396 村人、再び炎の怪人の首に。
「クソ餓鬼ぃ……お前、付けられたのかぁ?
瞬間移動できるクセにダサ過ぎだぜ」
「……うるさい、クソ人間」
『魔法を使用できる』 。
その一点のみでキュアに勝ち誇り、地獄のような人生を送らせてきた者…… 『アシッド』 。
ソレ以外では、容姿も。 知性も。 教養も。 家族も。 在りとあらゆる全てがキュアに劣り、幼馴染みとしてコンプレックスを肥大化させ続けていった男である。 その愚かさを朱雀につけこまれ、キュアの成長の糧として神のチカラの一端を与えられつつ───無様に死んだ。
……筈だった。
「なんで……なんでオマエが生きている!?
なんでオマエがそいつ等と……!!?」
「オレ様はオマエみたいなボンクラとは違うからよぉ……死を超越したのさ」
「死を、超越……?」
アシッドは死ぬ前より更に強大な業火を身にまとい、不敵にキュアを睥睨する。
昔からどんな事でも自分の都合のいいように解釈してきたアシッド。 キュアの美しい妹、クリティカルは魔ナシである兄を疎んでおり一刻も早く己と結婚したがっていた───などと本気で信じていたのだ。
今も、キュアの真剣度を嘲笑うかの如くニタニタしていた。
「……ちょうどイイ。
このノロマなクソ餓鬼がトロトロやってたから、面白ぇモンを見せてヤれんなぁ?」
「私ではない。
この女が非効率な言動で、私の任務遂行の邪魔をした」
「…………っ」
突如現れた怨敵と化物に居所をなくす副隊長は、その表情を憎悪と困惑を行ったり来たりさせる。 彼女は、数分前まで自分がこの場を仕切っていると思い込んでいたからだ。 だが一瞬で一番の格下と成り果てたのをジクジクと理解していったのだ。
アシッドは副隊長など塵芥程度にしか見ておらず、キュアへと視線を移す。
「……キュアぁ、その位置だと台の上が見えねぇたろぉ?」
「…………」
赤いモヤは四つ。
少年、副隊長、アシッド……そして、未だ見えぬ台の上の存在。 台の上の 『ソレ』 を跨ぐように立つ炎の怪人はモヤを見下ろしニタリと笑う。
アシッドも創造神の妹の加護を受けているのか、この場に瞬間移動で現れた。 それまで、【敵視】にアシッドの赤いモヤは何処にも存在していなかった。
あの時。 キュアがアシッドの首を落とした時より、キュアは圧倒的に強くなっている。 だがそれはアシッドも同じようだ。 底知れぬ悪寒が背中に走る。
「……まさか」
「見せてやるぜぇ、死を超越する瞬間って奴をなぁ?」
「隊長っ……!」
台の上の赤いモヤ───
処刑され、唯の死体である筈のソレ。 教会軍軍隊長の死体が、アシッドの手で持ち上げられる。
ぞんざいに扱われる愛しい主に、従者の女は悲鳴を上げ。
「き、貴様あああぁぁ!
その御方から、薄汚い手を離せえっ!?」
「……ウダウダやってねぇで、最初っから 『生贄』 なんざブチ殺しゃあイイんだよ」
「───がフっ!?」
主にすがろうとした女の胸を……アシッドが、炎で作った槍で突く。
大量の血を吐く女。
「っ……が…………!?」
「……はあ。
精霊の死骸なる魔石を使えば、この元王族は甦る可能性が有った。
そうすれば、この女も生かして手勢に加えられた」
「雑魚なんざ要らねぇんだよ。
……見ろよ、キュアぁ。
クソ馬鹿女の魂を生贄に、死者が甦るぜぇ?」
キュアの頭は白くなっていた。
生贄とは何だ?
何故、アシッドは生きかえった?
謎の少年との繋がりは?
眼前では意味の分からない事ばかり起きているが、最悪の事態を最悪の男が起こしているのは分かる。 そしてその鍵は、彼女の 『死』 であるらしい。
……であるならば。
「───【癒し】!!」
「ああっ!? 何だあっ!?」
彼女が憎い教会とか考えるのは後だ。 本能の命ずるまま、邪魔をせねばならないのだ。
キュアは、ありたけの魔力を込めて副隊長の傷を癒す。
「……クソ人間。
頭の悪い馬鹿が、良い気になって手掛かりを与え過ぎ」
「う、うるせぇぞっクソ餓鬼!!
