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月姫は笑わない  作者: 雨雪雫
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一章 シンシアとマリア (8)

 シンシアはマリアからこの仕事を受けた経緯を、長い時間をかけてじっくりと聞いた。当然、朝食は摂っていない。


 母親にかかった呪いの解除。それがマリアさんの最終的な目的だ。


 呪いと言えば、わらで出来た人形に釘を打ってみたり、装備品に付与されてるようなイメージしか持ち合わせていないが、その貧困な想像でも、最悪の事態を想定するのは難しくない。


 そして、マリアさんはその解呪のお金を稼ぐために、ギルドで発行されていたクエストを受け、馬車でこの塔まで訪れ、配膳の任に就いた。


 シンシアは、ギルド? 塔? と何点か疑問を持ったが、今はそんな些細なことを気にしている場合ではない。今考えるべきは、この呪いを解くことだ。その方法の一つとして、解呪を専門家へ頼むことにある。


 しかし、この解呪を依頼する金額が法外な金額らしい。


 何故、解呪をするのにそんなお金が必要なのかは情報が足りず不明だが、もしかすると足元を見られて通常の値段より高く吊り上げられているのでは、と疑念を抱く。マッチポンプを狙って画策した可能性もあるかもしれない。


 ……しかし、今はそれを推測してる場面ではない。根原を探る猶予はない。まずは呪いを解くことが最重要だ。


 そのためにはやはり金貨10枚は絶対に必要になる。金貨10枚にどのくらいの価値があるかは不明であるが、解呪を頼めるのは間違いないらしい。


 理屈の上では金貨10枚を受け取るのが間違いなくマリアさんの母親を救える。


 しかし、その選択はマリアさんの感情を無視してしまうことになる。……自分のためにここまで悩んで、葛藤した、涙を流した女の子の感情を無視することなんてしたくない。


 つまり、金貨10枚を受け取らせることなく、母親の呪いを解くことがシンシアの目的となる。


 無理だ。そもそも呪いのことなんて何も知らない。餅は餅屋、専門家に任せてしまった方が良い。シンシアにできることなんて何にもない。


 と。マリアさんに出逢う前であれば、そんな後ろ向きな思考をしただろう。


 だけど。今は、違う! 匙を投げない! 簡単に諦めてたまるか! 


 お金を払わなければ人の命を放置するような奴らに任せなければいい! わたしが、その呪いを解く!


 シンシアは頭を高速で回転させて、関連用語をどこかで拾わなかったか思い出す。


 つい最近、カオタチ先生に読んでもらったタイトルが頭に浮かぶ。そう、確か、ジュジュツシニヨルカイジュヤクセイセイホウホウ。


 呪術師による解呪薬の精製方法。

 

 これがヒントになるかもしれない。


 マリアさんの袖を引っ張り、部屋の中央へ向かい、エレベーターを起動、書庫へ降りる。


「すごい……」


 マリアさんは辺りを窺うようにキョロキョロとする。マリアさんにその場で待つように伝えてから本を探す。


「あった……これ……」


 前回カオタチ先生にタイトルを読み上げてもらった本で間違いなかった。装丁はボロボロで、保存状態はすこぶる悪い。そして、鈍器として扱えるほどぶ厚い。


 早速本を床に置いて開くが、専門用語が難しくて読めない。これではヒントすら掴めない。この程度の壁では諦めない。分からないなら、訊けば良い。


「マリアさん。あの、丸いメガネをかけた、メイドさんを呼んできて欲しい」

「は、はい!」


 その本を持って元の部屋に戻る。マリアさんはすぐに退出した。


 シンシアはもう一度床に置いて本をぺらぺらと捲るが、やはり解読出来ない。歯痒い。もっと、真剣に言語を勉強していれば。でも、悔いるのは全て後回しだ。


「主様!! 御前失礼いたします!」


 昔からの付き合いである、丸メガネをかけたおばさんメイドが入室するなり、片膝を絨毯に着けて頭を垂れた。相変わらず大袈裟な一礼をする。これではメイドではなくて騎士みたいだ。


