395 村人、三度相対する。
「……広いな」
≪ポォ~……≫
火事の処刑場へと突入したキュアと、ヘイストのディメイションモンスター【ウィル・オ・ウィスプ】。
彼等は、炎が燃え盛る中にあって不気味な静寂を維持し続ける場所───死体安置所にたどり着く。 扉を開け、地下への階段を下れば……暗く広大な空間に出た。 奥は見渡せない。
それでも。
遠い奥、確かに揺らめく赤いモヤ。 キュアの【敵視】が見せる、敵の存在だけははっきりとしていた。
「【ドラゴンハーツ】のスキル、【屈むと隠蔽】効果がまだ効いているようだ。
【ウィル・オ・ウィスプ】、光量を落とせるかな?」
≪ポ≫
一部のゲームで採用される 『ターゲット』 、敵に狙われているかどうかを知らせる機能である。 幸い、敵側に本気で隠れたキュアを探しだせる程の探査能力は無いらしく未だ気付かれていないようだ。 【ウィル・オ・ウィスプ】は、微かな赤みだけを残した丸い炭のような物体となってキュアの胸元へと潜りこむ。 (熱くは無い。)
柱やよく分からない器具などに身を潜めつつ死体安置所奥へと進むキュアたち。
やがて聞こえてくる女の声。
『───……当に……生き…のか?───』
「(副隊長の声……?)」
副隊長の声など、暫く前に戦闘中の短時間聞いただけである。 印象に残る出来事だったとは言え、今聞いている声と記憶の声が同じかは確証が無い。
だが、もう一方の声。
『───……信じな……勝手に……───』
「(コッチは間違い無い。
あの少年の声だ)」
≪(ポポ)≫
アジルー村に来た子供たちに紛れ込んで、死んた精霊が転じたという魔石を盗み逃亡。 魔王四天侯が一柱である創造神の妹の加護を受けていると思われる少年の声だ。
赤いモヤのうち二つはこの二人。 最後の一つは……キュアが隠れている場所が悪く、見えない。
位置的に、死体を安置する台の上のような───
「(ま……まさか、な)」
≪(ポ……ポポォ)≫
少年と副隊長は、台の上の赤いモヤを挟んで言い争っているらしい。 三人 (?) 目の正体も分からずに突っ込む訳にもいかない。
もう少し接近を試みるキュア。
『……理解不能。
奴等に復讐したくはないとしか思えない』
『そ、そんな訳ないでしょうっ!?
……あのキュアとか言う、魔ナシ!
神の敵!
世界の塵!
人間の最底辺!
絶対に脱獄して、悪魔も恐れる程の拷問で殺してやるわっっ!!!』
『ならサッサと、この魔石を使うべき』
『…………っ』
「(…………?
精霊王以外に魔石を使うつもりなのか?)」
少年の、目的遂行にしか興味が無さそうな抑揚のない声と……やはりコタリア領へ攻めてきた教会軍副隊長であった女の、ヒステリックな声。
どうやら少年は、奪った魔石を副隊長だか台の上の敵だかに使いたいらしい。 だが魔石を奪った時に少年は、神々やキュア以外に使用すれば危険な魔石を使った朱雀を諌めていたのだ。
とてもではないが、『仲間』 に対しての行為とは思えない。
≪(ポッ! ポポッ!!)≫
「(……だよなあ。
人間は俺以外、大繁殖した魔物みたいに狂ちゃうんだろ?
アイツ等が創造神の妹が認めた精霊王だとかじゃ無いとすりゃあ……騙して人体実験か?)」
正確な企みは分からねど、少年の悪意と副隊長の歪んだ殺意は理解できた。 やはり放っておいて良い相手とは思えない。
だが……それはそれとして、真ん中の赤いモヤである。
「(えらく反応が薄いなあ。
単に弱い訳でもないし、弱っているという訳でもなさそうだし……?)」
≪(ポポォ……?)≫
「(よく分からん反応だ)」
敵性生物を全て赤く見せる【敵視】を現実で使うと、ダニや菌などで目の前が真っ赤になる。 なので脅威度の低い敵は魔法の対象外にしているのだが……台の上の敵は、かろうじてモヤが見える程度であった。
そんじょそこらの子供にも劣るレベルである。
そんな台の上の存在を、少年と副隊長が暫し見遣り……。
『……本当、人間とは合理的ではない』
「(なんだ?
まるで自分は人間じゃないみたいな言い方だが……)」
抑揚のなかった少年の声に、少しだけ苛つきが混ざりだす。 それに伴い、より濃くなる赤いモヤ。 何かを決意し、今まさに何かを実行するつもりらしい。
この辺が潮時だと判断したキュアは台の上の確認を諦めた。
教会軍が領主館を襲撃してくると聞いた時とは別種の……濃厚な悪寒が走ったからだ。 手遅れになる前に、なんとしても 『ソレ』 は止めねばならない。
本能の警鐘に突き動かされるまま動く。
「(【倍加火弾丸】!)」
≪(ポポォーーッッ!)≫
キュアの手加減ナシで撃った本気の魔法と、アジルー村でヘイストと練習した【ウィル・オ・ウィスプ】の炎を交ぜた合体魔法。 これに、隠密状態だとダメージがアップするキュアのスキルを重ねて放つ。
現状で出せる、キュアたちの最強攻撃である。
情報は欲しかったが……バックに神が付く危険人物相手に、威嚇などしていては取り返しがつかなくなると判断したその一撃は。
『───おい、おいおいクソ餓鬼ィ?
何時までトロトロやってやがん…………痛っ!?』
「≪……っっ!!?≫」
……少年に届かなかった。
その手前、突如現れた太太しげな物言いの 『塊』 に止められたからだ。『それ』 は……炎に包まれていた。 然れど、キュアたちの攻撃によってではない。 まるで細胞の一つ一つが小さな火山であるかの如く炎を噴きだしていた。
『……んだ、こりゃあ? 炎の矢ァ?
どっから飛んで来やがったんだァァ?』
「───そ、その声は……!?」
キュアは、その 『塊』 の…… 『男』 の声を知っている。
「ま、まさか……オマエ───」
「あん?
……もしかしてキュアかぁ?」
印象に残っていたからでも、つい最近に聞いたからでもなく。
「何故……生きている!?
間違いなく、あの時オマエの首を落としたんだぞ……!?」
「ふん……オメエが雑魚でクソ魔ナシだからだろ」
幼い頃から、ずっと聞いてきた声。
「───アシッド……!!」
「オレ様は偉大だからよぅ……舞い戻ってきたぜぇ?」
キュアの幼馴染み。
魔ナシ差別の酷いアジルー村にあって特に酷い差別をしてきた男。 絶望の人生を味あわせてきた者。 一度は神のチカラを手に入れて致命傷を食らわされた炎の怪人。 乗り越えたと思う度に立ち塞がる障害。
キュアの敵、アシッド。
悪夢が、三度キュアの前に現れたのである。