391 村人、アジルー村に仲間を招待する。
「キュアさん、クリティカルさん」
「はい?」
「こちらを受け取って下さい」
アジルー村がキュアの管理下に置かれて10日目。
今日はキュアとキュアの友人使用人たちが揃っての休日日である。 新築祝いならぬ、新生アジルー村を祝いに来た使用人たちの何組かは家族連れで来ていたおり……村の前半部に居る討伐隊から屋台のような簡易屋外キッチンキットを借りて、祭りのような賑やかさであった。
そんな中、キュアに話しかけてきたのは領主館庭師と大工のエロジジイズの子や孫たちである。 彼等も、領主館で使用人として働いていたり領主館直結の施設で働く者たちで、教会憎し・魔ナシ差別反対派の者たちでもある。
「どうも有難うござい───うぇッ!?
ななな……こここ、コレは!??」
「に、兄さん!? どうしたの!?」
「な、何かヤバい物なのかっキュア!?」
「謝礼ですよ」
そんな彼等がキュアに手渡したのは、金。 この世界も祝儀に際し、金銭を贈る文化は有る。 だが……普通は寸志、嫌味に成らない程度の額を渡すものだ。
しかしキュアが受け取った袋は 『ジャラリ』 と重かった。
「し、謝礼???」
「以前、父たちが【仮想現実装置】を使った時に知った 『リバーシ』 を現実で作ったのですが……」
「あ、ああ……そういや前に端材で作ってましたね。
領主館内でも流行ってましたし」
「ええ。
使用人たちの流行を見て、『売れる!』 と確信した私達は商品化したんです。
そして売れました。
……………………引くほどに」
「ひ、引くほどに」
「ええ……」
エロジジイズ、二人それぞれの家族を総動員して量産しても尚足らないほどに売れたらしい。 最初は喜んだ両家族だが……リバーシのアイデアの元々は、キュア (が拾った【仮想現実装置】) である。
なんの謝礼も無いのは不味い。
そこで今回のお祭り騒ぎだ。 これ幸いに、売上の一部を渡したいとの事。
「べ、別にリバーシは俺の物じゃあ……」
「勿論、材料費や手間賃は貰っています。
残りは君の物ですよ」
「は、はあ……」
それにしても、だ。
薬草で稼げるように成りつつあるキュアの、その売上が可愛く見える額なのだ。 今まで貧乏してきたキュアには眩しすぎる。
そんなキュアたちを眺めていた他の使用人たちが言う。
「貰っとけよ。
めでたい金を突っ返すのは、逆に失礼だぜ?」
「そうよそうよ。
ソコは気持ちよく受け取るのが良い男ってモンでしょ」
「みんな……」
「どーせ、領主館の為にアジルー村を改造するっつーお前のこった。
その金も改造費で一瞬に消えらあ」
「…………」
確かに、今日まで私欲で買い物をしてこなかったキュアは……金の使い道など浮かばない。 ならば我欲に狂う事もあるまい。
クリティカルたちを見遣れば、笑顔。
「……分かりました。
有効に使わせてもらいます」
「ええ。
……ところで、新たな薬草栽培計画についてですが───砂糖が取れるとか?」
キュアへの祝い金を渡し、肩の荷が降りた彼等は……ソワソワと切り出した。 領主館の輸入品買い付け部門で働いているのだという彼等にとって、砂糖がコタリア領で取れるとなると大ニュースだ。
「【ドラゴンハーツ】製のですけどね。
実体化させるには、朱雀の協力が無ければ───」
「───主様にも、出来ますよ」
「朱雀!
帰ってきてたのか」
「ええ、御待たせ致しました」
「創造神との話は上手くいったのか?」
「あー……そ、其れは───
そ、其れより……主様?
あまり件の魔石は見つかりませんでしたか?」
「ん? 幾つか見つけたぞ?
