384 村人、『あなたはとても素晴らしい友達』 という花言葉に戦慄。
「領主館の高級ベッドに慣れすぎて、懐かしのボロベッドで寝れなく成ってなきゃ良いけどなあ……」
「主様。
御命令下されば、領主館の壁を焼き溶かして御寝所ごとベッドを運んできますが?」
「い、いや……そこまでしなくても大丈夫だから」
【仮想現実装置】をレイグランに譲り渡したキュア。
大事な宝である。 どんな財貨とて対価足り得ない。 ので……彼としては恩有るレイグランや領主館と、キュアを慕う者たちとで対立してまで金を受け取る気には成れていなかった。
───のだが。
◆◆◆
「あ、アジルー村の敷地に関する権限を全部くれる……!??」
「うむ。
村を興しても良いし、家を建てるのも良かろう」
キュアが寂寥感から、ある種の放心をしている間に……女性陣が色々と 交渉をレイグランサイドと行っていたらしい。 然れど、あまりキュア一人に過度な報奨を与えすぎても使用人の間で不公平感が出かねない。
そのため、レイグランが金銭以外でキュアに渡したのが───アジルー村に関する権限だったのだ。
これは、普通ならば家督を継げず重役にも就けない貴族の三~四男坊あたりに与えられる開拓権利である。
(ちなみにアジルー村元村長は、今はすでに取り潰されている下級貴族の子孫。)
「まあ……上手く使ってくれ」
◆◆◆
「特産も無いコタリア領のド辺境な上、村民総逮捕でケチもついたし……レイグラン様に、持て余してた要らない土地を押し付けられたんじゃあ───」
「そ、そんな事ないわよ?
本来は肥沃な土地なんだし、無学でバカなアジルー村元村長さえ居なければ幾らでも使い道は有るわ」
「(相変わらず奴等にはクチが悪いな……。)
クリティカル、自分も【仮想現実装置】の対価とするにアジルー村は些か安すぎると思うのだが?」
「確かにねえ。
稼ごうと思ったら人手が足らないさあね。
いっそ金儲けは諦めて、広い庭付きの家でも建てるかい?」
と……そんなこんなでアジルー村へとやって来ていたキュアと、須く付いてきた 何時もの女性陣一行。
アジルー村のような平均所得の少ない村だと、住民は村長から土地も家も借りて使用料を払って暮らしている。 村 = マンション、村長 = マンションオーナーと言えば分かるだろうか。
その代わり、村長にのみ納税義務が発生するのだ。
労働嫌いの貴族が、端金に無駄な労力を割きたくなかったという歴史もあった。 とにかく、そういった事情から平民が易々と地主家持ちとは成れない。
それだけ、今回キュアに与えられた褒美は平民が受け取れる度を超えていた。
「人手は、犯罪を犯した奉仕奴隷───兄さんさえ良ければアジルー村元村民連中の生き残りを買っても良いわ」
「そ、それは……また後で考えようかなあ」
「そう?
取敢ず、ソッチ方面に伝が有るらしい|ジェノワーズさんたちに様子を見に行ってもらっているから。
ともかく、兄さんが領主館全体の調和を尊ぶのなら私はそう調整するだけよ。
……うふふっ♡」
「「「…………」」」
キュアとしてはアジルー村村民など、総逮捕や魔ナシの名誉回復の件などで満足していた。 もはや正直どうでもいい連中なのではあるが…… クリティカルにとっては今なお、恨み骨髄に入る連中なのである。
「あ、アジルー村の連中はともかく……。
ジェノワーズは領主館で働きたいと言ってたが……結局どうなったんだ?」
「まだまだレイグラン様は御忙しいし、正式には許可を取っていないわ。
兄さんの倉庫整理は部外者厳禁だし……だけど時々、情報収集とかで私の方を手伝ってくれているのよ」
「そうだったのか……」
アジルー村云々より……己の舎弟を名乗るジェノワーズが、妹に近づき過ぎていないかどうかの方が余程気になる キュア。
…………だが。
当のジェノワーズは、嘗て【?】の魔法で女体化したキュアの裸を見て以来……若干性癖がポンコツに成っていた。 その時以降、女キュアと出会えていない所為でより一層性癖のポンコツ化が進んでおり───最近は男キュアのケツ
◆◆◆
「やはり此処の魔力流は良いですね……」
「朱雀?」
美しい世界。
アジルー村はコタリア領のド辺境、開拓も殆んど進んでおらず自然に溢れている。 木々は生い茂り、花々は咲き乱れていた。
そんな自然美を眺めながら呟く朱雀。
「……主様を精霊王にするため、次なる修練には中々良い場所です」
「つ、次?」
「此の森は、規模こそ圧倒的に小さいですが……『精霊の楽土』 としての機能を持っております。
精霊も多い。
斯ういった土地は、都合が良いのですよ」
「そういや魔物退治に来た時、この森は魔力が多いとか言ってたな……。
だがアジルー村が、楽土とやらに近いのなら───キュアは魔ナシとして生まれなかったのではないか?
楽土が崩壊し、魔力異常の有る所に魔ナシが産まれると言ったのは朱雀だろう?」
「主様は、他所の国生まれですよ」
朱雀の台詞に、一番驚いたのはキュア本人である。
「えっ!?
お、俺ってそうなのか!?」
「ええ。
主様の妹は、此の土地生まれなのでしょうが……」
「物心ついた時にはアジルー村に住んでたし……病気で死んだ父さんと母さんからは、何も聞いてないんだけどなあ」
「私も、主様の両親の事情まで知る訳では有りません。
ですが赤子の主様を連れて、此処へ流れついたようですね」
キュアの為に産まれた朱雀には、そういった探知能力が有ったらしい。 キュアが知らなかったという事は、他の皆も知らぬ事。 思わず言葉が出てしまうヘイスト。
「……アジルー村より、魔ナシ差別の酷い場所だったのだろうか───っと、済まない。
無神経だった」
「…………気にしないで良いさ。
もう13年前も前の事だし、優しい両親だった。
あの人たちは何も悪くないのに、俺の魔ナシについて謝られていたよ」
「兄さんはそういう所が似たのね……」
両親死亡当時、4歳だったクリティカルは二人の事を朧気にしか覚えていない。 何となく髪の色がキュアは父親似、自分は母親似というぐらいだ。
「気にするなと仰られるのであれば無礼ついでに。
彼等の死因は、此の土地の風土病である赤子熱かと」
「そう……か。
流行り病だと思ってたんだが……」
「合併症だね。
この子の父親も、それで死んだんだよ」
コタリア領に住む赤ちゃんならほぼ100%掛かる熱病で、致死率は非常に低く三日で完治する。 以降、免疫が付き二度と掛からなくなる。 ただし大人は、滅多に掛からない代わりに重篤化しやすい。
キュアとクリティカルも赤ちゃんの時に罹患し、数日熱を出しだが綺麗に治った。 しかし兄妹の両親やヘイストの父親は───
「か、母さんは大丈夫なのか?
元冒険者の母さんも、ココの産まれじゃあ無いだろう?」
「大人は滅多に掛かんないし……アタシゃ運よく掛かった事は無いさね。
でもまあ……万が一の時はキュアさん、頼むよ」
「ええ、もちろん」
キュアの魔法は、万病を癒す。
死病だろうとお構い無しに。
もしキュアの能力が知られれば、世界戦争が勃発しかねないだろう。