331 村人、視線を向ける。
≪キュあ……≫
「───ゾリディア。
……そしてイーストン、シーナ。
君達は、邪神に利用されているに過ぎないんだ」
仲間であるイーストン・シーナ兄妹と女戦士ゾリディアを探して、邪神【名を失いし神】の使徒共が居着く洞窟へと侵入したキュア達。
そこでは、ゾリディアがイーストンの復讐心を煽る形でシーナを拐っていったらしいのだが……いざ彼女と対面してみれば、ずいぶんと『演技臭い憎悪』 である。 キュアの目には、彼女がイーストンから恨まれる事 『そのもの』 が目的のようにしか見えなかった。
そしてゾリディアがそんな事をする理由は無い。 ……使徒に操られでもしない限り。
試しに、ボス部屋に入ってすぐゾリディアの足下へ魔法を撃つキュア。 しかし彼女はチラリと視線を足下へ向けただけで、魔法は見えぬ壁に掻き消えた。
予想はしていたが、魔法的な物ではなくてイベント進行都合上の壁である。
「……う、うっせぇぞキュア!
テメェの根拠は、ゾリディアの表情が作り物クセェとか……ンな訳分かんねぇモンだけだろうがっ!?」
「例え仲間という贔屓目を除いたとしても、だ。
ゾリディアが君達にこんな事をする理由が無い」
「……か、金とか」
「誰から? 邪神の使徒からなら、それこそ奴等が黒幕だ」
「……お、オレが憎かったとか」
「ゾリディアが君を憎む理由が無い」
「こ、この前……ゾリディアが入る女湯を覗こうとした」
「…………それは君が殺されても文句は言えないんじゃないか?」
「最低ですね」
「サイテーだなー」
チンピライーストンの犯罪 行為に、胡乱な目を向ける朱雀とチェン。
イーストンとゾリディアは仲間だが、付き合いそのものは短い。 その間に大きな事件も無かった。 これだけ手の込んだ茶番劇をヤる動機は 薄いだろう。
「シーナ、君も刺されたらしいが……」
「え、ええ……それで目覚めましたら、『特等席で絶望を見せてやる』 と緑色の化物に傷を治され、ゾリディアに連れられてココに…………」
イーストンと比べ、明らかに怪我をしているようには見えないシーナ。
どうやら彼女は洞窟入口でゾリディアに刺された時に気絶し、目覚めたのはつい先程。 現状を正しくは把握しておらず、ゾリディアに対しては憎悪より 『何故こんな事を!?』 というパニックで一杯のようだ。
「キュアさん、ゾンビ化とは一体!?」
「斯々然々───
使徒共の台本では、イーストンとゾリディアを決闘させて 『兄』 か 『親友』 のどちらかを君の眼前で失わせようとしてたのさ」
「違うっ、そりゃキュアの妄想だ!」
≪…………≫
ゾリディアへの憎悪を溜めこんだイーストンは、あくまでゾリディア黒幕説を唱える。 キュアの言葉に根拠が薄いのもまた事実だからだ。
先程から想定外の流れに困惑しているようで、視線が泳ぐゾリディアは縛られたシーナに剣を向けたまま固まっていた……が。
「───ゾリディア、俺は……」
≪う……動クなッ、きュア!≫
動くキュアの方へ向きなおり、見せつけるようにシーナの首筋に剣先を当てたゾリディア。
≪ふん……≫
「…………」
そんなゾリディアとシーナの背後の壁から、すり抜けるように現れたのは緑色の人型生物……邪神の使徒。
≪儂が出る予定は無かったんじゃがのう≫
≪……申シ訳有りまセん、御主人様≫
≪まあいい、ヤる事は変わらん≫
しかも盗賊より二回りは巨体の、牢屋でイーストンが言っていた使徒共のボスであるらしい。 黒幕らしき者の登場に、イーストンは。
「はん、敵が勢揃いかよ!
良いぜ……まとめてブチ殺してやんぜ!」
「イーストンっ!? 何故そうなる!」
シーナに当てられた切っ先から漏れ出る狂気に囚われて、完全に思考停止していた。
そんな彼にボスはニヤリと笑う。
≪……そうじゃな。
イーストンとゾリディア、主等で死ぬまで殺しえ。
然もなくば、シーナの命は無いぞ?≫
「おっ……おおとも!
ブチ殺してやんぜ、ゾリディア!」
≪御主人様ノ、良しナに≫
「イーストン、ゾリディア!」
「止めて、兄さん!」
ゾリディアが、宣言と共に剣をシーナからイーストンへと向け───
≪おっと、キュアとやら。
動かん方がエエぞ?≫
「…………」
次は、ボスの剣がシーナに向けられる。 見えぬ壁が、一瞬だけ消えたのか……ゾリディアが出てくる。
シーナに絶望を与えるため、イーストンと殺しあうため───
『今だっ、キュア!』
≪≪「っ!?」≫≫
「【深眠】!」
響く、女性の声。
と、同時にキュアは───イーストンへと睡眠魔法を放つ。
≪貴様……何を───ぎゃっ!?≫
「け、剣!? 天井から!??」
「ヘイスト!
シーナを頼むぞ!」
「……ったく、なぜ敵の女を自分が……」
「喋っ……!? き、キュアさん!?
一体どういう事ですの!?」
人質を取られている以上、二手に別れた方が良いと判断したキュアは……理性を失ないかけていたイーストンには内緒で、浮かぶ剣【ソウルイーター】と成っていたヘイストを天井へと移動させていた。 後は皆の視線を、イベントが進んで見えない壁が消えるまでヘイストが気付かれない一点に集めてチャンスを伺っていたのである。
「イーストンには悪いが、彼は頑固そうだからな……」
「キュアさん……。
貴方って人は……全く」
呆気にとられるゾリディア……の後ろ、邪神の使徒のボスに視線を向け───睨むキュア。
シーナも、イーストンも、ゾリディアも。
仲間を全員助けるために。