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月姫は笑わない  作者: 雨雪雫
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間章 そうあい・そのいち (1)

 シンシアはベッドで頭を抱えていた。あんなにも巨大な死亡フラグをおっ立てておいて、のうのうと生存してしまった自分が無性に恥ずかしかった。


 だって禁呪とかいう大層な名前だよ!? 血もすごい出てたし! あれは普通助からないパターンでしょ! おばさんメイドも深刻そうに命に関わるって言ってたし! 最期だと思って格好つけて命令とかしまくったし!?


 シンシアはあの時、場の空気に酔っていた。ピンチの可愛い女の子。もしかしたら助けることができるかもしれない自分。代償は自分の命ときた。後先など何も考えず行動した。


 正直、憧れのシチュエーションだった。自分が主人公になった気分さえ味わえた。しかし、全てが終わって思い返すと羞恥に襲われる。


 元来、シンシアはモブ系なのだ。ヒロインを颯爽と助ける主人公系なら部屋に引きこもってなんかいない。


 禁呪を使ったことに後悔はない。望む結果を得られたのだから。しかし、羞恥はまた別の話なのだ。


 朝からベッドの上で激しく転がり、時にはふかふか枕にヘッドパッドをかます。恥ずかしくてじっとしていられない。


 それから、呪術。あれは今後、絶対に使わない。自分の命が燃料なんて狂気の沙汰だ。


 そして、解呪が法外な値段がする理由に納得した。自分の命を削るのだ。金額が跳ね上がって当然だ。足下を見ているかも、などと疑って悪かったと猛省した。


 呪詛なら禁呪より安全とおばさんメイドは説明していたが……命に関わることなので、安易に鵜呑みにせず、自分でも情報収集しなければならないだろう。


 この部屋に引きこもって、家の外にすら出たことがないシンシアは、明らかに経験や知識が足りない。今回の一件を通して、見聞をもっと広げたい意欲が素直に湧いた。


 そのためにはまず、この部屋から出ることからはじめよう。それが、新しい世界へ踏み出す、最初の一歩だ。


 今であれば、前を向いて歩けるはずだ。


 つらつらと考えていると、お腹が鳴った。そろそろ起床しなくては、とシンシアは立ち上がる。朝食の時間は近い。ベッドから降りると、大勢の手達が今日の服装を用意してくれた。


 洗面台で顔を洗って部屋に戻ると、ノックの音が聞こえた。返事をして彼女を迎え入れる。


「おはようございます、シンシア様。朝食の準備をしに来ました!」

「おはよう、マリアさん」

「…………シンシア様?」


 マリアさんは半眼と頬を膨らませるという合わせ技でシンシアを萌やした。オコでも可愛い。


「マリアとお呼びください」

「うっ……いや、だけど、やっぱり……」

「マリアとお呼びください」

「でも、さすがに……」

「マリアとお呼びください」

「…………」

「マリアとお呼びください」

「………………マリア」

「はいっ! シンシア様のマリアですっ!」


 マリアさん、いや、マリアの笑顔が眩しくて直視できない。彼女は太陽だったのか!


 死亡フラグを無事へし折ってから目が覚めると、マリアは号泣していた。途切れ途切れの話を聞くと、どうやらシンシアは何日も眠っていたらしい。


 そしてマリアはその場でシンシア専属メイドになり、シンシアの所有物になると高らかに宣言した。その際、マリアを呼び捨てにすることを上目遣いで強要した。所有物に敬称をつける必要はないとのこと。


 しかし、シンシアは女の子を呼び捨てにしたことがない。無理だ。無理無理。照れる。恥ずかしい。恥ずか死してしまう。


 そんなこんなで名前を巡る攻防は数日以上に渡り、未だに繰り広げられていた。シンシアは確かに半眼萌えでもあるが、決してそれを見たいが為にわざと敬称呼びしてるのではない。


 準備してくれた朝食を終えると、マリアと手達は一緒に仲良く食器の片付けをはじめた。


 初めてマリアと逢った時、この手達は彼女の前では姿を現さなかったが、マリアが正式に専属メイドになってからは頻繁に姿を現すようになった。手達は人見知りするのかもしれない。


