334 村人、一本だけの道を歩く。
「───ア……かる…デ……ゾリ……ィア…………!
───……リディア、分かるかっ!?」
「───……キュ……ア?」
ゾリディアを操ってイーストンを憎悪させ、何らかの形でドラゴンのチカラを有するシーナを絶望によりゾンビ化───邪神側へと取り込もうとしていた 『邪神の使徒』 共。
キュア達はそのボスである邪神官を倒し、その企みを 『取敢ずは』 潰すことに成功する。
「…………こ、ココは?
私は───そうだ、シーナ達は……!?」
「大丈夫だ。
向こうでイーストンと共に、朱雀とチェンから治療を受けている」
「そう……か。
キュアは何故ココに? 私達に何があった?」
「大変だったんだぞ、ゾリディアにはエネミーボードが付くしなぁ」
「な、なに……?」
チェンに抑えられていた暴れるゾリディアは、邪神官が死ぬと同時に糸が切れた操人形の如く崩れおちた。 が、しばしキュアが介抱していると無事目覚めたようである。
今のゾリディアは、通常のNPCと同じ 『ネームボード』 が表示されており、戦闘中に見せた 『エネミーボード』 ではない。 表情や仕草、語りにも操られている様子は微塵たりともない。
「斯々然々───という訳で、君が正しく目覚めていると聞いても……イーストンは納得しなさそうなんだ」
「……うむ、だろうな」
「君の事を信じているシーナに、一応イーストンの説得役を頼んでるけどな」
「…………」
然れど、イーストンの憎悪は根深い。
「確かに───我等【名もなき集落】の民は、遠い先祖に邪神の一族が居る」
「邪神の丁稚、と呼ばれていた人々だな?」
「うむ。
だが邪神に裏切られてからは……同族か、偶に光燐種と交わってきたのだ。
私の父も、純粋な光燐種だ」
「それでも、邪神の血は君達に仇なすというのか……」
ゾリディアの母もまた戦士であった。 ただゾリディアと違い、彼女は自由奔放な性格であったそうで……若い頃に集落を出て光燐種の生活圏で冒険者となったらしい。
そしてパーティメンバーの一人と恋におち───ゾリディアが産まれた。
ゾリディアを産んで暫く、集落を魔物から守るも夫婦共々死亡。 集落の墓地で眠っている。
「奴等に何をされたのか覚えていないか?」
「薄ぼんやりとだが……奴等が、光燐種から緑色の怪物となって目が合ったら───」
「そうか……」
「邪神の使徒共に、変身能力やこの身を自由にさせる手段が在るなど知らなかった───など……イーストン達が私を許せなくとも仕方あるまい」
光燐種が【光燐神】から指輪魔法の加護を受け、魔人族が【魔神】から強力な肉体を、ラットマンが【黒鼠神】から特殊スキルを受けているように。
邪神の使徒は、変身能力を加護としているらしい。
「俺や朱雀とチェンはもちろん……シーナも、君に非が有るとは思っていない」
「……すまない」
イーストンは……どうなのか、は、言わない。
「……話題を代えよう。
【バイオ工場】の工員や、シーナ達【ロス村】の村民達をゾンビ化させた、邪神の使徒─── 『新責任者』 とやらについて何か分かった事は?」
「何も。 全く。
完全に証拠・情報不足だそうだ。
【ロス村】の村長は、ゾンビ化だのを聞いて再び報告のため領主街へと引き返した」
「なるほどなぁ───ん?」
キュアとゾリディアが会話する、その中間にて瞬く火燐。
「朱雀か?」
「ああ、イーストン達の方が終わったらしい。
…………俺だけで行っても良いが───」
「───いや、私も行こう。
どんな形であれ、謝罪せねばな」
「……分かったよ」
◆◆◆
「イーストン、入るぞ」
「……………………ああ」
洞窟の小部屋の一つで、【深眠】の眠りから目覚めたイーストン。 アイテムキューブで簡単に準備できる布団の中、上半身を起こしつつシーナから看病を受けていた。
元々の怪我は再会した時に完治させていたし、戦闘中もキュア達が完全防備をしていたので大したことはない。
問題は心の傷のみである。
「ゾリディアが目覚めたよ。
完全に洗脳は解かれている」
「…………」
「…………」
キュアに連れられた、ゾリディア。
シーナに支えられた、イーストン。
互いに見つめあい……視線を逸らされる。
「……兄さん」
「……事情は聞いた。
ボスが死んだとたん、ゾリディアが暴れンのを止めたってな。
アイツが悪い訳じゃないっつー、キュアの予想が当たってた」
「ああ、だから───」
「───だから、何だつーンだ?
