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月姫は笑わない  作者: 雨雪雫
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序章 幽閉されし月姫

 彼女は目が覚めた。いつも通りの目覚め。今日も相変わらず、天蓋付きのふかふかベッド。お姫様が着るようなひらひらした寝間着。そして、およそ9年間、変わらない景色。


 音も人の気配も窓もないこの部屋では時の流れを正確に把握することが難しく、定時に届くご飯の回数と空気穴から僅かに注ぐ日の光の位置で日を数えていた。


 ため息を大きく吐いて、鏡まで歩く。そこに映された自分の姿、長い銀色の髪に赤い目を見てやっぱりここが夢の世界でないことを実感する。


 異世界転生。元男子高校生であった彼は前の世界ではひっそりと息をひきとり、気がつくと、今のこの身体、女の子として再び生を受けた。


 生まれた瞬間から前世の記憶があったため、ここが前の世界とは文明も文化も違うことがすぐに分かった。前の世界は怪我を魔法で治さなかったし、手から火は出なかった。


 生まれた瞬間から記憶があっても、彼女はこの世界の言語がまったく理解できなかったし、発音もできなかった。それでも自分の髪の色や目の色が異常で、両親に恐れられていることはニュアンスや態度、流れる空気でなんとなく理解できた。母親は気味悪がって母乳をくれなかったので、お手伝いさんがくれるミルクのようなものが入った哺乳瓶でしのいでいた。


 ついには父親が、生まれて一年もしない彼女を殺害しようと剣を喉元に突き立てようとした。あっ、転生して早々に死んだ、と静観していると、本能だろうか、自分の身体が勝手に動き、何かの魔法を発現して剣を折り、父親を壁際まで吹っ飛ばしていた。


 それからあっという間に今の部屋に移され、食べ物だけが勝手に支給される生活が始まった。


 生まれて間もない赤ちゃんが母乳吸えないって大丈夫なのか? と思いながら、お手伝いさんが支給する哺乳瓶を吸う生活がはじまった。


 当初は世話をしてくれる妙齢のメイドさんもいたが、はいはいよりも先に二足歩行を決めるとメイドさんも全員いなくなり、今に至る。


 前世は引きこもりのぼっちで友達もいなかった彼女にとってそれは苦にならなかったが、一つだけ問題があった。


 萌えがない。


 彼女、いや彼だった者は可愛い女の子だったら二次元も三次元も大好きという所謂萌豚だった。二次元や三次元アイドルと結婚する、というほど重度ではなかったが、二次元のポスターやタペストリーを飾る程度にはブヒッていた。彼は特に金髪ちっぱいを愛していた。


 世話をしてくれたメイドさん達は、彼女の好みから外れていて萌えることはできなかったし、今の自分は銀髪ロリっ娘の可愛い女の子であるはずなのに不思議と萌えることができなかった。自分自身は駄目ということか。


 萌え欠乏症で悲しみに包まれていたが、最近、食べ物を配膳する人員が変わったのか、見たことのない女の子が来ることもあった。


 メイドさん達がいなくなった後は、おばさんメイドや赤色と黒色の甲冑に包まれた人しかこの部屋に来なくなっていたが、ここにきて新しい女の子。彼女は大層喜び、両手を上げてくるくるとその場で回って歓喜の躍りをかました。


 しかし、新人の女の子は何が怖いのか、彼女の姿を見ると食べ物を置き、すぐに逃げ出した。悪魔にでも出会ったかのような表情を見ると今世でも女の子に逃げられるのか、と自嘲した。前世でも女の子にバイ菌扱いされていた。やはり欲望というものは滲み出てしまうものなのか。


 正直、彼女は今の姿ならお触りできるのでは、だったり、スカートめくっても可愛いイタズラで済むのでは、などとゲスな考えもしていた。女の子と仲良くなればお風呂チャンスもあるぞぉとテンションも上がっていたが、全く上手くいかない。


 そこで、次来た女の子には欲望を抑えて優しそうな微笑みで持ってお出迎えしよう、と鏡の前で微笑みの練習をしたら、ひきつった顔になった。頬がぴくぴくしていて、控えめに言って怖かった。前世でも笑顔になったことがないので笑顔の方法が分からないのが問題だった。


 仕方ないのでやはり無表情でそっと近づく作戦で行くことにした。せめて女の子の匂いが嗅げる距離まで近づきたい。


 しかし待てど暮らせど女の子が姿を見せてくれない。大体が部屋の外に食べ物を置いて逃げてしまうのだ。この部屋には鍵がないので誰でも入れるのだが、そもそもとして部屋に入ってくれる女の子が少なすぎる。


 入ってきてもこちらに目を合わせることもなく俯いたまま食べ物を床に置き、そのままとんずらしてしまう。ゆっくりと観賞もできない。自分の女の子に対する欲望を抑えてもここまで怯えさせるものなのか、と落胆した。


 配膳してくれる女の子の観賞を諦めかけた、とある日。空気穴から僅かに溢れる日の位置から推測して昼前の頃、彼女は椅子に座って自分で淹れた紅茶を飲みながら昼ご飯を待っていた。いつもより少々遅いが、ドアがノックされ、一人の女の子が入室した。


 それを見て、彼女は息を呑んだ。


 流れるように美しい、長い金色の髪。そしてサファイアのような青色の瞳に端正な顔立ち。控えめな胸。年の頃は15、6辺りか、全てが彼女のストライクだった。


 端的に言って。


 一目惚れだった。

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