37 村人、杖を掴む。
「放火……放火……」「し、知らん! 儂はそんな事言うとらん」「オマエが……魔ナシが悪い!」
村人たちを、絶望がつつむ。
以前なら魔物が現れれば唯一の仕事だと、早々に魔物を退治するキュアが……何時まで経っても出てこなかった。
嫌な予感。 クリティカルが、兄は領主館で働いているのだから最早魔物退治をする意味が無いと言う。
焦燥。 魔物への恐怖。 魔ナシへの怒り。
現れた魔物は、群れるが弱い【ウェアラット】。 他の村のように、キュアには街へ救助要請にでも行かせ……自分達は家に閉じ籠もっていれば良かった。
が、無知な【アジルー村】の連中には分からない。
恐怖のあまり、キュアに魔物退治へ向かわせる事しか考えられなかった【アジルー村】の連中は……放火などという最悪の脅迫へと至る。
「き、キュア……貴様、今まで育ててやった恩を忘れたか!」
「オマエ等に育ててもらった記憶などない!」
村長がキュアに怒鳴りつける。 先導したにしろ、暴走した村人たちを止められなかったにしろ……村長の死罪は免れないだろう。 村長は特に責任重大となる。
だから、村の『長』なのだ。
顔を青くしたり赤くしたりしていた彼は、何とか生き残るため、必死にキュアへと責任転換する。
「魔ナシ……貴様……魔ナシ…………そうだ、貴様が悪いのだ!
儂がどんな想いで【アジルー村】に置いてやったと思う!?
儂の慈悲が分からんのか!?」
「父さんと母さんを失った、親ナシ魔ナシの俺には【アジルー村】以外住む所が無かったのは事実だが……オマエ等に助けてもらったコトは無い!」
「テメェはなあ、生きてるだけでオレ等に迷惑をかけてんだよォ!」
父が必死になっているのに助け舟を出すアシッド。 だが……父と比べて、保身よりも唯々キュアへの怒りを優先しているように見える。
「両親が死んでからは兄妹で助けあい───あ、いや……確かにクリティカルには大部迷惑をかけたが」
「もう……兄さんったら!
私がドレだけ、兄さんに助けられていると思っているの!?」
「クリティカル……」
「兄さん……」
「イチャつくなァァァァァァァァ!」
村人たちの絶望に、未だ真の意味では気付いていないアシッドは……今回の件でクリティカルを手に入れようとしていた。 なので、この状況でなお色ボケた発想になる。
───やや、変わり者兄妹の二人も……今、醸し出す雰囲気では無いだろうが。
「御仕舞いだ、アシッド。 俺に何をしようと構わん。 だがクリティカルに手を出した事は絶対に許さん!
裁きを受けろ!」
「───っ!!!」
自分たちの破滅を感じとり、絶望する村人たちの中───村長の目に、暗き光が灯る。
「…………殺せ」
「は?」
「兄妹を殺せ……儂等の秘密を知る、兄妹を殺すんじゃ!」
「村ちょ……!?」
村長の台詞に……【アジルー村】の連中の目にも、村長と同じ暗き光が灯る。
ソレしか自分たちの生き残る道がないと悟り……武器代わりの、鋤や斧を構えだす。
「兄さん!?」
「俺は大丈夫だ。 去年現れた盗賊より弱いしな……クリティカルこそ防壁魔法は大丈夫か?」
「え、ええ……」
「かかれぇぇぇ!!」
村人たちが、不揃いな行進でキュアに迫る。
如何な、放火宣言をした村人たちとは言え……皆殺しにしては証拠が無くなる。 後に残るは、大量殺人犯のキュアのみ。
クリティカルの証言が有ろうと……魔ナシである自分では不味いかもしれない。
そう考えたキュアは、村人たちの手足の腱のみを狙う。 ショック死をしたなら……まあ、仕方有るまい。
村人たちの三分の一を戦闘不能にするキュア。
「ハァ……ハァ……まだヤるか?」
「「「 ───っ 」」」
愚鈍な【アジルー村】の人間も、やっと気付く。
キュアの殺気を。
魔物や盗賊などと比べるまでもない殺気を。
自分等が恐れる者等を、一人で殲滅させる存在の殺気を。
戦意を喪失し、唯々青褪める村人たち……いや。 一人だけ気付かなかった。
正確には……気付きたくなかったのかもしれない。
「キュアぁぁ!」
「アシッドぉぉぉ!」
アシッドが杖を振りかぶる。
村長の息子として産まれ、【アジルー村】から出た事のない彼は……この小さな世界の王子様であった。 逆らう者など許せない。
幼馴染みが、実は自分より賢い事が許せなかった。
幼馴染みの家に、美人が居る事が許せなかった。
幼馴染みが、自分より強いのが許せなかった。
嫌がりながらも魔物退治をするキュアが、ああも強いなら……本気を出せば、魔ナシよりも魔法を使える自分の方が強い!
小さな世界の愚鈍な王子は、魔ナシの顔面へと杖を叩きつける。
「兄さん!?」
キュアは、敢えてアシッドの杖を避けずに額で受けた。
身長差、技量差、そして……覚悟の差を見せつけるために。
「───あー……」
「き……キュア?」
キュアが目を細める。
アシッドは己れの攻撃が効いたのだと歓び……クリティカルは魔物と村人との連戦の疲れゆえ避け損ねたのだと、心配する。
が……違った。
「痛くないなあ……まるで【ドラゴンハーツ】の 『 敵からのダメージ2%カット 』 みたいだ」
「き、キュア……!?」
「に、兄さん……!?」
そう、キュアが言った途端……キュア周辺の魔力が、無詠唱でキュアに取り込まれ───キュアが掴む杖へと流れゆく。
「熱っっ!?」
「あー……」
キュア自身の意識は、この世界では産まれて初めての感覚により、酩酊しているが……クリティカルも、アシッドも、【アジルー村】の村人たちも、ハッキリと見た。
魔ナシであるキュアが、アシッドの杖から……魔力を操る様を。




