409 村人、己の薬草の価値を知る。
「キュアさん……の、薬草……。
相場の5倍、で、売れました」
「ご、5倍っ!?」
「次は7~8倍、ぐらい……ひょっとしたら、10倍……行くかと」
「そ、そんなにか……。
ソレは───上手くいった、のかな?」
「び、微妙……かと。
暴動……とまでは行かない、までも……もみくちゃにされました、よ」
引き続き、対四天王等々の会議を中断中のキュアたち。
来客の報を聞き、キュアが領主館使用人用入口へと向かうと……そこに居たのは酷く疲れた様子の行商人バジル。 【癒し】を掛けつつ晩飯に誘うと、彼は大いに感謝し誘いを受けた。
「拘束され、て……お昼も……食べられなかったんで……。
凄く……助かります」
「遠慮しなくて良いからね。
たんと御上がりなさいな」
「有難うござい……ます」
よほど腹を空かせていたらしく、領主館で出される美味飯に興奮するバジル。 幾らか落ち着いた頃、商業組合で有った事を語りだす。
如何な【ドラゴンハーツ】のスキル、【植物育成】の補佐付きとはいえ……薬草栽培のド素人であるキュア一人では収穫量に限界が有る。 人気のあるキュアの薬草は、商人組合に入荷後即薬師たちで奪い合いという状況である。
『値段を吊り上げる為、販売制限を掛けている』 などと邪推した薬師たちにバジルは凡そ半日は拘束され、散々問い詰められたらしい。
「そうか……。
俺の依頼の所為でそんな事に───済まない」
「いえ……人気商品、を……扱えるのは、行商人冥利に尽きます、ので」
美味い飯とキュアの魔法ですっかり癒され、笑顔で答えるバジル。 彼は二十歳、商人としてはまだまだヒヨッ子である。 普通ならば、こんな人気高額商品を扱えたりなど出来やしない。 多少のトラブル程度で、手放す訳には行かないのだ。
「そんな、事より……薬草を買い占め、て、いるのは……教会の人間らしいです」
「なんだってっ!?」
「そういう情報って、商売のタネでしょう?
商人がタダで喋って良いのかしら?」
「キュアさん、たちには……御世話に成ってますから。
領主館の方々に……顔、を売るという……打算も有ります、けどね」
「助かるよ」
「ここ最近……僕以外、からにも教会が薬草を買い占めし始めた……のは間違い無い、です。
商人間、では戦争の気運有り……という噂が」
「マジかよ……」
ざわめく使用人たち。
キュアも冷や汗が流れる。 先程メイド長リカリスからも、戦争の可能性は聞いた。 別人から同様の噂を聞く事で、可能性がよりリアルな熱を帯びてくるものだ。
インターネットの無い世界で商人はクチコミと勘を頼りに動く。 人の流れは金の流れ。 誰が何に金を使ったか───ソレを真っ先に知る商人とは、時に支配者層よりも世事に敏感であろう。
「薬草・薬品系の商人、は……漏れなく……。
武具系、は……ぼんやり、と?
武具、は……既に揃っている、のかも……しれません」
「「「…………」」」
コタリア領領主街を襲った炎の怪人をキュアが倒したのは、一般人も多く目撃した情報でありバジルも知っている。 怪我をした辺境討伐隊相手に異常な回復力の治癒魔法を使用する場面も見ている。
だが流石に、教会軍がコタリア領を襲撃した事……そのほぼ全軍をキュアが単独で撃退した事までは知らない。
彼の中では未だ、教会とは世界最強最大の軍を有しており……逆らう者は王公貴族であろうとて派兵するチカラを有する組織なのだ。
「商人」
「は、はいっ!?」
「戦争の機運とやらは、北からですか?」
「そこまで……は。
です、が……言われてみれ、ば……確かに北方国訛りの人間、が薬草……を買って行きました」
「そう───ですか」
「朱雀?」
バジルに問うたのは、厳しい表情の朱雀。 分身朱雀を知らない彼は突如現れた美人に睨まれ思わず竦む。 だがその厳しい表情が、自分に対して向けられている訳では無い事は何となく分かった。
序でに、キュアがアジルー村の女性陣と同じ感じで語りかけているので、 内心で納得する。
「北は、『インケン妹』 の領域なのですよ、主様」
「ああ……そうゆう 『事』 か」
教会と繋がりの有る、教会外部顧問。
教会外部と繋がりの有る、四天王。
四天王と繋がりの有る、創造神の妹。
創造神の妹が住まう、北の大陸。
キュアたちが住むこの大地の人類生息圏はとても狭く、彼女の影響が有る地域と接触出来る人間は数少ない。
可能性だけの話ではあるが、無関係と断ずるのは早計だろう。
「『彼れ』 が住む場所を───」
「───みんなぁ、そろそろ会議の続きよぉ」
部外者であるバジルを巻き込まぬよう、言葉を選びつつ相談するキュアたちの会話を遮るのは……間延びした女性の声。
警護秘書隊隊長クミンである。
「く、クミン様……」
「キュアたちは、ホントだったら休日だったんだしぃ……如何するぅ?
もう超過勤務だしぃ、帰っても良いけどぉ?」
朝から休日らしからぬ忙しさのキュアたちである。 このまま帰っても仕方ないだろう。
だが……。
「……中途半端は気になるだけだし、俺は残って会議に参加するよ」
「兄さんが残るなら私も居るわ」
「自分もだ」
「あたしゃ、どっちにしろ食堂の後片付けが有るからねぇ」
「オレたちゃあ、政治や戦闘以外でオマエ等の援護をするからよ」
「ああ、ありがとう」
キュアが残るというのであればソレに付きあう女性陣。 残りの使用人たちは……何となく残る者も居たが、キュアと同じく平民非要職で有っても彼のような戦闘力も無い。 会議に参加する意義を見出だせず、キリ良いタイミングだと帰っていった。
「……で、バジルだっけぇ?」
「は、はい」
「……貴方は如何するぅ?
ウチの専属に成るんなら、もっと大きな商談を任せられるけどぉ……?」
それは、商人としては究極の目標の一つ。
若手のイチ行商人が領主館付きに成るなど、普通は有り得ない。 いわゆるシンデレラストーリーとでも言うべき奇跡に近い。
「もちろぉん、巨大な利益に付随して責任・制限は引っ付くけどねぇ?」
「…………。
……で、でしたら申し訳ありません、が……現状のまま、で」
「……分かったわぁ」
若手商人の最終目標の一つは、権力者専属となり国相手に商売するような大物に成ることであろう。
だがもう一つ。
全国にチェーン展開するような、巨大商会の主もまた商人の憧れである。
安寧の国家公務員か、浪漫の個人事業主か───バジルは後者に憧れを抱くタイプであったようだ。 今は領主館……しかもシン王国有数地域へと変えたコタリア領領主館で顔が売れただけで十分だ。 キュアに薬草代を渡し、治癒魔法と晩飯の礼を述べて領主館を後にした。
「……彼には 『歪み』 が無いわねぇ」
「クミン様?」
「己の分を知ってるって意味よぉ。
───さ、行きましょぉ」