418 村人、従者を心配しつつ従者を警戒する。
「キュア!
済まないっ、二匹抜けられた!」
「任せろ、【ワイルドスラッシュ】」
『『ギャウンッ』』
ここは、森の中。
アジルー村からさほど離れていない、森の中。
だけど。
それでも。
教訓めいた、子供を恐がらせる為の絵本の如く……暗い森。
───魔境。
人間が入れば命を失う、魔物の領域。
「キュアさん、どのくらい魔物は減ったのかねぇ!?」
「まだ四割ぐらい……いえ、援軍が来ました!」
「これが魔境の恐ろしさなのだな……!」
◆◆◆
「『有給休暇』 か……良い制度だなあ」
「レイグラン様が、【仮想現実装置】の中で知った (らしい) 仕組みだそうだけど……」
キュアとレイグランの決闘から数日後。
前回のキュアたちの休日は、謎の少年による魔石の盗難から四天王騒ぎにレイグランの政敵サジラ・グヌ・セドラーの陰謀だ何だで潰れた。 その埋めあわせに、再びキュアたちに休日が与えられたのだ。
しかも有給である。
「で……朱雀、今日もまだ本体からの連絡は無いのか?」
「……ええ」
四天王に、瞬間移動の加護を与えたと思われる 『創造神の妹』 に会いに行ったまま帰ってこない本体朱雀。 不安は募るものの、人間であるキュアたちには如何しようも無い。
「向こうで交渉をしているのか、交渉決裂からの戦闘に成っているのかは存じませんが……神々の争いなど、神々ですら何時終わるか予測できません」
「あら、勇者や魔王の時代とかに争ったことは無いの?
貴女とクミン隊長って、仲が悪そうだけど……」
「飽くまで 『前世の朱雀』 と 『今世の朱雀』 は、記憶を共有するだけで別の存在ですからね。
何だかんだで、口喧嘩までですよ。
流石に殺し合いにまで発展した事は在りません」
「聞きようによっては、今の神々の仲は過去最悪にも聞こえるのだがな」
「……事実、其うなのでしょうね。
嘗ての我等は一人の精霊王の元に仲間として集いましたが───今世では銘々好き勝手に生きて、精霊王たる主様に仕えるのは私のみなのですから」
勇者や魔王に仕えた前世までの記憶を全て受け継いでいる訳ではない朱雀たち神々。
そもそも、本来はキュアが三人目の精霊王に成る筈では無かった。 彼女らの転生は想定外なのだ。 色々と、神々ですら予測出来ない事態は多い。 クミンが大精霊の使命を放棄してまでレイグランに付き従うのも、その一つかもしれない。
「クミン隊長はまあ……レイグラン様の味方なんだし、同盟関係みたいな物だけどねえ」
「後は創造神の妹と、朱雀の妹か。
創造神の妹の方は……如何にも成らないのだろうな」
「創造神の妹の思惑は分からないけど…… 『精霊の楽土の崩壊』 云々はともかく、精霊王として無理に従わせるつもりは無いんだから、争って欲しくはないんだけどなあ」
『精霊の楽土』 が想定外の崩壊を起こしたため、キュアが想定外の魔ナシ・精霊王となり、想定外の神々の再誕が行われた。
そういう意味では神々も被害者である。
協力できる道も有ったのではないか……そう考えてしまうキュア。
だが───キュアの考える被害者側であるはずの神々、朱雀やクミンの考えはもっとドライだ。 起こってしまった事を嘆いても為む方無し。
仕えるべき主に出会え たのだ。 嘗ての、別の自分だった頃の仲間より優先順位は高い。
「奴の思惑は如何あれ、最早敵です」
「…………。
……彼我戦力差はどうなんだ?」
「魔王四天侯の中で、攻撃力 『は』 朱雀が最強で創造神の妹が最弱です」
「『は』 、って事は───」
と、会話の途中で来客の気配。 行商人バジルだ。 商品である薬草やサトウキビと売却金の受け渡し……にしては、やや早い。
トラブルの予感を感じたキュアたちは、アジルー村の入口まで彼を迎えに出た。
「バジル? どうした?」
「キュア、さん……マズイ事に、成った……かも……しれません」
「マズイ事?
もしかして、サトウキビ砂糖が売れなかったのか?」
「い、いいえ……あれはバカ売れで───って、ソレより……!
