367 村人、妹の立てた青筋にビビる。
「───ん……にいさ……!
…………………………兄さんっ!?」
「……ふあぁ、クリティカル?
ああ……朝か、おはよう」
「おはよう、の……前に」
イーストン・シーナ兄妹とゾリディア達の【ノーネーム】に纏わるアレコレを見届けて、夢の中から現実へと帰ってきたキュア。
反教会最大派閥領主、コタリア・グヌ・レイグランの下に居る 『魔ナシでありながら魔法を使用したキュア』 と 『空想ではない本物の神である朱雀』 の二人を狙って、教会の一部強硬派が襲ってきた───その次の日である。 レイグランの警護秘書隊副隊長クリティカルは、徹夜で後始末に東奔西走し…………美貌にクマを作りつつも、何とか一段落させて敬愛する兄の寝室に来てみれば。
「これは、どういう事かしら?」
「どういうって───おわっ!??」
「うにゅー……キュアぁ? おはよぉー……」
「ななな、何でヘイストが俺のベッドの中で寝てるんだ!??」
「んんー……?
ん……?
んん…………??
んんん………………???
……………………ひ、ひょおおぉぉっ!??」
目覚めたキュアの隣には、領主館同僚にして───昨晩【ドラゴンハーツ】で共に旅をした仲間、ヘイストが寝ていた。 無論、旅の間ずっととっていた剣や鎧の姿では無い、少女の姿で。
パニックのキュア。
そしてヘイストもまた、目覚めたらキュアが目の前に居て……しかも現実で同じベッドに寝ていたという状況を理解するにつれ大パニックである。
「エロスト? まさか貴女……私が徹夜仕事で部屋に戻れないのを幸いに、兄さんに夜這いを…………」
「ちっ、違う! これは朱雀の企みで……」
「何でもかんでも朱雀の所為にすれば良いと思っているのかしらぁ?
昨日は教会軍との戦いで随分参っていたみたいだけど……今は普通みたいだし、傷心を利用して兄さんに───」
笑顔のクリティカル。
だが、コメカミには青筋が見える。
「ち、違う! 斯々然々……なあっ、キュアっ!?」
「あ、ああ……それで昨晩は、ヘイストと共に【ドラゴンハーツ】の中に行ってたんだよ!」
「……………………ハア。
兄さんがそこまで言うなら本当なのでしょうけど……朱雀は、この大事な日に何を考えているのかしら?」
かつてアジルー村に住んでいたキュアとクリティカルの兄妹が、領主館に住み始める事になった事件───
魔ナシであるキュアを奴隷扱いしていたものの……領主館に通いだしたが為に肉盾に使えなくなったアジルー村村民は、迫り来る魔物の群の恐怖に堪えきれず放火宣言をした上にクリティカルを人質に取るという暴挙を決行。 キュアの怒りを買い、村民が総逮捕されてしまった。
更にキュアの幼馴染みであるアシッドが、炎の怪人と成り果ててしまう。 何とか【ドラゴンハーツ】の魔法を現実で使えるようになったキュアが倒したものの……コタリア領領主街に破壊と混乱を巻き起こしてしまう。
これ等の事件に巻き込まれたキュアとクリティカルにヘイスト母娘は、レイグランの好意により領主館に住まう事と成る。
しかし。
大問題が領地内で連続して起きたレイグランは、シシガラ王国首脳陣に審問召集を受けて留守にしていたのだ。
そのレイグランが帰ってくるのが今日である。
そして。
如何な大きな戦闘力を持とうと、イチ平民に過ぎないキュアが管理するには手に余りすぎる 『究極の魔道具』 とでも言うべき存在───【仮想現実装置】を、貴族であるレイグランに謙譲せねば成らない日でもある。
「兄さん……大丈夫?」
「……仕方ないさ」
魔ナシという最悪の人生を救ってくれた【仮想現実装置】は、キュアにとって生き甲斐その物なのだ。 覚悟しているにせよ……遣る瀬無さが全く無いと言えば嘘になる。
「レイグラン様も御優しい方だし、ひょっとしたら偶には【仮想現実装置】を使わせてくれるかもしれないしな」
「…………」
「…………。
そ、そういえば母さんと本体朱雀は?」
「お母さんは、シレッと食堂で皆の朝食を作っているわよ。
朱雀は相変わらず行方不明ね」
「全くあの二人は……」
昨晩、ヘイストは自衛の為とはいえ初めて人を殺した。 娘のそのショックを、気を利かせた母が和らげるため……キュアに 慰めさせようとしていたのだ。
だが ヘイストへ馬乗りになってきた朱雀が実体化した【ソウルイーター】で彼女の心臓を貫き……気付いたら【ドラゴンハーツ】の中に居たのである。
気絶した前後、本体朱雀と母の間でいかなる遣りとりが有ったのかは分からねど録な事ではなさそうだ。
「なら食堂に行くか。
……っと、二人は朝支度しなきゃな」
「あ、ああ……」
ちなみに、キュアとクリティカル兄妹の部屋での問答である。 昨晩の事件は、ヘイスト母娘の部屋で起きた。 どっちで目覚めた方が良かったのかは……分からない。