383 村人、魔王四天侯の話を聞く。
「───よう、兄ちゃん」
「はい……」
旅疲れが出たようで、キュアと様々な契約を結んですぐ自室へと戻ったレイグラン。
───その深夜。
キュアとクリティカルが使用する部屋へと訪ねてきたのは……嘗て【ドラゴンハーツ】でスキルを会得し、領主館でキュアとヘイストに次ぐ戦闘力を持った大工と庭師の二人であった。
普段の飄々としたエロジジイズっぷりを感じさせず、それぞれが会得した剣と弓のスキルを何時でも使える状態である。
「…………。
……兄ちゃんは街の英雄だしな?
感謝はしてるんだけどよぉ……領主館にゃあ、レイグラン様の父親の時から世話ンなってんだ」
「もう老い先短ぇしな。
命を惜しまず、レイグラン様の望みを叶えるぜ?」
「暴れませんって。
……【仮想現実装置】を、宜しくお願いします」
「おうよ」
「まあ……その、何だ。
その変わりと言っちゃあ何だが、オレ等に出来るこたぁ何でも言いな?」
「ええ」
コリアンダーら、若い世代の使用人達よりも。 レイグラン個人にベタ惚れのクミンよりも。
有る意味では領主レイグランよりも。
『領主館』 という集団への忠誠心が強いエロジジイズの二人は、レイグランが求める物───【仮想現実装置】を申し訳無さげに、然れど、有無を言わさぬ強い意志で受け取る。
努めて平生を装い己の宝を手渡すキュア。 彼等を見送り、部屋の中に戻れば。
「「「…………」」」
「そんな顔をしないでくれよ……」
「……納得は出来ないぞ、キュア」
兄妹の部屋には、ヘイスト母娘と朱雀も居た。 幾分か寂しげながらも、普段通りの表情のキュアに対し……クリティカルと朱雀は無心。 ヘイストはやや怒りが混じり、ヘイストの母親はそんな娘を心配している。
「レイグラン様は素晴らしい御方だって事は知っているさ!
【仮想現実装置】を有効活用出来るだろうってことも……!
だが、【仮想現実装置】はキュアが拾ったキュアの物だろう!?」
「仕方ないさ。
以前コリアンダー様にも言われだが……教会の脅威が無くなって、今度は世界中の国々を敵に回す危険は犯せないよ」
「しかしだな……」
教会も世界各国の上層部も、キュアのことを 『神を騙る悪魔と取引した者』 としか認識していない。
確かに、『後天的に魔法を使えるように成った魔ナシ』 が特異な存在だったとしても───まさか 『教会軍を単独で撃破した』 とまでは思っていないのだ。 飽くまで、昨日の教会軍撃破は領主館の総力 + 朱雀のチカラなのである。
キュアの実力がバレれば……地球で言う所の、数多銃器を隠し持つテロリスト扱いされかねないだろう。
為れば、領主館にも迷惑を掛ける。
「【仮想現実装置】と出会ってクリティカルと仲直り出来たし、ヘイストたちとも出会えたんだ。
それ以上は望めないよ」
「そんな言い方……狡いぞ。
クリティカルは如何なんだ?」
「…………。
……兄さんの言う通りよ。
究極の魔道具とでも言うべき【仮想現実装置】は、平民の手には余るんだし……私たち兄妹は今までも二人で遣ってきたんだもの。
これからも変わらないわ」
警護秘書隊副隊長を勤めるクリティカルは平民ながら、国内外の権力者事情にも明るい。 最悪の事態とも成れば、領主館に迫りくる敵は昨日の教会軍の比ではない事を知っている。
キュアが納得していないのであれば話はまた別だが……それ以外なら、キュアの決定に異を唱える妹ではない。
「……朱雀はどうなんだ?」
「私も在る程度は主様の妹と同意見ですよ。
主様の御決めに為られた事に、異など唱えようも有りません」
「もっと暴れるかと思っていたが……」
「……まあ、仮に世界中の人間どもが襲ってきたならば蹴散らしますが主様を精霊王にする手段は【仮想現実装置】だけでは在りませんから」