 マリアはマリアで、当初は手達に驚いていたが、何回か一緒に食器の片付けや掃除等、家事をしているうちに打ち解けていた。


 食器をみんなで持つと、そのまま部屋を出ていった。その間にシンシアは歯磨きを終え、ベッドにダイブした。読書の時間だ。


「失礼しますっ! マリア、戻りましたっ!」


 シンシアは生返事をしてベッドの近くに積んでいた本を探る。昨日読んでいた『聖女レイの巡礼記』の続きを読みたい。部屋を出るのは明日から頑張る。


「そうだ、シンシア様。たまにはおしゃれしてみませんか?」

「おしゃれ? それ美味しいの?」

「もうー。シンシア様は可愛い女の子なんですから、おしゃれには気を遣わないと、ダメなんですよっ?」

「興味ない」


 シンシアは自分自身の見た目に微塵も興味がなかった。いくら自分を着飾ろうが何の得にもならない。気になる女の子からのお誘いでも乗り気にならなかった。おしゃれより本だ。


「まぁまぁ。私に任せてください!」


 本を読むためにうつ伏せに寝てたシンシアは、後ろから優しく抱き締められ、鏡の前まで強制的に歩かされた。その際、マリアとはゼロ距離だ。背中越しに伝わるぬくもり。


 ふおおおおおおおおお! あったかぁい! ふかふか! ぺたぺた! そしてマリアの匂い!


「さて! どんな髪型にしましょうかー?」


 鏡越しのマリアは鼻唄でも奏でそうな程に上機嫌だ。音符マークを幻視した。やはり、女の子はおしゃれが好きなものなのだろうか?


「おすすめで」

「それじゃ、まずは定番のツインテールで!」

「ほう」

「シンシア様の髪、とってもさらさらです」


 この部屋では見たこともないブラシで髪をすかれる。生まれてから一度も使ったことのない代物なので、マリアの私物だろう。この部屋には、随分とマリアの私物が多くなった。


 髪をブラシですかれるのは初めての経験だったが、想像以上に心地よい。髪に神経が通ってるはずもないので、気持ちの問題か。精神的に心地よさを感じているのかもしれない。


 マリアの手際を眺めていると、シンシアはいつの間にか銀色のツインテールになっていた。


 萌えなかった。


「きゃー! かわいー! もうっもうっ! 最高です!」

「そう? よくわからない……」

「服も合わせましょう!」

「まだ続くの……?」


 自分のではなく、マリアのツインテールを観賞したかった。それは絶対に可愛い。断言できる。普段髪をストレートにしている女の子がツインテールにした時の破壊力は凄まじい。


 クローゼットに仕舞ってあったドレスを手達がマリアまで運び、代わる代わる着せられた。着せ替え人形になった気分を味わう。全部ひらひらしていて動きにくい。


 自分の着せ替えよりもマリアの着せ替えをしたい。やはり、ミニスカメイドか。今のロングスカートもマリアの清楚さを際立たせて圧倒的萌力であるが、シンシア独自の萌えランキングではやはりミニスカだ。ミニスカとニーハイの狭間に揺れる絶対な領域は人々の心を奮わせ、立ち上がらせる。スタンディングオベーションだ。


「? シンシア様?」

「ふぃ!?」

「どうかされましたか?」

「その、ちょっと、哲学について思考してた……」

「? それは良く分かりませんが、シンシア様は何を着てもかわいーです!」

「もうベッドに戻っていい?」

「つれないです……」


 その後も様々な髪型になって服もたくさん着せ替えられたが、やはり萌えなかった。




 夕食後。マリアが食器を片付けに部屋を退出したので、彼女が戻ってくるまで椅子に座ってのんびりする。非常に疲れた。


 女子のおしゃれに対する情熱をなめていた。


 休憩や昼食も挟んだとはいえ、まさか何時間も鏡の前に座ることになろうとは……!


「ごめんなさい、シンシア様……私、楽しくなっちゃって……シンシア様の気持ちを疎かにしてしまいました」


 マリアは部屋に戻るなり頭を下げた。俯いてシュンとしている。


「いい。気にしてない」

「ありがとうございます……。でもでも! ほんっとーに可愛かったですよ!」

「そう」

「私的には、やっぱり最初のツインテにパステルブルーのゴスロリを合わせたのが……」


 スラスラとおしゃれについての言葉が並べられる。理解しようと一通り聞いてみたが、全く頭に入らず、パンクし、諦めた。


「わたし、もうお風呂入る」


 退散を余儀なくされ、椅子から立ち上がって避難所に向かうことにしたシンシア。


 しかし、マリアに回り込まれてしまった。


 何事だと困惑していると、彼女は人差し指を口元にあて、どこか蠱惑的な表情で口を開く。


「シンシア様、一緒に、お風呂、入りませんか?」


 一瞬、マリアが何を言っているのか理解できなかった。


 お風呂という単語を脳内辞書で引いて、そこでやっと、意味のある言葉だと理解。次の瞬間には脳内に生息している天使シンシアと悪魔シンシアが二人揃って万歳した。


 お風呂イベントきたぁ!

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