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月姫は笑わない  作者: 雨雪雫
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二章 小さな一歩と広がる世界 (1)

 シンシアは目覚めた。しかし、いつもとは何かが違う目覚め。起き抜けの違和感。まだ鈍い思考ではその何かを見つけることができずに、キョロキョロと部屋の中を見渡す。


 ランタンの光源しかない、やや薄暗い部屋。空気穴から極々僅かにだけ漏れる朝の光。シンシアが起床したことに気づいて服を用意する青白い手達。


 これはいつもの景色だ。何かをまだ見つけられない。今度は自分自身の近くに目を向けて、やっと見つけられた。


 マリアがシンシアの手を握りながら、すやすやと眠っていた。


 金色の長い髪に、純白の寝衣。まだあどけなさを残している優しい顔立ち。だけどシンシアより4つ歳上の、専属メイド。


 そう言えば昨日は一緒に眠ったのだったと思い出す。一人で寝るより睡眠の質が高かった。


 起こすべきか、このまま寝顔を堪能するか、どちらが正解なのか迷っていると、マリアは目覚めてしまった。


「あ……シンシア様だぁ……」


 まだ寝惚けているのか、シンシアは抱き枕のように引っ付かれる。突然の至福に身体が固まった。メイド服で抱きつかれた時より、今の服の方が布が薄く、彼女の柔らかさがより鮮明で頬が熱くなる。


「おはよう。起きて」

「ふぇっ……?」

「朝」

「……? …………!! ご、ごめんなさい! 寝惚けましたっ!」


 マリアは慌ててシンシアを解放すると、あわあわとベッドから降りて朝の挨拶をする。そしてそのまま赤面をしながら高速で部屋を出ていった。朝食を用意しに行ってくれたのだろう。


 気立ても器量も良い、自分には勿体無いメイドさんだ。シンシア専属のメイドという事実が気分を高揚させるが、同時に、他の家族の誰かにこのメイドさんを奪われてしまうのではと危惧もする。


 シンシアは今まで目を背けていた事実に焦点を合わせた。


 この家にはシンシアの産みの親や、兄弟などの親類がまだ残っているのか。マリア、おばさんメイド、甲冑の人以外で働いている人がいるのか。つまり、この家の詳細だ。


 王族なのか貴族なのか平民なのか。身分すら知らない。家族の名前も、ファミリーネームも、住んでいる地名も。マリア以外の従者の名前も! 何も、何も知らない!


 全て見ない振りをしてきた。この部屋に籠って拒絶してきた。この小さな世界だけで生きてきた。


 発展も発見もない毎日。今までなら、いつか朽ちる日までそれでも良かっただろう。


 しかし、今のシンシアには一つ、どうしても気がかりなことがあった。


 マリアの母を呪った存在である。


 呪術の危険性や代償などはシンシア自身が実際に使い、身をもって味わっているが、アレは生半可な覚悟ではできない。だからこそ、マリアの母が呪われたのは、そこに、何か、根深い問題があるのでは、とシンシアは考えた。


 それを解決しておきたい。マリアの笑顔を曇らす種は事前に摘むべきだ。


 そのためにも情報収集を、マリアの母がいる町でしたかった。まずは、この部屋、いやこの家の外くらいは出られるようになる必要がある。いきなりマリアの町まで遠征するのは、身体がもたない。準備運動からだ。


 そして、この家の人間関係の改善を目指す必要もあった。一度父親に殺されかけているため、友好的とは言えないだろう。それでも、腐っても親子なのだから、交渉次第では金銭や移動手段等を融通してもらえるはずだ。……上手く交渉できれば、だが。


 今のシンシアはまだスタート地点にすら立てていない。ただ前向きになっただけで、現実は未だにただの引きこもり。


 変わろう。慕ってくれるあの子のために。自分の名前に負けない、格好良い主人になろう。思うだけでなく、行動だ。


 手達から服を受け取る。たくさんのヒラヒラが付いた、黒を基調とした服。スカートの端から白い布も見えていて、白と黒のコントラストが目を惹く。


 しかし、シンシアには服飾の名称や細かいディテールやフリルがどうのこうのはどうでも良かった。着用さえできればそれでいい。


 たくさんの手達に手伝ってもらいながらも着替える。


 姿見で自分の姿を確認すると、そこには銀色の長い髪を腰まで伸ばした幼女が、黒いゴスロリファッションに身を包み、赤い瞳を細らせ、いかにも機嫌が悪そうにこちらを睨み付けていた。


 この目付きが悪いのか、容姿が悪いのか、顔が悪いのか。シンシアは両親や数多くの従者を怯えさせてきた実績がある。マリアでさえ、最初は怯えていたのだ。


 情報収集をするのにいちいち怯えられていてはお話にならない。怯えられる原因を解明する必要もあるだろう。


 ……問題は、山積みだ。少しずつ解決しなくては。


 その他の必要最低限の身だしなみを整え、メイド服に着替えたマリアが用意した朝食を無言で摂る。


 準備は出来た。行こう。


 シンシアは椅子から立ち上がり、部屋の扉を見つめる。実は、その扉の先は何回か見えたことがある。短い廊下だった。問題はその先の大きな扉。


 その扉は赤色に染まっていて、奇妙なことにドアノブらしきものがない。どうやって開けるのか謎だった。


 そして、その先は、未知。シンシアが観測していない世界。観測するまでは、何があるか確定することはできない。その先には、虚無の世界しかない可能性だって、ある。


 ……それは引きこもるための言い訳。現実は廊下の先にまた廊下、もしくはリビングなどがあるのだろう。


「マリア」

「はい。シンシア様」

「わたしは、部屋を出る」

「はい。シンシア様のご意志のままに」


 シンシアは扉に向かって歩き出す。後ろを振り向くと、マリアと手達も食器を持たず静かに付いてきていた。先導はいない。シンシアが前に進まなければ、何も、誰も、動かない。


 部屋の扉を開くと、手達が黒いブーツを用意してくれた。それを履いて、短い廊下に出る。


 そして、二つ目の扉の前に近寄ると、赤色の扉が二つに割れて、左右にスライドした。本当にセンサーが付いていたのだろうか。


 扉の先は、未知。


 少しだけ怖いから。


 左手を後ろに伸ばす。すぐに、温かい手に包まれた。


「マリア」

「はい。シンシア様」

「手を、握ってて?」

「はい。マリアは、この手を離しません」


 開いた赤色の扉を通過した。

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