96 村人、恩人の妹に出会う。
『 コ""ア""ァ""ア""ア""ァ""ァ""ッッ!! 』
ある者には知性など片鱗も見いだせない、暴虐の化物。『 ソレ 』 は、石造りの建物に近付き……匂いを嗅ぐ仕草をすると雄叫びをあげる。
……まるで、獲物を見つけたかのように。
「ひいぃっ……!?
ばばばば、化物───」
「オ"レ"た"よ"ぉ"ぉ"オ"ヤ"シ"ぃ"ぃ"……」
「……お、おお、オヤジ?
ま、まさ……か───アシッド……なのか!?」
「ア"あ"、そ"う"た"せ"え"ぇ"ぇ"」
【アジルー村】の人間が収監されている施設を襲撃し、彼等と接触を果たす炎の化物───アシッド。
「そ、その化物の体───炎の体は、あの恩知らずが使った……は、ははは……そうか!
息子よ、父のためにソコまでして……」
「や……やった、のか?
オレたちは助かるのか……?」
「助かった……助かったんだわ!」
愚者は、目を輝かせる。
嘗て───【アジルー村】へと魔物が攻めこんできた時、中々動かなかったキュアに業を煮やした村民達は……放火を宣言した。
木造住宅ばかりの集落において、火事は全滅しうる。 放火など……宣言だけで死罪になりかねないのだ。
【アジルー村】の人間は、絶望した面持ちで自らの刑が確定するのを待っていた。
ソコへ来た、救いの手───
愚者は、目を輝かせる。
「ヤ"ク"サ"を"使"っ"て"手"下"を"集"め"る"の"は"失"敗"し"た"」
「……は?」
「来"い"。コ"レ"か"ら"奴"等"を"全"員"フ"ッ殺"し"て"や"る"……!」
「『 来い 』 だのと……!? 貴様、父に向かってそのクチの利き方は─────────ぎゃぶっ!」
「へっ!?」
『 アシッド 』 は、小うるさいモノを叩き潰す。 自らの手を、「 あー……? 」 などと言いつつ眺め───
「良"い"か"ら"黙"っ"て"付"い"て"来"や"か"れ"」
「「「 …………っ!! 」」」
愚者達は、愚鈍の王に付いてゆくしか無い。 愚か故に。
◆◆◆
「何処かに無いか♪
サブイベントかシークレットトロフィー♪」
魔ナシ以外、特に弱点が無いと思われていたキュアだが…………実は音痴だった。 あと、壊滅的に作詞作曲のセンスが無い。
「モヤを発見~♪」
たぶんクリティカルの前でしか歌ってこなかったのだ。 クリティカルは、キュアを慮って何も言わなかったのかもしれない。
「最近、モヤの中にイベントが無いのが続いたからなあ………………うぐっ!?」
キュアが辿り着いたモヤは、砦のようなマークとなり……【 バイオ工場 】という名前に成った。
近寄ると、周囲に漂う悪臭。
思わず嘔吐くキュア。
「こ……こんなトコ、探索したくは無いが───む?」
キュアが発見したのは、工場の近くの草むらの辺りに見えた 『 ? 』 マーク。 草むらがサブイベント───ではなく、草むらに人が倒れているようだ。
嘔吐くのを我慢しつつ、『 ? 』 マークへと近付くキュア。 果して其処に倒れて居たのは……16歳ぐらいの少女。
「だ、大丈夫か……!?」
「───マスクを……」
「マスク!?
……こ、コレか?」
少女から少し離れた位置に転がっていた箱。 ソレを少女に渡すキュア。
少女は急ぎ、箱の中からマスクとやらを取りだしてクチに巻く。 スッと意識をとりもどし少女はキュアにもマスクを差し出した。 着けろという事らしい。
「……おお、臭くない」
「防毒の魔法が掛かったマスクですわ」
「防毒の……魔法?
魔法を使えるのか?」
「いいえ、コレは装備品では有りませんもの。
使い捨てですわ」
「なるほど……で、君は?」
「コレは命の恩人に失礼を……ワタクシは 『 シーナ 』 と申します」
「俺はキュア」
身長は約150cm前後。 薄い金髪をポニーテールにした、やや勝ち気げなツリ目の少女……シーナは、手首足首まで隠れる白を基調とした長いローブを身に付けて【 初心者の杖 】を装備していた。
「ココは……?」
平屋の、レンガ造りの建築物や倉庫が並んだ場所である。 現実にも工場というのは、存在するにはするが……キュアは見た事が無い。
建築物脇の丸筒から、有り得ない色の液体が川へ垂れ流れていた。 悪臭はソチラから流れている。
「あの毒液が下流のワタクシ達の村まで流れており……嘗ては、ワタクシも病に倒れていました」
「酷いな……───ん?」
「兄が病忌避の魔法を会得してくれたお陰で、ワタクシの病も治り……」
「まさか……その兄とは、妹を救う為に牢屋に入れられていたとか?」
「まあ、何故ソレを?」
キュアが【ドラゴンハーツ】を始めて、一番最初に体験したイベント…… 『 天空牢獄の脱獄劇 』 。
そのイベントにて、キュアと共に脱獄した男が話してくれたエピソードと、シーナの話がソックリなのである。
「斯々然々……で、この【 朽ちかけた病忌避石の指輪 】を彼が落としていったんだ」
「そうだったのですね」
「コレは返そう」
「いえ。 ソレは最早……」
「俺は彼に世話になった。
返さねば気が済まないんだ」
「……分かりましたわ」
【 朽ちかけた病忌避石の指輪 】を受け取るシーナ。
「ソレで、彼は?」
「兄……イーストンは倒れました」
「何っ!?」
「一年以上の牢生活……その上でワタクシの待つ故郷に帰ってきて───そのまま」
「なんて事だ……。
俺がもっとしっかり、彼の様子に気付いていれば…………」
「キュアさんの責任では有りませんわ。 無力だったワタクシと……この工場が元凶です」
「自分を責めてはイケない。
俺にも妹が居るが……兄として、そんな台詞は絶対に言わせられない」
「……キュアさん」
クリティカルの笑顔を思い出すキュア。 ───思い 『 だせた 』 キュア。 何やら、さっき迄の自分は……幾つもの穴が空いていた気分だ。
その穴が今、塞がっていっている気がする。
「会いたいな……」
「会えないのですか?」
「───そうだ……何故、今までログアウトの事を忘れていたんだろう……」
「……キュアさん?」
天を仰ぎ……迚も懐かしい妹の顔を、声を、思い浮かべる。
「シーナ、この工場に何か用が有るのか? 出来るなら、手伝わせて欲しい」
「しかし……」
「君の兄は、俺にとっても恩人なんだ。 いろんな意味で」
魔ナシ差別により腐っていたキュアが、今の明るさを取り戻したのは……【仮想現実装置】と、シーナの兄であるイーストンのお陰である。
キュアは彼等を放っておけない。
「……分かりましたわ。
イーストンが倒れる少し前から、工場から垂れ流れる毒液の量が増えました。
工場長に話を着けたいのです。
しかし、工場の敷地内で見た事も無い魔物が徘徊していまして……」
「分かった。 その魔物相手は任せてくれ」