382 村人、VRマシンを渡す。
「───どうだ、キュアよ?」
「…………っ」
世界各地で我が物顔に搾取と差別を繰り返すレイグランの怨敵……教会。
その衰勢を見届けるまでは死んでも死にきれない彼は、キュアの宝───VRマシン、【仮想現実装置】を欲していた。
レイグランには助けられた。
妹や仲間たちも尊敬している。
自分が、唯の 『遊具』 として使用するよりは、より良く世界に役立ててくれるかもしれない。
また、如何なレイグランが平民に対して懐が深いとはいえ……貴族の頼みを無下には出来ない。 本来ならば、即座に頷くべきだろう。
だが。
この瞬間を覚悟していた筈なのに───一瞬……反応出来なかったキュア。
「そ、その……………………」
「兄さん……」
「キュア……」
「主様……」
キュアを心配する、クリティカル・ヘイスト・朱雀たち女性陣。
教会が魔ナシ差別をしなくなる……故にキュアが【仮想現実装置】を失っても問題ない───訳では無い事を誰よりも知るからだ。
特にキュアの下で、【仮想現実装置】に纏わる彼是を腐心した朱雀にとっては相手が貴族だろうと関係ない。 怒気すら纏わせレイグランを睨む。
「人間……。
彼れは、創造神が正当なる精霊王候補に渡した物。
貴様如きが───」
「───その、創造神が本当の事を言ってないとしたらあ?」
「……は?」
朱雀の、聞くだけで寿命を縮めるかの如き声に……場の人間が怯む。 然れど一人───否。
一柱だけが。
クミンだけが、朱雀の怒気を、涼しい顔で受け流しながら答える。
それは、朱雀のアイデンティティーそのものの否定。
実姉の言葉の意味を悟るにつれ、表情が消えてゆく朱雀。 だが、その存在感まで消える事はなく…………室温は上昇してゆく。 舞いだす火燐。
「馬鹿雷……。
貴女は、己が何を口走っているのか分かっているのですか?」
「目的とお、忠誠心をお、混同して歪んでる朱雀ちゃんよりはあねえ?」
「私を虚仮にするのは、未だ許しましょう……。
ですが───主様と創造神の侮辱は、姉と言えど万死に値しますよ?」
「やあねえ、短気な妹ちゃん♡」
そしてクミンもまた聞き分けの無い妹へ、微か声に 怒気を孕ませる。
舞う火燐、走る電光。
火神と、雷神の、静かなるぶつかり合い に焦る人間たち。
暫し。
フイッと朱雀からキュアへと視線を変えたクミン。 慈母のごとき笑顔。 だが……子に教育する母というより、どこか愚者を諭すような雰囲気が漂う口調でキュアに問う。
「───ねえ、キュアあ?」
「は、はい!?」
「アナタ……神様に成りたあい?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい???」
物知らずを揶揄うような口調。
だが人間のキュアに、神々の意図は分からない。 要はキュアを通して、朱雀に 『こんな事も分からないのか』 と忠告しているのだ。
「馬鹿雷……一体なんの…………」
「朱雀ちゃんが創造神を 『創造神』 って呼ぶ度に、あの方は己を神ではなく 『調律師』 だって仰ってたわあ」
「あ、彼れは……自らの御立場を……」
「───アタシはホントだと思ってるわあ?
彼女は神じゃあないのよお」
「彼の御方が神でなければ、何だと言うのですかっ!?」
「さあ?
アタシにもよく分からないモノなのは確かねえ。
敢えて一言で言うなら 『世界そのもの』 かしらあ?」
「彼の御方が世界を創造したのなら、世界とは彼の御方の血肉のような───」
「───宜しいか?」
本来は人間など、絵本を介した夢物語でしか相見えられぬ高次存在たちの裏事情。 矮小な人間など、その場に居るだけで命を削ってゆきそうな二柱の論争に……レイグランが疲れた様子で待ったを掛け、話を戻す。
「クミン……いと高き話はまた今度な」
「……はあい」
「朱雀様」
「…………」
「キュアは……【ドラゴンハーツ】、でしたかな?
その魔法を使えるだけの存在から逸脱しつつあるのは……貴女様の御意志でしょうか?」
「…………。
……違います」
振り上げた拳を変な所で止められ……しかも冷静に成ってみれば神らしからぬ興奮した、割と恥部に近い様をキュアたちに見られた朱雀は余り大きく言い返せない。 「拗ねてるの?」 とクリティカルにからかわれても小さく 「フンッ」 と鼻を鳴らすだけ。
こういう所は人間に近づいた分身朱雀に似てるんだなと思うキュアは……内心ほっとしている自分に気付く。
「……レイグラン様」
「何だね?」
不安は山ほど高く。
心残りは何より深く。
───然れど。
「正直、精霊王とか何とか……さっぱり分からないし、今までは【ドラゴンハーツ】で遊んでいられたらそれで良かったんです」
「……キュアよ」
「……はい」
「クミンとの決闘は、凡そ把握している。
お前がこれまで獲得してきた魔法やスキルとやらも」
「……はい」
「精霊に頼まず、直接火や土を産みだす魔力原子など……お前の業は、神の 『それ』 に近い」
「覇者の、業と業ねえ?」
「クミンが、儂に。
朱雀様が、お前に成らせたがる 『精霊王』 とやらを儂も正直全て理解している訳ではない」
「…………」
「だが、儂なら。
コタリア・グヌ・レイグランなら、お前より多くの民を善く導けると信じている。
その中には無論、お前やお前の家族と仲間も含まれるのだ」
「…………はい」
キュアが、如何な英雄と呼ばれるのに相応しい技能を有していようと……【仮想現実装置】を、敵の撃退ぐらいにしか活用出来ないだろう。
しかし。
コタリア領を世界有数の裕福な街へと変えたレイグランならば、そもそも敵を近寄らせないように【仮想現実装置】を活用出来るはずだ。
愛する妹、クリティカル。
頼りになる仲間、ヘイスト。
色々として貰った、朱雀。
彼女らを見渡し───
「───【仮想現実装置】を、お譲りします」
◆◆◆
ぎこちなく、だが確りと。
高らかにキュアが宣言していた頃───
とある、深い森の隠匿された建物。
とある、二人組の男女。
一人は苛つく貴族。
一人は焦燥する戦士。
深夜の森、人の領域為らざる闇の中……ランプの光に照らされながら、これまでの事とこれからの事を話す二人。
「───……おいっ貴様!
『鏃』 とやらは未だ帰ってこんのかっ!?」
「は、はい……。
あの 『二番』 は、『試作品』 の中で最も好成績だった者なのですが……」
「実験での成績など知らんわ!
くそっ……レイグランめ…………!!」
貴族は、苛立たしげに机を叩く。
憎悪は森の夜闇より深く黒く。
貴族は。
アジルー村村民総逮捕の件で、コタリア・グヌ・レイグランを王都に召集した親教会派、サジラ・グヌ・セドラーは。
キュアが高らかに宣言する裏で、暗躍する。
邪悪な野望を持って。