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パーチメント・メッセージ

作者: 遥 一良
掲載日:2018/08/12

 

「あの、これを読んでください……」


 そんなことを言われて、見知らぬ女性から手紙にも満たない便箋のようなものを手渡された。ちなみに今はバイト中であり、レジ待ちのお客さんもいるし同僚の人もいる。そんな誰からも見られる前で、レジに立つ俺にそんな紙を渡して来るとか、わくわくドキドキを通り越して少しばかり恐怖を覚えた。


 俺はレンタルビデオ店でバイトをしている。フリーター生活がちょっとばかり長いだけの奴だ。ここでの仕事はレジで貸出業務を含めて、色々やっている。それだけ長い事バイトしてるって意味でもある。


 今はネットが主流で動画配信で見る人がかなり増えて来ている。それでも、動画ではカバーしきれないようなBやCクラスの映画も取り扱っているビデオ店には、それなりに常連客が多いのも事実だ。


 俺のようにベテランな店員は、そうした歴史的なものも見て来ているせいか何やら、一部でファンがいるとかいないとか。ほとんどはマニアックな男ファンばかりが、マニアックな知識と情報を求めて声をかけて来ていたのだが……女性であんな事をしてくる人に出会ったのは初めてのことだ。


張田はりたさん、モテますね。しかも女性って、うらやまー」


「いや、アレはちょっとどうなんだ? レジやっててあんな紙をもらうのも初めてだけど、渡して来るとか、こんなのないわー」


「チラっと見た感じでは良さげでしたけど、気にくわないんですか? 真面目っすね」


「そりゃそうだろ。レジ待ちしてる時に渡して来るのはさすがに空気読めよって思う。そういう礼儀を知らない奴は男でも、たとえ綺麗な姉ちゃんとかでも好きじゃないな」


「男っすね~」


 そんなことはない。単に、バイトであっても仕事は仕事で割り切っているだけに過ぎない。そういう固い奴として俺はバイト先では有名だった。


 それはともかくとして、せっかく何かのメッセージを書いてくれたんだ。さすがに見知らぬ男にQRやら何やらは送って来ないからいいとして、まさかのラブレターってやつか? そんなのはとうの昔に消えたものだとばかり思っていた。


「あなたをいつも見ています。あなたのことが大好きで、毎日借りに来ています。また来ます。良かったら、声をかけてくれるとはしゃぎます。依子よりこ


 自分に好意を持ってくれている。それは喜ばしいことかもしれない。でも、背筋が寒くなった。これはたぶん、普通の感覚じゃないと俺の中で感じた。せっかく貰ったもので悪いが、俺はタバコに火をつけるついでにこの紙を燃やしてしまおうと考えた。


 気味が悪いというのももちろんあったが、貰った手紙をいつまでも手元に残すなんてことは、俺の中ではあり得なかった。それが付き合っていて好きな相手ならそうではない可能性の方が強いが、なにせ見知らぬ女から勝手に手渡されたモノだ。燃やすことに何のためらいもない。


 そう思って、外でタバコに火をつけるついでに紙を燃やそうとした。だが、簡単には燃えてくれなかった。こういうことははっきり言って初めてだった。その辺のコピー用紙とかなら簡単に燃えるし、チラシや新聞紙でも燃えるというのに、何故か燃えにくかった。


 あまり一枚の紙に対して、手触りがいいだの紙質がいいだのなどと気にしたことは無かったが、さすがに気になって触り心地を確かめた。紙というには、何だか少しざらついているようなそんな感触だった。


 それが何の素材で出来た紙なのかは調べなかったが、根気よく火であぶり続け、タバコを最後まで吸い終わる頃には完全に消し炭にまですることが出来た。こんなのはもはや恐怖でしかない。


 翌日になって、依子と名乗る女性はまたしてもレジ前で俺にソレを手渡してきた。渡すだけで声は一切かけて来ない。これが余計に気味悪く、その後の時間は何となく楽しい気持ちになることが出来なくなっていた。