キュアぁ……クソ魔ナシ如きが、このオレ様の邪魔をすんじゃねぇよっ!??」
濃く成っていった軍隊長の赤いモヤが、副隊長の回復と共に薄れてゆく。 取敢ずは邪魔に成功したようだ。
だが喜ぶ暇など無い。
「───よく分からんが……アシッド、お前は俺だけじゃなく皆の害悪だ。
今度こそ確実に眠らせてやるぞ」
「───クソ魔ナシが……それはこっちのセリフだ。
今度こそ、ブチ殺してやるぜぇ……キュアっ!!!」
周囲に野球ボールサイズの火球を4つ生み出し、キュアめがけ放つアシッド。 【火特防】を使いたいキュアだが、指輪魔法は【癒し】で使用しており、回避に徹するしかない。
「【後退即歩】、【炎裁ち】!」
「チョコマカとウゼえぇえ!!」
「トロいな、クソ人間」
「うるせぇよ!」
アシッドと少年はかなり仲が悪いようで、二人同時に襲ってきたりなど協力はしないらしい。 アシッドの攻撃失敗に指先一つ動かす事もなく、副隊長の傷が塞がってゆくのを無表情なまま少年は眺めていた。
アシッドと一対一の状況は続くが…… 敵の隙は突けない。 連撃が止まらないからだ。
「コレなら避けられねえだろうっ、倍の10個だぜえ!」
「4の倍は8だ、アホ人間」
「う、うるせぇエエえぇええエえぇええ!!!」
「【追跡水弾丸】」
「───がっ!?」
だが馬鹿だ。
キュアとクリティカル以外のアジルー村の人間は小学生の算数すら出来ないレベルばかりである。 中でも殊更馬鹿だったアシッドは、地球の諺そのままに死んでも馬鹿が治らなかったらしい。
見え透いた誘導弾をまともに食らう。
「(少年は、あの副隊長を生かして仲間にしたいようだし……隙さえ抜けられれば───なっ!?)」
「痛ぇ……痛ええぇぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
先ほどアシッドに当てた、キュアと【ウィル・オ・ウィスプ】の合体最強魔法は殆んど効いていないように見えた。 なので今回は水魔法を放ったキュアであるが……今度は相手の炎熱に圧されて大ダメージとは言い難い。
中途半端な一撃が、アシッドをブチ切れさせたようである。
「お、おい……ここは地下だぞ?」
「知るかあァァァァ!
神のチカラを手に入れたオレ様なら、建物ごと吹き飛ばしてやれるぜえぇええええええ!!」
魔ナシであるキュアに魔力は視認できない。 然れど、明らかにアシッドが常軌を逸脱した魔力を練っているのは容易く想像できた。 全身の炎が更に強く吹き出したからだ。
今のキュアにあの炎を防ぐ術は無く、処刑場が崩落しても助かる術はない。
なので、キュアは抱いていた疑問を投げかける。
「…………。
……お前たちは、瞬間移動で崩落から逃げられるんだろうな」
「今さら命乞いをしたって遅ぇええぞおお!
オレ様は最強なんだからなあっ!!」
「だけど……軍隊長の死体は、如何なんだろうな?」
「「───……っ!?」」
キュアの【後退即歩】と、彼等の瞬間移動は良く似ている。 であるならば、【後退即歩】の出来ない事は、瞬間移動でも出来ないのでは───と睨んだキュア。
例えば……誰かを担いでの【後退即歩】である。
【ドラゴンハーツ】では、担いでいたり手を握った状態で【後退即歩】を使うと強制キャンセルされてしまう。 仲間を強制的に回避させたりするのは不可能なのだ。
果たして。
現実で、死体は、共に瞬間移動できるのか否か……。 少年と激昂していたアシッドが幾分か黙るのを見るに、キュアの予想は当たったらしい。
「……如何やらお前たちは、静かに俺を倒すか軍隊長を諦めるかの二択しかないようだ」
「……くそっ!くそくそがぁ!
クソキュア如きが、魔ナシのくせにっ!」
「……っ、クソ人間」
かなりの図星であったらしく、アシッドは憤怒から苦虫を噛み潰したかのような表情となり、無表情だった少年からも焦りが見えた。
その隙を見逃さないキュア。
「【邪気炎】……からの、【鍛治具】!!!」
「───っ、があっ!?」
一瞬の、心の隙を突かれたアシッド。 何やら黒い炎が辺りを舐めた後……キュアが唱えたのは、かつて己を切り裂いた魔法。 その時の恐怖がフラッシュバックし、思わず後退ろうとして……逃亡封じの黒炎に足を取られた。 体制を崩した瞬間、迫るキュアの魔力光。
アシッドの首に食い込む魔力の刃。
アシッドの台詞を書いていると、邦子のテーマが頭に浮かぶ……。