372 村人、領主を迎える準備をする。
「キュア……どうだ?」
「誰も変わらん。
軍隊長も従者も、謎の男も……な」
「そうか……」
脱走した捕虜と、彼等が密談していた男を捕縛したキュア達。 途中で抜けだした朝食を再開しつつ、脱走騒ぎに東奔西走して疲れて帰ってきた使用人達に【癒し】を掛けながら、【敵視】で三人を見張っていた。
軍隊長は【深眠】で眠る間に再び【ソウルイーター】で魔力欠乏症にし。
従者は元より魔力欠乏症のままなので失った体力を (キュアの現実の【癒し】は魔力まで癒してしまうので) 死なない程度に回復し。
謎の男は早々に領主館執事コリアンダーの配下が連れていった。
おそらくキュアが出来る事は、もう無い。
だが、落ち着かない。
それを感じ取ったヘイストがキュアのフォローをする。
「全く……レイグラン様たちが御帰りに成られる目出度き日に面倒な」
「この事で護衛のクミン様は、安全の為にレイグラン様の帰還日程を変えられる───といった事は無いのかなあ?」
「たぶんだが……レイグラン様の性格的にも、クミン様の強さ的にも、日程を変えたりは成されないだろう」
「レイグラン様の……性格?」
キュアがレイグランと直接顔を合わせたのは、アジルー村村民総逮捕時のアレコレで倒れたキュアをレイグランが見舞いに来た時のみ。 魔ナシ差別をせず、クリティカル共々に善くして下もらっているので 『尊敬すべき雇い主』 としか認識していない。
レイグランの話と聞き、レイグランに命や人生を救われた使用人達が自分も自分もと意見を述べだす。
「レイグラン様は苛烈な御方だぜ」
「苛烈……?」
「アタシ達平民だろうと身分に関係無く優しくして下さる御方だけど……高位貴族様比護下の組織だろうと、敵対組織には苛烈に攻められるわよ」
「キュア、お前さんにとっちゃあアジルー村の総逮捕が良い例だよ」
「うん?」
「村一つ潰しゃあそんだけ税収源が減る。
だから村の責任を隠蔽する領主が居るやがるのさ」
アジルー村のケースで言うなら、村民全員を犯罪者として総逮捕するよりも人身御供───煽動した村長 『だけ』 が悪い、などと言いだす悪徳領主もいる。 領主直属の人間と首をすげ替えるのだ。 他の罪を犯した村民も、別に許されるのでは無い。 悪徳領主の罪がバレぬよう、一生監視され監禁される。 村から出れなくなるのだ。
だが、レイグランは許さない。
村民が全員犯罪者ならば、村民を全部逮捕するのである。
「レイグラン様が王都に呼ばれたのも、管理責任を問われてだからね。
責任を取りたく無い、事なかれ主義の領主も居るんだよ」
「そうかあ……俺は、色々と御迷惑をお掛けしてたんだなあ」
キュアに肉盾という犯罪行為をしていたのもアジルー村村民。 思い通りに成らなかったからとクリティカルを人質にとり放火宣言したのもアジルー村村民。 キュアは悪くない。
ある一点を除いて。
「オメエがクリティカルに意地悪してなきゃあ、もっと早くレイグラン様は穏便にアジルー村改革出来てたんだぜ?」
「ぐ」
【仮想現実装置】を拾う前のキュアは魔ナシと馬鹿にされ、やさぐれていた。 クリティカルは敬愛する兄を想って領主館への就職を進めていたものの……そのコンプレックスから、申し出を蹴り続けていたのだ。
そんなキュアの心理状態でアジルー村村民の意識改革を推し進めれば───上手く行けば良いが、より意固地に成っていた可能性もあった。 ソレを恐れたクリティカルが、アジルー村の村民に嫌々ながらに愛想を振り撒く事で丸く納めていたのである。
「……ホント、クリティカルや皆には申し訳ない」
「ま、まあ過ぎた事だ。
密談相手の男をコリアンダー様が処理成されは、問題ないさ。
なっ、キュア」
「だと良いけどな」
炎の怪人アシッドも、教会軍の襲来も、ある意味ではキュアの所為である。
然れど。
ソレらは、領主館の庭先に知らず知らず埋まっていた不発弾。 キュアが居らずとも、何時の日か勝手に爆発していただろう。 キュアが掘り起こしたからこそ、これ等の事件で領主館に死者が出なかったとも言える。
そしてその事は、領主館の人間なら皆の知る所。
「今が踏ん張り時、か」
「ああ。
さあ、夕方には御帰りに成られるレイグラン様とクミン様を迎える為にも、元気よくいこう」
◆◆◆
とある、森に拓かれた道。
とある、馬車に乗った二人組の男女。
一人は貴族の風貌、一人は戦士の風貌。
馬車に揺られながら、これからの事を話す二人。
「───……だいたい、計画通り?」
「どうかな、大元は揺らいでない……とは思う。
まあ……あの魔ナシに好き勝手に動かれた所為で、細かい修正を何度もさせられたのは事実か」
「目障りだね。
さっさと消しちゃえばイイのに」
「そう邪険にするものじゃあ無い。
魔ナシとて、使い道はある───」
「───おいっ」
貴族が、目を瞑り背凭れに身を預けると……何処からより第三者の声。 姿は無く、相変わらず馬車には二人のみ。
優雅さなど欠片も感じられない、がさつな声。
「このオレ様に、ちゃんとキュアの野郎をブチ殺させてくれるんだろうなっ!?」
「……ああ、『君』 の出番は有る。
安心したまえ」
「くくくっ……キュアぁぁ、今度こそ殺してやるぜぇぇぇ!」
「……みんな何で、只の平民なんかに御執心なんだか。
所詮、『夢を見る兜』 の呼び水でしかないと思うけどねぇ?」
「…………。
アレは、私の物なのだから……」
馬車は進む。
村人の知らぬ所で陰謀に巻き込みながら。
馬車は進む。