402 村人、副隊長を回復する。
「キュアさん、休日にゴメンなさい」
「いえ、クリティカルやヘイストも頑張っていますし」
親教会派貴族が突如来訪、既に処刑された教会軍軍隊長を要求してきた。 その対応にピリピリしている領主館は、その代案として彼の従者である副隊長を差し出す事にしたようだ。
現在、魔力欠乏症にさせてある彼女を回復して欲しいとメイド長リカリスに呼ばれたキュアはその準備に向かう。
「ですが……大丈夫なんですか?
色々と広められたら不味い情報とか」
「そうですね」
コタリア領を襲った教会軍を全滅させたのは、朱雀という悪魔の加護を受け一丸となった領主館全員で───というのが世界中の王公貴族が認知する事実である。
決して、キュアがたった一人で世界最強とも言われる教会軍 (の一部) を全滅させたという真実は知られてはならない。
ソレは、人類に御しきれるかは分からない軍事力をイチ地方領主に過ぎないレイグランが有しているという事とイコールであり……キュアと、キュアにチカラを与えた【仮想現実装置】を巡って戦争と成り得るからだ。
……しかし。
ソレは、人間だけが絡む場合の話。
「……レイグラン様は、キュアさんの戦闘力関係なく戦争は不可避だと考えているのかもしれません」
「……えっ!?」
「クミンが言う、『精霊の楽土の崩壊』 ……そんな事が起これば。
人類は如何すると思いますか?」
「じ、人類……は?」
嘗て。
古代文明と呼ばれた時代。
世が乱れるたび、勇者が世界を平定させ魔王が世界を征服してきた。 絵本、『太陽からきた魔王と、月からきた勇者』 にて語られるお伽噺である。
神の語る所、『世の乱れ』 とは世界の構成材料とでも言うべき精霊たちが生きてゆけなくなる 『魔力異常』 の事であり、今まさにその魔力異常によって精霊たちが死に始めているというのだ。
「精霊が死ねば……例えば土の精霊が死ねば、大地は腐り何も育たなくなる───と」
「らしいですね。
そう為れば、残った肥沃な土地を巡って人類全てを巻き込んだ戦争と成るでしょう。
コタリア領は……アジルー村に隣接する森など恵まれた土地ですから」
「……世界中の人間が、コタリア領の土地を奪いに来る……?」
「クミンからこの世の仕組みを聞いていたレイグラン様は、『そう』 考えているのかもしれません」
『そう』 為れば、キュアが巨大な戦闘力を持っていた……などという話は、特に意味が無くなる。
例え屍山血河を築こうと、自分たちが生き残る為にソレ以外の道は無いからだ。
「レイグラン様が精霊王に成ると宣言したのも……」
「…………。
飽くまで、可能性の話ですよ。
私如きがレイグラン様の考えにクチ出しなど出来ません。
政治なんてよく分かりませんしね」
「…………」
貴族であるリカリスはキュアより確りした教育を受けている。 地頭も相当良い。
だが餅は餅屋、という思いらしい。
「ですので、私はレイグラン様や領主館の皆がより良く動けるよう準備するだけなんです」
「……レイグラン様に、アシッドたちが復活した事は?」
「当然、通達済みです」
キュアとリカリス……なんとなく同時に、副隊長を閉じ込めている部屋の扉を見遣る。
「親教会派貴族、教会外部組織、アシッドたち四天王、精霊の楽土の崩壊……」
「全部無関係……と見るには怪しいかと。
少なくともレイグラン様は万全の準備をするつもりなんでしょう」
政治家の仕事の大半は疑う事、最悪を想定する事かもしれない。 キュアは、ともすれば自分が戦争の引き金に成っていたかもしれない事を内心恐れていたが……レイグランは更にその先を見ていたようだ。
「……行きましょう」
「ええ」
◆◆◆
「…………」
「「…………」」
部屋の中に入り対面するキュアと副隊長。 彼女はキュアの【ドラゴンハーツ】のスキル、【MP吸収】で魔力欠乏症と成っており青い顔をしていた。
それでも、入室してくるキュアへ憎悪の目を向け。
「……殺してやる、穢れし魔ナシめ」
「今のお前の現状は、他人を見下し利用し続けてきた結果だろう」
息も絶え絶えに、キュアへ悪態づく副隊長。 だがキュアは、彼女が……彼女たちが本当に悪態づいているのは自分たち以外の全てだと知っている。
彼女の主君は王家の人間でありながら、不遇魔法を持って生まれた。 ソレ故に人知れず処刑されそうに成っていた時に教会外部組織の手引きで教会へと逃げこんだのだ。 ある意味では魔ナシに生まれたキュアと同様の不遇な人生を送ってきたのである。
嘗てのキュアも、世へ悪態づいて生きてきた。
然れど。
然れどキュアはクリティカルや領主館の仲間たちと出会い、この世界の人間全員が酷い訳ではないと知っている。
「……俺は、お前たちに同情なんてしない」
「…………呪われろ」
キュアは副隊長に僅かばかり【癒し】を掛ける。 魔力を譲渡し、魔力欠乏症を僅かに癒す為だ。
幾ばくかの時、魔力欠乏症が落ち着いてきた彼女は。
「…………。
……あの方を、殺したのか?」
「いや……少年と共に消えた」
「…………」
燃える処刑場の地下。
謎の少年が、処刑され死んでいた筈の軍隊長を不適切な方法による暴走状態で蘇らせた。 生前の面影など欠片も無い殺戮機械。 唯一の理解者であった副隊長ですら殺そうとした。
精神が疲弊しきっていた彼女は、軍隊長の最後を見ていない。
「…………。
こんな……こんな事なら、アイツの言う通りに私はあの方に魂を捧げて生贄とやらに成るべきだった……」
「「…………」」
涙を浮かべる副隊長。 以前軍隊長と共に捕らえた時は、頑なに何も語らなかった。 今の彼女ならば何かを語るのかもしれない……そう考えたキュアとリカリスであったが、親教会派貴族はそんな猶予を与えてはくれないだろう。
彼女を連れだし、レイグランたちが待つ謁見室へと向かうキュアたち。