部屋の隅で 腕をくみ、ヘイストの問に答える朱雀。 一番落ち着いているように見えるが……キュアとは別の問題も抱える、その心中は図りかねた。
「───朱雀」
「何でしょうか、主様?」
「朱雀は他の魔王四天侯を苦手としているようだけど……今回の事含めて、彼女たちが動く可能性は有るのかな?」
「其れは…………彼れ等の性格的に、大丈夫でしょう」
主の問に、一瞬目を丸くした後……俯きながら答える朱雀。
「確か、朱雀の評価は…… 『インケン氷』 と 『ムッツリ妹』 だったかな?」
「…………兄さんのクチから 『ムッツリ妹』 って言葉が出るの、凄く嫌なんだけど」
唇を尖らせる、キュアの 妹クリティカル。
「『氷』 が朱雀の妹で、『妹』 は創造神の妹だったよな?」
「ええ。
二柱とも、種類は違いますが共に無口で怠惰……何を考えているのか分かりません」
「クミン様みたいに、敵───とまでは言わずとも対立する可能性は?」
「『インケン氷』 は、面白ければ使命を無視しかねない刹那主義な所が有ります。
『ムッツリ妹』 は、人間嫌いと言いますか……人間の生き死にに全く興味を持っていません」
「そ、それってヤバくないのか?」
「……二柱とも、酷く怠惰ですから。
【仮想現実装置】に纏わる計画も、全て私に押し付けてきましたし……。
味方には成らず。
然れど敵にも成らずといった所でしょう」
対立したにせよ……朱雀とクミンは熱心な情熱家で認めた相手の為にテキパキと動き、残る二柱はサボる事ばかり考えるタイプらしい。
「彼女等は、創造神から指令? みたいなのを受けていないのか?」
「一応は、精霊王と全ての精霊たちの為に動け───とは言われているのですがね。
まあ馬鹿雷と同じで、居ても役立たないでしょうし……お陰で主様を一柱占め出来たとでも思っておきましょう」
下手したら、神のライバルが四柱も居たかもしれない事実にウンザリするクリティカルとヘイスト。
皆の意見が出揃った辺りでヘイストの母親が娘の肩を叩く。
「ほらっヘイスト、納得したかい?」
「母さん……」
「キュアさんは、自分の恩人よりも仲間を選んでくれたんだ。
アンタも応えてやらなきゃ女が廃るってなモンだよ?」
「…………そりゃ分かってるけど」
先にも言った通り、ヘイストも頭では納得している。 これから楽しい日々が始まる───そう思っていた矢先の騒動なのだ。
心が納得するには、時間か……納得材料が欲しい。
「なら、兄さんとレイグラン様の間に結ばれた契約でも考えましょうか。
私は全面的に、兄さんを手助けするわよ?」
「も、もちろん自分もキュアを助けるさ!」
「そりゃ有難いがなあ……。
正直、どうすりゃ良いのかサッパリだよ」
「有る意味、イジメさねぇ……」
部屋の中央、ウンザリするキュアたちが囲む大きなテーブルの上には───アジルー村の地図が広げられていた。
148話時点で今回の話は、レイグランがキュアを殺してでも【仮想現実装置】を奪おうとする予定でした。
①レイグラン、【仮想現実装置】の強奪をクミンと使用人たちに命令。
②クミンと朱雀、神々のケンカ。 膠着状態となる。
③使用人たち、レイグランの狂気と恩人キュアへの躊躇いから動けなく成るもエロジジイズが鼓舞。 領主館の重鎮が真っ先にキュアたちへ攻撃した事で、仕方無しに使用人たちもキュアたちへ攻撃する。
④キュア・クリティカル・ヘイスト、敗走。 コタリア領に居場所を無くす。
⑤キュアたち、精霊王になる旅へ。 徐々に明らかになるレイグランの真意とは、キュアを殺す事でも【仮想現実装置】を奪う事でもなく、コタリア領から少しでも遠ざける事で───
───という話です。