 後からマリアさんもおずおずと入室する。おばさんメイドを見るなり、慌てて同じように片膝を着こうとするマリアさんを止めてから本題に入る。


「これ、わかる?」

「ハッ! 拝見いたします!」


 おばさんメイドは高速で本をパラパラと捲り、5秒と経たず本を閉じた。


「こちらの本は、タイトル通り、呪術師が解呪薬を精製する方法が書かれております。しかし、質としてはお粗末。低級呪術を解く薬を精製するのがやっとでございましょう」

「……それじゃ、ダメ」


 弱い薬で治せなかったら目も当てられない。


「ねぇ。そもそも、呪術って、何? 大雑把で良いから、教えて?」

「ハッ! まず、基本的な知識として、魔法は大きく3つの種類に分類することができます。それが、魔術、呪術、聖術と呼ばれるものにございます」

「呪術も、魔法の一種なんだね」

「はい。しかし、この3つの中で決定的に違うのは呪術です。呪術のみ、生まれつきの才能に依存せず、誰でも発動することが可能です。あくまでも、発動できる、だけですが」

「?」


 何か含みのある言い方だ。発動はするが、効果はない、ということだろうか?


「呪術全ての説明をすると膨大な時間を要するので、呪術を発動する2つの方法を簡単に説明します」


 おばさんメイドは人差し指を立てる。


「1つ目です。様々な供物、生贄、道具、媒体等を用意して儀式を行い、3日から5日程度、呪いの言葉を吐き続けて発動する方法、所謂、呪詛です。呪術は基本、この呪詛で発動します。この本に記載された方法も呪詛によって精製するタイプでございます」


 解呪薬を作るのにも、呪う時と同じ方法を使用する? 疑問を抱いていると、彼女は追加で中指を立てる。


「2つ目です。術者の血と魔力を供物として発動する方法です。こちらは、禁呪と呼ばれるものにございます。瞬間的に強力な呪術が発動可能ですが、この禁呪を使用する呪術師はまずございません」

「どうして? 呪詛と違って即発動できるのに?」

「術が発動する前に失血死する可能性と、呪いが自らに侵食して呪死する確率が非常に高いためです。発動するのに必要な血の量は親和性により変動しますが……大抵の術者は禁呪を使用すれば即死でございます」

「だから禁呪……」

「はい。いずれにしても呪術との親和性が高い血を持つ者が呪術師になることが一般的でございます」

「親和性が低いと、発動できない? 才能は必要ないんじゃ?」

「いえ、才能、つまり血の親和性が低くとも、効果が薄れるでしょうが発動できます。ただ、術者が死ぬだけです。効果が全くないのに発動し、術者が死亡するケースもございます」


 なるほど、才能を必要としない分、相性が悪ければ命を代償にして発動するようだ。


「つまり、呪詛も禁呪も準備さえ整えれば誰でも発動可能だけど、命の保証はないし、親和性が低ければ効果が出ないこともあるってこと?」

「そうでございます」 

「なるほど。それと、解呪薬を作るのも同じ方法、工程なの?」

「はい。呪うのも、呪いを解くのも根底は同じでございますから。陰と陽の……いえ、これは長くなるので止めておきましょう」

「分かった。それで、そこまで呪術に詳しいってことは、効果が高い解呪薬の作り方、知ってたりする?」


 幾度なくシンシアの無茶ぶりに答えてくれたこのおばさんメイドなら、あるいは。


「知っております」

「……! わたしの血って、呪術との親和性が高い可能性あるかな!?」

「…………。主様の血は、わたくしの見立てでありますが、親和性が非常に高いと思われます。しかし……親和性が高くとも、呪術はとても危険な代物でございます。興味本意で手を出す術ではございません」

「うん。危険性は、今、知ったよ」

「主様。もし、どうしても解呪薬を作りたいのでしたら、精製までに時間はかかりますが、少しでも安全な呪詛を提案いたします。必要な材料などを揃えて参りますので、お時間さえいただければ……」


 マリアさんのお母さんは、呪いにかかってからかなり時間が経っている。時間を多く使う方法は論外だ。


「もう時間がない。少しでも早く、今すぐ、作りたい。だから、禁術で作る」

「しかし……それは……命の危険が……」


 そんなもの。


「構わない」

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