「声をかけてくれたら嬉しいですけど、シャイなのですね。それでもかまいません……私は近くにいますから」


 ただのメッセージにもかかわらず、それが俺にとっては日に日に恐怖を倍増させていくことにしか思えなくなっていた。しかも同じ素材の何かの紙だ。さすがにライターの火力では限界がある。


 自力で燃やすことはやめて、どうせ次の日も渡して来るだろう。そう思ったら、その手間もバカらしくなった。自分の休みの日にまとめて業者に燃やして……いや、シュレッダーにかければいいだけのことだ。


 今はたとえ手紙の中身が何であれ、誰かに見られてしまうのは避けねばならない。そういう時代だ。だからこそ、手元に置いておかない俺は、どんな手段でも手元から消しておきたかった。


「いつもお疲れ様です。ハリタさん、私の手紙は古代パピルスのように大事なメッセージを綴っています。どうか、私の気持ちと一緒にあなたにも留めて欲しいです。そして――いつか、そのメッセージをあなたの元で見直ししたいです」


 それは叶わないことだな。手元に残しても居ないし、俺の元にも来させるような出来事にはなり得ない。


「張田さん、お疲れっす! てか、どうしたんすか? 火傷ですか?」


「いや、最近よくタバコ吸うし、長時間手元で火をつけっぱにすることが多いからじゃねえか?」


「それはまた大変っすね。あ、そういえば……今日はあの人来ていませんね。珍しい」


「誰のことだ?」


「張田さんの隠れ彼女」


「蹴るぞ? 彼女とか呼ぶなよ。関係ないし、話なんかしたこともないんだぞ?」


「そういやそうですね。そう言えば、最近この辺で……って、あ……ニュースになってますよ」


「あん?」


 ニュースの中身はこうだった。猟奇的な事件か何か不明だが、山から動物がいなくなったということらしい。自分らが住む街は山がそれなりに近く、自然たっぷりなことから自然動物も多くいたのだが、それがいなくなるとはどういうことだよ。


 それはあまり気にも留めなかったが、それとは別に、同僚のコイツに簡単には燃やせずに切れ端が残ってしまった紙を見せて、その処分方法を聞いてみることにした。切れ端を見せたら唖然としていたが、何だったんだ?


「そ、それって……どこで手に入れたんすか? これは確かに燃えにくいし、シュレッダーにも入らないかと」


「何か知ってんの?」


「それ、パーチメント(羊皮紙)ですよ。俺がよくやるRPGとかで出て来る奴っす。てか、手に入るものなんすね。珍しいなぁ」


「いや、これは俺のじゃなくて、例の女性が渡して来た奴な」


「……え」


「ん?」


 急に言葉を失ったかのように黙り込み、ソイツは青ざめながらニュースをポチポチと眺めていた。客の入りも無かった時間ということもあり、ソイツのスマホを眺めていた。


「は? コイツ、この女……? 冗談だろ?」


「い、いや、空似かもと思いましたが、マジでしたね……いやー張田さんやべえ」


「あ、あぁ……じゃあ、コイツが山の動物を……マジかよ」


 猟奇的どころの話じゃなかった。逮捕された女は、山の自然動物を何かしらの方法で捕獲し、連れて帰り……とまぁ、今俺が手にしている素材にしていたということらしい。


 どうりで燃えにくいわけだ。これもついでにネットで見たが、動物の皮が素材の羊皮紙は紙とは付くが、自分らが思う様な紙ではないということらしい。パピルスにしても同様だ。パピルスも植物素材の紙ではあるが、普通紙とはまるで異なるものだ。


「俺も捕まらねえよな?」


「それは多分、平気かと」


「だよな。俺はもらっただけだし、まぁ……燃やして隠滅したりしたけど、気味悪くてそうしただけであって、そんな事件には無関係だしな」


「で、ですよ」


 そのことがあって以後、俺に毎日のように手渡ししていた見知らぬ女性……依子は、姿を消した。手元に残っているのはメッセージの一文も見えない切れ端だけだ。


 普通の紙では無く、そうまでして俺にメッセージを伝えるくらいに好きだったとか? それも考えたくも無い。普通紙ではない物で印象でも残したかったのかもしれないが、俺に残った印象は恐怖しか無かった。

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