この森に、魔境に……探索隊が入り、まし……た」
「はあ!?」
魔境とは。
人類が手出し出来ない、すべきではない場所の総称である。 そんな事は先人たちの多大な犠牲が教えてくれた、当たり前の全人類共通の常識なのだ。
「薬草や砂糖を買いそびれた連中が、自分たちだけで採集するつもりなのかな?」
「キュアが炎の怪人を倒した時も痛感したが……数はチカラとはいえ、烏合の衆に意味はない。
ソイツ等は無駄死にに成るな」
「しかも魔境を刺激した……その後始末もせずにね。
アジルー村みたいな田舎の人間なら誰でも知ってる、大型魔物を刺激する怖さを都会に住んでる人って知らないんだもの」
多くの大型魔物は、人間の事を 『栄養価の低い不味い飯』 としか見ていない。 襲う事は稀である。
彼等のナワバリ───魔境に、ちょっかいさえ出されなければ。
この森が様々な薬草の宝庫である事は有名な事実であれど、表層ですらたびたび魔物の大量発生を起こすトップクラスに危険な魔境でもある。 キュアとて、【ドラゴンハーツ】で魔法を得るまでは近付く事も危険だったし、今でも奥に行くのは勘弁だ。
巨大な魔石や宝石に貴重な植物などを狙い、魔境へ向かう者は偶に出るが……大概は魔境の怒りを買って新たな犠牲者となる。
そして時に……その怒りは、『外』 へも向けられる場合が有った。
「人間の欲深さったら無いさねぇ。
齎される富だけで我慢すりゃあ良いってモンを……」
「だけど兄さん……だとしたら、何で今更なのかしら?」
「そうだな。
(【ドラゴンハーツ】産のサトウキビはともかく、) キュアの薬草がこの森の魔境産だって事は今までも、特に隠していなかったのだしな?」
バジルには常に探りが入っていた。 だが商業組合に所属する者を害する行為は、一族郎党未来永劫一切の売り買いが出来なくなる危険を孕んでいる。 貴族とて躊躇う行為なのだ。
それでもバジルを捕らえようとした欲深い者は居たが……何故かスルリスルリと切り抜けられていた。 その近くでは出所不明の火燐や、やたらすばしっこいイタチなどが散見されていたらしい。
「キュア、さんも……領主館の庭師の、方に聞いたそう、ですけど……。
お金持ちは、植物の肥料に砕いた魔石を使う……とか?」
「ああ。
俺もちょっとだけ撒いたぞ」
「それで少し前、に……この森で……とんでもない大きさの、魔石が……取れた、と噂が流れまして……。
ここ、の魔境は儲かる上に(比較的) 安全……という噂、が流れたようでして」
「あー……。
それって八部伯衆っていう、竜にも匹敵する魔物から取れた奴だなあ」
「り、りり……竜……!?」
以前とある貴族たちの依頼で、この森に生息していた魔物を退治する事になったキュアたちの目の前に現れたのは……八部伯衆と呼ばれる古代文明時代の魔物だった。
辛くも八部伯衆を撃退、その魔物から超巨大魔石を回収したキュアは然るべき場所に送っていたのである。
「斯々然々……って訳なんだよ」
「あの時は大変だったのだぞ。
強欲な貴族が、裁判所に提出義務のある魔石を奪おうとした上に 『もっとこの魔物を仕留めよ』 と要求してきて……。
あの魔物は、キュアが居なければ全員死んでいたぐらい強かった」
「な、なるほ……ど?」
キュアなら、伝説級の魔物である竜にも勝てる───そう聞こえたが……深く考えるのは止めたバジル。
「けど、そんな噂がか……。
面倒な事になったなあ、アジルー村に魔物が来なきゃ良いけど」
「───此れも天運やもしれませんね」
「朱雀?」
一堂の話を黙して聞いていた朱雀がニヤリと笑みを浮かべ、ポツリと洩らす。
「此処、アジルー村からでは其奴等を探知できませんので……かなり遠くより侵入したのでしょう」
「ハリル村、という……シン王国ですけど、コタリア領外の村、です」
「ああ、討伐隊に昔ついて行った時にシナモンさんから聞いた記憶があるな……。
確か───金に汚く、納税してくれるなら犯罪者だって宿を貸す……とかいう噂が有った村じゃなかったっけ?」
「え、ええ……。
まとも、な行商人は近付かず……闇商人、が居座るという村、です」
「そこの領主もあまり良い噂を聞かないわ、兄さん」
「そんな村だから、そんな胡乱な探索隊すら受け入れたのだな。
どれだけ金を摘まれたか知らんが……危険な真似を」
「ですが好都合です」
スクと立つ朱雀。 彼方を差し。
「今の主様なら行ける場所に、古代文明時代の遺跡が有ります」
「こ、古代文明の??」
「魔境の奥へ、探索を具申致します」
この作品はフィクションです。 有給などというシステムはこの世に実在しません。




