393 村人、油断せず何時も通りに動く。
「ヘイスト。
ディメイションモンスターの遠隔視能力で、連絡の取れる場所には片っ端から現状報告をしてくれるかな?」
「任せろ。
領主館のコリアンダー様とリカリス様、あとはジギンとシナモンさん辺りだな」
「クリティカルには、討伐隊と共にみんなを領主館まで守って欲しいんだ」
「わ、分かったわ。
兄さんは如何するの?」
「…………処刑場へ、行ってみる」
仲の良い領主館の使用人たちを呼び、御披露目していた新生アジルー村の新事業発表会 にて突如発生したトラブルの解決に動くキュアたち。
ヘイストは仲間への注意喚起、クリティカルは他の使用人たちの避難誘導、そしてキュアはトラブルの下へ直接向かう事に決めた。
「ヘイストが元王族の軍隊長の処刑場で見掛けたっていう子供……もし見間違いじゃなかったのなら、何かそこに手掛かりが有るかもしれない」
「そうね……」
何しろ、トラブルの正体は全く分からないのだ。 敵か味方かすら。
ただ分かっているのは……キュアが集めた魔石を謎の少年が盗み、朱雀とは別の神と思しきチカラで逃走したという事ぐらいである。
小さな痕跡から探っていくしかない。
「それならばキュア。
連絡用に、【ウィル・オ・ウィスプ】を連れて行ってくれ」
「ああ。
という訳でみんな……せっかくの休日を台無しにして悪いけど」
「仕方ねーよ」
「気にすんな」
「領主館の方は任せて」
使用人たちも突然のトラブルには慣れた物である。 テキパキと己の成すべき事に取り掛かってゆく。
「済まん。
……朱雀、後は頼むよ」
「……主様の、良しなに」
少年の背後に見えるのは、人間の手には負えない神。 何やら様子はおかしいが……同格である朱雀に任せるしかない。
「じゃあ行ってくる。
みんな、無事でな」
「キュアもな」
「頑張ってね、兄さん。
無茶しちゃ駄目よ?」
◆◆◆
───私は、納得しておりませんよ?
───済まんのう……。
然れど、『太陽からきた魔王』 と 『月からきた勇者』 しか生まれぬ筈の 『第三の精霊王』 ……歪められてしまった 『コトワリ』 を守るためには、キュアに終わった伝説をなぞって貰わねばならん。
───彼の子供が、嘗ての八部伯衆だと?
───…………コトワリとは、残酷なまでに平等じゃ。
ともすれば、キュアが逆に世界の敵になるかもしれん。
───主様は、勇者や魔王と比べて圧倒的に不利な環境なれど……彼等より遥かに短い期間で精霊王として目覚めました。
其の素質は、歴代最高かと。
───それは否定せんよ。
儂もアレは気に入っとるしの。
じゃが……所詮、儂はクミンの言う通り唯の調律師でしかないのじゃ。
───…………もし、バカ雷やインケン氷にムッツリ妹たちが主様の害と成るならば私は、彼女等を…………。
───…………。
「朱雀ー?
子供の面倒は、貴女が見てくれるのかしら?」
「相手は未知数だからな、助かるぞ」
「…………。
……………………はぁ」
キュアが立ち去って暫く。
朱雀は、子供たちの群れの中に居た。 どうやら想定外の出来事に気が昂りすぎて、何時もの動きが出来ていなかったようだ。
真剣な表情だった故、珍しく率先して子供たちを守ってくれていると思い込んだクリティカル。 ある種この辺は、流石兄妹といった所か。
落ち着く為にも、不承不承受ける朱雀。
「まあ、ムッツリ妹が表に出てくるまで多少時間が有るでしょうし……」
「おねーちゃん!
ひょっとして、キュアにーちゃんの仲間なのか!?」
「そうですね」
「かっけー!」
「び、美人……強敵だわ!」
「皆の衆、このお姉ちゃんならきっと大丈夫なのじゃー♡」
「…………」
◆◆◆
「【霧】、【二段ジャンプ】【空中機動】───
取敢ず、街に異変は見当たらないなあ」
アジルー村を出て領主街へと辿り着き、今は霧魔法で身を隠しつつ屋根伝いに街中を一直線に突き進むキュア。 彼の焦りなど何処吹く風と言わんばかりに街は平穏なままである。
キュアにはクリティカルという家族やヘイストたち領主館の仲間が居る。 だがそれは飽くまでキュアの個人的な繋がりであり、朱雀たち神々の計画とは関係ない。
しかし。
創造神の妹が動かしていると思われるあの少年は、『組織立った存在』 である事を匂わせた。であれば、彼以外の邪魔を想定していたのだが…… 現時点では特に異変は無い。
「確か朱雀の評価は、『人間嫌い・人間の生き死にに興味なし・無口で怠惰』 だったか?
たぶん……俺と朱雀にとっての、【仮想現実装置】のように。
レイグラン様とクミン様にとっての、領主館に関するアレコレのように。
あの少年やその仲間も、創造神の妹からは間接的な加護しか貰っていない筈だ」
創造神の妹の事は分からねど、その気持ちは何となく分かるキュア。 魔ナシ差別で腐っていた時の自分がそうだったからだ。
他人は憎い。
然れど殺したいとは思わない。
只管に、どーでもいいのだ。
決めつけるつもりはないが、創造神の妹は 『瞬間移動』 だけ渡して後は丸投げ───街の人間に手出ししないだろうとキュアは見当付ける。
「もしかしたら 『氷の神』 も動いてるかもしれないし……油断せず行こう」
朱雀の、『二柱はたぶん動かない』 という予想は外れたのか……それとも想定外の事が起きているのか。
不測の事態だろうと、キュアは何時も通り動く。
皆で無事に帰る為に。