オレたちゃ邪神と邪竜を追ってる。
また、その内奴等と接触するだろうさ。
……そのたんびにオレとシーナは、ソイツに刺されンのか?」
「イーストン!」
キュアが尊敬する男、イーストン。
何も卑屈なことは言っていない。 彼が最愛の妹を守るには、危険分子を省くに限る。
キュアとて最愛の妹クリティカルを守るため、故郷の村民を斬りまくったのだ。 主観の違いだけで、やっている事に変わりは無いだろう。
「それでも……」
「キュア、もう良い。
イーストン、シーナ、済まなかった」
「「「…………」」」
事情は全て聞いて、なお拒絶するのなら……どんな言い訳も無駄だ。 そう判断したか、ゾリディアは深々と頭を下げる。
暫し。
「───私は行く」
「何処へ?」
「【名もなき集落】へ帰る。
邪神と邪竜について、過去の記録を調べている途中だしな」
「そう……か」
「キュアはどうする?
どうせ朱雀とチェンと……その剣? は、キュアに付いていくのだろう」
「当然ですね」
「モチのロンだぞー」
「キュアの真の仲間だからな」
三人 (?) 娘は確と頷き。
キュアは。
「……イーストンは?」
「……村長に会いに行く。
【ロス村】に毒を垂れ流しやがった 『新責任者』 とやらを捜す」
「…………」
ルート選択、という奴である。
誰も死んだりゾンビ化しなかったこのルートは、邪神討伐という最終目的は一緒であるものの、幾つかのルートに別れてストーリーが進むのだ。
「俺は……ゾリディアに付いてゆく。
帰り道に、また邪神の使徒共が出るとも限らんからな」
「キュア……」
イーストンとシーナは御互いにフォローできる。 然れどゾリディアは一人。 護衛する人間が必要だと判断したキュアは、ゾリディアルートを選択。
申し訳なさそうに、然れど、深く感謝するように、再び頭を下げるゾリディア。 キュアの決断に従い、朱雀とチェンとヘイストは彼の隣へ。
微か、ヘイストがチラリとシーナを見 (?) 遣り……勝利の笑み (?) 。
と、そのタイミングで【ドラゴンハーツ】から、キュアの頭にイベントクリアの声が響───
「ワタクシも、ゾリディアに付いて行きますわ!」
「「「……は?」」」
───く、と同時に……シーナからの宣言。
シーナとてイーストンは最愛の兄。 彼女の性格上、傷付いたイーストンを放ってはおけないと想定していたキュアとゾリディア……そしてイーストンは 『キョトン』 顔。
「おいっ、シーナ!?
ゾリディアは───」
「ゾリディアは親友ですわ!
親友が苦しんでいるのなら……ワタクシは彼女に付いて行きます!」
「な……ん…………っ!?」
シーナはあまり、兄に逆らった事が無いのか……開いたクチが閉まらないイーストン。 ゾリディアは感極まったか、思わず泣きくずれ───キュアは。
「(す、朱雀……)」
「(はい)」
「(俺はてっきり、ゾリディアとシーナは別のイベントとして別れるのかと思っていたんだが)」
「(同じく。
おそらく【魔神城】における、羽根娘と同様の現象かと)」
チェンのストーリーは、仲間になるルートと、殺して【魔神城の鍵】に魂を封入する事で【魔神城】を探索できるルートが存在する。
キュアは当然チェンを生かすルートを選んだ。 しかし朱雀が【魔神城の鍵】の中に入ることで、【魔神城】内部もしっかり探索した。
朱雀という、【ドラゴンハーツ】にとってイレギュラーな存在のせいで、本来は交わらない筈のルートが交ざったのである。
「(あ、あれ……?)」
「(如何なされました?)」
「(イベントリザルトが……)」
キュアの前に浮かぶリザルトボードには。
【ヨコシマナル カミノ タクラミ】クリア
☆【邪神官】を倒す
『金300000』
☆【使徒】を全滅させる
『金180000』
☆ゾリディアルートを選択
『邪神の仮面』
☆シーナルートを選択
『ゾンビとドラゴンの交じりし血』
と有った。
「(ゾリディアとシーナ、両方に☆が……朱雀の言う通りだな。
何故こんな事に…………??)」
「(…………)」
キュアは、状況が分からず混乱していたが……朱雀には薄々分かっていた。
「貴様……兄に付いて然るべきだろう!?」
「兄さんは怪我はしていませんもの。
引きずってでも説得しながら連れてゆきますわ!」
朱雀自身は気付いていないが……嘗て、彼女の言動が原因で、【ドラゴンハーツ】ヒロインの一人、鍛冶師の娘ダイが嫉妬してゲームでは取らない行動を取ったことが有った。
朱雀と同じくイレギュラーな存在であるヘイストが、シーナの嫉妬心を大いに刺激したらしい。
泣くゾリディアを挟み、言い争うシーナとヘイストを眺めながら。
「キュア……オレぁよう、確かにゾリディアが憎いぜぇ?
だけどよぅ、アイツを遠ざけたのはシーナの為を思ってなンだがな?」
「……女ってのはよく分からんモンさ」
誰が女を語っているのか。
ともかく。
これでキュアは、【ドラゴンハーツ】全プレイヤーの誰しもが体験していないストーリーを追うことと成る。