売るのは後回しで、【道具箱】の中にまだ入ってるけど」
「左様だったのですか……」
行方不明だった雷神クミンが見つかったと報告するため、創造神の下へと行っていた朱雀が帰ってきた。 何やら微妙な表情だが……大勢の御客様を待たせている。
不思議に思いつつ、答えるキュア。
受けて、若干怪訝そうな表情の朱雀。
どうやらキュアが自分の期待通りの行動を取っていなかったらしい。
「やはり、ちゃんと説明して出かけるべきだったのか……其れとも私の目の前で事を進められるのを僥倖とすべきか……」
「朱雀?」
朱雀は居なくなる直前、やや足早にキュアの下から旅立った。 危険な森に入って異常な魔石を探せという話をクリティカルに聞かれると、「危険だ」 と言って止められたかもしれないからだ。
だがそれ故に言葉足らずと成ったらしい。
朱雀の目的は……キュアに、件の魔石を 『割らせる』 事に有った。
「実は、件の 『魔物が崇める異常な魔石』 とは…… 『精霊の遺骸』 なのですよ」
「えっ? い、遺骸!?」
「『精霊の楽土』 から溢れ、死んでしまった精霊は……精霊の魂を残したまま魔石と成ります」
精霊とは、意志を持った魔力の塊である。 死ねばそれは、意志を持たない魔力の塊……魔石と成る。
ただし───
通常とは桁違いのチカラを持って。
「魔物は、そのチカラを使って大量発生していたのか……」
「精霊にとって、其れは魔物への転生。
最も忌むべき未来なのです。
為ればせめて我等神々が取り込むが供養。
そうすれば大いなる流れの果て、精霊へと再び転生できるからです」
「転生……」
『過去』 の朱雀が 『現在』 の朱雀に転生したり、【ドラゴンハーツ】の神々が自分の代替わりに転生したり。
未だ計りかねる概念だが、魔物に生まれるよりマシなのかなとは思うキュア。
「そして……精霊王たる主様にも、死した精霊たちを其の大いなる流れに還す事が出来ます」
「お、俺にも……!?
もしかして、魔ナシの周りだけ 『崩壊した精霊の楽土』 の魔力が正常な流れに成る……って話は」
「御推察の通りかと。
世界を構成する精霊を、正しい流れに戻す能力なのです」
世界を 『家』 で例えると───
何らかの原因で『屋根や壁』が『壊れた』時、補強しようにも、『板』が『盗まれ』る……という感じか。 『家』はどんどんボロく成ってゆき、いずれ人間は住めなくなる。
キュアは、魔ナシとは、泥棒を追っ払い破損箇所を補修する大工なのだ。
「主様が魔石を割る事で、精霊の魂は主様に宿ります」
「そ、それってキュアが精霊に取り憑かれるって意味ではないのか?」
「……煩いですよ、小娘。
宿った精霊の魂は死してなお王の助けと成り、主様の魔力を増やします」
「どう聞いても兄さんが取り憑かれてるようにしか聞こえないんだけど?」
「……煩いですよ、主様の妹。
魂は主様の御力に、脱け殻は主様の糧に。
全ての精霊は、主様の役に立つことを望んでおります」
「それが【仮想現実装置】に次ぐ、精霊王に成る為の修行かあ」
魔法は与えた。
その次は、魔法を使うための魔力という訳だ。
「だけどなあ……冒涜的じゃないか?」
「寧ろ、救いと御思い下さい」
「そういう物、か」
精霊の死を利用するに等しい行為と見たキュア。 抵抗は有るが……救いとまで言われれば、精霊に助けられているキュアとしては吝かで無い。
「……分かった。
精霊を受け入れるよ」
「有難うございます。
此れで彼女等も報われるでしょう」
素早く火燐を用いてキュアの仕込み杖を差し出す朱雀。 神々の計画の、大詰めに差し掛かっている。
「これでキュアさんの魔力が上がれば、【ドラゴンハーツ】の道具をキュアさんが実体化させられるという事ですか……」
「キュア……!」
「兄さん……!」
【癒し】や【病忌避】など、キュアの魔法を見たことがある領主館の人間は多い。 だが一見地味な物ばかりである。 教会軍からの防衛戦に参加しなかった者は、派手な魔法を知らないのだ。
クリティカルやヘイストとて、キュアの新たな可能性に気圧される。 異様な雰囲気に息を飲む一堂。
「───【道具箱】!」
「「「わーっ!?」」」
だが子供たちには雰囲気など関係なく、金ぴか箱が突如出現するという派手な魔法に沸く。 瞬く間に囲まれるキュア。
「すげー!」
「兄ちゃんが、バケモンをヤッつけたんだろ!?」
「ま、まあな」
「あれが……」
「きゃー♡ ステキだわっ♡♡」
「めでたいのう、さすが儂が目を付けた男じゃ」
「あ、ありがとう」
アジルー村の子供たちは、魔ナシであるキュアを馬鹿にした。 使用人たちも領主館に子供は連れて来ないので、キュアはこの子たちと初対面だ。
懐いてくれているようなので、苦手とまでは言わずとも……今一つ対処に困るキュア。
そしてキュアの様子などお構い無しに男の子たちはキュアの武勇伝に憧れ、女の子たちはオマセに顔を赤く。
幾ばくかし、落ち着いてきて……皆が見守る中キュアは【道具箱】から一つの石を取り出す。
「キュア、それが異常な魔石とやらか?」
「見た目は普通ね」
「これを割れば良いんだよな」
「ええ」