392 村人、精霊のチカラと新たな厄介事を背負う。
「───ふんっ!」
「「「おお……」」」
朱雀の指示に従い、精霊の遺骸だという特殊な魔石を割るキュア。 魔ナシのキュアには認識できないが、周囲の人間は確かに魔石の中から溢れ出た魔力がキュアの中へと吸収されるのを見た。
「うまくいった……のか?」
「き、キュアの総魔力からしたら微々たる量だが……間違いなくお前の中に魔力が入っていったぞ!?」
「兄さん……何とも無い!?
辛くないの!?」
「それがなあ……全く何も感じないんだ」
慌てる周囲の人間に比べ、若干ポカンとしたキュア。 呆気に取られつつ己の変化を探るが、異変は感じられなかった。
「MP回復薬を飲んだ時みたいな魔力が回復してゆく感覚すら無いんだよ」
「其れは、精霊たちが主様に馴染んだ証」
「朱雀……」
見遣れば、朱雀はキュアに跪き頭を垂れていた。 普段から恭しい彼女だが……キュアが疎むので、ここまで仰々しくはしない。
「今、貴方様は精霊王 『候補』 から……紛う方なく、『真の』 精霊王と成られました」
「そ、そうなのか……?」
重ねて、キュアは己に違和感を全く感じていないのだ。 精霊王とか言われても、よく分からない。 加えて人目も有る。
キュアこそ頭を下げて朱雀を立たせた。
「でもなあ……。
これなら、魔石を割れば誰でも精霊王じゃあないのか?
魔物もそうやって増えているんだろ?」
「何を仰られますか!」
割と激オコな朱雀。
他の使用人たちは眼前で火山が噴火したのを幻視したが……慣れたキュアは 「まあまあ」 と半笑いで宥める。
「下等如きが、主様と同じ事をしたならば魂に食い込んだ精霊のチカラが暴発しましょう」
「た、魂……?」
「魂の痛みは、肉の其れとは比べ物にならぬ地獄の苦しみ……踠き苦しみながら理性を無くしたケダモノに成り果てましょう」
「はぁ~……。
普段は虫や木の実しか食わない筈の大鼠が、大繁殖の時にだけ人里を襲うのはそんな理由が有ったんだなあ……」
朱雀としては普段からやっている事。 また、半精神体たる神としてキュアの能力は100%把握している。 成功して当然の結果であった。
……が、そんな事など分からないクリティカルやヘイストは憤慨する。
「そ、そんな危険な処置を兄さんに施したの!?」
「危険などでは在りませんよ。
仮に───
アシッドと戦った頃の主様であれば、魔力の操作力が足りませんでしたが……此れまでの努力の賜物により、精霊王に相応しい格を有しておいでです」
「だからといってだな───」
『───だからといって、自らの主を危険に晒すのは愚行だと警告する』
「「「……はい?」」」
女性陣がキャイキャイと姦しく言い合っていると、何処からか場違いな声。 朱雀への忠告……いや、蔑みを放ったのは───子供。
キュアが出した【道具箱】の中身を覗きこんでいた子供たちの一人。 少女と見紛う、愛らしげな顔立ちの少年だった。
多少イラッとした朱雀だが、主のめでたい席。 静かに諭す。
「……子供、無知は其方等の特権。
此れから知を貯めていきなさい。
主様の事は魂まで───むっ?」
「『精霊の遺骸』 と呼称される物体から、微弱な脳波に近い波動を感知。
……偵察任務中なれど接収の必要性を確認」
「何故、其れを……」
少年は、【道具箱】の中の魔石を手にしていた。
大事な主のための、大事な糧である。 子供たちが勝手に持ち出さないよう朱雀は常にチェックしていたのだ。 数km先まで認識出来る、神のチカラで。
───目の前の少年は、神を出し抜いて魔石を手にしていた。
「貴様っ、何も……の───
…………っ!? ……………………っっ!??」
「す、朱雀!? どうした!?」
朱雀が手を振りかざして……動きが止まる。 心配する周囲の人間たち。
だがキュアだけは、朱雀の真剣度を本能で理解。 善悪を考える前に、少年から魔石を奪おうとするも……タッチの差で避けられる。
「えっ……!?」
「監視対象 『キュア』 の、行動予測……記録から逸脱した動作は認められず。
このまま撤退する」
「まっ、待て!!!」
「オイタは駄目だぞ……なっ!?」
「僕、あんまりワガママだと……あらっ??」
朱雀はともかく……キュアが止めようとした、キュアの物を盗もうとしている悪ガキを止めようとヘイストとクリティカルも捕獲に動く。 然れど避けられた。
特にヘイストは、相手がキュアでもない限り避けられないスピードで捕らえに行ったのだ。 ここで彼女も異変に気付く。
「でぃ、ディメイションモンスター!
あの子供を捕まえろっ!」
「ディメイションモンスター……。
基礎記録しか無くとも、予測から大きな逸脱は認められず」
少年は……運動神経は良いのだろう。
だが。
だが、だ。
決してキュアやヘイストから逃げられる程ではない。 フィジカルは弱くとも身体能力は低くないクリティカル相手からも、だ。
まるで数秒先の未来全てを見ているかの如く、キュアやヘイストにディメイションモンスターの動きを回避しつつ逃走し……突如、まるで煙のように少年は消えた。
「き、消え……!?」
「少年……消えた……。
消えた、少年…………………………………………」
「キュア?」
「…………ヘイスト。
確か……元王族の軍隊長が処刑された日、処刑場に子供を見たけど気の所為だった───って事が有ったよな?」
領主街を襲おうとした教会軍、その軍隊長が処刑された日。 ヘイストが遠隔視能力があるディメイションモンスターで処刑場を監視していたのだ。
その帰り、ヘイストは一瞬だけ子供の姿を見た。 しかし直ぐに追いかけだが、隠れる場所の無い廊下で見失っていた。
故に見間違いと決めつけていたのだが…………。
「…………背丈は?」
「っ……お、同じぐらいだと思う。
一瞬だから顔は覚えていないが」
根拠は無い。
証拠も無い。
しかし確信はある。
「───……朱雀」
「……………………はい」
少年の違和感に、いち早く気付いた朱雀だが……同時に様子がおかしかった。
まるで、神よりなお巨大なチカラに抑え込まれていたかの如く。
「……大丈夫か?」
「───ええ、今は」
違和感は有れど、貴き神々の裏事情はは計りかねるキュア。 朱雀の表向きの言葉をのみ信じて話を続ける。
「あの消え方……まるで【ドラゴンハーツ】の【後退即歩】ようだった」
「……左様で」
「現実で、アレを……しかも長距離で使えるのは───」
「───創造神の妹、魔王四天侯が一柱でしょうね」
酷く疲れた草臥顔、もしくは焦燥、もしくは……怒りの顔の朱雀。
話し相手のキュアに、では無い。
話す内容の創造神の妹に、でも無い。
暫し、天を仰ぎ───
「『彼れ』 は私が何とか致しましょう。
ですが、相手は神……。
主様の手助けは出来ないでしょうから、其れ以外は主様たちだけで対処して下さい」
「…………。
……分かった」
対応を話してゆくうち、徐々に元の……いや、無表情へと成っていった朱雀。 かつて彼女は、「創造神の妹は動かない」 と言ったばかりである。
言いたい事、聞きたい事は有るが───一先ずは少年だ。
如何考えても新たに舞い込んできた厄介事に対処するため動きだすキュアたち。