを潜め、明るい声音がダム決壊のごとく流れ込んでくる。そして、迫力のある甲冑兵士とは思えない、コミカルな手振り身ぶり。威厳もどこかに流れてしまったようだった。
「姉さん、一気に喋りすぎ。シンシア様、困ってる」
言葉の奔流に溺れそうになったシンシアを救出するように、黒色の甲冑が赤色をたしなめた。この黒色は言動が比較的落ち着いているらしい。
この二人、姉妹なのだろうか? 姉妹と言っても色々な形の姉妹がある。血のつながった姉妹、あるいは、なんかこう、お姉さま的な姉妹とか。または、義姉妹とか。
「あ、ごめんねー! シンシア様! ちょっと、話したい欲が、抑えられなくなっちゃった、かな!」
「……それは、まぁ、同意」
彼女達の顔は兜に包まれているため、どんな顔をしているのか確認することは叶わない。目の所にわずかなスリットがあるが、シンシアからではその奥は暗く見える。
「そ、その、ありがとう。わたしも、もっと早く、話しかけられれば、良かった……。これからは、その、話しかけて?」
「シンシア様ー! 超さいこー!」
「同意」
シンシアの中で無口で格好いい甲冑さん達は崩壊してしまったが、気の良さそうな二人だ。赤色の甲冑は少しギャルっぽく、黒色の甲冑はクールキャラだろうか。
そうだ、この二人にも感謝をしたい。
「ふ、ふたりとも、も、今まで、ありがとう。こらからも、よろしく、ね?」
頭を深く下げる。ずっと引きこもって何もしなかったシンシアに付き合ってくれた、数少ない従者だ。
「らじゃ!」
「イエス、マム!」
顔を上げて二人を見る。兜でその顔は分からないが、きっと笑顔だ。朗らかな空気を感じる。
「あとあとー、私達にも名前を付けてくれると嬉しいなぁ。私達も名前がなくってさぁ。二つ名はあるんだけどねぇ」
「同意」
「え、えと、じゃあ、」
少し気になる単語も聞こえたが、それは一旦置いとくことにした。ロザリーの時と同じく、膝をついてその瞳と全体を見ようとして……兜が、邪魔だった。
「あの、二人とも、兜外せる?」
「うん」
「イエス、マム」
二人がそれぞれ兜を外す。中から出てきたのは全く同じ顔、全く同じ赤髪の、洗練された美しさを持つ女性だった。
おそらく成人はしている女性ではあるが、完全には成熟していない。美しさの中にも可愛さが残っていた。兜を被るためだろうか、髪はまとめられてシニヨンになっている。
お姉様だ。もし女学校にこの二人が在学していれば、間違いなく後輩の女子生徒からモテるだろう。そして、姉妹の契りを迫られつつも軽くあしらう。そんな光景がすんなり浮かんだ。
「二人とも、血のつながった姉妹?」
「だねぇ。私が姉!」
「肯定。我が妹」
美人姉妹だ。今のシンシアには気になる女の子が出来たので萌えた時の小躍りはしないが、マリアと逢う前であれば相当興奮していたに違いない。
改めて赤の甲冑を纏ったお姉さんの目を見つめる。そして、全身も眺める。黒の甲冑お姉さんも同じ順序で見た。
そして。
「リリ」
赤色の甲冑お姉さんの手を持ち上げ、それを両の手で包み込んで、呼ぶ。
「ルル」
黒色の甲冑お姉さんにも同じ手順を行って、呼ぶ。
「よろしく、ね?」
「うん! 私! リリ!」
「ハッ! 我! ルル!」
二人は動きづらそうな鎧を鳴らしながら踊るように喜んだ。単純な名前しか思い付かなくて大変申し訳なかった。でも、それが一番に浮かんだのだ。
それぞれに感謝を伝えて、次は塔の周りを調べようとして、ふと、エレベーターの件を思い出した。リリとルルの名付けを見守っていたロザリーとマリアに近寄る。
「ロザリー、塔の入口付近からわたしの部屋前まで、簡単に移動できるもの、作れる?」
「ハッ! 一日時間をいただければ可能でございます、シンシア様」
「それ、マリアも使える?」
「いえ、マリアは魔術のセンスが欠片もないので無理でしょう」
「ええー……それじゃ、意味ない」
仕方ないので上がるときはロザリー、下りる時はシンシアが魔術を発動することになった。誰でも使えるエレベーターはやはり文明の利器だ。
エレベーターの件について打ち合わせが終わり、シンシアはすぐさま塔の周りを散策した。
しかし、塔の周りには小さな民家が四軒と、馬小屋みたいな建物が点在しているだけで、その他には何もなかった。見渡す限り、一面の荒野。遠くにうっすらと稜線は見えるが、付近に植物などは一切生えていない。
民家は二軒が空き家だった。シンシアの家族が住んでいるような家はどこにも見当たらない。
その事実に、ほっとしてしまった自分がいる。家族と向き合うと決めていたが、正直、もう少しだけ猶予も欲しかった。
塔の周りの調査を終えて、ここら辺一帯は何もない、という結論に至る。この塔は一種の隔離施設のようなものなのだろうか。
現状で調査できるのはここまでと判断し、疲れた身体に鞭を打って塔を上った。……塔を下りる時の倍は時間がかかってしまった。
次の日は当然のように筋肉痛で、シンシアは三日間ベッドから動けなかった。痛すぎて動けない方の筋肉痛だった。しかし、マリアに付きっきりで手厚く看病してもらえたので、ある意味で充実した三日間だった。
筋肉痛が回復してからは数日間、ロザリーやリリ、ルルと会話をしてみたり、エレベーターが完成してもあえて塔を往復して足腰を鍛えた。
そして遂には塔を往復しても疲れない身体と、従者全員、普通に会話できる程度のコミュニケーション能力を身につけた。
時は満ちた!
情報を集めるためにマリアの町へ行こう。その前に、自分の容姿もある程度改善しなくてはならない。町民に怯えられない程度になれば、それで良い。
その問題を解決するために、全員をシンシアの部屋に集めて自身の容姿に関する会議を開くことにした。




